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一話

 「だからさぁ、ブルー☆アルタイルの良さは安易な萌えに収まらないということなのだよ!トライアステリズムの一員としての矜持や、一番最後に加入したことからくる焦り、ほかの二人への葛藤を乗り越えて立ち続ける姿にこそ私は美学というものを…」

「あーはいはい、ブルーアルタイルが可愛いのは分かったから。てか懐かしっトライアステリズムとか。小学生以来だわそれ聞いたの、杏は好きだねぇ、魔法少女。」

「すずは魔法少女に対する敬意が足りてないの!世界一可愛い私たちのアイドルである前に私たちの生活を守ってくれてる魔法少女なんだから好きなのは当たり前でしょ!」

私は机から身を乗り出し前の席に気だるげに座っているギャルに熱く語り続ける。すずだって昔は魔法少女が大好きで、一緒にいつも魔法少女ごっこをしてたのに…いつの間に冷めちゃったのか。最近は魔物の発生件数が少なくなっているとはいえ間違いなく魔法少女はこの町の平和維持に努めていてくれているのだ。好きで当然だろう!私は立ち上がり、こぶしを固く握り胸に秘めたこの思いを叫び続ける。それなのになんだこの令和風気だるげギャルは!爪を弄るどころか、彼氏とラインをおっぱじめやがったぞ!許せない

「あっちょっと何すんの返してよ私のスマホ!」

「ええい色恋などにうつつを抜かしおって!」「アンタこの前「フ…色恋など私には縁のないこと…好きにするが良い」とか言ってたじゃん!」「それとこれとは話が別だ!すずが取られちゃうぅ…」「元からアンタのモノじゃないし」

くっこのギャルめ、高三の六月に彼氏なんか作りやがって、受験するって言ってたのにどういうつもりだ?

「それより杏、もう進路は決めた?」

「私はもちろん魔法少女研に行く!最前線で推し活をするのだ!」

「あそこ倍率高くなかったっけ?…あぁアンタのお父さんそこで働いてるんだっけ…」

何の変哲もない昼下がり、私は友達のすずといつものように話し込んでいた。彼女とは腐れ縁というやつで、小中高とずっと一緒なのだが、いつの間にか彼女は魔法少女を卒業してしまった。周りにも魔法少女が好きな人はほとんどおらず、自分だけが取り残されたような感覚になる。どことなく寂しい気持ちを抱えながらお弁当を書き込む昼休み。耳をつんざくような音が鳴ったのはその時だった。町中、学校中のスピーカーがけたたましく鳴り響く。

「うわ、魔物警報じゃん、結構久しぶりじゃない?休校なるかな?」

「う、この後ショップにブルー☆アルタイルのグッズ買いに行こうと思ったのに」

この町で魔物警報が出るのはかなり久しぶりのことだった。最後に出たのは中二の夏休みくらいだっけ。それもあり、最近のトライアステリズムは近隣の市へ応援に行ったりが主だった。久しぶりにブルー☆アルタイルの活躍が見れると思うとすこし嬉しくなる自分がいた。

「みんな席に着けー、荷物まとめてさっさと帰るぞー」

教室は騒がしいまま、ぞろぞろとみんなが帰っていく。

「んじゃ、また明日―」「またねー」

すずと別れた私は、トライアステリズムのプレイリストを聞きながら家路につく。魔法少女も昔は警察の下部組織のようなもので、魔物のような超常存在に対する特殊な対策班として存在していたのだが、今では魔法少女ブームの追い風もあり力を増した魔法少女研の下で半ばアイドルのような活動も行っているのだ。今となってはこのアイドル活動の規模がかなり大きくなりご当地アイドルのようになってたりもする。

「そういえば新しくCD出るんだったな…」

この時の私はスマホに夢中で周りが全然見えていなかった。だから周囲の異変にも気づかなかったのだ。今思い返せばこの時が私の運命の分かれ道だったと思う。今となっては歩きスマホなんかでめちゃくちゃになる私の運命を呪うしか無いのだが。



周りに明らかに人が少ないのに気が付いたのは家の近くの大通りに差し掛かった時だった。普段は人でにぎわっている商店街なのにひとっこひとりいないのだ。いくら魔物警報が出ているとはいえこんなにも人がいないのはおかしい。まさかもうとっくにみんな逃げた後で自分だけ逃げ遅れたのではないか?そう思った矢先だった。近くの建物を破壊しながら巨大な何かが飛んできたのだ。飛んできた何かが砂埃を上げ地面に激突し、轟音が鳴り響いた。

「きゃああああ!!」

驚きのあまりその場にへたり込んでしまうと、大きく削れた建物の残骸の上に誰かが立っているのが見えた。まさか。私はあの人影にとても見覚えがある。まさか、あれは!

