16 格差
「ひゃー。どうしよう、バレないかしら?」
移動中、アリーシャは不安でいっぱいだったけれども、隣にいるハラスはやけに堂々としている。
夜明け前、アリーシャとハラスは城の地下にある秘密の通路を歩いて海とつながっている洞窟へと向かった。すると、目の前に小船が係留されていた。
アリーシャ達が古城に来た時と同じように商人達が迎えに来ていたのである。
そのまま、バルモアの東部の岸へと向かうと下船した。
「さぁ、こちらにどうぞ」
なんて手際がいいのだろう。馬車まで用意されている。案内人とは、そこで別れ、こうして移動している。
アリーシャとハラスは、一頭立ての馬車でムスクス夫人の屋敷へと向かったのだ。
「馬車を降りてからは、僕は無言を貫くことになります。今後は君が主軸となって何とかするしかありません。頼りにしていますよ」
ハラスの腕と顔には丁寧に包帯がグルグルと巻かれている。
ムスクス夫人の館は離宮のように立派である。正門の入り口で守衛に呼び止められたけれども、アリーシャは毅然とした態度で呟いた。
「わたくしは正式に招待されているのよ」
守衛の住まいも兼ねている玄関脇にある小屋の前で訴えていく。
アリーシャは車椅子にハラスを乗せた状態だと訴えていく。
「わたしはケネスの妻のアリーシャなのよ。そして、こちらは公爵家のランドールよ。彼は大怪我をしたのよ!」
「ランドール様が怪我を? というか、あんたは本当に、ケネス様の奥方のアリーシャなのかね?」
アリーシャは何度も復唱した台詞を朗々と告げていく。
「とにかく、疑うのなら、ここに夫を呼んで来て確認すればいいのよ。ランドールのことだけど、火事の恐怖のために一時的に声を失っているのよ。無理に喋っては駄目なの。ねぇ、とにかく夫を呼んでちょうだい! ムスクス夫人には滞在の許可を得ているのよ」
妙な気分だ。
こないだまでは他人だったケネスを夫と呼んでいるんだもの。
でも、こんな感じで上手くいくのだろうか。不安で足が竦みそうになる。
ハラスをランドールだと偽って連れて来るというのは、かなり際どい行動だが、それでもやらなければならない。
「どうした! ランドール。何があったんだ!」
背後から、ケネスの声がした。振り向いたアリーシャは少し驚いてたじろぐ。ほんの数日、会わなかっただけなのに、ケネスの顔つきが違って見える。やけに疲れているように見えるのは気のせいだろうか?
近づくと、ケネスの衣服からは薔薇の匂いがした。これはムスクス夫人の香りである。
アリーシャは、そのことに気付いてムッとしたけれども、今はそれどころではない。
「ケネス! 彼に話しかけないで。宿の三階の窓から飛び降りた時に強く頭を打ったのよ。そのショックで声を失っているみたいなの。安静にしておかないと駄目なのよ。早く屋敷の中に連れて入ってよ」
しかし、彼は、ピリッとした口調で告げた。
「念の為にランドールの顔を見せてくれないか。屋敷は厳戒態勢で警備されている。ランドールも例外じゃない。きちんと確認してからでないと駄目だ」
王子が来てからは、下働きの少年や召使や庭師にいたるまで調べているという。ケネスは、アテにならない王子の護衛官の代わりに目配りしているらしい。
「無理よ。軟膏で皮膚を保護しているのよ。瞼も火傷しているの。だから、数日は保護するように言われているの! ランドールは醜くなった顔を見られるぐらいなら死んだ方がマシだって言ってるのよ」
「喋れないって言ってなかったか?」
椅子に座っているハラスを一瞥するケネスの眉間のシワがグッと深まっていく。やばい。何か異変に気付いたのだろうか?
「ひ、筆談は出来るのよ」
「おい、こいつは本当にランドールなのか? いつもと様子が違うぞ」
ケネスは包帯が巻かれていないランドールの口元を凝視している。
そもそも、身長が十センチも違うのだから誤魔化せるものではない。
(まずーい。もしかして気付いたかもしれないわ!)
