第67話「有効射程距離50km超の攻防―1」
夜の闇を切り裂くように、ある地点からの砲撃は絶え間なく続いていた。大きく弧を描いて飛翔する弾頭は、対施設攻撃、あるいは対艦攻撃を想定された大型の榴弾である。それは戦車の主砲であっても発射する事は出来ず、大きさ故に発射元が限られる弾種でもあった。
しかし、心ばかりの走破能力を与えられた巨大な榴弾砲――――いわゆる自走砲は、難なくそれらの弾頭を夜空へと吐き出していく。徹底した自動化が推し進められた装填機構により、運用に際してさほどの人員は必要ない。それでも必要とされたのは砲手であり、自走砲本体の操縦を担当するドライバーだ。そして彼らの軍服に施されているのは、ゲルバニアン軍の栄光を高らかに謳うエンブレム。無論、彼らが操る自走砲もまたゲルバニアン軍の装備であり、その砲口が向けられた先にはエークス軍の姿がある。まるで獲物を追い込むかのように、巨大な砲口は稜線を盾として火を噴き続けていた。覇者たるトールが君臨する戦場にあっても尚、後方支援に勤しむ陸戦兵器の姿がそこにはあったのだ。
しかし、自走砲という兵器の特性は、それが単独運用される事を許容するものでは無い。付近には索敵を担う装備が展開されるべきであり、砲撃に特化した故の脆さを補う装備も必要である。つまるところ、それらの兵器を有効な戦術単位としたいならば、各々の特化性を以て相互に弱点を補完する必要があるのだ。現に、付近へ展開している小型陸上艦艇との関係などは、まさにその典型例と言えよう。
艦艇の全長は7m程度。正面から見れば些か扁平とも言えるボディには、主動力源たる大型バッテリー――――特殊な結晶が詰め込まれた、圧力容器の積載スペースも確保されている。動力源として核融合炉を採用しないのは積載スペースの問題、ディーゼル機関を採用しないのは、それが既に廃れて久しい技術であるからだ。しかし、加圧型結晶バッテリーの全面採用によって得られた静粛性・排熱量の低さは、この艦艇が高い評価を受ける要因ともなっていた。殊に国境パトロール部隊のような小規模部隊であれば、隠密性や運用性に優れたそれが配備されているのは常である。お世辞にも戦闘力が高いとは言えない連絡用艦艇ではあるが、果たしている役割までも小さい訳では無いのだ。
第五十二辺境機動警備隊。通称、国境パトロール部隊の指揮官となったオフド=トーカス少佐も、この艦艇を決して嫌ってはいない。小型であるが故に居住性が良いとは言えないが、それでも最低限、拠点間の中距離を移動するに十分なスペースはある。その上、艦体上部に幾つも張り出した索敵・通信用設備が示すように、電子戦能力も他の陸上戦艦に比して劣るものでは無い。だが、オフドが最も評価している点は艦の静粛性であり、敵の索敵範囲内に潜り込めた程の、被探知性の低さであった。
まさにそういった艦の利点を最大限活かす形で、オフド率いるパトロール部隊はホエールに奇襲を掛けるに至ったのである。そして、その艦体最前部に配置された統合指揮スペースにオフドは居た。無論、彼一人という訳では無く、狭い指揮所に詰め込まれた軍人の一人としてである。自走砲が火を噴く度、彼はマズルフラッシュに照らされた隊員達の顔を容易に見て取ることも出来た。だが、指揮官たる軍人によそ見をする時間などは与えられない。手にした通信機に怒鳴り付けるだけでも、彼は十分過ぎる程に忙しいのだ。
「――――ああ、そうだ! 敵トール部隊へ向けての予備砲撃は、もう十分だと言ったんだ! 奴らは少数だからな。直掩に付かれるまでは、部隊の足の方を狙え」
