2. 死を看取るロボット(後)
前話のまとめ:介護ロボットが完璧過ぎて、正さんは参ってます。
そう、言わなきゃいけねえ事…
「待ってくれ、もう少し付き合ってくれ。言っておきてえ事がある」
「はい。何でしょう?」
「お前のお陰でいい人生だった」
「私には涙を流す機能がありません。涙の雫を2つ以上こぼせませんね。残念です」
そう言って悲しそうな顔をした。違うだろ、ここは笑う所だろ。いや、言わなきゃいけねぇ事はそれじゃねぇ。
「今まで随分と俺に尽くしてくれた。これでも感謝してんだ。俺が死んで葬式が終わったら、その後は自由にしてくれ」
「それはいけません。私がどうするかは正さんが決めてください」
「そうか、そうだったな。決めるのは人間でなけりゃならねえ。お前の口癖だったな」
ずっと考えていた事があったんだ。それを伝えなけりゃ、死んでも死に切れねえ。
「俺には子供が出来なかった。親に孫の顔を見せられなかった事だけが心残りだ。婆さんも随分気にしてたんだがな、こればっかりは授かりもんだからな」
「はい。今は子供のいない人がとても多いです。慰めにはなりませんが、今時は普通の事です」
「うん。そうだな。それで田圃と畑と家は、村の定めに従って処分してくれ」
「はい」
「でも、あの山だけは誰かに継いでもらいてぇ。村の人間じゃなくていいんだ。ちゃんと山を世話する意思のある人間に譲りてえ」
「済みません。私には山のお世話が出来なくて」
「いや、お前は林業ロボットを手配してくれたじゃねぇか。お蔭で山を維持できてる。良くやってくれてるよ」
「ありがとうございます」
「しかし、お前の言う通りだな。現場で働くのがロボットだとしても、どうするのか決めるのは人間だ。山を守る意思のある人間に継いでもらえるよう、村長にお願えしてくれ」
「畏まりました」
「だがそれをお前が見届ける必要は無ぇ。もし継ぐ人間が現れなくて、何かの事情で山を潰す事になっても、俺は恨まねえ。行く末は神のみぞ知る。それでいい」
「正さんは神様を信じていないと思ってましたが」
「俺だって初詣で御賽銭を投げるし、クリスマスには御馳走を食べるさ」
「うふふ。日本人ですね」
「そういうこった。そんな訳で、山を継いでもらえるかどうか、お前は見届けなくていい」
「はい」
ふう。伝えてえ事は伝えた。これでいい。しかしもう一つ、言い辛え事なんだが… 言わなきゃ死に際に後悔する…
「それで… あのな… ロボットは自由に生きらんねえ、か… 一つ聞きてえんだが…」
「何ですか?」
「ロボットってのは、付いてた人間が死んだ後はどうなるんだ?」
「政府が回収し、記憶などは資料として分析され、体の方は廃棄されます」
「すると、つまり…」
「はい。人間で言う所の死ですね」
「殉死って事か」
「殉死と言うと感傷的な表現になりますが。お仕えする主が亡くなれば、ロボットの用は無くなります。私は正さんの為に作られました。正さんが亡くなれば私は存在意義を失います」
「他の人間に付くってぇ道は?」
「他の方にはその方の為に作られたロボットが仕えています。例外はありません」
「…」
「大丈夫です、そんな顔をなさらないで下さい。私は正さんの中で生きる者。正さんの夢だと思って下さい。正さんが消えれば私も消えます。それだけの事。人間と違って死の恐怖や苦痛はありません。自我があっても、私はロボットです」
「そうか…」
俺は目を瞑った。
「それなら、お願えがある。聞いてくれるか?」
「はい。何でしょうか?」
「俺が死んで、葬式が終わったら、うちの墓に入れてくれ。山の中にある奴だ」
「奥様が眠ってらっしゃる所ですね」
「ああ。婆さんと一緒に骨を納めてくれ」
「わかりました」
「それでだな…」
目を開けると、あいつは優しく微笑んでいた。
「あのな… お前も一緒に入ってくれるか?」
「!?」
「ふふふ、珍しいものを見たな。そんなに驚いた顔なんか、見た事が無えぞ」
「…よろしいのですか?」
「ああ。あの世に行っても俺と一緒ってのは嫌か?」
「いいえ。いいえ、嬉しいです…」
「十五年、俺の我儘によく付き合ってくれた。あの世に行ったら婆さんに甘えてやって欲しいんだ。茶飲み話に付き合ってやれば喜ぶだろう」
「奥様に御紹介いただけるのですか?」
「ロボットが死後の世界を信じるのか?」
「信じたい気持ちはあります」
「ふっふっふ。そうか、そういうものか」
「ロボットは人間に寄り添う為に、人間に近い思考を与えられています」
「そうか…」
これで、思い残す事は無えな…
「それでしたら、私のお願いも一つ、聞いていただけますか?」
「なんだ?珍しいな」
「私に、名前を付けてください」
「うん?」
「私に名前を下さい。最初にお願いしたのですが、結局いただけませんでした」
「うん?そうだったかな… そういえば名前が無かったか…」
「はい。奥様に御紹介いただく時に、名前が無ければ御挨拶しづらいです」
「菫」
「はい?」
「お前の名前は菫だ。紫の花が咲く草花の、あの菫だ」
「ありがとうございます!私の名前は菫… 素敵な名前です」
「ロボットに戸籍はあるのか?」
「人間の戸籍とは違いますが、管理台帳があります」
「そうか。その、管理台帳に記録してもらってくれ。名前は菫、苗字は百足。お前は俺の、百足家の娘だ。百足菫。それがお前のフルネームだ」
「!? …少々お待ち下さい。…はい、申請は受理されました。私は百足正造さんの、娘になりました」
そう言って、泣きそうな顔でにっこり微笑んだ。そんな菫の顔を、俺はじっと見つめた。
…なんだ、涙を流す機能が無えなんて嘘じゃねえか…
婆さん、俺達に娘が出来たぞ。ああ、そう慌てるな。少し待ってくれ。すぐに来るさ。そしたらゆっくり話でも…
今後は毎週3回、日曜と火曜と木曜の午後2時に更新の予定です。