剣は拳よりも強し
「……やはりもっと警戒すべきだったか」
誰もいないはずの茂み。その奥から灰色のコートを身に纏い感情の籠らない中性的な声の犯人が姿を現した。
「そんな……私の《気配探知》には何の反応もなかったのに、どうして……?」
後ろからはそんな喘ぐようなつぶやきが漏れているが、その理由は一つしかないだろう。
「んなもん、こいつの《隠蔽》のスキルがお前の《気配探知》より上だった。それだけだろ、な?」
「私としては貴方の《気配探知》にも気づかれないと思っていたのですけどね。参考までに、どうして私がいることに気が付いたのか教えてくれませんか?」
「ん? さっきも言ったじゃねぇか、殺気だよ殺気。俺に対する刺すような殺気をさっきの戦闘中にそこから感じたからお前が居るのが分かったんだよ」
その言葉にまたしても後ろにいる四人組から抗議の声が上がる。
「ありえないです!! 殺気なんてそんな非科学的なこと……ここはVR空間の中で、現実ではありません!! いえ、現実であっても殺気なんてものあるわけありません!!!」
「そうですね。殺気なんて曖昧なもので誤魔化したつもりですか? 実は何らかの知られていないスキルを使った、その方がまだ信憑性がありますよ」
……まあ四人組と言っても、ほとんどが俺がお姫様抱っこをしたためにブチ切れていた黒髪の女の子(四人の中で胸は控えめ)だった。
さらにはスローターの方からもそれ言葉に追随するかのように、現実的にありそうな推論を口にする。
とは言っても……
「殺気ってのがマジなんだけどなぁ。殺気ってのが気に入らないなら、第六感とか戦士の本能とでも言えばいいのか」
「ますます胡散臭くなっただけですよ。まあ、別に話したくないと言うならそれでもいいのですけどね」
「んー別にオカルティックな話じゃなくてだな、戦闘中に相手の目や視線、筋肉の動き、風の流れを見て、身体で感じ次の動作を無意識に推測、それに対してこちらも無意識に反応、とでも言えばいいのか。もっと具体的に言えば、こちらが仕掛けた攻撃に対するカウンターを攻撃に意識を集中させたまま無意識に対処するようなもんだ。そんな感じの意識を一寸周りで広げればいい。そう驚くことじゃないだろ」
「ありえない。そんなことが出来るわけが……」
「できる。少なくとも俺はそう教わった……撫子姉ぇから」
最後の言葉は小声だったので誰にも聞こえなかったかもしれない。
だがそれでいい。このことを詳しく話そうとすると、どうしてもあの地獄のような特訓も思い出すこととなる。絶対にそれは避けたい……と言うか脳が思い出すのを拒否している。
そんなつい最近刻まれたトラウマに浸っているとスローターの方から口を開いた。
「わかりました。貴方が私の《隠蔽》を破ったのは何らかのスキルを使ったのではなく、プレイヤースキル、つまりあなた自身の能力だったそう解釈してよろしいのですね」
「ん、まあな。ただ特訓すれば誰でもできるようにはなると思うけどな」
「それなら貴方をこの場で殺せばその能力が広まることはないと」
……撫子姉ぇが何処かに居るからそんなことはないけど……別に言わなくてもいいよね☆
それよりも聞き捨てならない台詞が聞こえてきたような気がする、がその前に確かめるべきことがある。
この答え如何によってはこれからの行動がガラッと変わるやもしれない。
「なあ、一つ聞いていいか?」
「……貴方は今の状況をきちんと認識できていないようですね。これから始まるのは話し合いではなく殺し合いのはずですが」
「むしろこんな状況だから必要なんだよ。ま、こんな状況じゃなくても聞いていたと思うがな」
「? いったい何を……」
「お前、いやあんた……『女』だろ」
◇ ◇
その言葉は今までの話の流れをぶった切り、何か言いかけていた『女』や四人組を黙らせるのに十分な破壊力を秘めていたようで、辺り一面に重い沈黙が流れた。
スローターの表情は、フードの影となっているため窺い知ることはできなかったのだが、先ほどまでの余裕ぶった気配は鳴りを潜め、こちらの事を鋭い刃物で突き刺しているかのような視線で睨んできている。
その様子を見る限り俺の推理は当たっている……つまり彼女は『女』なのだろう。
「あの、ヤマトさん……ですよね。その、どうしてあなたはそこに居るスローターが、『女性』だなんて思っているのですか?」
そんな視線の応酬の最中に、ようやく硬直から溶けたと見える四人組のリーダーらしき女の子(胸は普通ぐらい)が俺に声をかけてきた。
