12.ハモンドの告白
ハモンドは、自分の寮部屋に戻ると、手の中のお守り石を見た。
これを握らされてから、チルチェリアに対する渇望が無くなっている事に気づいた。これは何なんだろう。
あれ程、彼女を欲していた気持ちが揺らいでゆく。
彼女の言葉に、彼が救われたのは確かだった。
優秀な弟と比べられる辛さは、自分が嫡男だからこそ、口にはできなかった。
弟と特に仲が悪い訳では無い。嫌いと言うこともない。
だから、余計に弱音も吐けなかった。
我慢しなくても良い。あなたは凄く頑張っている。
そう言ってくれた彼女の言葉は、自分を楽にしてくれた。
週末、久しぶりに家に帰った。
両親は婚約破棄の件で、ハモンドの事をきっと疎ましく思っているに違いない。弟は馬鹿にしているかもしれない。
そう思いながらの帰宅だった。
屋敷の入口に婚約者が立っている事に驚いた。
「マリアンヌ、どうして。」
「婚約破棄の話を両親から聞きました。」
「ああ。」
なぜか、もう今はどうでもいい気がするが。
「私は、子どもの頃から、何に対しても真摯に向き合うハモンド様が好きでした。婚約できた時は一晩中眠れませんでした。学園に入る前ぐらいから、あなたが悩んでいたのは知っています。でも、愚かな私はあなたになんと言って支えてあげれば良かったのかわかりませんでした。」
「マリアンヌ?」
「好きです。ハモンド様。今でもあなただけが大好きです。」
「私は何をやっても弟にかなわない、不出来な人間だ。」
「何を言うのです!私は昔からあなたの思慮深い所が好きなのです。確かに弟君は才気煥発でしょう。でも、深く物事を考え、それから行動にうつすあなたにはついて行きたいと思わせる魅力が溢れています。」
ハモンドは初めて、婚約者のマリアンヌを丁寧に見た気がした。彼女はこんなにも自分を見ていてくれたのかと。
「その通りだぞ。ハモンド。」
「父上。」
「お前の思慮深さこそ、大切なものだ。」
「私は……。」
「今まで何も言わなくてもお前には分かっていると思っていた。今朝、ヨルムンガンド家のダニエル様から、思っていることは言葉にしないと伝わらないと教えられた。」
「ダニエル様に?」
「私は、トルティドール令嬢から。」
「マリアンヌ?」
「好きなら、好きって、はっきり言わないと、好きな人を奪われてしまうわよって、怒られてしまいました。」
「そんな事を。」
「だから、私、はっきりお伝えする事にしたんです。ハモンド様が好きです。子どもの頃からずっと。だからお願いです。婚約破棄をしないで下さい。私が嫌いでないのなら、やり直させて下さい。」
「マリアンヌ……。」
目に涙を溜めて、こちらを見るマリアンヌが綺麗だと思った。
自分の彼女に対する気持ちは、今はまだよく分からないけど。でも、自分がくさっていたようには、周りが思っていなかった事がわかった。勝手に思い込んで、殻に閉じこもっていたのは自分だった。
ハモンドは、マリアンヌの手をそっと握った。
華奢で、小さな手。触れるだけで、恥ずかしそうに伏せる目元に揺れる睫。こんなにも可愛い人だったのだろうか。
幼い彼女の思い出が蘇る。
庭で摘んでプレゼントした花は、彼女の本の栞になっていた。
その時は何も思わなかったが、大切にしてくれていたと言うことだった。他にも、色々な事が思い出される。
どれも自分が気にしなかったこと。
「マリアンヌ、今でも、あの栞を使っていますか?」
「あ、覚えて?……はい。大切に傷まないようにとても大切にしています。」
「今度、あなたに別の花を送りましょう。それでまた栞を作って頂けますか?」
「はい。」
婚約して3年。特に婚約に興味の無かったハモンドは、自分で誕生祝いを買うことも無く、使用人に選ばせて届けさせた。
来月は彼女の誕生日。今年は彼女の為に自分で選び、自分の手で渡そう。
「婚約破棄を取りやめても良いでしょうか?」
「はい。」
一からやり直そう。マリアンヌを思うと温かくなる、この気持ちが何なのかはまだ言葉にはならないけれど。
でも、今、チルチェリアに感じる思いよりも、心地よく感じるこの思いを大切にしたいと思うから。
*****
チルチェリアは、学園の裏庭のベンチに腰をおろしていた。
ハモンドも婚約者の元に帰ってしまい、今は誰も周りにいない。
役に立たないお守りは、さっき焼却炉に放り込んだ。
手の中にあるのは、彼女を責める父からの手紙。
行状を改めなければ、退学させると書かれていた。
結局、琴絵と同じ。私も誰にも大切にも好きにもなって貰えなくて、一人ぼっち。
友達と思ったのも、お守りの力だけだった。誰も自分の事は好きにならない。
涙が止まらないけど、拭う気にもなれなかった。
俯く彼女の頬に、優しくハンカチが触れる。
どこかで見たような顔の上級生が、彼女の前に立っていた。
「座ってもいいですか?」
返事もせずに見上げていれば、それを拒否ととったのか、彼はチルチェリアの目の前に跪いた。
「何を泣いているのですか?」
「……」
「あなたの涙が落ち着くまで、ご一緒してもいいですか?」
「どうして?」
「あなたは覚えていないと思いますが、入学式で私はあなたに案内書を渡して、良い学園生活をとお祝いを差し上げたのです。」
そう言われれば、そんな覚えがある。琴絵のゲームの記憶に夢中になっていて、あまり覚えはないが。
「その時、学園を見て、頬を染めるあなたに、私は一目で心惹かれました。」
「でも、今まで一度も。」
「そうですね。でもずっと見ていたのです。あなたは高位貴族の方々と交流されていた。私のような者より、あなたを幸せにして下さると。」
「……」
「私を軽蔑して下さい。あなたが一人になり、私は図々しくもあなたの近くに来れた事を喜んでいるのです。」
チルチェリアは、改めてこの男の顔を見た。平凡で名前も知らない男。でも、目元は優しくて、誠実さを感じる男。
「好きです。チルチェリア様。」
「私のどこが良いのですか?」
「全てが。愛くるしい顔も、小鳥のような声も。そして、何より人恋しさに震える瞳が。」
「……ずっと私だけと、約束できますか?わがままな私でもずっと好きでいてくれますか?」
「はい。」
「私が悪い時は、きちんと教えてくれて、私を嫌いにならないでいてくれますか?」
「はい。約束します。」
「私が寂しくないように、いつも一緒にいてくれますか?」
「あなたを寂しがらせない程には必ず。」
「約束ですよ?」
「はい。」
「私に、あなたの事を教えて下さい。まずは、名前から。」




