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──翌日、火曜日。
今日もまた、羽咲は約束の時間より早く、待ち合わせ場所である千種駅のホームにいた。
「……会ったら、すぐ返す……会ったら、すぐ返す」
ホームのベンチに腰かけた羽咲の膝の上には、大和から取りあげた帽子がある。
前回、返すつもりでちゃんとリュックにいれておいたのに、うっかり忘れてしまったのだ。
だから今日は忘れないように、事前にリュックから出しておいた。もちろん水筒も二人分用意した。
「まだ、15分もある……」
スマホで時間を確認した羽咲は、溜息を吐く。
大和に「いまどこ?」とか「何時に着く?」とかメッセージを送りたくてムズムズする。
昨日の夕食後、大和に「明日こそ、ちゃんと帽子返すね」とメッセージを送った。スルーされると思いきや、了解と返事が来た。時間にして数秒だった。
間髪入れずに返信するなんて、よほど大事にしてる帽子なのだろう。知らなかったとはいえ、申し訳ないことをした。
肩を落とした羽咲は、大和にメッセージを送るのを諦め、駅のホームをぼんやりと眺める。
ちょうど電車が停車したタイミングで、まばらに人が降りてくる。その中に、クラスメイトの男子を発見して、羽咲は心の中で「げっ」と呻く。
対して、男子──会田は、羽咲に気づいて笑顔で駆け寄ってきた。
「よう、柳瀬!こんなとこで会うなんて珍しいな」
昨日、邪険にした自覚がある手前、彼と会話をするのはかなり気まずい。
それなのに、会田は昨日の会話など完全に忘れているかのように、フランクな接し方だ。さすが、陽キャ。メンタルが強すぎる。
「……う、うん。そうだね」
「誰かと待ち合わせか?」
「うん……」
「矢田か?あー……それとも田辺か?」
奏海と梢の名前が出てきて、羽咲は首を横に振る。
「そっか。じゃあ、誰?」
「はぁ?」
グイグイと遠慮なく人のプライバシーに踏み込んでくる会田に、羽咲は顔を顰めてしまう。
「どうして、そんなこと知りたいの?」
昨日のこともあり、堪えきれなくなった羽咲がそう尋ねれば、会田は拗ねたような照れたような複雑な顔をする。
「いやだって、いつもと雰囲気が違うから……」
「そう?」
今日の羽咲の格好は、シンプルなデニム地のシャツワンピースに、長い髪をシュシュでまとめているだけの、至って普通の私服姿だ。
「雰囲気が違うって言うけど、制服じゃなきゃ、みんな変わるんじゃない?」
「そうだけど……なんか柳瀬だと、すげぇ違うように見える」
「ふぅーん」
食い気味にどうでもいい返事をする羽咲に、会田は焦れたようにこう言った。
「なぁ、俺がこういうこと言うの滅多にないんだけど、柳瀬はあんま嬉しくないんだな」
「うん」
うっかり、これもまた食い気味に頷いてしまった。
「普通、ここまで言ったら、わかるもんだけど……柳瀬って鈍感って言われるだろ?」
失礼な会田の問いに隠された含みを、羽咲はなんとなく察した。
とはいえ、もう一人の自分が「いやいや、まさか」と笑い飛ばす。そうだよね、きっと自分の勘違いだ。相手は陽キャだし、そもそも羽咲は彼と距離を縮めたいとは思わない。
一瞬だけでも自惚れてしまった自分を心の中で諫めつつ、羽咲は再びホームに入ってきた電車に目を向ける。
先ほどと同じように電車の扉が開き、まばらに人が降りてくる。そして最後の最後で、大和が降りてきた。
「会田君、悪いけど、待ち合わせしてた人が来たから。私、もう行くね」
「おい!話はまだ終わって……あ、あれ?アイツ、まさか──」
引き留める会田を無視して、羽咲は荷物を抱えて大和の元に向かう。そして、そのまま大和の腕を掴んで、電車に飛び乗った。




