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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
9章:撤退
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第94話「赤眼の悪鬼―2」

 左方から迫る一機は、アサルトライフルを撃ち掛けるままに後方へと流れて行こうと試みる。隻腕たる隊長機は、右方より刺突の構えを取って突撃している。牽制射撃と連携した一撃離脱――出来るだけ至近での接触時間を短くしようと試みた結果が、それだった。結果的には敵機の左右を二機が、真正面をヴァルノートが抑えて逃げ場を断つ。だが、三方向からほぼ同時に迫られる状況にあっても、敵機には全く動じる様子が無い。義手の如きナイフをひたりと下げ、右手にハンドガンを構えつつも、魂が抜けたかの如く動く事を止めていた。浴びせられる弾頭が装甲を擦過し、時折爆ぜて表層を抉っていく。

「私が、私があれを止めないといけないから……!」

 そうする事だけが、私に出来る全てだから。

 続けて呟いたかもしれぬ言葉が、ふっと脳裡を走っていく。同時に彼女の全意識は、瞬く間に距離の詰まった敵機へ向けて収束する。周囲の空間が語り掛けて来るような異常感覚こそが、彼女にとっての全て。動くか、動かないか。その狭間にあって、敵機の見せる動きが明確なイメージとなって流れ込んでくる。

『――捉えたぞ』

 通信音声では無い。突然、背筋を冷たくさせるようなイメージが、メイカと機体の間にするりと滑り込んで来た。思わぬヴィジョンにぎょっとした彼女は、自身ともヴァルノートともつかぬ眼を見開き、そして鋭く伸びる右脚部を大地に突き刺した。スパイク代わりに突き立てられた右脚部が、低木をへし折ってなお表土を抉っていく。あまりに急激な制動に、間違いなく彼女自身のものと分かる身体が苦痛を訴える。

 咄嗟に反応してからここまで、ほんの一秒と過ぎてはいない。しかしこの時既に、彼女は行動を起こすのが遅すぎたと直感していた。もう避ける事が出来ない(・・・・・・・・・)

「まさかわざと誘い込んだの⁉」

 唐突に投げ捨てられたハンドガンが、宙を舞う。敵機は左右から展開される火線をすり抜け、ステップを踏むかの如く後方へと下がった。ほんの僅か、1mとて離れていない空間を徹甲弾の雨が刻んでいくが、今度は至近弾となっただけで僅かにも着弾し得ない。そして、ヴァルノートの眼前で敵機の刃が円弧状に閃いた。変形した三日月を連想させるような美しい太刀筋が、敵機から見て左方の隊長機へ向けて振り抜かれる。

 隊長機の首筋に光が走ったかと思えば、既に簡易装甲区画を狙った一撃は頭部を分離していた。すれ違いざまに別れさせられた身体を追うかのように、空間を泳いでいく生首。白い残像と共に斬り飛ばされた頭部が、奇妙なまでに静止して見える――その一瞬。不可思議にもニヤリと嗤ったように見える敵機が、義手に連なる左肘をすっと溜める姿があった。

 そのまま前方へと突っ込むはずだった隊長機が、続けざま義手状のナイフに刺し貫かれる。脇腹付近を深く貫かれ、無様な死体の体を晒すこととなった隊長機に、もはや抵抗する術は残されていない。あとは自身を切り刻んだ敵機に対し、鉄屑と化した身を任せるだけだった。

 唸りを上げて半回転する敵機が、いつの間やら携えていたアサルトライフルを乱射。火線の中心たる自機を軸に、死体と化した隊長機を極めて強引に振り回しだす。同時に、開いていく扇のように空間を切り裂く火線は、後方より狙いを付けていた一機にも隙を与えない。大胆にして苛烈な早業――寸刻の間にもがらりと入れ替わってしまったのは、攻守の立場だった。

 敵機が隊長機を正面に向けて放り投げる、そんな所業を止められる者は誰も居ない。バキンという金属が破断する嫌な音を立てながら、隊長機だったものが敵機の左腕より離れる。

 メイカにとっては予測通りの軌道で、しかしあまりに深く誘い込まれてしまったタイミングで、数十トンの質量弾がヴァルノートの正面より降りかかって来る。ヴァルノートの片手にはアサルトライフルがある、撃てば多少なりとも軌道は変えられる。と、無意識の内に照準を合わせたなら、思わずトリガーに掛けた指が動き出しそうになる。

