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ストローから唇を離して、羽咲は目を閉じる。
祖母と節子は、初対面でも会話が弾むくらい共通点があった。そして二人っきりで、出かけたりもした。
きっとその最中、良くも悪くも祖母の剥き出しの本心を節子は聞いてるに違いない。
それは、羽咲が望んだものかもしれないし、望まないものかもしれない。もし望まないものなら──更に自分が傷つく結果になるだろう。
そこで羽咲は、ふっと笑みを漏らした。
自分は、何を怖気づいているのだろう。
どんな現実が待ち受けていようとも、全て受け止めると決意したはずだ。それに、祖母ともう二度と会えない以上、答えはどうあっても覆らない。
当たり前のことを、当たり前として受け止められなかった自分は、まだまだ覚悟が足りなかったようだ。
羽咲は、ゆっくりと瞼を開ける。
向かいの席に座る節子は、温厚な笑みをたたえ、こちらを見つめていた。急に黙った羽咲に、訝しむ様子もない。
この人は、穏やかに時間を過ごしてきた人なんだろうな、と羽咲は唐突に思う。
とはいえ、平穏な日々だけではなく、大変な時だってあっただろう。それでも、絶えず和やかな空気を出せるなんて、本当にすごい。尊敬する。でも自分は、今からこの人を困らせてしまう。
それがわかっている羽咲は、心の中で「ごめんなさい」と謝り、口を開いた。
「おばあちゃん私のこと……いえ、祖母は文化のみちに来たとき、私について何を言ってましたか?」
確信を持って尋ねれば、節子は大きく目を見開いた。隣りに座っている大和も、また息を呑む気配が伝わる。
「教えてください。お願いします」
傷つきたくないから逃げることを、羽咲は恥ずかしいとは思わない。けれど、逃げていいときと、悪いときがあることも知っている。今は、逃げちゃいけないときだ。
「お願いします」
羽咲はもう一度、頭を下げる。さっきよりも、深く。
それでも節子は、口を開こうとはしない。きっと、これが答えなのだろう。
言いにくいことを言わせてしまう罪悪感で胸が痛むが、それでも知りたい。知らなきゃいけない。
「祖母が文化のみちに来た本当の目的は、観光じゃなくって、別の理由があったんですよね?」
父は車を処分し、休日が少ない工場勤務になった。母もフルタイム勤務になり、自分も大きく変わった環境に慣れるのに必死だった。
だから祖母のために、街を案内したり、観光に割く時間を沢山作ることができなかったのは事実だ。好奇心から、祖母が日中、一人で街を散策するのも不自然ではない。
しかし、幾つもある観光スポットの中で、ここだけをピンポイントで選ぶのは、偶然とは思えない。
祖母はきっと、故郷や友人知人を捨てることになった、最たる原因を目に焼き付けたかったはずだ。
そう思い込んでいる羽咲だが、これは憶測にすぎなかった。
「違うわ、羽咲ちゃん。他の理由なんてないわ。ゆきさんはね、本当にこの街のことが知りたくって来てくださったのよ。でもね……」
柔らかく、でもきっぱりとした口調で、節子は羽咲の質問を否定した。
けれどその後に続く言葉は、言いにくいものなのだろう。途中で口を閉ざしてしまった。




