14 ハラス
魚の脂の臭いのするランプが廊下の壁に幾つか並んでいた。転ばぬように細心の注意を払いながら地下へと続く階段を降りていく。
前を行く執事のアンブラがカンテラで周囲を照らしながら呟いている。
「わたしと双子の老婆に関しては、この先、贅沢をしなければ何とか暮らしていけます。公爵様は、わたしらに銀貨を残してくださいました。しかし、坊ちゃまは行く場所がありません。何しろ、王子に瓜二つなのですから」
「そんなもの他人の空似で押し通しちゃえばいいのよ」
「ですが、王妃に気付かれるやもしれません。我々は、それが怖いのですよ」
ポツチャン。水滴がどこからともなく垂れている。
「滑らぬように、ゆっくりと降りてくださいませ」
こちらを気遣うように振り向いたのでアリーシャは疑問を口にした。
「あなたは、今の生活に満足しているの?」
「満足しております。坊ちゃんとは不思議な縁で出会いました。あのような劣悪な状況で坊ちゃまが産まれてきた事は奇跡でございます」
声の深さからもハラスへの愛がヒシヒシと伝わってくる。
「家族同然なのでございます。お願いです。坊ちゃんの願いをかなえてくださいませ。この計画に賛成して下さいませ」
「計画って何なの?」
「それは、ランドール様からお聞き下さい。あの方も納得して下さいました」
案内されたのは湿り気の帯びた地下空間で、牢屋の一角に拷問具のようなものが置かれている。
かつては、海賊などをここに閉じ込めて尋問したのかもしれない。
ランドールの牢には寝台やテーブルが備え付けられている。
壁には上品なタペストリー。
本棚や、硝子製の水差しや花瓶などの調度品もあり、読書をする明かりも確保されており、清潔な環境だ。
しかし、ランドールの右の足首に長い鎖で繋がれている。
「ここでお話下さいませ。わしは仕事場に帰ります。アリーシャ様も、お話を終えたなら部屋にお戻り下さいませ」
ランドールと目が合った。長椅子に腰掛けたままアリーシャを手招きしている。
幽閉されているというのに、ランドールの表情は明るい。
「よう、アリーシャ。ハラスを見たか? たまげたな。ソックリだな? 間違いなく王様の子供だ。酷い話だな。王妃は従妹さえも平気で殺すんだな」
「そんなことより、ここから逃げる方法を考えて。こんなところに閉じ込めるなんて酷いわね」
「いやいや、話してみて分かったが、アンブラってのは実に魅力的な人物だ」
ランドールは焦った様子もなく、のんびりと構えている。
「いいか。ハラスの目的は父王に会うことだ。王子は花火を見ることを何よりも楽しみにしている。ハラスは、ずーっと前から、仮面舞踏会の日に王子と入れ替わることを計画していたそうなんだ。今回はケネス抜きでハラス目的を叶えようぜ」
彼等の計画はこうである。
「まず、ハラスと僕が入れ替わることから始まる」
火事で顔を負傷したと嘘をつき顔に包帯を巻き、ランドールとしてハラスがムスクス夫人の邸宅に入る。そして、ランドールに扮して部屋で療養しながら仮面舞踏会の瞬間を待つ。
アンブラが本物の王子を外に連れ出して、この古城に幽閉している間にハラスは王子として王都に戻り、王に会い親子の対面を果たすという筋書きになっているというのだ。
アリーシャは呆れて口をポカンと開けていた。
「そんなの通用する訳がないわよ! すぐに王妃が見破っちゃうわよ。そんな稚拙な方法で成功する訳がないってば。あたしだって、見た瞬間に偽の王子だとすぐに気付いたのよ」
「仮に、先に王妃が気づいても、本物の王子を人質にしておげば手を出せやしないのさ」
淡々と語るランドールだが、不意に、その声が凄みを帯びてきた。
「いいか。ハラスは生き抜こうと必死なんだよ。何としても父王から認められたいんだよ。そうしないと奴はどのみち殺される」