「ブルー☆アルタイル⁉うそ、何で⁉」

見間違えるはずがない、見間違えるはずがない!あれほど恋焦がれた私のヒーローが目の前にいるのだ!舞い上がったのもつかの間、さっき落ちてきた巨大な何かがのそり、とその巨体を持ち上げるのが視界の端に映った。

そりゃそうだ、ブルー☆アルタイルがいるってことは魔物もいるに決まっている!巨大な体、鋭い牙、長い爪、粘液のようなものが纏わりついた身躯は、まるで絵本の怪物のような、ありきたりなものではあったけど、テレビの中で見るのとは全く違う異様な存在感を放っていた。

「一般人⁉何でここに⁉」

ブルー☆アルタイルが叫ぶのが聞こえる。やっぱり逃げ遅れたのは私だけか!どうしよう、このままだとブルー☆アルタイルの邪魔になってしまう、てか私の命が危ない!やばい、逃げなきゃ。腰が抜けちゃって立ち上がれない!狼狽えているうちに魔物がゆっくりとその首を回した。私でも分かる、こちらに狙いを変えたのだ。逃げなきゃ、どうしよう、逃げなきゃ、逃げなきゃ。魔物がその爪を持ち上げたところで、

「逃げて‼」

ブルー☆アルタイルの声が聞こえた。その声が聞こえた途端、弾かれるように私の体は動きだし、振り下ろされた爪から逃げることに成功した。怪物の爪は地面を大きくえぐり、その目はいまだにこちらを嘗め回すようにギラついている。彼女が声を上げてくれなければ私の体は今頃三枚卸しにされていたであろう。推しの声に命を救われたという感慨にふける間もなく、魔物がこちらにじりじりと近づいてくるのが分かった。口の端から牙をのぞかせ、全身の筋肉はこわばっている。先ほどの魔物の攻撃を躱すことには成功したとはいえ、次の攻撃もよけられるとは微塵も思わない。とっさに動いた私の体はあろうことか建物のシャッターを背に立っていた。蛇に睨まれた蛙とはこのことだろう。私の体はピクリとも動かない。

再び、怪物がその爪を振り上げた。今度こそ避けられないと悟った私は、固く目をつぶった。しかし、いくら待っても私の体が引き裂かれる気配はない。恐る恐る目を開けると、そこにはブルー☆アルタイルが立っていた!怪物の爪をステッキで受け止め、ブルー☆アルタイルは立っていたのだ!

「大丈夫?まだ動ける?」

私は何度も首を縦に振って返事をする。恐怖で声は出なかった。

「私が魔法で魔物に隙を作るから、合図したら逃げて。わかった?」

私はまたうなずいた。それを見ると彼女はふっ、と微笑んだ。やばい、至近距離で見る推しの笑顔がヤバすぎる、息できないかも。いやいや、そんな場合じゃないんだった、命の危機だった。目の前の魔物は未だにじっとこちらを見ている。

その不気味な瞳に我に返った瞬間、彼女が動いた。ステッキを振り上げ魔物の爪を弾き、ステッキの先を魔物へ向けたのだ。ステッキの先には青白い光が集まってきていた。私はあの構えを知っている、あれはまさにブルー☆アルタイルの必殺技、プリズム☆ブラスターだ!小さいころから何度も憧れて真似してたし、今でも詠唱を憶えている。あのブルー☆アルタイルの必殺技がこんな至近距離で見れるならもう今すぐ死んだって良い…!そんなことを考えている隙に、彼女が叫んだ。

「今!走って!」

彼女の言葉に、私の体は弾かれたように動き出した。何とか走り出し、距離をとることに成功する。魔物は獲物が逃げだしたとみて視線をこちらに動かした。その時にはもうブルー☆アルタイルのステッキの先には青い光球が今にも破裂しそうに震えていた。

「あまねくを照らせ!プリズム☆ブラスター‼」

彼女がそう叫ぶと、光球から極太のビームが魔物の顔面に向かって放たれた。魔物の頭部が巨大な光に包まれる。あたりに焦げ臭い臭いが立ち込め、光が消えるとそこには顔の半分が消し飛んだ魔物の姿があった。安堵してその場にへたり込んでしまうと、ブルー☆アルタイルがこっちに駆け寄ってきた。