オフドの持つ通信機は、自走砲の一つを操る砲手に繋がれていた。通信先であくまで敵トール部隊の足止めを進言する砲手に、オフドは苛立ちを隠せない。砲手は、オフドが部隊の指揮官に任命される前から、同部隊に在籍していた軍人である。その彼がオフドの判断を信用しない背景には、パトロール部隊がいわゆる左遷先の部隊として知られている事実があった。つまり、『ここに飛ばされてきたからには、無能の烙印を押された軍人なのだろう』という憶測が、オフドには付いて回っていたのである。
それを分かっているからこそ、彼は苛立ちもするし、悪評は自らの戦果を以て覆そうとも考えていた。もし、その行動を邪魔しようとする相手が居るならば、それはオフドにとって敵でしかない。今や汚名を濯ぐことこそが、彼の行動原理足り得る唯一の野心となっていたのだ。
「フェンリル様も居なくなった今しかねぇだろ。何の為に、通信も取らずにチマチマ準備してきたと思ってんだ。わんさか仕掛けたトラップも無駄にする気か!」
半ば机へ叩き付けるように、オフドの手から通信機が離れた。しかし、各部隊へ命令伝達をしている通信士などは、いちいち向き直る事も無く任務を遂行し続けている。それは、そういった光景が軍隊の常であると同時に、合理的な判断であると理解していたからでもあった。
つまり、『一方的であっても命令は命令であり、いくら無駄口を叩こうとも、上官の命令とあらばそれを遂行しなければならないのが軍人』という事である。そして、その大前提に任せ、一砲手との不毛な議論を打ち切ったオフドの姿勢は正しいものだった。少なくとも、そう判断した通信士の大半は、オルテン基地の元オペレーターだった者達である。そして彼らは、基地が陥落させられた後も、オフドの下に留まる事を選んだ者達でもあった。
「少佐。敵艦の進出速度が、予測のそれよりも一割ほど低下しています。我々の索敵範囲外に、未だ合流していない部隊が居るものと――――」
「んな事に構うな……この機を逃すほどの事態でも無いだろうが。トール部隊へ! 作戦開始時刻を以て待機命令を解除。並びに、各員の判断による攻撃開始を許可する」
基地から脱出した当時のまま、オフドの部下達は忠実に任務を遂行している。変わったのは場所であり、設備であり、彼ら自身が置かれた立場だけなのであった。その事実に対し、オフドはやはり戦果を以て報いねばならないと考える。通信士たちもそれを知ってか知らずか、傲慢とも誤解されやすい彼の態度に、粛々と任務に応じることで応えようとするのであった。
「了解! パイロット各員へ許可が下りたと伝えろ、少佐からの指示だ」
「ついでに待機中の小隊へ繋げ……とは言っても、他にトール小隊はいねぇな」
……まあ、それでも他のパトロール部隊に比べりゃ恵まれてる方だがな。一応正規の軍人ってだけでも、少しはマシになるってもんだ。
オフドの言葉を受け、通信先の一つが待機中のトールへと繋がれる。すぐさま応答したのは、三機しか無いトールの内、現場指揮を務める一番機のパイロットであった。
『こんな時に何かと思えば……少佐殿、随分と神経過敏になっているのではありませんか?』
「貴様も分かってんだろうが? この機会を逃せば、国境パトロール部隊に飛ばされた俺たちがどうなるか。偶然見つけたチャンスくらい物にして見せろ」
『ええ、ええ分かっておりますとも。少佐殿からの指示は全て、遂行してみせますよ』
「なら良いがな? まずは観測班からの報告が入り次第、地形を盾に気取られないよう接近しろ。それと敵トール部隊に接触するなんて事は控えておけ、目標はあくまで敵大型輸送艦だ」
『了解! 我々はケツを晒して逃げ回るだけであります……心配なさらずとも』
画面が暗転し、通信が切られた事を告げる。その直前、パイロットが浮かべた笑みは不敵そのものであった。しかし指揮官にとって、それは作戦遂行の不安定要因としか映らない。最も分かりやすい類の危うさだった。
