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2.いびつな家族と月下の不器用な慰め

シグルドの執務室は北部の冬を早朝するようにひんやりとしていた。今朝、今年初の雪が降った北部では、急激に寒さが強まり、暖炉には大量の薪がくべられ力強い炎を上げている。


「…これからの話をしよう。」


シグルトが低い声で切り出すと、エルサは「はいっ!」と背筋をピッと伸ばした。その姿を見てシグルトはわずかに口角が緩みそうになるのを必死でこらえる。


「まず、結婚式は二か月後に行う。私は再婚、あなたの実家も…遠方だ。身内だけの簡易なものにしようと思うが、異論はあるか?」


シグルトの蒼い瞳に真っ直ぐに見つめられてエルサは首を横に振った。


「全くございません!むしろ、挙式を上げていただけるだけでうれしいです。」


心底嬉しそうに答えるエルサにシグルトは一つ頷く。そして、再び口を開いた。


「部屋…寝室についてだが、挙式までは別々だ。カトラス家のしきたりに則り、夜を共にするのは夫婦の誓いを立ててからにするつもりだが…。」


そこでシグルトは一度言葉を切る。突然止まった会話にエルサが首を傾げれば、しばらく視線を彷徨わせたと、シグルトはためらうように口を開いた。


「…あなたは私との『白い結婚』を望むか?」

「…白い…結婚ですか?」

「ああ。…私にはすでに跡取りとなるアルヴィンがいる。さらにリリィもいる。…したがってこれ以上、子供を望む必要はない。だから……あなたが望むのなら、白い結婚でもいいと私は考えている。」


少し言いにくそうにしながら、それでもはっきりと言ったシグルトはまっすぐにエルサを見つめた。自分との子供は必要ない。望むなら白い結婚でもいい。それは女性にとっては屈辱かもしれない。しかし、この北部に望んできたわけではないであろうエルサにしてやれるのは、これくらいしかない。とシグルトは静かにエルサの答えを待っていた。


「あの…、」


しかし、返ってきたのは予想外の答えだった。


「白い結婚とは…どういう意味でしょうか?」

「…!なに!?」


予想のはるか斜め上を行く答えににシグルトは思わず、口にしようと持っていたカップを音を立ててソーサーに落とした。


「わわッ!辺境伯様!?…お怪我は?」

「…大丈夫だ…。いや、それよりも…あなたは本当に『白い結婚』の意味を知らないのか?」

「…はい…勉強不足で…。すいません。」


しょんぼりと頭を下げるエルサを驚愕の表情で見たシグルトはそのまま視線を後ろに控えるハンスに移す。ハンスも驚いているようだが、さすがは長年使用人として仕えている人間だ。顔色一つ変えずに、一つ頷いて見せた。


「そ、そうか…。では、この件は後ほど改めて話し合おう。」

「はい…すいません。」

「最後に、これからはこの家の内政を学んでもらう。まずはハンスについて屋敷の管理を覚えてくれ。挙式後は正式に女主人としてこの城を任せることになる。」


シグルトはハンズに「エルサの教育不足」を補うための極秘命令を事前に出していた。彼女に恥をかかせぬよう、侍女たちがさりげなくマナーや読み書きのフォローを徹底すること。本人には「北部のやり方」とごまかして支えろとハンスを通じて使用人たちに通達されていた。それは不器用ながらもシグルトのエルサに対する配慮だった。


「わかりました!至らない点もあると思いますが、精一杯務めさていただきます!」


不自然なまでに明るく言い切ったエルサに、シグルトは頷いて見せる。あまり意気込まない方がいい気もするが…。そこまで考えてシグルトは新しく淹れなおされた紅茶に口を付けた。




その後、エルサは別室で待つ二人の子供たちと対面することになった。

昨日は失敗したけど、今日はちゃんと成功させてお二人と仲良くなるんだから!そう意気込んだエルサは昨日とは違いしっかりとした足取りでカーテシーを行う。


「改めてご挨拶を申し上げます!アルヴィン様、リリィ様、ランドール伯爵が娘エルサ・ランドールと申します。どうぞよろしくお願いいたします!」


エルサは満面の笑みで頭を下げると、まずは兄のアルヴィンが前に出た。七歳とは思えないほど整った動作で、彼は完璧な礼をエルサに見せる。


「初めましてエルサ様。カトラス家嫡男、アルヴィン・カトラスです。父上の妻となられるエルサ様を歓迎いたします。至らぬ点も多いかと存じますが、嫡男として父上の名に恥じぬよう努める所存です。よろしくお願いいたします。」


…え_?

丁寧な言葉とは裏腹に、アルヴィンの視線は冷たく、そして子供とは思えないほど大人びていた。その姿にエルサは違和感を覚える。


「あ、ありがとうございます。ですが、そんなに硬くならなくても…。」

「いえ、これがカトラス家の嫡男としての礼儀ですので。」


アルヴィンは淡々と答え、エルサがその違和感を見極める前に、彼の後ろに隠れていたリリィを促した。


「リリィ、エルサ様にご挨拶を。」


リリィは黒髪のよく似合う儚げな美少女だった。しかし、エルサと目が合った瞬間、ビクッと肩を揺らしてアルヴィンの服の裾をギュっと掴む。そして、一言も発さず怯えた瞳で足元を見つめていた。


「リリィは人見知りが激しいのです。代わりに僕が紹介します。彼女は妹のリリィ・カトラス、四歳です。」


紹介が終わるや否や、リリィは逃げるようにアルヴィンの後ろに完全に隠れてしまった。

人見知りか…。じゃあ、私が嫌われたわけじゃないのかしら…?