「大丈夫?立てる?ケガしてないかな?」

「ひゃ、ひゃい!大丈夫れすっ!立てまひゅっ!」

しまった、至近距離でファンサをもらって噛んでしまった。赤面する私を見てブルー☆アルタイルはくすくすと笑う。普段のクールな彼女からはあまり見られない笑顔を供給されてオタクは死にそうです。

「ふふっ、じゃあ一緒に安全なところまで行こうか。」

そう言って彼女は私に向かって手を伸ばす。その手を取ろうとした瞬間だった。私はとっさに叫ぶ。

「避けて‼」

「えっ?」

彼女の体がメシャっと音を立ててくの字に曲がり、真横に吹き飛ばされる。そこには先ほど倒れたはずの魔物がいた。大きな爪を構え、不気味に震えていたプリズム☆ブラスターを受けたはずなのに何で動いてるんだ?何でこれほど近づかれるまで気づかなかったんだ?それよりもブルー☆アルタイルはどうなった?たくさんの疑問符が頭の中に浮かび、一瞬で混乱状態に陥る。彼女が吹き飛ばされたほうを見ると、彼女の体が転がっているのが見えた。胴体が明らかに変なほうに曲がっている。今にもちぎれて中身が飛び出しそうになっている。血がドクドクと流れ出して血だまりを作っていた。彼女の体はピクリとも動かない。嘔吐しそうになるのを必死にこらえ、無理やり彼女から視線を外した。

嘘だ、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!

どうしてこうなった?私がブルー☆アルタイルの戦いに紛れ込んだからか?じゃあブルー☆アルタイルがああなっているのは私のせいってこと?私のせいか。私のせいで彼女は倒れたのだ。私が舞い上がってたせいで魔物の接近に気づかなかったのだ。強烈な後悔に苛まれていると、目の前で魔物が荒く息をしているのが聞こえた。片方残った目は虚ろに泳いでいて、口の端から舌を投げ出してよだれを垂らしている。先ほどプリズム☆ブラスターを受けた頭部は抉れ、断面は真っ黒に焦げ付いていた。なんでまだ死んでないんだ。いわれてみれば私たちは魔物というものの生態について何も知らないのだ。一応、私たちの生活を脅かす化け物のはずなのに、いつもテレビの中でしか見ないし、学校でも全く習わない。考えてみればおかしな話だろう。

そんなことを考えていた時、すでに魔物はその巨大な爪を振り上げていた。ブルー☆アルタイルの血にぬれ、ぬらぬらと光る爪に私は強い嫌悪感にを憶え、何とか逃げようと試みるが、完全に腰が抜けてしまって動けない。まあもうしょうがないか。私のせいでブルー☆アルタイルは死んだんだし、その報いだと思えば当然だ。今更ブルー☆アルタイルがいない世界で生きたって意味がないじゃないか。私はもう、魔物の爪を避けることを既に諦めていた。覚悟を決めて、目をつぶる。せめて一撃で死ねたらいいなぁ。風を切る音が聞こえる。魔物の爪が振り下ろされるのがわかる。今度のライブ、行きたかったなぁ、あぁ、でも私のせいでそれはもう叶わないのか。ならしょうがないかぁ。瞼の裏にいろんな姿のブルー☆アルタイルが浮かんでくる。これが走馬灯というものか。なんて贅沢な走馬灯だろう、私には過ぎたものだ。

私は覚悟を決めていた、確かにここで死ぬ気だった。それが贖罪になると思って。しかし、私の体が切り裂かれることはなかった。魔物が攻撃を外したのだ。私が座り込んでいた場所の真横にその爪は振り下ろされた。その衝撃で吹き飛ばされ、私の体はブルー☆アルタイルの近くまで転がった。血だまりの中に転がり、制服が真っ赤に染まる。幸いブルー☆アルタイルの顔はこちらを向いていなかった。今ブルー☆アルタイルの顔を見たらきっと私はおかしくなってしまっていただろう。

再び、魔物はこちらに狙いを定める。大きく抉られた地面、近くで見るひしゃげたブルー☆アルタイルの体を見て、今再び私の心に恐怖が芽生えた。死にたくない、死にたくない。本能からくる恐怖心が私の心を埋め尽くす。その時、私の手に何かが触れた。それは、ブルー☆アルタイルのステッキだった。私は無我夢中でそれを拾い上げ、ステッキの先を魔物に向けた。その瞬間、魔物の動きが止まる。こんな状態になった魔物でもステッキの危険さがわかるのだろう。この時の私に子のステッキが使えるなんて確信はなかった。でも、ここから生き残るにはこれしかないと思ったのだ。私はステッキの柄を固く握り、叫ぶ。子供のころからブルー☆アルタイルにあこがれ、何度も何度も聞いたあの言葉を。

「あ、あまねくを照らせ…!」

声は震えていた。目には涙があふれ、狙いなんかまったく定まっていなかった。魔物が咆哮する。耳をつんざくようなその叫び声に、咄嗟に目を瞑ってしまう。でも、やるしかない。やってみるしかない。力を貸して、ブルー☆アルタイル!そう心の中で叫び、目を開く。魔物が叫びながら、こっちに向かって走ってくる。ステッキの先端には、青い光球が燦然と光っていた!

