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『そこの君、一人でいないでこっちにおいで』
春の終わりの、平日の昼間──学生なら教室にいなければならない時間帯なのに、少年は一人、街をぶらぶらしていた。
そんな彼に声を掛けたのは、見知らぬ高齢女性だった。
うるせぇ、ババア。ほっといてくれよ。と言いたかったけど、少年は口に出さずそっぽを向く。しかし老婆は引き下がらない。
『いいから。ほら、早く早く』
ウザいと、露骨に顔を出す少年にめげず、年老いた女性は笑顔で手招きをする。
その無邪気さと無防備さに負けて、少年は渋々ながら老婆の傍に歩を進めた。
『……何?』
早く要件を言えと急かす少年に、老婆はニコニコ顔でこう言った。
『君、おサボりしてるんでしょ?なら、私と一緒にいなさい。そうすれば、お巡りさんが来ても怪しまれないから』
てっきり小言を言われると思っていた少年は、面食らった。
これまで少年を取り巻く大人は、正論を振りかざし、理想を押し付け、勝手な価値基準で良いか悪いかを判断する者ばかりだった。
しかし名も知らぬ年老いた女性は、違った。理由も訊かず味方になってくれた。
『私ね、柳瀬雪江って言うの。あなたの名前を教えてくれるかしら?』
女性にしては低い声。でも、温かみのある声音に、少年の唇は自然に動く。
『あ、えっと、俺の名前は──』
名を告げると、年老いた女性は「いい名前ね」と言って、花がほころぶように笑った。
孤独だった少年──大和が、かけがえのない友を得た瞬間だった。
*
夕立が去り、千種駅で羽咲と別れた大和は、地下鉄に乗ったものの、自宅の最寄り駅ではなく二つ前の駅で降りた。居心地の悪い自宅には、夜まで帰りたくはなかった。
「……あっつ」
雨上がりの湿気は、身体にまとわりつくような不快な暑さだ。
額の汗を乱暴に拭いながら、大和は羽咲と過ごした時間を思い出す。
「……変な奴」
最初に声を掛けた時、羽咲は警戒心の塊だった。帽子を取って顔を見せたら、自分が誰かわかってくれるかもと期待したが、羽咲は首を傾げるだけだった。
それはそれで、仕方がない。そう割り切ろうとする大和に、羽咲はとことん冷たかった。そして、非情な言葉を吐いた。
『祖母は、亡くなりました』
感情を乗せない冷たい声に、大和は夏の暑さを忘れた。
現実を認めたくなくて、嘘であってくれと願って、大和はしつこく羽咲に尋ねた。その結果、もっと辛い真実を知ってしまった。
世界から色が消え、音が消え、羽咲が去ったことにすら気づかず、大和はずっとそこから動けなくなってしまった。
かけがえのない友達にもう二度と会えない現実は、大和を苦しめ、また孤独にさせた。
雪絵と会うよりも、もっともっと孤独になった大和は、新しい友達を作る気にもなれず、さりとて非行の道に進むほど、後先考えない性格ではなかった。
大和が選んだのは、居心地の悪い自宅から距離を取ることだけ。
雪江と出会う前のように、街をぶらぶらして、ただただ時間を潰す──無気力な生活に戻ってしまった。
やりたいことも見つからず、自分の環境を変える勇気もない。大和は、ずっとこんな生活が続くのかと諦めかけていた。
そんな投げやりな日々が幾日が過ぎたある日、大和は再び羽咲に出会った。




