5☆
二度目に会った羽咲は、初めて会った時とは別人だった。
しおらしい態度を取ったかと思ったら、紛らわしい発言をして、大和を赤面させた。
あの時、一方的に自惚れ野郎扱いをされたが、今でもあれは羽咲に非があると思っている。断じて、彼女が悪い。
しかも、犬の名前をつけられた。別にそれ自体は嫌ではなかったが、本当の名前と微妙にリンクしているのが妙な気分だ。
「……大和と武蔵って、勇ましすぎるだろ」
雪絵が飼ってた犬がどんな種類かは知らないが、これが小型犬だったら笑う。チワワだったら、全力で突っ込みを入れるだろう。
そんな取り留めもないことを思い出していた大和だが、ここで「あ……!」と小さく声を上げた。
「アイツ、俺の帽子パクったまんまじゃねーか」
今日の約束を守らせるために、羽咲は自分の帽子を取り上げた。
特に気に入っていたわけじゃないから、どうしても取り返したいわけじゃない。くれと言われたら、あっさり譲ってやる。
でも、返すと言われたのに、返ってこない場合は話が別である。
「まぁ……どうせ忘れてたんだろ」
駅まであと少しというところで、夕立に見舞われ、大和と羽咲は雨宿りを余儀なくされた。
ぶつくさ文句を言う羽咲をよそに、大和はあの時間は嫌じゃなかった。
本人は気づいていないようだが、羽咲は雪絵によく似ている。初めて会った時、すぐに羽咲に声をかけることができたのは、そのお陰だ。
糸沢という男も、きっと同じ理由で、羽咲のことを雪絵の孫だと気づいたのだろう。
「あんのジジイ、すげぇ……気に入らねぇ」
自分より、雪絵と長い期間交流があったことも、雪絵と何かしらの秘密を持っていることも。
そして──羽咲に、デレデレしていたことも。
「ったく、娘より年下のガキに鼻の下伸ばすか?気持ちわりぃ」
一見平凡な顔つきだが、よく見ると羽咲は整った顔をしている。
糸沢から自分の父親と同じ匂いを感じ、大和は始終不機嫌だった。無論、それを顔に出すことはせず、じっと気配を殺していた。
その自分の姿を、羽咲は嫌々付き合っていると勘違いしたのだろう。
「いや、だからって……あんな受け止め方をするか?」
雨宿りの最中、次の待ち合わせ場所を提案したら、彼女はものすごく驚いていた。
二重の瞳をまん丸にして、ウサギが鳴いたのを見たかのような顔をした。
勘違いをしてしまった手前、あんな同意の仕方をしてしまったから、羽咲が自分のことを信じ切っていないのはわかる。
加えて大和は、雪江との出来事を語らないし、個人的なことも隠そうとしている。だから、羽咲だけを責めるのは間違っている。
でも、ありのままを語ってしまえば、羽咲はもう二度と自分のことを誘わないだろう。それどころか、大和が雪江の死に関係していることを知ったら、間違いなく恨まれる。
もちろん、ずっと隠すつもりはない。いつか話さなきゃいけないこともわかっている。でも、その時期を延ばしたいと願うのも、大和の本音だ。
「……来週の火曜日かぁー……長っ」
カレンダーで見れば、羽咲と会えないのはたった3日だ。
でもその3日が、大和にとったらとてつもなく、長い。
「また、あの変なお茶、持ってくんのかなぁー」
千種駅で別れる寸前、羽咲は大和が手に持っていた水筒を没収した。
てっきり貰えると思っていた大和が不満そうにすれば、羽咲は「火曜日も、お茶入れて持ってくるね」と笑顔で言った。
この時期、いつでも冷たい飲み物を飲めるのはありがたい。
だが羽咲が用意したお茶は、馴染みのあるものを足して二で割ったような不思議な味がした。次回、何茶なのか確認しよう。
そんなことを考えていたら、来週の火曜日が更に楽しみになる。
ひねくれた性格が邪魔して素直に本音を伝えられないもどかしさと、真実を語れない罪悪感と、純粋に会いたいというくすぐったい気持ちが、大和の心をいっぱいにする。
「はぁー……あっつ……」
複雑な気持ちが零れ落ちそうになって、大和はまた独り言を呟く。
すれ違った同世代の女子たちが、こちらを見て振り返った。
はしゃいだ声が聞こえたから、きっと自分の顔について何か言っているのだろう。もしくは、ただ独り言を呟く自分が気持ち悪かったせいか。
どちらもどうでもよくて、大和は気づかないふりをして歩き続ける。
複雑な家庭環境のせいで、大和は自分の顔の使い方を良く知っている。利用されることも、慣れている。
でも羽咲は、利用したことをちゃんと謝ってくれた。ただ、それだけだったけれど。
露骨に好感を持たれるのは厄介だが、まったく気にされないのも、それはそれで複雑だ。
更に心がいっぱいになった大和は、口をへの字に曲げて、涼しい場所を探して街を歩き続けた。