「プリズム、ブラスター‼」

叫ぶ。瞬間、轟音とともに光が放たれた。目の前が真っ青な光に包まれる。あまりの眩しさに目を瞑ってしまう。轟音が止み、あたりに焦げ臭い臭いが立ち込める。ゆっくりと目を開くと、そこには腹部に大きな穴を開けた魔物がいた。その巨体は動かないが、未だ立っている。

成功したのか?倒せたのか?魔物の急所なんて知らない、必殺技を頭に食らっても生きていたのに、腹部に食らっただけで本当に倒せたのか?分からない、分からないけど、逃げなきゃ。何とか体は動く。私は立ち上がり、近くの狭い路地まで走った。そのままぎゅっと目を瞑り、体を縮めて座り込んだ。



何分経っただろうか、永遠にも思える時間を待っても、魔物がくる気配はない。私は、恐る恐る路地から顔を出し、魔物がいた方向を見る。すると、そこには防護服を着た人が数人いた。よかった、きっと魔物の処理班かなにかだ。魔物は、立ったまま息絶えているようで、防護服たちはブルー☆アルタイルの遺体を検分しているようだった。きっと今あっちに出ていけば助けてもらえる。そこで私は思い当たる。もしも、今ステッキを持って出て行ったら私がブルー☆アルタイルが死んだ原因であると思われるのではないか?いや、実際そうなのだが。もしそうだとバレたら私はどうなるのだろう?色んな悪い予感が頭の中を駆け巡る。逮捕?からの全国放送…?今更くだらない保身に走ろうとする自分に辟易する。

ステッキを抱えてどうしようかと悩んでいると、防護服たちが何かを話しているのが聞こえてくる。細かいところまでは聞き取れないが、断片的なフレーズが聞こえてくる。そこで私は固まった。

「失敗」「回収」「代替」「カバーストーリー」

この人たちは何を言ってるんだ?不穏な単語ばかりが耳に入る。その時、防護服たちが何かに気づいたようだった。魔物のそばから離れ、周囲を捜索し始める。そして、防護服たちがそろって同じ言葉を口に出した。

「「「参號兵器はどこだ?」」」

背筋が凍った。参號兵器というのが何を指すのか、一瞬で分かった。きっとこのステッキのことだ。得も言われぬ恐怖に襲われる。私は咄嗟に路地の奥に再び身を隠した。

今見つかったら絶対によくないことが起きる。そういう予感があった。防護服たちの足音がする。こちらに向かってきているのだ。私は無我夢中で駆け出した。ステッキを抱えたまま。少しでも早くこの場を離れたかった。きっと、セリヌンティウスのもとへ向かうメロスよりも早く走っていたと思う。路地裏の奥から出て走っていると、見覚えのある道まで出た。そこにはたくさんの救急車とパトカーがいた。ロープが張られ、あたりには人だかりも出来ている。そうか、私は警戒区域の中まで来てしまっていたんだ。

「えっ、人?何で?」「あの子が持ってるあれってブルーアルタイルのステッキじゃない?」「てかあの子の服真っ赤じゃん。もしかして…血?」

私は焦った。この姿を見られたのはまずい。近くには警察官が大勢いる。私は咄嗟に引き返し、また路地に入る。ここあたりの道は分かるので、家まで全力で走った。幸い誰ともすれ違わずに、家までたどり着く。普段この時間は家に誰もいない。何かから逃げるように階段を駆け上り自室へ入る。動悸は未だに止まらないままだった。布団に倒れこもうとしたところで、先程返り血を浴びたことを思い出した。血に塗れた制服を洗おうとしたが、そこで私はあり得ないものを見た。私の制服は何事もなかったように綺麗なままだったのだ。いや、正確には土などで汚れてはいるのだが、血が全くついていないのだ。確かに私の制服は血まみれだったはずなのに。蒸発した?いや、そんなはずがない。得体のしれない恐怖に襲われたが、もう深く考えている余裕はない。ステッキを無造作にカバンに押し込み、今度こそ布団に倒れこむ。そのまま私はまどろみの淵に沈んでいった。


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