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十二

 頭に鋭い痛みを感じて意識を取り戻した。

「エイユ!」

 目を開けると、ユイがそばにいた。

 ほっとした気持ちと心配や不安が混ざったような複雑な表情をしている。


 何が起きた?

 直前の記憶を思い返す。

 それで、巨人に吹き飛ばされて気絶したことを思い出した。 


 慌てて身体を起こそうとしたが、右腕に激痛が走って体勢を崩してしまった。

「動かないで。折れてる」

 ユイが、俺を横に寝かせ、折れた右腕に手早く応急処置を施しはじめた。


「どれだけ、気絶していた?」

「数分。頭を打ってる」

 そんなに長く気絶していたのか。

 吹き飛ばされたのはある意味幸運だったかもしれない。奴の近くで気絶していたら、あの拳で文字通り叩き潰されていただろう。


 添え木で固定してもらったことで、右腕に痛みはあるが動けそうだ。

 ユイが心配そうにこちらを見てくる。

「本当なら動かないほうがいい。無理しないで」

 うなずいて、立ち上がる。


 巨人のほうを見ると、フェンとゴートが奴の周りを動き回って気を逸らしていた。

 ゴートも応急処置をされているようだが、苦しそうに顔を歪めている。

 巨人は腕を切り落とされた怒りで理性を失い、暴れていた。


 あのままでは倒しきることができない。

 首を落とすか心臓を貫くか。何か決定的な一撃が必要だ。

 そのためには、動きを止める必要がある。


「ユイ、あいつの目を狙ってくれ」

「でも、止められる」

「三人で注意を逸らす。一瞬しか動きは止められないかもしれないが、できるか?」

 視線が交わる。力強くユイがうなずいた。

「頼んだ」

 ユイなら必ずやってくれる。


 激しい頭痛がひっきりなしに襲ってくるし、右腕は使い物にならない。身体も悲鳴を上げている。

 それでもやるしかないのだ。

 左手で剣の柄を握り、駆け寄った。


「エイユ! 大丈夫か!?」

 巨人の腕を軽快に避けながらフェンが声をかけてくる。

 無駄な動きを挟まず最小限の動作で振り回される拳を避けている。

「大丈夫ではないが……ユイが射る隙をつくる! 三人でやるぞ! ゴート、いけるか!?」

「お任せを!」

 気丈にふるまっているがゴートもかなり重傷だ。先ほどの拳の直撃で鎧が大きく凹んでいる。口からは血を垂れ流しているし、額に脂汗が浮き出ていた。

 ゴートはそう長くは動けないだろう。おそらく、俺も。

 短時間で決めなくては。


 巨人の周りを三人で動き回り、腕を使わせる。

 巨人の意識をユイに向けさせない。

 狂乱状態で暴れているが、巨人もかなりの傷を負っている。

 腕を一本失ったことで身体の均衡をうまく保てないのだろう、先ほどよりは攻撃を避けやすかった。


 と、巨人の頬が大きく膨らんだ。あの液体が来る。

「避けろ!」

 どろっとした液体が巨人の口から吐き出された。

 液体が飛び散った周りの床が、音を立てて溶けていく。

 

「フェン、礫は?」

「もうねぇ! 使い切った!」

 なら、危険だが懐に飛び込むしかない。

 頭と右腕はさっきよりも酷い激痛で俺に警告してくるが、無視した。


 振り回される拳を避けて近寄り、脇腹を斬る。

 再び拳が迫りくるのを上体を逸らせて躱し、さらに右足の腿を剣で貫いた。

 巨人の叫びが空間を震わせる。

 

 間髪入れず、フェンが巨人の右わき腹を殴打した。

 したたかな一撃を喰らってよろめき、巨人が膝をつく。

 ほんの一瞬。わずかな隙だった。

 その絶妙な瞬間を狙って、ユイが矢を放った。

 矢はすさまじい速度で巨人の左目へ飛んでいき、深々と突き刺さった。


 巨人はひときわ大きい絶叫を上げて突き立った矢を握りしめる。

 痛みに悶えていたかと思うと、思い切りそれを引き抜いた。青い血がどろりと頬を垂れた。

 残る右目に、激烈な怒りをみなぎらせている。


 だが巨人に息をつかせないうちに、さらにもう一本の矢が放たれた。

 それは空間を裂くように高速で飛び、弓から放たれた次の瞬間には巨人の右目へと突き立っていた。

 見えていても、巨人ですらその矢を止めることはできなかった。

 右目をも正確に射られた巨人は視界を完全に失い、動きを乱した。身体をよろめかせて、地に手をつける。

 

「いけるぞ!」

 動きが止まった今が絶好の機会だ。

 回り込み、膝をついていた巨人の右足の腱を斬った。

 ゴートが左足に向けて斧を振り下ろし、足首から先を斬り飛ばした。

 巨人は両足の自由も失い、地面に倒れた。


 だが、そこでゴートも膝をつき、力尽きて斧を落としてしまった。

 限界に達したのだ。

 呼吸は荒く、さっきよりも酷く汗をかいている。口からは血と唾液とが混じって流れ出している。

 フェンが駆け寄り、ゴートを支えて巨人から距離をとる。  

 

 巨人の動きが止まっているうちに止めをささなくてはならない。やれるのは俺だけだ。

 起き上がろうとする巨人の顔の横に回り込む。

 巨人がつぶれた両目をこちらに向けてきた。視線は交わらないが、こちらを感じ取っているのだろうということが、なぜかわかった。


 死を直感してなのか。

 巨人の表情からは先ほどまでの怒りが消え、落ち着いた表情をしていた。

 持てる力のすべてを込めて、巨人の頭へと剣を振り下ろす。

 巨人の首から先が吹き飛び、切り口から激しい勢いで血が噴き出した。

 落下した生首が地面を転がる。


 巨体を支えていた腕の力が失われ、地響きを立てて地面へと倒れこむ。

 確実にとどめを刺すため、巨人の背中に乗り、心臓のあたりを左右ともに突き刺した。

 ここに心臓があるのかはわからない。だが、こいつは普通の生物ではない。念のためだ。

 巨人は全く動かない。完全に絶命した。


 石床に降りたところで、達成感と激しい痛みとで身体中の力が抜け、その場に座り込んでしまった。

 頭痛はさっきよりも激しさを増していて、酷い状態だ。

 右腕も痛すぎてどうかなりそうなくらいなのに、叫ぶ気力もない。

 それでも、無事に危機が去ってほっとした。もう大丈夫だろう。


 起きているのも限界で、倒れそうになったところをユイが駆け寄ってきて支えてくれた。

 表情を柔らげ、微笑みかけてくる。

「お疲れさま」

「ああ。さすが、ユイだな。助かったよ」

 ユイがかぶりを振る。

「ううん、みんなで勝った」

「そうか……そうだな」

 顔を見合わせて、笑いあった。


「ゴートは?」

「生きてる」

 そうか、良かった。

 なんとか首を動かして姿を探すと、フェンがゴートを横に寝かせているところだった。

 鎧を脱がせ、楽な姿勢にさせている。

 ゴートの意識はしっかりしているようだ。あの様子なら、死ぬことはないだろう。


 またしてもほっとしたら、急に視界が不明瞭になっていった。ユイが俺の名前を呼ぶ声が、遠くに聞こえる。


 瞼を開けていられず、目を閉じた。

 音が消える。

 俺は、また意識を失った。


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