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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
9章:撤退
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第65話「ある老人は知を、ある俗人は権力を欲す―1」

 巨大複合企業G.K.companyは、エークス本土に多数の大規模工場・オフィスを保有している。その一つ一つが、同企業の隆盛を顕現させたかのような威容を誇り、地域経済における諸活動の発信源として機能していた。

 殊にエークス軍への納入品――――トールを主として製造するような工場は、及ぼす影響力も凄まじいものがある。それは偏に、トールが多くの構成部品によって成り立つ製品であったからだ。同企業の占有技術によってのみ製造可能とされる部品を除いてさえ、その種類の多さは他の工業製品を凌駕する。勿論、製造には高度な技術力が必要とされるが、もとより工業の発達した加盟地域であれば問題は無い。それ故、工場を設ける地域が偏るという問題こそあれ、G.K.companyに吸収された企業であっても食い扶持を確保することが可能なのである。

 また、傘下として吸収された企業群の経営陣には、決して小さくはない裁量権が残されてもいた。その要因は、G.K.companyが過度の経営干渉を嫌った為だとも、エークス加盟地域から何らかの圧力が掛かった為だとも言われている。いずれにせよ、その制度はあくまで末端組織の維持に機能している程度に過ぎず、G.K.company本体へ影響を与えるものでは無い。少なくとも、そうあるべき(・・・・・・)とされているのが現状だ。その立場はまさに、臣下もしくは従者と言うに相応しいものである。

 企業規模でそういった主従関係が生み出された背景には、G.K.companyの、財閥を核とする経営母体の巨大さがあった。そして同企業が依然、本社として構える巨大建築物はその象徴とも言える存在だ。

 業務の全てを統括し、民間・軍事問わず多種多様な部署を収める本社。設置の為、エークス本土内某所に確保されたのは、百数十階を数える巨大な専用ビルであった。「一人で全施設内を把握し切るのは不可能」、そう言い切っても差し支えない程の広さを持つオフィスである。中でも50階より上は業務統括部門に、それより下の階層は研究開発部門と大まかな区画分けが行われていた。階層自体も更に細かな区分がなされ、業務内容に関連のある部署は近しい場所に配されている。しかし、高度に整備された社内ネットワークの前では、そういった配慮が活かされる事は稀であった。業務を遂行する上で、なにも社員自らが施設内を歩き回る必要は無いのだ。機密保持の観点から在宅勤務こそ認められてはいないが、本来ならば特定の場所――――巨大オフィスなどに社員を集める必要すら無い。そんな機能化を実現し得る労働環境さえも、同企業に導入されてより久しいものとなっていた。

 その影響、見方によっては弊害と言うべきか。

 自らの職場でありながら、それぞれの社員が行き来する領域は非常に狭い。把握はしているが行った事は無い区画、行った事も無ければ把握もしていない区画。彼らにとって未知と言える場所は、本社内に無数に存在するものと認識されていたのだ。その上で、有りもしない区画の存在が、内輪の冗談として噂される機会も少なくは無かった。

 ――――その冗談の中にはこういったものがある。

 然るに、『本社の地下には秘密の部屋が有り、そこでは時折、世界の趨勢さえ決めかねない会談が行われている』と。信憑性について言えば、「トールを組み上げているのは、実は小人である」などという冗談と大差は無い。尤もこちらは高度に自動化の進んだ生産ラインを皮肉っての言葉であり、同列に語る性質のものでは無いのだが……。

 少なくとも、そう噂される程度に怪しげな場所は実在した。それも噂通りの場所に、である。

 G.K.company本社ビル地下。特段の用事が無ければ、社員とて寄り付かない区画。時折、保守管理の為の人員が訪れる機会を除けば、そこに人が居ること自体、珍しいとさえ言える場所である。ならば、一人の軍人が地下区画に居るという現状は珍しい(・・・)に違いない。何も事情を知らない者が見れば、その光景はなおさら奇異なものであるだろう。

 一般に何があるとも知られていない地下には、いかにも古風然とした木製のドアーがあったのだ。狼の頭部を象ったドアノッカーなどは、実用性があるかどうかを気にする方が野暮と言うものである。それには、只の飾り以上の存在意義が求められている訳では無い。

 その事実が、ドアーの前に立つ男の胸を刺す。既に老いた体は愚鈍と成り行く一方だが、内面まで凝り固まっては居ない。それは彼自身、こうして立っていられる理由でもあった。