「だけど、顔に包帯を巻いてランドールに成り済ますことは難しいわよ。身長や体型がまるっきり違う。ランドールの方が背が高いわよ」
「だから、車椅子を使うのさ。僕達の力と知恵が必要なんだ。おまえもハラスの願いをかなえてやりたいだろう! という事で任せたぜ!」
「自分が何を言っているのか分かっているの! どうかしているわよ!」
幽閉されて洗脳でもされたのかと思ったが冷静そのものだ。
「まぁ落ち着けよ。アンブラが言うには反体制派の奴等は王子を殺そうとしている。ということは、王子を城に閉じ込めておくことは決して悪いことじゃない。古城は天然の要塞だ。王子を丁重に保管してもらっていると考えたらいいんじゃないのか?」
「で、でも! そんなの王子が納得するかしら」
「適当に言い含めて納得させるさ。ここで読書でもして賢くなった方がいい。甘ったれた王子にはいい薬になる。王は話せば分かる人だよ。彼は、イリスの子供を見捨てたりはしないさ」
「うーん、でもさぁ……」
アリーシャは釈然としないものを感じていたので口を尖らせる。
「あたしはケネスに相談したいよ」
「もちろん、話せる状況になったら話せばいいのさ。しかし、僕は、極力、内緒にすべきだと思うぜ。あいつは、こういうやり方に賛成しない。あいつはハラスと直接話していないから疑心暗鬼になるだろうな。僕達なら、ハラスが嘘をついていないと分かるだろう?」
「うん。彼が王の息子だというのは間違いなさそうだもんね」
「僕は、ハラスは王と対面するべきだと思っている。とにかく、バルモア島に戻ってケネスに会ったらすぐにこれを見せろ。ごゃごちゃ説明することなく、これだけを見せろ」
千年前の古い金貨をペンダントとして鋳造したものだった。
「これは、ケネスと僕との間にだけ通じる友情の証の金貨なんだよ。敵を欺く芝居をしている真っ最中だというサインなんだ」
例えば、味方を裏切ったフリをして敵を欺くこともある。
直接話せない場面で使う秘密の合図となるという。
「ランドール……。でも、ランドールは、このまま幽閉されることになるのよ」
心は揺れていた。今回の計画に乗っていいのかどうか不安なのだ。
「僕のことなら心配するな。ハラスと入れ替わりに王子が来た後は、僕は、本物の王子の護衛としてここに残る。何も問題はないぜ。黒衣の男が狙うとしたら、王子になりすましたハラスなんだ」
ニヤリ。皮肉めいた笑みを浮かべている。したたかな男だ。
「……そうか。視点を変えたらハラスが狙われるということになるのね? それはそれで危険よ! あたし達がハラスを利用しているみたいで嫌だよ!」
そう言うと、ランドールは、ふっと笑ってアリーシャの前髪をかきあげていた。
「おまえ、まっすぐ過ぎるぜ」
呆れているのではないようだ。こちらを優しく見つめて語っている。
「ハラスは頭がいいな。咄嗟に考えたらしいが、王子と入れ代わった後、今度はトルカが僕になる」
トルカは童顔だが体型はランドールと似ている。顔さえ隠せばソックリだ。
そして、ハラスが王都に向かって王と対面する頃、ランドールは解放されるという訳だ。
「リスクを背負っているが、成功すればどちらも得をする。僕は、この大胆な入れ替わり作戦が気に入っている。おまえは、どうする。アリーシャ? ここから先は、おまえ一人で考えろ。後は、おまえ次第だよ」
「ええっ、あたしが決めるの?」
「そうだよ」
「そんなことを言われても……」
断れば、二人ともここから出られない。しかし、こんな大切な事を自分が決めていいのだろうか。
悪戯な表情を浮かべているランドールが真正面から見据えたままアリーシャに問いかけていく。
「おまえなら、どうする?」




