1. 死を看取るロボット(前)
夢を追う少年の物語とあらすじに書いておきながら、寿命を迎えたお爺さんの話から始まります。あらすじ詐欺ですみません。
「お早うございます。今日は良いお天気ですよ。窓を開けますか?」
「…ああ、開けてくれ」
今日は少し気分が良い。そうか、晴れたか。
「ほら、正さんの御自慢の山が良く見えます」
「ああ」
山と呼ぶのも烏滸がましいほど小さい山。それでも先祖代々受け継がれてきた土地の一つだ。その後ろにはしっかりした山々が連なっているが、そっちは国有地だ。ここから見るとそれらが組み合わさって、ちょっとした景色になっている。借景という奴だ。
「少し、話をしないか」
「あら珍しい。だいぶ気分が良いようですね」
「そうだな… お前のお陰だ」
「あらまあ。そんなお世辞は初めてです」
そう言いながら布団の横に座った。こいつはいつもニコニコしてるな。
「お前が来てからどの位になるかな」
「十五年になります」
「そうか、もう十五年か… 婆さんが死んですぐだったか」
「はい、奥様が亡くなった翌週に伺いました。あの時は怒鳴られたんですよね」
「ふっふっふ、思い出したよ…『連れ合いが死んで悲しんでる時に女なんか寄越しやがって、役所は一体何を考えてやがる』だったかな」
「そうです。それで翌月にもう一度伺って、その時にも怒鳴られました。覚えてますか?」
「さぁ… 何と言ったかな」
「『どうせ女を寄越すなら若え女にしやがれ』でした。うふふ」
「…そんな事言ったっけか…」
「ええ。それで外見を変えて翌日伺ったら、今度は『田舎の年寄りの独り暮らしにこんな若え女を寄越しやがって、可哀想だと思わねぇのか、責任者を出せ、俺が文句を言ってやる』ですよ」
「怒鳴ってばっかりだったな俺は」
「うふふふ。でもそれで、この人は本当は優しい人だってわかったんです」
「よしてくれ」
「照れ屋な所も変わりませんね。それで『私はロボットで、外見はお好きなように変えられます。御希望があれば仰って下さい』と言ったら、正さんは… うふふ、鳩が豆鉄砲を食ったようというのはああいう表情ですか」
全くこいつはなぁ。家事は完璧だし、下の世話も嫌な顔一つしやがらねぇ。文句の付け所は無ぇんだがな。記憶が完璧過ぎるのが玉に瑕だ。思い出したくねぇ事まで良く覚えてやがる。しかもそういう事に限って楽しそうに喋るんだよなぁ。何とかならねぇか。
窓の外の山に目を向けて、俺は話題を変えた。
「あれから十五年か。あっという間だったな」
「そうですか。短く感じますか?」
「あぁ。あっという間に老いぼれちまった。今じゃ起き上がるのも辛え」
「今日はどうですか?」
「ああ、気分は良いがな、相変わらずさ。お前に言われて若返りもしたんだがなぁ。血を採ってiPS細胞にして弱った組織に注入だったか?」
「ええ、大体そんな感じです。末梢神経の老化を回復させるのは難しいので、若返りの効果が薄いのはそのせいでしょう。申し訳ありません」
「お前が謝る事じゃねぇさ。これが俺の寿命って事だろう」
「でも、正さんのお歳ですと平均余命は10年くらいです。もっと長く生きていただけるはずだったんですが」
「なに、俺ももう95だ。俺が生まれた頃は平均寿命は80ちょっとだったんだ。頭がボケずにしっかりしてるのは、若返りの効果だろう。十分だよ」
俺は目を閉じた。思えば色んな事があった…
「お疲れになりましたか?」
「ああ… 少し疲れた」
「それでは私はお洗濯をしてきます」
こいつは本当に良く働いてくれるし、色々と気を配ってくれる。物覚えもいいしな。
いや、今日は言わなきゃいけねえ事があったんだ。死が近付くと死期がわかるようになるってのは本当なんだな。今ここで言わなきゃ次の機会は多分、永遠に来ねえ。
最初は2話連続投稿です。