冷や冷やしながらも必死になって告げていく。
「ランドールに決まっているじゃないの。この首飾り、ランドールのものなのよ! 見てよ」
それは、アリーシャのハンドバックにしのばせておいたものだ。すると、ケネスの表情が一瞬のうちに変わった。
「……ランドール?」
吸い込まれるようにして金貨を見つめている。
ランドールの首筋が驚くほどに白くて、まるで別人だ。しかし、ケネスは金貨を見て何か悟ったのか渋面のまま頷いた。
「確かにランドールのようだな。火事で自慢の顔を焼いたなんて、本当に災難だったな」
しかし、言葉とは裏腹にケネスは不機嫌だった。
「おまえら、いつからそんなに仲良くなったんだ?」
怪訝な顔をしている。アリーシャの手元に視線が注がれている。
この時、ハラスの手をずっと握り続けていたのだが、緊張しているアリーシャは気付いていない。
「な、仲良くなるのは当たり前じゃないよ! あたし達、とーっても苦労したんだもん! 火事に巻き込まれて大変だったのよ!」
「とにかく、夫人に話そう。俺と一緒に来い」
応接間に入るとムスクス夫人が寛いでおり、その隣には、冷ややかな目付きのサガがいた。
一人息子のサガは不満そうにアリーシャをねめつけている。
ちなみに、夫人の旦那様は宮廷に出仕しており、ここにはいない。
いつも朗らかなムスクス夫人は、突然の来訪者のいでたちを見て大げさに騒いだ。
「あら、アリーシャじゃないの。今までどこにいらしたのかしら? 夫と別行動をとるなんて良くないわね」
「ランドール様に島内の案内をしていただいて事故に遭いました。こちらがランドールです」
「この方は! まさか、麗しきランドールなの! いやーん」
怯えたような顔のムスクス夫人。その手をケネスが握り締めている。
「見ての通りの状態なのです。病人となりましたが、ここにいてもよろしいでしょうか」
すると、容態を知ったムスクス夫人が慈悲深い表情を浮かべて頷いた。
「ええ、もちろんいいに決まっていますわ。療養してくださいな。ランドールのお母様とは旧知の仲ですのよ」
「お優しい心遣いに心から感謝いたします」
ケネスがムスクス夫人の指先に軽くキスを落としている。アリーシャの目元がピリついた。これも任務だ。事情は分かっているのに胸がムカムカしてくる。
「アリーシャ、もちろん、あなたのことも歓迎するわよ。さぁ、どうぞ」
口許だけを細めて笑っているが、ケネスといい仲になったからには妻に来てもらっては邪魔だというのが本音だろう。それでも愛想は良かった。
彼女は朗らかに告げている。
「でもね、アリーシャ……。中庭の東側にある別棟には行ってはいけませんよ。そこには、特別なお客様がいらっしゃるの。改めて紹介するわね。こちらが、わたくしの息子のサガよ。亡くなった祖父と同じように高等法院に勤めているの」
「お世話になります。アリーシャ・ハアルマです。どうぞよろしく」
アリーシャが、ぎこちなくドレスをつまんで会釈しているのに、向こうはそれを無視している。
本当に感じが悪い。絶えず、ピクピクと眉が痙攣しており病的だ。最初の出会いから、サガとはソリが合わないと感じていたが向こうも同じ。
ここに着いたのが昼食前。病人のランドール(実はハラス)は部屋で過ごす事になっているので、アリーシャが介護する役目を買って出ていた。
ここから先に関しては、アリーシャが頑張るしかない。
(まるで、悪魔の巣窟に来たような気分だよ。ドキドキする)
この屋敷に滞在するからには、貴族の方達との濃密な付き合いは避けられそうにない。
(食事のマナーは自信ないんだよなぁ)
それでも、食べない訳にはいかないのだ。
「ここには、俺達以外に、あと四組の夫婦が滞在している。全員が貴族だ」
「王子は……?」