「失礼致します」

 男が一歩、部屋へと足を踏み入れる。開いたドアーの断面には金属光沢が垣間見え、それが見た目通りの古物などでは無い事を示していた。更には電子的なセキュリティが、幾重にもこの部屋を守っている。今しがたそれらの設備を通り抜けてきた男には、その必要性が十二分に理解出来ていた。

 ただし、部屋に置いてある物が重要なのでは無い。

 周囲を見渡せば、種々雑多な本の山。部屋の壁までも覆い尽くさんとする背表紙は、自らに付けられた題名を誇っているようにも見える。だが現状は、本の多くが電子データとして管理されて然るべき、とされる社会である。その光景は前時代的な図書館の如きものと、男の眼には映った。部屋の主がわざわざそうする理由も、理解出来ないままだ。

 ただ、見慣れた光景ではあったから驚きはしない。男はすっかり慣れた動きでソファへ向かうと、断りを入れる事も無く腰を掛けた。返事を待っていれば日が暮れる、そう踏んだ男の賢明と言える判断である。実際、部屋の主はこの時になっても、来客の存在に気付いては居なかった。初めてリアクションが返ってきたのは、それから約十分後のことである。

「――――ほうほう、次から次へと彼らも忙しいものだ。まるで蟻の如き働きよう!」

 林立するビル群の如く、机に積み上げられた書類の山。ちょうど男の座ったソファの左手に存在する、ひときわ大きな存在感を放つ一角であった。その向こうから、声は発せられたのである。そして、ちょうど人が座っているであろう辺りには、白髪の生えた頭部がひょっこりと姿を覗かせていた。髪の細々とした弱り方はまさに、男よりも更に老いた老人のそれである。そして、その髪が腰に届くまで伸ばされている事も、男にとっては既知の情報であった。

 書類の山を隔てた向こう側。男から死角となっている所にはやはり、長い白髪を垂らす老人の姿がある。

 老人のしなやかな両手には紙媒体の資料が添えられ、あくまで若さを感じさせる目は爛々とした輝きを帯びていた。その視線の動く先には、資料に記された文字の一字一句がある。勤勉な学生のような熱心さを以て、それら情報の悉くは脳へと刻まれていくのだ。しかしその姿勢はなにも、彼が几帳面な人間だという事を意味するものではない。ただ目の前に提示された情報に対し、ある種の強迫観念を以て接さざるを得ないという傾向を示すのみだ。それは彼自身が持つ性癖、もしくは染み付いた癖(・・・・・・)とでもいうべきものだった。

 そして椅子の周囲には、書類の保護という役目を終えた封筒が無造作に置かれている。もしそれを手に取って見る事があれば、裏面下方に機密指定の印が施されていることが分かるだろう。つまり軍関係者でもやすやすと見る事の出来ないものが、その中には収められていたという事だ。仮にそんなものが軍の管理外に流出していようものなら、その失態は責任者の首を以て納められることとなる。ましてや、エークス軍の施設外――――G.K.company社内執務室にそれがあっていい筈はない。中身たる機密書類を読んでいるのが民間人ともなれば、それは猶更だ。

 男の眼にも、封筒の存在は確かに認識されていた。しかし、それを見つめる様子には、有って然るべき緊迫感というものが欠けている。それもそのはず、男こそが機密指定書類を持ち出した張本人であったのだ。無論、そんな芸当ができる人間は極限られているし、そうであったとして許される事でも無い。

 だが、全ては|原理原則に対し真っ正直・・・・・・・・・・・ならば、という話であった。

 現に、彼らが何らかの罪に問われる可能性は無きに等しい。資料を持ち込んだのが他でも無い、エークス軍第一機兵師団長ヘルト=アスドック大将その人だったからである。実質的にエークス軍のトップに君臨する人物を裁ける者など、軍内部はおろか法曹・議員の中にすら居はしない。長年の戦争の結果、文民統制の原則が紙上の存在としか見なされなくなった現状において、アスドックの立場は絶対のものと見なされていたのだ。

 ただし彼にとっても逆らう事の出来ない人物は存在した。それこそが機密書類に目を通している男であり、現在同じ部屋に居合わせている一人の老人である。

 老人の名はベルタ=アントーンホフ。G.K.company技術顧問兼名誉会長という肩書を持つ実力者だ。アントーンホフの尽力があればこそ、約十年前までは地方軍の司令に過ぎなかったアスドックは現在の地位にまで上り詰める事が出来たのである。軍内部の情報を提供することはあれど、その意向に背ける筈は無かった。

