第92話「過去に囚われようとも―2」
一号機に繋げられようとしている通信は、受理されることも無く拒絶のノイズを垂れ流し続けていた。しかし、望遠モニターに映し出される二機の戦闘から、火花の彩りが絶える事は無い。互いの消耗など一切感じさせず、それどころかますます勢いを増しているようにさえ見える。あの只中であるなら、通信要請など見過ごしていてもおかしくは無い。言い訳染みた解釈で現状を理解し、ルーカスはサブマシンガンの照準――精密照準用スコープに表示される照準線を見据えた。
『コード2からコード3へ。やむを得ない、このまま〈Unknown〉の後方に牽制射撃を撃ち込む。距離は取っておけ、そして一号機には絶対に当てるなよ』
「コード3、了解。こっちに気を散らしてくれれば……!」
慎重にトリガーボタンを押し込み、サブマシンガンの駆動する振動をシート越しに感じ取る。次々と発射された弾頭は、若干散らばった火線として未確認機の後方へと伸びていく。ほぼ同時に、二号機からの連射もより鋭い火線となって目標に撃ち込まれ始める。
激しい近接戦闘を繰り広げていた二機の後方、開けた谷底に敷き詰められた岩石が、二重の直線上で次々と砕かれていった。岩塊の砕けた破片が飛散する中、隙間を埋めるように細かな砂塵が舞い上がり、束の間遠方の視界を奪う。だが、赤外線域で捉えた映像がヘッドマウントディスプレイに投影されているなら、見える光景がさして変わる事は無い。相変わらず二機の姿を見る事は出来たが、その戦闘の様子が殆ど変わりない事にルーカスは驚愕した。
「あいつ……大尉の方も、まるでこっちを気にも掛けないで!」
気付いていないのか。まさかそんなはずは無いと心中で打ち消す。あれだけの牽制射撃を浴びせかけたのだから、機体の電子機器が死んでいても気付くはずなのだ。だが、それでもリーグからの指示内容はぶれない。
『コード2からコード3へ。敵の三機が到着するまで、このまま続けるぞ』
「コード3、了解。あと二分半くらいってとこですかね」
サブモニター上、敵機を示す光点の座標に目を通しながら答える。三つ連なった光点は今度こそ、姿を隠すとも無く未確認機との合流を目指しているようだった。直接来ている分、未確認機一機だけに火力を集中出来る時間は少ない。それまでに一号機と引き離さなければならないというのだから、三号機に発射させる弾頭の数も自然、多くなっていた。間合いを見計らって、機体を更に二機の元へ接近させる。フルオートで撃ち込まれ続ける弾頭が、構わずに辺りの地面を抉り取っていく。
しかし相変わらず、砂塵の向こうから敵機が仕掛けて来る様子は無かった。一号機からの応答がもたらされる気配も無く――あるいは敵機との戦闘でそれどころでは無いのかもしれないが――、ルーカスとリーグに焦りの色が滲み始める。敵トール部隊の予想到着時刻まで、あと一分と少し。
『コード3へ。近接戦闘で仕掛ける』
やはりという思いと共に、すぐさま「了解」と返答する。右肩部から勢いよく引き抜かせたのは、コンバットナイフの一振り。支援射撃で引き剥がせないのなら近接戦闘を仕掛けるまで、と上手くいくかも分からぬ方針を心に唱える。
『俺が接触するまでは七時方向から援護、いくぞ!』
二号機が先行し、未確認機の背後から突撃を掛ける。斜め後ろを追従する形の三号機の手には、やや前方に向けられたサブマシンガンも構えられている。相変わらずこちらへの興味を一切窺わせない未確認機をちらと見やり、ルーカスはトリガーボタンを押し込んだ。
味方へ当たらぬようにと遠ざけられた射線が、二号機を覆い隠すように展開される。その時点で、未確認機にとっての逃げ場は無くなったも同然だった。正面から迫る一号機が退路を断ち、背後より迫る二号機がこちらに背を向ける事を許さない。未確認機があくまで無関心を貫くなら、次で詰みだとルーカスは確信する。一号機との挟撃を図る形で、二号機がコンバットナイフで仕掛ける。ぎりぎりまで粘ってようやく引き抜かれた刀身が、抜刀と共に脚部へ向けて振り下ろされる。
二号機が懐に飛び込む瞬間まで張られていた弾幕は――波状攻撃を見越して張られていた牽制射――は、接触の寸前に絶妙なタイミングで途切れていた。完璧なタイミングで実行された連携攻撃の初段は、まずは未確認機への一撃を叩き込む事で達成されるかに思われた。しかし、その最中にルーカスは見てしまった。全くの無反応を貫いていた未確認機が微かに振り返り、こちらを一瞥した様を。そしてその頭部に煌くセンサーがT字では無く、ヒト型に相応しい双眸を象っていた様を。