エルサは気を取り直して、リリィに視線を合わせてしゃがみ込んだ。


「ねえ、リリィ様!そのリボンとっても可愛いですね。触ってもいいでしょうか?」


仲良くなろうと、少しでも話題を共有したいとエルサがリリィに手を伸ばした時、自分に近づいてきた「他人の手」の恐怖したのか、リリィは「ヒィッ!!」と短い悲鳴を上げて座り込んでしまった。


「え?!」

「やめてください!」


エルサが慌てて伸ばした手がリリィに触れる前にアルヴィンの鋭い声にさえぎられる。そして、ほぼ同時に、彼はリリィを庇うようにエルサの前に立ちふさがり、エルサを冷たく睨みつけた。


「リリィは今酷く怯えています!『他人』のあなたがむやみに接触するのは、リリィにとって恐怖でしかない!迷惑なんです!!」

「…!ご、ごめんなさい!…本当にすいません!!私、リリィ様を傷つけようとしたわけじゃなくて…すいません、他人の私にいきなり触られるのは怖いですよね…。本当に、わざとじゃなくて、あの、…申し訳ありません!」


エルサはアルヴィンの叱責に、顔を真っ青にして、過剰なまでに何度も何度も謝り続けた。その尋常ではない様子に、アルヴィンは気圧されてしまい、リリィを立たせると逃げるように部屋を出ていく。


「もう二度と、僕たちにかかわらないでください。」


ドアが閉まる直前に落とされたアルヴィンの冷たい声がエルサの心に大きく、突き刺さった。





その夜。

エルサは自室で眠れず、庭園のベンチで小さく膝を抱えて丸まっていた。凍てつくような寒さよりも、今は心が痛くて苦しくてたまらない。


「私って、やっぱりダメだな…。仲良くなりたかっただけなのに…子供たちを怯えさせちゃった…。」


はぁ。とこぼれたため息が白くなり月明かりの夜空に消える。

思えば友達なんていたことがない私が、誰かと仲良くなろうとすること自体無理だったのかもしれない。


「だって…私、仲良しなんていないもの…。」


仕事と痛みだけの毎日。誰かと話すよりも謝罪をいう事の方が多かった人生。人とのかかわり方なんて…本当は分からない。でも、新しい環境でもしかしたら、私にも仲のいい「誰か」が…「家族」ができるかもしれないと思っていた。


「…バカみたい…。___私、『他人』なのに…。」


ポロポロと涙がこぼれる。私のとりえは明るさだけだったのに…それが裏目に出てしまった。ひたすらに自分を責め続けるエルサ。その細い肩にふわりと温かな純白の毛皮がかかった。


「……何をしている?」

「ヒィッ!?」


飛び上がって振り返るとそこには黒い寝衣の上に温かなコート纏ったシグルトが立っていた。


「へ、辺境伯様…!?」

「こんな夜更けに、寒空の下そんな薄着で…前にも言ったが、北部の冬は王都とは比べ物にならないほど寒いんだぞ?」

「…すいません…眠れなくて…。」

「…__泣いているのか?」


自分に向けられた真っ直ぐな視線に、エルサは言葉に詰まった。慌てて涙の痕を拭い、下手くそな笑みを作る。笑顔は自分を守るための「鎧」だ。


「……子供たちに嫌われてしまいました。…リリィ様を怖がらせてしまった…。私は……まだ、お二人の母親になってもいないですが……これでは、母親になる資格はありませんね。」


シグルトは何も言わずにゆっくりとエルサの隣に腰かけた。突然の重みにベンチがギシギシと音を立てる。


「…あの子たちは、まだあなたに慣れていない。…だからどうすればいいのかわからないだけだ。」

「……ですが…。」

「…私もあの子たちと、どう接していいのかわからない時がある…__。」


そう言ったシグルトは遠くの景色に視線を映した。月明かりに輝く銀髪の奥の蒼い瞳が切なげに揺れていた。


「…辺境伯様もですか…?」

「ああ。…情けない話だが、仕事を理由にあの二人を避けていた時があって…。特にリリィは…あの子は少し耳が悪い。そのせいで、人そのものを恐れているところがある。…私の事を見て怯えて逃げたこともあるな…。」


苦い笑みを見せたシグルトにエルサの胸がぎゅっと苦しくなった。シグルトは大きな拳を、自分の膝の上でギュっと握り締めた。…その手が少し震えている。


「血のつながった私でも、こうなんだ。…だから、あなたは自分をあまり責めなくていい。」

「…辺境伯様…。」

「もう、寝ろ。このままでは本当に風邪をひくぞ。」


大きな手がそっと白い毛皮をかけ直す。そして、そのまま照れ隠しのように足早に立ち去って行った。残されたエルサは、自分に欠けられた白い毛皮…正しくは毛皮を使用した厚手のショールに手を這わせた。ふわふわで、柔らかくて、温かい。顔を埋めれば、微かにシグルトの香りがする。その香りにゆっくりとエルサの心が癒されていく。


「…辺境伯様の手…すごく震えてた…。」


その事実がエルサの心を温める。


…不器用な人…。


夜の冷気が少しだけ和らいだ気がした。そして、エルサの胸に、小さな勇気の灯がともった。


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