「滞在している。別棟にいるのが王子だ。だが、あくまでも王子はここにいないという事になっているから、おまえも迂闊なことは言うなよ」
なるほど。後は、頃合を見計らって入れ替えるだけだなと思いながら、昼食の場へと向かったのだが……。
☆
アリーシャの登場に貴族達が毛羽立っている。
「まぁ、驚いた!」
「こないだまで、市場で果物を売り歩いていた少女がこの屋敷に来るなんてね」
悪口が聞こえている。本来なら、あなたのような娘は参加できないのだと言いたいようだが、何も気付かぬフリをして微笑み返す。
すると、そのうちの一人がプッと失笑した。
「あら、アリーシャは着替えないのかしらね? 昼食会用のドレスはどうなさったの?」
ドレスも手袋も匂い袋も耳飾も宝石もケネスが用意している。
しかし、アリーシャは、一日に何回も着替える習慣に抵抗があった。
それに、今は、ハラスの事がバレないか不安でマナーのことなど忘れていた。
「……」
どういうふうに取り繕えばいいのか分からず俯いているとケネスが呟いた。
「申し訳ありません。ランドールの介護のために動き易い服装をしております」
「あーら、それは大変ですね」
だけど、あなたには庶民は介護がお似合いよ。そんな心の声が聞こえてきそうな雰囲気である。
そうこうしてるうちに前菜が運ばれてきた。
唇についたソースが飲み物のコップにつかないようにしなければならない。
しかし、アリーシャは唇を綺麗に拭ったりしない。それを見て、露骨に女性達が顔をしかめている。
知らず知らずのうちに、アリーシャは失態を重ねていたようである。
ロースマリーが香る子牛のステーキと若鶏の蒸し物。バターで焼いた舌平目にイカ墨のパスタ。
茄子の挽き肉炒め。魚介たっぷりのスープ。豊かな味覚と多種多様な食材の祭典といった感じの宴となっている。
『ラインハルト産の白ワインの繊細かつ大胆な香りの完璧な組み合わせに心が震えますわね。本当に素晴らしいですわ。子牛の肉質が生かされておりますわね』
『おお、それに、すみれ風味の赤ワインが豚のフィレ肉と見事なハーモニーを奏でておりますぞ』
皆が、料理について、あれこれと講釈をたれている。
チンプンカンプンだ。美味いものは美味いとしか言えない。というか、アリーシャは食べ物に関して蘊蓄をたれる人達が好きではない。とてもじゃないが、彼等の真似はできない。
『先週、ソプラノ歌手のマリアの歌劇を観た方はおられますか』
『聴きましたわよ。高音が澄み渡っておりますわね』
アリーシャが観た事も無いオペラの感想などの会話を楽しむ貴族達は、何やら恍惚とした表情で歌手の音域とやらを大袈裟に褒め称えている。
(みんな、完全に、あたしのことを無視してるのね)
ただ、黙々と食べ続けるしかなかった。テーブルの中央には、麒麟や象を模した砂糖菓子が置かれている。あれは食べる目的ではなくて、華やかに飾る目的で置かれている。
アリーシャは、奇抜な料理や貴婦人達のきらびやかな姿に目を向けることもなく自分の世界に入っていた。
ハラス、ランドール、トルカ……。みんなの運命は自分にかかっている。
ジワリと胸の奥で不安と義務感が混ざり合い手元が疎かになる。
「あっ……」
うっかりしていた。口元に運ぶはずの野菜の切り身をポトリと床に落としてしまっている。
慌てて、しゃがんで拾おうとした時、サガが冷え冷えとした声で言った。
「みっともない真似はやめてほしいものだな」
長いテーブルのあちらこちらから降り注ぐ軽蔑の眼差しが胸に突き刺さる。
背中を丸めて人々の脚の位置までかがむアリーシャは顔を真っ赤にしていた。しゃがんだまま動けなくなる。
(忘れていたわ。こういうのはマナー違反なのよ! 拾ってはいけなかったんだ!)
