9.反省お仕置
黒づくめの男性に導かれるまま、私達は屋敷を飛び出し、真っ暗な街の中を走った。
後ろから追ってくる人の気配が遠くなり、人心地ついた時には、目の前の馬車に放り込まれていた。
「あ、え?」
見覚えのあるシート。これは、この馬車は!
「全く、どうしてお前達はそんなに無謀なのだ!」
「お兄様!」
黒づくめはお兄様だった。
「ど、どうして……」
「リリアーナがお前達の悪巧みを耳にして、教えてくれた。とにかく、屋敷に戻るぞ。」
兄様が馭者台に戻るのを見て、気がついた。ダニエルも気づいたみたいだ。
「なあ、ケイシー。行きの馭者って……。」
「私もそう思う。」
兄様の目が怒っていた。ああ、何だか嫌な予感がする。
馬車が屋敷に着くと、夜中なのに、大勢の使用人が出迎えてくれた。更には、父上と母上も。
無言で、応接間に連れていかれた三人。
更に、応接間には、ダニエルのご両親も!!
ダニエルが私にだけ聴こえるような小声で囁いた。
「謝ろう。それしかない。」
「うん。」
私達が思いっきり頭を下げようとしたその時、マリーが私達の前に駆け出し、地面に膝をついて平伏した。
「止めなさい。マリー。」
兄様が手を取って立たせようとするけれど、マリーは首を振って立つのを拒んだ。
「私のせいです。私の為に力を貸して下さったんです。」
「しかし、こんな無謀な計画を立てたのは君ではないよ。」
「でも、私のせいなんです。」
私は、ダニエルと目を合わせると、マリーの後ろに立ち、
「「すみませんでした。無謀な計画を立てたのは、私です。」」
と、深く頭を下げた。
「本当にそうだよね。あの場で、男爵が拳銃を発射させていれば、どうなったと思うんだろうね。」
「で、でも、お兄様も危なかったと思います!」
「私は、お守りをつけて行ったから。」
お守り?何の?
待って、あれ?あのお守り?
兄様の剣帯には、鈍く光る銀色のお守りが。
「お守りぐらいじゃ怪我すると思うけど?」
ダニエルが不思議そうに言うが、誰もそれには答えない。答えられない。
同意を求めるように私を見るダニエルに、私は曖昧に笑って応えた。
私達が持ち帰った書類は、執事の手から、父様とヨルムンガンド公爵の手に渡され、今、お2人で精査中だ。
そして、私達は、その状況を見ながら、両手にバケツを持って立たされている。
すぐに寝るように言われたが、気になるので、一緒にいたいと、言ったばかりにこれだ。水の量に差がつけてあるところが悔しい。
マリーはカップ一杯分。私とダニエルと、マティアスはバケツの縁ギリギリ。
但し、大きさは違うけど。大きなバケツを持っているダニエルは、さっきから顔が真っ赤になっている。
私も、そろそろ手の感覚が無くなってきた。
「では、朝一番でそのような手配としましょう。」
「そうですね。しかし、思わぬ収穫がありましたね。まさか男爵のような小物があの件にも関わっていたとは。」
「確かに僥倖でした。」
父様達の目が、やっと私達に向いた。
「少しは反省したか?」
「しました。父上。」
「では、バケツを下ろしなさい。私からのお仕置は終わりだ。あとは、母からのお仕置を受けなさい。」
「え?まだお仕置が続くのですか?」
「当然だ。どれだけ心配をかけたと思っているんだ。」
「はい。」
しおらしく頭を下げるダニエルを見ながら、私は母様をそっと見た。うん。怒ってる。怒ってるよね。はい。反省します。
それから2週間。私達三人は夜は苦手な夜会に出て、顔を引き攣らせながら社交し、昼は自室に運び込まれる本を読み続けて閉じこもった。
当然、剣の稽古は中止。庭の走り込みもさせて貰えなかった。
精々体を動かせるのは、夜会のダンスだけ。
ついつい欲求不満がこうじて、ダニエルとのダンスがクルクルと難しいステップを踏む、激しいものになってしまうのは仕方がない。
「ケイシー、こんなステップ踏んでたら、俺以外のダンス相手がいなくなるぞ。」
「いいの。ダニエルとしか踊らないから。」
「そ、そうか。そうだよな。」
「ダニエルもでしょ?」
「俺は、ケイシーとだけ踊れればそれで良い。」
2週間後、私はやっと部屋から出ることを許された。
マティアスは毎日運ばれる本を読み終わらなかったらしく、まだ謹慎中。私が部屋から出たことを侍女から聞いて、慌てて読んでいるらしい。
マリーとの結婚は残念だったけど、マティアスの相手はマリーみたいなしっかり者がいいかもしれない。
マリーの件は無事に片付き、学園の了承の元、平民に戻るけど、卒業までは学園に通える事になった。
学費は男爵の没収した財産から払う事になったらしい。
男爵は、と言えば、かなり色々と悪い事をしていたので、家は没落、本人は牢屋送りになったそうだ。
マリーは被害者なので、お咎めなし。
父様とヨルムンガンド公爵が随分と手を回して下さったらしい。
とにかく、問題は片付いて、私達はまた楽しい学園生活に戻ることになった。