「蟻……ですか。アインドがトスク基地を襲撃したという先日の事件、そのどこに左様の感想を抱かれたので?」

 この老人に『蟻』と形容されたのはフェンリルのことだ、とアスドックは察した。というのも渡した資料が、同組織による被害を取り上げるものだったからに他ならない。

 中でも大きく取り上げられている被害こそ、トスク後方支援基地に関するものである。

 同基地は先日、陸戦兵器の類による襲撃を受けた。その実行犯と特定されたのは、アインドと呼称されるフェンリル保有機である。例のごとく単機による襲撃ではあったが、奇襲においてそれは必ずしもデメリットを意味するものではない。むしろフェンリルにとっては、それ故にほぼ完璧な奇襲足り得た。アインドは付近に展開していた部隊に動く間も与えず、基地司令部だけを迅速に破壊して撤退したのである。

 なまじ敵襲の可能性が低い立地であったことも災いした。ろくなトール部隊も配備されていない基地に、撤退の時間稼ぎをする手段は無かったのだ。結果として、当時司令部に居合わせた者は全て死亡。その中には軍とG.K.companyとを取り結ぶ交渉担当者も含まれ、施設自体への損害以上に事の重大性は大きい。だからこそ情報を提供するに至ったのだが、アスドックにはフェンリルを『蟻』と例えるアントーンホフの心理は理解出来なかった。

 その上、問いに対する反応はいつまで経っても返ってこない。二人の距離はせいぜい数メートルと離れてはおらず、言葉の通じない距離では無い筈だった。それなのに、である。

 アスドックも当初はそういった態度に戸惑ったものだ。だが、今となってはその事に拘る様子は微塵もない。それがアントーンホフに対する際の常であれば、諦めも付くということである。

「……生物は歯車として生きてこそ美しい。そうは思わぬか、アスドック閣下」

 気が付けば、アントーンホフの姿は書類の山を抜け出したところにあった。今や視線を向ければ全身を見る事も出来たが、アスドックにはどうしてもその気が起きない。不自然と思われない範囲で、可能な限り視線を合わせぬよう対する他なかった。

「は……そうですな、そこにエゴは存在しない。理想の社会像の一つではあるでしょう」

 無視されたかと思えば、唐突に発生する会話の始端。「どこか噛み合わない」と自覚しつつも言葉を紡ぐ彼は、アントーンホフの前では俗人に過ぎない男であった。

「ところで、今宵は如何なるご用件で来訪なされた。この会談を設定したのは私にあらぬ故、閣下から早々にお話し頂きたい」

「ええ、ドルテ=クローニン大佐の事でお伝えしなければならない懸案が出来たのです」

「ドルテ=クローニン……G.K.companyに小うるさく楯突く男ですな?」

「そうご理解頂ければ結構です。ですが、試験先行運用部隊が第四機兵師団の指揮下にある今、あの男は他の師団長と何ら変わる所はありませんな。だから……なのでしょう」

 既に、アスドックの手元には新たな紙資料が開かれている。それが機密指定書類であることは、もはや当然の如く受け入れられた事実であった。

「大佐はここ数週間に亘って、数多くの議員と私的な面会を重ねています。彼らはいずれも国防族。そしてG.K.company以外の軍産系企業――――いわゆる興産企業連合体を支持層として抱える議員たちです」

「我らG.K.companyとは違う層で、連中を利用しようと言うのでしょうな。興産企業連合体にどんな餌をぶら下げれば喰い付くのか。閣下にもご想像は付いているのでしょう?」

「いえ、私見で軽々しくものを言う訳には参りません。詳細については特殊情報局の諜報部に調査させています」

「ほう! それはそれは……特殊情報局に随分と重きを置かれているようで。たしか、彼らの実働部隊もタレーの旧研究所に派遣されていましたな?」

「ええ、間違いありません。ですが、あの作戦の立案者はテトル=エリック少佐自身です」

「責任者自ら動いたと仰るので? ああ……せっかくコプレン中将も消えた(・・・)というに報われない話だ」

 ギシギシと軋む椅子の上で、アントーンホフは大きく腕を広げて見せている。その動作はあまりに大げさで、まるで下手なミュージカルでも演じているかのようだった。それでいて目だけは平時の冷静さを帯びている辺り、見る者にとっては不気味としか言い様がない。

 だが、アスドックは多少異なる視点でアントーンホフを見ていた。彼にとって共犯者であり、支配者でもあるアントーンホフの言動は、いっそ白々しいものとして映ったのである。

 しかしそんな心情を自ら示すという愚は犯さず、あくまで淡々と説明は進む。


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