その声色は『俺の言っていることが信じられない』と言うよりも、『女性がスローターなんて信じられない』と言ったニュアンスのようである。
「逆に聞くけど、君らは分からなかったの?」
「ええ……もしかして、ヤマトさんは最初から彼女の事を知っていたのですか?」
今度の彼女の質問には俺に対する不信感と警戒心がありありと含まれているようだった。
まあ無理もないか。突如襲い掛かってきた正体不明のスローターを、これまたいきなりあらわれた謎のダンディなお兄様がその正体を『女』だと見破る。
……彼女たちからしてみれば俺とスローターはグルであると思うだろう。
誰だってそう思う、俺も彼女らの立場からしたら間違いなくそう思う。
ただ事実はそうではないので、それをきちんと理解してもらう必要があるだろう。
そのために、なぜ俺がスローターの正体を『女』だと見破ったか、その推理を聞かせてやろうではないか。
「いや、『彼女』と会ったのはここで初めてだよ」
「それならば、どうして『女性』だなんて知っていたのですか? あなたにきちんと納得できる説明ができるのですか」
「なに、ちょっと観察していたらすぐわかったよ」
「……具体的にお願いします」
「まずあの話し方。意識していたのか中性的な声ではあったけど、それでも端々に女性的な声の感じが出ていたし、発音や息継ぎは女性独特のものがあった。次に歩き方やちょっとした動作だな。その一つ一つに所謂『見られていること意識している』女性的な仕草があったのも大きいな。だがまあ一番の要因はやっぱりスタイルだな。俺ぐらいの男になると、服の上からでもスリーサイズをプラマイ1cm単位で解るようになるから、そこが一番の決め手になったな。なんせ一目で解るからな。まあこっちの世界は誤差が2、3cmぐらい出ちまいそうだが、まあ許容範囲だろ。ちなみに俺の『修飾を見抜く魔眼』によると上から86・57・85。流石にアンダーバストまではわかんねぇけどかなりスタイルは良いな……どうだこれで信じてくれるか?」
「…………………………………………………………………………………ウン、ソウデスネー」
聞いてきたリーダーっぽい女の子は明後日の方向を向いてドン引きしていた。何故だ。
ちなみに残りの三人は、気弱そうなヒーラーの子(四人の中で一番胸が大きい)は目に一杯の涙を浮かべてこっちを見ているし、魔獣使い(テイマー)の子(対照的に一番絶壁である)はテイムしたらしい黄色の鳥を抱いて震えている。
そして、先ほどお姫様抱っこをして間一髪のところを救出した白魔術師の女の子は、
「死ねよ、クズ」
養豚場の豚を見るかのような目つきで私を見下してくださりました。
本当にありがとうございます。
「ふふっ、あはははははははっ!!! 面白い、本当にあんたって面白い男ね」
年下の女子中学生に養豚場の豚を見るような目で見てもらう、そんなある意味夢のような時間はこれまで聞いたことのない、第三者の哄笑によって終わりを告げることになった。
いや、正しくは本来の声と言うべきなのだろうか。
「……ここはありがとうと感謝すべきか、ふざけんなってキレるべきか、どっちが正しい反応なんだろうな」
「ははっ、そこで迷っている時点で普通じゃないって思わないの?」
銀色の短い髪に灰色の瞳、『修飾を見抜く魔眼』で予測した通りの抜群のスタイル、可愛らしいと言うより凛々しいと言う言葉が相応しい顔。
そしてその顔に清々しいまでのシニカルな笑みを浮かべたスローターがそこにいた。
◇ ◇
素顔をあらわにしたスローターは予想以上に若く、俺と同年代若しくは年下と言われても過言ではない少女だった。
「くくっ、ここまで笑わせてもらったのは久しぶりよ。なにかお礼をしたいぐらいだわ」
「とりあえず名前と年齢。できたら『修飾を見抜く魔眼』で計測したスリーサイズの誤差、と言うか本当のサイズを教えてくれ」
「馬鹿なんですか、死ねよクズ!!」
ついつい本音が飛び出してしまった俺に対し、背後から容赦ない声が聞こえてくるが今となってはどうでもいいことだった。
今重要なのはスローターの彼女が教えてくれる本当のスリーサイズ、その一点にかかっている。
「私の名前は『クリス』、花も恥じらう17歳。それでスリーサイズは……」
「スリーサイズは?」
「トップシークレット、とさせてもらうわ」
「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ふふっ、残念でした」
まさか、まさか! ここまで期待させといてノーコメントとか! 汚い、女ってほんと汚い!!