とはいえ、オフド自身、彼らがいかなる処遇を受けて来たのかは理解しているつもりであったから、目前に迫った戦果を望む気持ちは理解できる。そもそもオフドの目的とて、彼らが望むものとそう大差はないのだから当然の事だ。
ただし、それだけでは足りないという事を理解しているのは、彼だけであった。自らの置かれた立場を如何にして覆すか――――その視点に立った場合、たかだか輸送艦一隻と言う戦果はオフド達にとってあまりに少ないと言わざるを得ない。
……敵の大型輸送艦。俺たちが一方的に準備して来た以上、あれに対しては勝算もある。あの厄介なトール部隊が分断状態にある今なら、現時点の戦力を以て沈められないという事も無いだろう。だが、それだけじゃあ足りない。決定的に足りないのだ……。
ゲルバニアン側の有利に進んでいく戦闘とは裏腹に、オフドの感じる焦りは本物であった。それは彼が戦術的な視点以上に、政治的な視点で局面を見るタイプの軍人であったことに依る。彼の目が真に捉えていたのは敵大型輸送艦では無く、むしろ戦闘が終わった後の局面であったのだ。
だからこそ、彼にはやるべき事があると分かってもいた。行き詰った立場を打開できる何か、それを欲して彼は動く。
「いいか? 俺は一旦ここを離れる。後の作戦展開は予め指示した通りだ。予定シークエンスまで達したら、自走砲なんか捨てても構わねぇから、とっとと離脱しろ。被害は最小限に抑えろよ」
「了解であります、少佐」
あくまで従順な部下達を指揮所に残し、オフドは艦外へと通じる装甲ハッチを開放した。途端に室内で聞くものとは違う、鋭い砲撃音が耳朶を打つ。今更ながら、指揮所内に施されていた防音措置も無駄では無かったのだと理解しつつ、彼の足は艦付近に停車する簡易装甲車へと向かっていった。その性能は、あくまで一般的な兵員輸送車としての域を出ないものであるが、国境パトロール部隊にとっては最も使い勝手の良い足である。既にその車内には武装状態の隊員が複数待機しており、アイドリング状態にあるメインモーター同様、オフドの到着を待っているのであった。
そう。彼らは待ち受ける仕事に向け、予め準備をさせておいた隊員達である。些か過剰にも思える程の対人武装は、やはり必要なものとしてオフドが装備を指示したものだ。
「少佐殿、お待ちしておりました。各員に異常はありません」
オフドが車内に入るなり、特に大柄な男が報告を行う。やはり数は少ないが、彼もまた基地脱出時より付いてきた部下の一人だった。更に言えば、他の武装した隊員達も全て信頼のおける者のみで構成している。ここまで慎重に人選を進めるからにはやはり、それが必要な措置であることに違いは無い。全ては彼の――――ひいては、第五十二辺境機動警備隊員の宿願を果たす為である。そのきっかけたる何かは、彼らにとってリスクを冒してでも探るべきものであった。
「なら発進させろ。目的地はタレー特設基地……これから宝探しと行こうじゃねえか」
走り出した装甲車は驚くほど滑らかに、且つ安定して悪路を攻略していく。これから不測の事態が起こらぬ限り、彼なりに算出した予定到着時間は狂いなく果たされそうであった。
作戦は敵機動部隊への牽制砲撃に始まり、敵艦本体への間接射撃。更には機動部隊による敵艦の強襲へと移行している。その中に組み込まれた予定として、あるいは作戦の最終目的として、設けられた行動を前後させる訳にはいかない。だからこそ、それが予定通りに進むと分かったオフドは、心中、多少の気の緩みを自覚せずにはいられなかった。だが、ある意味彼らにとってはここからが本番でもある。
……あると分かりきっている宝など、探すには値しない。が、俺たちには必要なものだ。悪く思うなよ、カルサ=ベルボット少佐。
止まぬ砲撃が展開される主戦場を横目に、簡易装甲車はタレー特設基地へと向かう。夜の闇に紛れて進むそれは、誰に捉えられることもなく基地警戒圏を抜けていくのであった。