 だがそれだけだった。向けたライフルは遂に撃たれる事無く、代わりに全力の回避運動が展開される。人間の限界に匹敵しようかという稼働範囲、あるいは一般的なマシンのそれなど遥かに超えた運動性能が、めくるめく戦闘の最中に片鱗をのぞかせる。

 回避の瞬間、MNCSを通じて機体にもたらされたのは、マシンにとってはあまりに過酷なはずの操作指示。装甲の稼働範囲から鑑みて、本来なら動作出来るはずもない範囲への動作要求だった。複数の薄いユニットに覆われる身体全体に、赤い毛細血管のような発光パターンが浮かび上がり、陽炎のように消える。そのパターンと連動した脚部、腰部装甲の幾つかが展開され、更に拡張された可動範囲を以て機体全体が殆ど直角に飛び退いた。

 隊長機が投擲される予測軌道からは数mほど逸れ、なんとか直撃の軌道は免れる。ただし問題は、そのギリギリまで敵機の姿が覆い尽くされていた点にある。まさに敵機がそう仕向けた通り、遮蔽物の影に隠れていた僅かな時間に、既に照準は確定されていたに違いなかった。ただし、それがヴァルノートに向けたものでは無い事も、彼女は既に理解していた。

 敵機肩部の大口径砲が、ヴァルノートよりほんの少し右にズレた地点――まさに放られたばかりの隊長機へ向け、ぽっかりと(くら)い口を開ける。その光景が意味するところも、直後に起こる事も、ヴァルノートを通じたイメージによって把握している。しかし遅過ぎた。肩部の大口径砲に微かな光が生まれ、次の瞬間には、砲口から噴出して来た炎光が黒曜石の装甲さえも嘗めていく。

 分かっていたにも関わらず、大口径砲が隊長機を撃ち抜く場面はそのまま再現されてしまっていた。動力炉を撃ち抜かれた隊長機が、内部に秘めていた高密度プラズマを一気に膨れ上がらせる。俗に〝爆発〟と称される核融合炉破壊時の現象が、途端に大気内物質の反応活性を高め、灼熱の炉と化した空間は敵機もろともヴァルノートを包み込む。

 粒子線の嵐が装甲表層に殺到し、特に繊細な電装系にまでその影響を及ぼす。ヴァルノートとリンクしていた感覚がブチブチと剥ぎ取られていく、操縦している当人にとってはそうとしか表現のできない苦痛がもたらされ、抑えきれない悲鳴が短くもコックピット内に響く。殆どのセンサー感度が恐ろしいまでに低下し、機体は瞬く間に機能不全へと陥っていた。

 突如として閉所に取り残されたような感覚が、コックピット内の彼女を襲う。そして抑え込んでいたはずの恐怖が、心の深層から再び全身に染み込んで来る。その様を、他ならぬ彼女自身がありありと感じ取る事が出来てしまうのは、最大の不幸であったかもしれない。だからこそ、目を逸らせなかった。ゆっくりと浸透して来る現実が、まずは欠損したモニター中に映り込む敵機という形で現れた。

 (えん)(えん)を纏う人影。高温で揮発した塗装は吹き流され、その奥に佇む姿が徐々に露わとなる。

 敵機は高温で炙られたばかりの全身を、ところどころ白く爛れさせている。熔けかかった肩部装甲に連なる左腕などは、不自然な方向に曲がったきり動こうとはしない。右手に携えられている黒い飴細工にしても、それは高温・高圧によって捻じ曲がったアサルトライフルの残骸であるらしかった。だがそれでも――あれだけの爆発を至近で受けたにも関わらず、敵機は動けている。その事実だけでも、メイカをメインモニターの前で呆然とさせるには充分過ぎた。

 無論、彼女が知る由も無い。元来、大出力陽電子砲の運用を前提として建造された一号機には、耐曝(たいばく)複合材〈CLOP(クロップ)〉と呼ばれる特殊な装甲が採用されていた事を。そしてあらゆる機体の中でも、その放射線防護能力は一位二位を争う程に高いのだという事を。故に動ける。戦える。

 一人の男の執念を乗せた機体からは、隠しようも無く漏れ出して来る何かがあった。脳裡を過る声という形で、メイカはたしかにそれを聞いてしまった(・・・・・・・)

