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2話

「杏―起きなさーい」何の面白みもないセリフとともに目を覚ます。聞きなれた母の声は脳みそを起こすには不十分で、眠い目をこすりながら布団から起き上がる。いつもと何も変わらない朝。こうしていると昨日会った出来事が全部夢だったんじゃないかとも思えてくる。ふらついた足取りで階段を降り、洗面所へ向かう。お風呂に入らないで寝たことに若干の後悔を感じたが、この時間じゃ今から入るには少し時間が心もとない。しかし昨日あの場所から逃げかえるとき汗だくになりながら走ったことを思い出し、しぶしぶお風呂の用意をする。さっと体を洗い流し顔を洗っていると頬に痛みを感じる。鏡を見ると頬にかすり傷がついているのが目に入る。昨日は必死で気が付かなかっただけで体中に小さな傷がついていることを今更知覚する。やっぱりあれは夢じゃない、そう確信した瞬間、ふと気になった。昨日のことはニュースで如何にして報じられたのだろう?魔物災害が起きたときは原則としてその報道、周知が定められている。魔物発生区域から人間を徹底的に排除しているため、そのような措置が必要とされているのだ。急いで体と髪を乾かし制服を着直し、リビングに向かう。リビングに入りテレビに目を向ける。私はそこで、ありえないものを見た。いつもと変わらない、ただの討伐のニュース。ただ、それだけだった。

そこにはまるで


当たり前のように


ブ(・)ル(・)ー(・)☆(・)ア(・)ル(・)タ(・)イ(・)ル(・)が(・)映(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)の(・)だ(・)。(・)


私は一気に混乱に陥る。確かにあの時ブルー☆アルタイルは死んでいたはずだ。あそこから死んでいないわけがない。魔法少女研は胴体がちぎれて息絶えた人間を蘇生する方法でも持ち合わせているとでも言うのか⁉画面の中で記者たちの前で昨日の魔物について報告を行うブルー☆アルタイルをまじまじと見つめていると、私は気づいた。ブルー☆アルタイルのチャーミングポイントである目尻のほくろが無いのだ。それに気づいた瞬間、私はめまいに襲われたような感覚に陥った。何が起こっているんだ?一体全体画面の中で我が物顔でしゃべっているこの女は誰だ⁉恐怖と違和感でいてもたってもいられなくなり、逃げるように自室に戻った。ベットに飛び込み、毛布をかぶる。体は震え、目には涙をたたえていた。昨日の光景がフラッシュバックする。生き延びることに必死でまともに受け止められていなかったブルー☆アルタイルの姿を今更思い出し吐きそうになる。確かにあの光景は現実だった。なのに、この世界は相も変わらず回っている。まるで、私一人を取り残したみたいに。ベッドの中で震えていると、お母さんがドアをノックしてきた。

「ほらアンタ学校遅刻するわよ!さっさと行きなさい!」

私は自分の学生という身分を恨んだ。怖くて家から一歩も出たくないというのにお母さんはそれを許してくれそうにもない。だからと言って昨日会った出来事を正直に話したら今度は頭を疑われてしまう。私は仕方なくベッドから這いずり出て学校の支度を始めた。

「行ってきまーす」

玄関を出て学校に向かう。昨日の魔物災害の影響で通学路が一部通行規制になっていたため迂回する。道中で商店街の近くを通りがかった時、昨日の場所を規制テープの外側から覗いてみたが、すでにブルー☆アルタイルの体どころか魔物の死骸もない。そりゃそうだ。しかし、大きく削れた建物や抉れた地面などはしっかり残っている。確かにそこで何かが起きたのだということを強く示している。私は昨日のことを反芻しながらゆっくりと学校へ向かう。学校につくと、昨日と変わらない様子ですずが出迎えた。