見間違いか。サブマシンガンを格納して突撃姿勢を取らせた三号機――もう引き返せない連携攻撃の最中で、ルーカスはふいに浮かび上がった不安に襲われる。トップスピードに乗る寸前となった三号機の前では、二号機が刺突直前と言った様子で逆手にコンバットナイフを構えている。未確認機は避ける素振りも見せず、正面方向に居る一号機にのみ構えを取り続けている。全くの無関心、いっそ無防備にも思える敵に一撃を加えるのは極めて容易に思われた。
しかし、その頭部正面を飾る微光がふいに強まった。今度こそ見間違いなどでは無く、双眸を形作る輝きがはっきりと見て取れる。ヒトの顔だ――、考えるとも無く直感したルーカスの眼前で、二号機の突き出したコンバットナイフが空を切り、黒曜石の輝きが視界から消える。次の瞬間には、二号機が咄嗟に構えた両腕目掛け、機体重量を存分に乗せた鮮やかな回し蹴りが打ち込まれていた。
上へと飛び上がった敵機の攻撃。そう理解出来たのは、二号機が吹き飛ばされる様を見てからだった。今更引き下がれば逆に危ない。怯む感情を抑え付け、三号機のスロットルレバーは緩めずそのまま押し込み続ける。逃げたい、本能はそう叫び続ける。
「……クッソオオ!」
ロクな牽制を受けることも無く、三号機は未確認機の懐へと飛び込もうとしていた。怪しげに潤う黒い装甲が、今までになく至近に捉えられる。少し視線を上げれば、幽暗たる輝きで満たされた双眸がこちらを見据えている。わざわざ逃げるでも無く、避けるでも無く、ただ剣呑たる空気で三号機を待ち受けている。瞬間、触れれば途端に斬られてしまいそうな威圧感に呑まれかけ、ルーカスは操縦桿を握り締めた。黒い装甲から放射される圧迫感へと斬り込むように、三号機がコンバットナイフを振るう。横真一文字、間合いを詰めながらの一撃は、やはり空を切る軽い感触しかもたらさない。予期していたにも関わらず、未確認機は視界から完全に消え失せていた。
慣性に流されるまま振り返り、信じられぬ早業で背後を取られていた事に気付く。コックピット内壁を透過して合成表示された景色の中、背後に控える未確認機の双眸は微かに光っていた。下段に低く構えられた鉈の刀身もまた、鈍く光っていた。
殺られた。もはや過去形で事を認識しようとする脳髄は、攻撃を不可避のものとしてしか捉えない。無意識にフットペダルを踏み込もうとするも、間に合わない。ルーカスは半ば諦めかけていた。否、諦めたという自覚すら得る間もなく、未確認機がしなやかな動きで鉈を振り上げる様を見ていた。しかし、刃が触れようかという寸前でその動きは鈍り、敵機が勢いよく飛びすさる。直後、視界の端でパッと何かが光った。まるで思い出したかのように横から浴びせられた火線が、三号機の装甲すら掠めて目の前の空間を切り裂いていく。
咄嗟にフラッシュの源へと視線を飛ばせば、派手に吹き飛ばされていたはずの二号機が、フルオートでアサルトライフルを放っている。命拾いしたとの一念に浸る間もなく、ルーカスはそのまま急激な加速Gに肋骨が軋む音を聞いた。三号機はいつの間にか踏み込まれていたらしいフットペダルの操作に従い、弾かれるような勢いで前方へと突き飛ばされていた。瞬時に全開されたメインスラスターの急加速に、たまらずバランスを崩した機体は地面へと突っ込む。激しい振動の中、辛うじて片足立ちで機体を起こし続けるも、止まったのは10mほども谷底を削ってからの事だった。
その間にも鉈を振るおうとしていた未確認機は、弾幕から逃れるように側面へと回り込んでいる。巧みな挙動で三号機を盾とし、返す刀でアサルトライフルの銃口を突き付けて来る。これもまた至近、放たれれば避けようも無い。無様にも体勢を崩していた三号機を慌てて振り向かせたが、それが限界だった。今度こそサブマシンガンの銃口を向けようとするも、やはり相手の方が早い。三号機の鋭敏なセンサーが、未確認機の駆動する前兆を捉えて警告して来る。
だが、今度は未確認機の正面方向から迫る物体があった。真正面からの衝突も厭わぬ加速で飛び掛かったのは、一号機。二号機からの牽制射に追い込まれた目標を狙って、蹴りと連動した脚部大型パイルバンカーの一撃を叩き込む。
いちいち行動を予見でもしているのか、またも寸前で回避動作を始めていた未確認機だったが、今度ばかりは無傷とは行かなかった。蹴りと連動して放たれた巨大な杭がリーチを伸ばし、間合いをはかって身を翻した未確認機の肩部を削る。黒曜石のボディに刻まれた一つの擦過痕――初めて受けたらしい損傷に戸惑いでもしたのか、未確認機が拍子抜けするほどの潔さで後方へと退いていった。