『貴様なのか? やっと……会えたのか?』

 屈折した喜びに打ち震えるその声を聞いて、彼女はようやく理解した。全身を焼けただれさせても尚、相手が何を望み続けているのか。そして、自爆紛いの攻撃が出来るという事実は何を意味していたか。

 気付けば、動けなくなっていた。見開かれた目からは、遂に許容量を超えた恐怖が、涙という形を取って溢れ出していた。真に殺意を理解した心は震え、彼女自身に向けられた現実を悉く拒絶するばかり。何を伝えようとも揺るがないと見える執着を前に、出来る事と言えば、幼子(おさなご)のようにいやいやと首を振る事ばかりだった。

『どうしてあの場所に居た、どうしてあの時だったんだ……』

「違う……私じゃないの、違うの!!」

 相手に届くはずもない訴えが、一歩ごとの歩みに揺れるコックピット内を駆け巡る。圧倒的な殺意を以て敵機が近付いて来る様は、わざわざ見なくとも感じ取れる。だが、その振動は突如として止み、メイカは思わず視線を上げた。故に、見てしまった。

 黒化した隊長機の残骸を踏み砕き、敵機がヴァルノートの真正面に立ちはだかっていた。慈悲は無く、ただ発酵し切った怨讐の念を以てその姿は成り立っていた。そして見る間にも、悪意を湛えているかのような緩慢さで、長大な砲身が背後よりずるりと引き出されていく。その内にガコンと金属同士が噛み合い、砲口が真っ直ぐにヴァルノートへと向けられ――。

「え……?」

 発射の炎光が視界を真っ白に染め上げ、次の瞬間には機体ごと後方へ大きく吹き飛ばされていた。瞬く間に転回するモニターには、発射の反動を抑え切れなかったらしい敵機の姿がちらりと映り込み、激震する視界に捉えられる。

 遠くなりかける意識。しかし息も止まるような衝撃を感じたのを最後に、後頭部が焼けるような痛みに襲われた。それを契機に、呼吸もままならなくなっている現状が理解され、半ばパニックに陥った意識が本能的に酸素を求める。二度、三度激しく咳き込んだ後に、ようやく肺の潰れたような感覚から解放された彼女は、ヴァルノートの右肩部装甲がごっそり吹き飛ばされている様を見て取った。敵機もまた大きく損傷していたおかげで、コックピットは逸れたようだった。しかし、次は無い。

『どうして、アリエルだったんだ……!』

 起き上がり、その最中にも問い掛けて来る敵機は止まる事を知らない。メイカへ――否、彼女を腹中に収める黒曜石の機体へ向け、満身創痍の体でなおも進んで来る。それは、ヴァルノートというマシンの業が、メイカを押し潰さんと降りかかって来るに等しい。その圧力に、もはや耐える事は出来なかった。

『答えろオオォ!!』

「来ないでエエェ!!」

 恐怖との折り合いを付けられなかった精神が収縮し、収斂(しゅうれん)し、押し潰された末に反発する。瞬間、身体の奥底で激発した熱の奔流が身体を貫き、メイカは目の前の敵機へ向けて初めて敵意と呼ぶに相応しい感情を向けた。それは敵機より湧き出てくる殺意と混じり合い、ヴァルノートのMNCS制御系統へ異常な活性をもたらす。

 陽炎の如く現れた発光パターンが、毛細血管のような幾何模様を取ってヴァルノートの全身に定着する。いつになく禍々しい血色が、装甲裏に覗くフレームより滲み出す。頭部に煌く双眸は鋭さを増し、それに伴ってメイカに流れ込んで来る感覚までもが格段に拡張される。

 再度、敵機肩部から発射された装弾筒付翼安定徹甲弾〈APFSDS〉など、空中に静止し続ける金属棒でしか無い。更に没入感を増した彼女には、空間が語って来るように錯覚されるような情報の塊が、手に取るように把握出来ていた。機体もまた、それに応えて尋常ならざる運動性の真価を発揮し始める。空中で叩き折った装弾筒付翼安定徹甲弾〈APFSDS〉の一部を握り締め、ヴァルノートは敵機へ向けて突進を掛けた――。

 しかし、それ故に気付かない。ノイズの走るモニターに〈Re():TROS(トロス)〉という表示が浮かんでいた事を。それが意味するところなど知らず、考えず。過去に囚われた男との死闘を繰り広げるのみが、今の彼女にとっての全てだった。


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