「おっすー、杏。今日の朝のニュース見た?」

「見たけど…それがどうかした?」

「どうしたもこうしたもないでしょ!あんたの大好きなブルーアルタイルが魔物倒したんでしょ?良かったじゃんまた活躍見れて」

「あー…そうだね…」

私が力なくうなづく様子を見てすずは訝しむようにこちらの顔を見つめる。

「もしかして昨日なんかあった?きょうの杏、ちょっとヘン」

見透かすような視線を向けられ、私は咄嗟に目線をそらす。昨日のことを話したら、すずにも危険が及ぶかもしれない。防護服たちに直接顔は見られてないとはいえ、現代社会の監視の目の中で逃げ切ることはきっと不可能だ。どこかで私に防護服達の手が伸びるかわからない以上、すずにまで余計な危険を負わせたくない。そう思った。すずも深く追及する気はないようで、つまらなそうにスマホに視線を落とす。結局その日はあまり言葉も交わさないまま、放課後になった。



「杏、ちょっと付き合えし」

「え?」

下駄箱ですずに声をかけられる。私は内心驚いていた。すずは案外ドライな奴で、彼女のほうから何かに誘ってくるなど滅多になかったのだ。

「どっか遊びに行く感じっすか…?」

「いいから。来なって」

そう言ってすずは私の手をつかむと、強引に外へ連れ出した。

「ねえちょっと」

すずは何も言わない。私の手を掴んだまま帰り道の住宅街をずんずんと進んでいく。その背中はどこか苛ついているようだった。

「ねえ私何かした?」「別に」「じゃあ手離してよ」「やだ」「離してってば!」

私は無理やりすずの手を振り払う。驚いたようにすずが振り向く。

「ねえ、やっぱり昨日何かあったでしょ」

「別に」

「分かるよ。何年一緒にいると思ってんの」

私は黙る。何年も一緒にいるからこそ、すずには危険な目にあってほしくない。それだけなのに。

「うちら友達じゃん。なんかあったなら何でも話してよ」

もしかしたら、と思う。すずなら私の話を笑わずに聞いてくれるかもしれない。全部受け止めて、どうしたらいいか一緒に考えてくれるかもしれない。私は決心する。いっそのこと、全部話してしまおう。昨日あったこと、思ったこと、つらかったこと全部。顔を上げて、すずの顔を見る。すずは、私のほうを見ていなかった。私の後ろを見て、固まっていた。何かがあるのかと後ろを振り向こうとした瞬間、

「避けてっ‼」

私の体は横薙ぎに吹き飛んだ。



数瞬、意識を失っていた。何とか生きているらしい。あばらは数本折れているが、動けないほどではない。私は塀をつたい、ゆっくりと立ち上がる。さっきまで自分がいたほうを見るとそこには魔物がいた。何でここ魔物がいるのかという疑問を挟んでいる余地はない。昨日の魔物よりいくらか小さい人型の個体だったが、異様に肥大化した右腕、赤く光る爪、左右非対称に歪んだ顔、魔物特有の艶で異様な存在感を放っていた。そして、異様に肥大化した右腕は何かを握っていた。まさか、まさか、あれは、

「すず⁉」

私が叫ぶと、掴まれているすずは苦しそうに呻いた。こちらに視線を合わせてつぶやく。

「杏…逃げて…!」

カタカタと足が小刻みに震えていた。私はどうしたら良い?何で魔物警報が出ていないんだ。魔物警報なしで魔物が出るなんて聞いたことがない。魔物発生時に周辺に放出される魔力をキャッチして迅速に警報を発令するんじゃなかったのか。魔法少女研はなにをしているんだ。恨みつらみを言ってる場合じゃない。誰かが助けに来てくれないなら、私がどうにかするしかないんだ。さいわい、魔物の意識はこちらに向いていないらしい。私は今の自分とカバンの位置を確認する。今この状況をなんとかできるとしたら、あれしかない。カバンは魔物の近くに転がっている。私は呼吸を整えてタイミングをうかがう。魔物はじっとすずのことを観察しているようだった。私は駆け出す。カバンを掴み、滑るように魔物の正面へと立ちふさがる。カバンの中に入れっぱなしだったブルー☆アルタイルのステッキを掴み、魔物へと向ける。