ここには給仕も含めて二十人近くいる。
全員が自分のことを嘲笑しているに違いない。
(悔しい……)
いたたまれなくなって唇を噛み締めた時、隣にいたケネスがスッと立ち上がった。
「申し訳ありません。妻は、ランドールの事故のショックで相当疲れているのです。体調が悪くなったようですね」
落ちた野菜を拾おうとしたのではなく体調を崩して倒れそうになったと告げている。
そういうことなら周囲もアリーシャを笑えやしない。
ケネスはアリーシャの手をとって労わる様にゆっくりと立たせていった。労わりに満ちた声で言う。
「さぁ、アリーシャ、先に帰ろう。可哀想に……。真っ青じゃないか。部屋で休むといいよ」
外面だけはいい貴族の面々は掌を返したように言った。
「どうか、お身体をお大事になさってね」
「おお、アリーシャ殿、大丈夫かね?」
「あらまぁ、大変ですわね! お顔の色が悪いわね。今夜のパーティーまでに回復するといいのだけれど」
そんな中、ムスクス夫人の言葉に対してケネスは言った。
「ご心配なく。少し休めば楽になりますよ。軽い貧血だと思います。ムスクス夫人、また、のちほど……」
まるで共犯者のように視線を交わすケネスとムスクス夫人。
それらの親密な空気を察知した息子のサガは呆れたように眉間を寄せている。
「部屋まで送るよ」
「えっ」
不意にケネスに抱きかかえられてドキッとなるが、気付いた時には廊下に出ていた。
建物を出たケネスはアリーシャを運びながら回廊を進んでいる。やけに速足だった。まるで、そこから、アリーシャを隔離するかのようだ。
アリーシャはケネスに対してムカついていた。
「お、下ろしてよ。あたしは一人で歩けるのよ」
「そんなの分かっているよ」
「落ちた野菜を拾って食べようとしたのよ! あなたも呆れていたんじゃないの!」
あんなふうに馬鹿にされるとやるせなくなる。
「呆れたりしないよ。俺も、異教徒の海賊に捕まって捕虜になった時は床に落ちたパンを食った。時には手づかみで何でも食う。あいつらのことは気にするな。人を見下す事が生き甲斐なんだ。他に、何もやることがない暇な連中なんだよ」
「でも、あなたは、そんなくだらない人達に媚びているわ」
仕事だと分かっていても責めずにいられない。
「ああ、そうだ。好きでやっている訳じゃない」
彼は、チラリと横目になってから声で囁いた。
「窓から、みんながこっちを見ているぜ。部屋に入るまでは俺達は親密にしていたほうがいい。言い争うのは後にしよう」
「あっ……」
ケネスの言う通り、アリーシャ達の様子を本館の二階の窓から覗く者がいる。あれは下僕だ。そして、噴水前で休憩している庭師もこっちを訝しげに見ている。
「言っておくが王子に近寄るなよ。お忍びで来ているとはいえ、王子がここにいることを客も使用人も知っている。俺達も仮面舞踏会に出るが、おまえは出来る限り王子と離れていろ」
「……うん」
頷いたものの、心の中では焦っていた。
ケネスがいると王子と接近することが困難になってしまう。
(どうしよう。目を合わせられない)
ケネスに計画を見透かされてしまいそうで怖かった。
自分達の部屋に入ると、ようやく、お姫様抱っこを止めてくれた。色んな意味で心臓に悪い。今も、ドキドキしている。
(あたし、ハラスの為に入れ替わりを成功させたいのよ)
ケネスに内緒で行動する為に、とっておきの『秘薬』をハラスが用意してくれている。
王子がアリーシャへの興味を失っている場合は媚薬を……。ケネスが邪魔な時は睡眠薬を使うことになっている。
(成功させるしかないのよ。とはいうものの、これは前途多難だよね……)
