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「ゆきさんとの出会いはね、去年の春。私はガイドで、ゆきさんはお客さん。私ね、ここ……文化のみちにある建物のガイドボランティアを長くやらせてもらってるの」
そう言って節子は、記憶を探るように目を細めた。
「あの日は……春と言ってもまだ寒くて、桜もポツポツとしか咲いていない頃だったわ。平日の昼間で、建物はがらんとしてて……ゆきさんの「ごめんください」っていう声が良く響いたの、覚えてるわ」
節子はストローを回す手を止めずに語っているので、カラカラ……と氷がグラスに当たる音が重なる。
「私が担当していた建物は10時と13時に定時ガイドをしてるの。でも、ゆきさんが来てくださったのは、その時間じゃなかったわ。普段なら、パンプレットをお渡しして、自由見学をお願いするんだけど……私ったら時間外なのにゆきさんにガイドをしちゃったの……ふふっ」
無邪気に笑いを零す節子は、祖母と年齢はさほど変わらないはずだが、なんだか女学生みたいだ。
「ガイドをしている途中でね、私とゆきさんって色々共通点があって、驚いちゃった。ガイドを終えた後も、おしゃべりに花が咲いちゃって……そこからゆきさんと仲良くさせてもらったのよ」
にっこりと笑顔で語り終えた節子は、喉が乾いたのだろう。ストローに口をつける。白いストローの色が変わり、グラスの中の氷がカランと、また音を立てる。
「あの……共通点って?教えてもらってもいいですか?」
羽咲がおずおず尋ねれば、節子はストローから口を離して微笑む。
「もちろんよ。大きな共通点はね、同じ長野県出身で、夫を亡くした者同士」
「っぅ……うぇぁ……!」
驚き過ぎて変な声を出してしまった羽咲は、慌てて両手で口を塞ぐ。
隣に座る大和の視線を痛いほど感じるが、無視して節子にペコリと、頭を下げた。
「……すみません。お話、遮っちゃって……」
消え入りそうな声で羽咲が謝ると、節子はクスクス笑う。
「いいのよ。そんな偶然なかなか重ならないから、びっくりしちゃうわよね」
フォローしてくれた節子に、羽咲は食い気味に頷く。まさに、その通りだ。
「ゆきさんとの共通点は、あとは小さなもの。免許を返納したとか、和裁の経験があるとか……まぁ、こっちは同じ世代だからってことだけど」
付け足された共通点にも頷いた羽咲は、改めて節子を見る。
小柄な体つきと、優しそうな目元。ふくよか体型ではないのに、ふっくらとした頬。顔のパーツは違うし、髪色も違う。
でも醸し出す雰囲気は、よく似ている。
「あの……節子さんは長野出身って仰ってましたが、もしかして祖母とはの遠縁にあたる方ですか?」
一瞬、生き別れの姉妹かと疑ってしまったが、それは曾祖父母に失礼だ。でも、可能性は捨てきれない。
そんな気持ちから、羽咲が違う角度から質問をすれば、節子は首を横に振った。
「いいえ、違うわよ。でも、カラオケサークルの人たちには、姉妹みたいだって言われたわ」
そんなに似てるかしら?と首を傾げる節子は、自覚がないらしい。
「きっと、ゆきさんと共通点が多いから、そう感じちゃうのね。でも、私は長野といっても岐阜よりで、ゆきさんは軽井沢。それに私は夫の転勤で名古屋に来て、もう30年はここに住んでるの。だから共通点はあるけど、まったく同じでもないけど」
中途半端なところで口を閉ざした節子は、再びストローをクルッと回す。
カラ、カラン……と、氷が音を立て、節子はふわりと笑った。
「でもね、ゆきさんと姉妹みたいだって言われて、実は私、嬉しかったの」
はにかむ節子の姿は、70を過ぎてるはずなのにまるで少女のようで、羽咲は無意識に年齢の壁を越えてしまった。
「きっとおばあちゃんも、おんなじ気持ちだったと思う」
つい素の口調になってしまった羽咲に、節子は目を丸くする。
しかし次の瞬間、ふわわっと柔らかい笑顔になった。
これもまた、少女のような姿だった。