やり場を失った三号機のサブマシンガンの銃口からは、申し訳程度の牽制射が放たれた。が、瞬く間に退いていく背中を追うだけの事だ。どっと噴き出して来た汗が、今更になって冷たい。効果的な反撃もままならない体勢から機体を起こし、ルーカスはようやく一息つく。こちらにやっと反応を返した一号機の様子を見やるのは、それからだった。急き込む様子で畳み掛けるリーグの声が、共有回線越しに三号機のコックピット内に聞こえて来る。
『バルト大尉、いったいどうなさったんですか。あなたらしくも無い――』
『俺らしさだと? とにかくリーグ中尉とルーカスは手を出さなくていい、あれは俺がやるべき敵だ。下がっていろ』
いつになく硬質なバルトの声が、感情の一切を遮蔽していた。しかし、一方のリーグもここで引き下がりはしない。
『そんな指示が――! ただでさえ四号機が抜けて、我々の戦力は低下している状態なのです。加えてあの未確認機の性能は尋常じゃない。連携を取ってこちらへの追撃を断念させるべきでしょう、あの未確認機だけでもです』
未だ警戒を緩めていない二号機が、未確認機の去った遠方を見据え続けている。『敵トール部隊の三機も合流しつつあるようですから』と付け加えた言葉に、嘘は無い。
だが、バルトの様子に微塵も揺らぐ部分は感じられなかった。一号機という存在越しにも伝わって来る気迫が、こちらの勢いなど吹き飛ばすかのようだ。滲みだす、徐々に綻びはじめた口調の端々に殺気がこもり出す。そして遂に、『あの時、奴が――』と切り出されたバルトの激情が、真正面から二人に叩き付けられる。
『奴が現れてから、俺は何もかも失った! アリエルも、アリエルを失くした後の生き方も、あの時の俺にあった全てをだ。……なに一つ報いてやる事すら出来ずに、今更忘れる事なんて出来るはずがないだろう』
触れてはいけない急所、あるいは逆鱗とでも呼ぶべき決壊の要は、今まさに剥き出しの状態で晒されていた。これ以上ない程に生々しい感情の凝集が、過去に囚われ続ける一人の男から溢れ出す。最後には縋るような響きになって、更に怨讐の度合いは増していく。
『だから決着を付けると言ったら――それは、そんなにもおかしな事なのか?』
出来るのならとっくの昔に忘れている、とでも言いたげな沈黙が走る。心底苦しげな口調がバルトの表情に重なれば、ルーカスもリーグも、もはや何も言う事は出来なかった。スピーカー越しにさえ、言葉には表されていない感情までもが漏れ出してくる。
『まさか、ではあの機体が……。信じられない』
「あれが、やっぱりフェンリルの機体……なのか」
意識するとも無くこぼれ出た疑問に、『違いない』と静かな肯定が加えられる。
『十二年前のレオーツに現れたトールだ。色も形も、性能さえあの時のままだ』
血を滴らせるような一言一句の響きが、淡々とした口調の中にも只ならぬ執念を感じさせる。十二年もの年月が発酵させたそれは、ただの憎しみというに留まらない執念の塊だ。ルーカスには計り知る事すら叶わない重みが、目の前で吐き出されていく。吐き出されているはずなのに減る事すら許されず、更なる深みへと溜め込まれていく。心なしか、未確認機の方を見つめる一号機のカメラアイが揺らいだように見えた――パイロットの情をそのまま引き写したとも思える、ヒト型に相応しい錯覚だった。
『では、大尉はあれをここで片付けると……引くつもりは無いのですね』
どこか慮る調子で、慎重な言葉がリーグの口より紡ぎだされた。長い沈黙の後、『ああ』とだけ、ごく短い返答がもたらされた。彼ら三機の前方には、再び迫って来る未確認機の姿が捉えられている。相手が完全に撤退した訳ではないと分かったからには、もはや止められる状況では無い。止める資格すら、きっと自分達には無いのだろうとルーカスは直感する。
一号機が、一歩を踏み出す。まずは未確認機の周囲へまとわりつく三機の敵トール部隊に向けて、隠すとも無く殺気だった気配を向ける。『所定の作戦プランに沿って足止めを頼む』と残した言葉を最後に、一号機はその只中へ突っ込んでいた。
なにを言っていいのかも分からず、ルーカスは再び三号機に多薬室ライフル砲を構えさせた。覗き込んだ精密照準用スコープの先では既に、一号機が恐るべき速さで敵の一機を打ち倒していた。自身の命すら惜しまぬバルトの戦い方は、ルーカスにとっては素直に恐ろしいものとして映り込む。理性的なはずの人間をそうさせてしまうだけの怨讐もまた、計り知れない恐ろしさを秘めている。その感じ方をどう表現すれば良いのかも分からず、しかし紡ぎだされた言葉は彼自身の胸に焼き付けられた。
「あんな戦い方で良いはずが……して良い訳がねえよ。どうしちまったんだよ、大尉殿」