色々と考え込んでいると視界からケネスが消えていたのである。いつのまにかアリーシャの背後に立っていたのだ。彼は背中が開いたドレスの肩甲骨に顔を寄せたまま言う。
「おい、その背中はどうした……?」
「あたしの背中がどうかした?」
指でレースの素肌を突付かれると心の隙間を突かれたようにハッとなる。
「ここに火傷の跡があるぜ」
「宿の火事のせいよ。あの時、焼け死ぬかと思ったわ」
なぜか、胸の鼓動が一気に速まった。彼の眼差しがいつもより深い。どういうことだろう。彼は、怒っているような少し苛立っているような顔をしている。
アリーシャはケネスの為にハーブ茶を淹れた。そんなアリーシャに言う。
「これを見てみろよ」
彼は、鏡台に置いてあった小さな銀製の手鏡を掲げた。そうすることによって、鏡台の鏡に、アリーシャの背中が映っている。
どうしたのだろう。アリーシャの皮膚にポツンと奇妙な痣が残っている。
「やだー。宿にノミやシラミがいたのかなぁ。やだなぁ……。でも、ぜんぜん痒くないから、まぁいいや」
「おまえが、眠っている間に悪い虫が近寄ってきたのか? なるほどね」
ケネスは唇を噛み締めるようにして苦笑している。
「一瞬、キスマークかと思って焦ったよ」
「はぁ?」
何を疑っているのかは分からないが、その視線からは湿度を帯びた熱のようなものを感じる。
アリーシャの胸は奇妙に高鳴っていた。視線の深さと距離の近さが頬を熱くさせる。耳朶も赤く染まっていく。彼は、唇をアリーシャの耳朶に寄せて囁いた。
「忘れるなよ。おまえは俺の妻になったんだ」
言葉よりも雄弁に行動している。アリーシャの腰を引き寄せると、背後から、そっと首筋にキスを落としていた。うなじに切なげな声が降り注ぐ。
「いつか自然に向き合えたらいいのにな。互いにキスして微笑みながら、おまえは俺の中で目を閉じていく。そして、二人は、ようやく本当の夫婦になる。そんな日がいつか来ると信じたい……」
羽でくすぐられているかのような不思議な感覚が疼き、ジワリと胸が震えた。このままでは決意が鈍りそうになる。
それでも、耳を塞ぐ訳にもいかない。
「俺は、見た目以上に嫉妬深い男なんだよ。本当のことを言うと、おまえが他の男に見られるのも嫌だ。だから、今夜は、この部屋でお留守番しておいてくれ」
「や、やめてよ。もう、いい加減にしてよ。もういいってば!」
すると、ケネスは白い歯を見せてニヤッと笑った。
「なんだよ。俺は、俺以外の悪い虫がつかないように、おまじないをしただけだよ」
そして、そのまま部屋から出て夫人達との昼食の場へと戻っている。
(いつも、そうやって甘い言葉を囁いて、あたしを骨抜きにしちゃうのよ。ずるい人だわ)
その度にアリーシャの心は混乱してしまう。優しい彼の言葉が胸を掻き乱している。
「な、な、何なのよ! あんたが、一番、要注意人物だわよ! んもう! バカバカ!」
ケネスが何を考えているのか分からないが、ドクンと深いところで何かが音を立てている。
ケネスは任務に関しては真面目だが、一筋縄ではいかないタフな魅力がある。出会ってから、ずっと翻弄されている。
(先刻、あたしを守る為に、あの部屋から連れ出してくれたんだよね……)
いつか、ランドールが言っていた。ケネスの価値が分からない馬鹿な女だなと……。うん。確かに、そうなのかもしれない。
(ケネスはすごく賢い人だわ……。この人のおかげで王妃に殺されずに済んだのよ)
良心がチクリと痛む。
ケネスを出し抜いて王子を連れ出すなど至難の業である。それでもやるしかない。
揺らぐ気持ちを鼓舞するように拳を握り、深呼吸する。
入れ替わり大作戦の決行の時間が迫っていた。
アリーシャは喝を入れる為に、自分の頬を両手で挟むようにしてパンッと叩いたのだった。