「それで、どうすんのクリスちゃん」
「どうするの、ってどうゆう意味?」
「そのまんまの意味だよ。殺り合うのか、それとも逃げるのか。ぶっちゃけ俺に見つかった時点ですぐに尻尾を巻いて逃げ出すと思ってたんだがな」
「ああ、そういうこと。それなら決まっている……殺り合いましょう」
そう言うと空中で何かをつかむように、俺のことをダンスに誘うかのように右手を前へと差し出すクリス。それと同時に全身から沸き立つように殺気が溢れてきた。
その言葉、雰囲気、なによりその殺気からその言葉がただのハッタリでないことがはっきりと分かる。
そこらのチンピラなどとは圧倒的に違う。
彼女は人を殺している、それも明確な意思を持って幾人も。
「……そうか。ところで素手で本当に良いのか? 武器を装備するチャンスぐらいはくれてやるぜ」
「ええもちろん、これで十分……と言うか、あんたは私が武器を装備しようとしている間に襲ってきそうじゃない」
「ちっ、The sword is mightier than the Fist《剣は拳よりも強し》って知らねぇのか」
「……ただのパクリじゃない」
「オマージュと言ってほしいね」
ちなみにこの続きには《撫子姉ぇは除く》となっている。この格言は俺の実体験をもとにしているので非常に実感がある。
「まあいいさ、実戦で試してみろや!」
その言葉と共に一気に距離を詰めるために走り出す。
俺達二人の間はわずか十メートルも無い。全力で駆ければ数秒後には射程距離にクリスをとらえることが出来る、はずだった。
「ッッッッッ!!??」
本能が危険信号を発する。これまでの経験で培ってきた勘が全力で回避しろと叫んでいる。
何を、分からない! 何時、今すぐ! どうやって、とにかく回避行動をとれ!!
その本能に従い、無理矢理俺とクリスを結んでいるラインから体を逸らす。
ビシィ!!!
耳元でそんな音がすると同時に、左耳に激しい痛みが走る。
ただし今はそんな痛みに気を取られている暇はない、確信はないがその音の正体が俺の考えている通りなら、さらに意識を集中して回避行動をとるべきだろう。
バシィ! バシィ! バシィ!
さらに連続して音が聞こえたが、幸いにも俺が更なるダメージを受けることなく、回避には成功したようであった。
返す刀で腰のポーチ型アイテムボックスの中に手を突っ込み、オブジェクト化しておいたスローイングダガーを取出し、現時点最速の【クイックスロー】をクリス目掛けて繰り出す。
「チッ!」
舌打ちとともに、突如襲ってきたダガーを回避するためにクリスからの謎の攻撃が中断し、そこでようやく落ち着いてクリスを観察することが出来た。そうして先ほどまでは存在しなかった、その手の中にある武器を確認する。
この世界に存在しえないはずの、俺達が最も武器としてポピュラーだと考えるそのものを。
「The sword is mightier than the Fist《剣は拳よりも強し》、か確かにその通りね」
「テメェ……」
「だったらこう続くべきでしょう……The gun is mightier than the sword《銃は剣よりも強し》ってね」
クリスの手の中にあった武器。
それは黒光りする紛れもない拳銃であった。




