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舞台裏の物語

 リタは先ほどジュークの入っていった扉をぼうっと見つめていた。

 中で何が起こっているのか。気にはなるが見てはならない。

 ……――――本当に、気になるが。

 そんな風に扉に穴が開くのではないかというほど、見つめていたリタの背後に誰かが立った。

「だ……」

 れ、の音を発音する前に口を塞がれる。そしてそっと耳元にささやかれた。

「声を、出さないでください」

「ラフィ……」

 名前を最後まで呼ぶことは出来なかったが、おそらく正解だろう。

「大声は出さないでくれますね?」

 頷くと、リタの口を塞いでいる手が離れた。

「……何をしに来たの?」

「リタ、口調を……」

 崩した言葉で問うと、ラフィットがそれを咎めようとした。しかしその言葉を最後まで言わせることなくリタは言う。

「今さら私と……私たちと距離をとる意味なんてないでしょ。ラフィット"お兄ちゃん"」


 ――――――――――――――――――――


 リタが初めてラフィットに会ったのは、五つの時。彼はリタの姿を目に留めると、ぽろぽろと睫毛の先から涙を溢した。表情筋を全く動かさずに泣くものだから、リタは大変動揺した。

 「レイ……」と、誰かの名を呼びながら、ラフィットが蹲ると背の低いリタでも彼より高い場所に顔があった。そこでリタはラフィットの葡萄色(エビイロ)の髪に手を乗せ、そしてその頭をそっと撫でる。

 リタの実の兄が泣いているリタにそうしてくれたように。

 しばらくするとラフィットの濃紫の瞳から流れる涙は止まった。

「……ごめん」

 泣いたためか震える声で謝るラフィット。

「……妹に、似ていたから。すまない、驚かせた」

 申し訳なさそうにラフィットが言う。リタはそれに答えることはせず、口を開き問う。

「名前、教えてよ」

 ラフィットは秒針が一周するほどの時間、ぽかんと口を開けそしてそれからその少し充血した目を細めて微笑んだ。

「ラフィット……普通にラフィットと呼んでくれて構わない」

 わざわざラフィットが付け足した台詞には従わず、リタは彼の名前にある接辞を加えて呼んだ。

「ラフィットお兄ちゃん」

 と。


 それから他の兄弟もできたけれど、ラフィットに対して『お兄ちゃん』と呼ぶのはリタだけだった。

 また、リタの年上にはジュークもいたが、ジュークに『お兄ちゃん』という言葉を付けて呼ぶこともなかった。


 しかしジュークの母親であり、ラフィットやリタたちの養母が亡くなるとラフィットはリタから距離を置くようになった。

 いや、リタからというより皆から。

 初めは意味がわからなかった。なにゆえ自分たちから距離をとろうとするのか。

 だから一度、思い切って聞いてみたのだ。

 ラフィットはそれに微笑んで答えた。『近くにいては守れないモノがあるから』。

 周りに飛び火しては取り返しの付かないことになるかもしれない。だから離れていた方がよいのだと。


 しかしまあ、実際は。


「意味なかったけどね!

 ラフィットお兄ちゃんはぼろ出しまくりだし、そもそも至るところから火が出てたら飛び火以前の問題だもんね」

 ラフィットはばつが悪そうにリタから目を逸らす。

「あ、別に責めてるわけじゃなくて……えーと、なんて言うか……」

 今度はリタが赤みがかった茶色の目を游がせる。

 そして「あっ」と声を挙げて

「ラフィットお兄ちゃんは基本的に何でもできるのに、いざというところで元々の馬鹿さを出すからしょうがないよねって……」

「……」

 反応のないラフィットを見て、リタは言葉選びを間違えたことに気づき言い直した。

「あー、馬鹿っていうか……阿呆? あっ、違う、そうじゃない。

 うーんと、んーと……んー、あ! おっちょこちょい!」

「……あなたは私のことを貶したいんですか?」

「えっ、いや、ううん」

「ならば何を……」

 ため息をつくラフィットに、リタは笑って言う。


「つまりさ、ラフィットお兄ちゃんは馬鹿で阿呆でおっちょこちょいだから分かってないかもしれないけど、どっちにしろ私たちから距離をとっても結果が同じだったなら、ラフィットお兄ちゃんには近くで笑ってて欲しいんだ」

 何言ってるかわかんなくなっちゃったね、と悪戯っぽく口角を上げるリタと「結局悪口全て詰め込みましたね」などと言いつつも赤らむ顔を隠そうとそっぽを向くラフィット。

 おそらくフェニルが見ていたのなら意地の悪い笑みを浮かべていたであろう状況だ。


 そんな何とも言えない微妙な空気の中、沈黙を破ったのはリタでもラフィットでもなく

「ラフィット! そこで聞いているのでしょう。来るなとは言ったけれど、こそこそ聞き耳を立てるなんて感心は出来ないわね。

 隠れているのなら出ていらっしゃい」

 というフェニルの声だった。

 そこで黙っていれば良かったのだが、突然の声に驚いた二人は同時に扉に頭をぶつける。

「……いったぁ……」

 と、うずくまるリタと、痛みに耐えながら小さく唸るラフィットの図はなかなかにシュールだ。


 そしてようやく痛みから立ち直った二人は打ち合わせたがごとく同時に顔を見合わせ、そして……笑った。


リタが一番裏表があったり……

お読みいただき、ありがとうございます。

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