「その子をはなせッ…!」

言葉が通じているかは分からないが、少しでも注意をこちらに向けるためそう啖呵を切る。すると魔物はこちらに興味を持ったようで、視線をこちらに向けた。いける、この角度ならすずに当たらずに魔物だけを打ち抜けるはずだ。私はステッキを持つ手に力を籠め、声高らかに叫ぶ

「あまねくを照らせ!」

きっとこの時の私には少なからず驕りがあったんだと思う。ステッキを拾っただけで何かになったと思い込んで。たまたまそこに居合わせただけで、全部を解決した気になって。私なんかじゃ、魔法少女にはなれないのに。

「プリズム☆ブラスター!」

ステッキの先から一筋の青い光が放たれる。それは極太のビームになり、魔物の体を貫いた。いや、あまりの光に目がくらんでほとんど魔物は見えていなかったのだが、間違いなく手ごたえはあったと思う。焦げ臭い臭いとともに光が止むとそこには、


胸から上が消し飛んだ魔物の姿と、



右(・)半(・)身(・)が(・)抉(・)れ(・)た(・)す(・)ず(・)の(・)姿(・)が(・)あ(・)っ(・)た(・)



「…………は?」

なにこれ


なにこれ


脳が理解するのを拒む。支えを失った魔物の右腕が力なく垂れさがる。それともにすずの体がゆっくりと地面に下ろされた。

「すず…!すずっ…!」

私は駆け寄る。魔法の衝撃で抉れたアスファルトの破片に躓いてしまう。倒れこんで目の間には、すずの顔があった。すずの抉れた右半身の断面は焦げ付き、一滴の血も流れ出ていない。すずは虚ろな目でこちらを見ている。すずの口が何かを紡ごうと動いた。しかし、意味のある音は発せられない。

「無理しないで…!救急車…救急車呼ぶから…!」

私の足はもう動かない。視界は涙でボロボロだった。その時、かすかな声が聞こえてきた。

「なれたんだね…」

一体私が何になれたというんだ。調子に乗って訳の分からない力を振り回して、ヒーロ気取りで、愛していた人も、大切な友達もこんな風にして、私が何になれたっていうんだ‼

「夢だったもんねぇ…」

すずがわずかに微笑んだ。私の口からはもう嗚咽しか出ていなかった。私はどうすればよかったんだ。あの時まっすぐ家に帰っていれば。すずをおいて一人で家に帰っていれば。全てはもう手遅れだった。そのまま私は意識を失った。






第壱百八拾五次魔力炉式生命実験及ビ参號兵器、第参拾號被検体に関する報告

[抜粋]

先日行ワレタ第壱百八拾五次実験二ヲヰテ参拾號被検体ノ複製体漆番ノ生命活動ノ停止及ビ参號兵器ノ紛失を確認。

担当者ニハ厳罰ヲ科ス事ヲ要請。

報道機関ヘノ記者会見ニヲヰテハ複製体玖番ヲ向カワセルモノトスル。

参號兵器ノ所在二ツイテハ実験二居合ワセタ一般人ガ持チ去ッタモノト考ヱラレル。該当人物ノ写真ハ付属ノ資料二記載。

回収ノ為、人型魔力炉式生命体壱拾弐番ヲ向カワセルモノトスル。



追記


参號兵器回収作戦ノ結果、現場ニハ胸部カラ頭部二カケテヲ消失シタ人型魔力炉式生命体壱拾弐番ト二人分ノ血痕ガ残サレテイタ模様。血痕ノ持チ主ノ身元ハ不明。

参號兵器及ビ盗難シタト思ワレル人物ノ所在、未ダ不明。





[終]


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