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22/22

遭遇11

グラウンド。


広く整備された訓練場の中央には、白線によって区切られた模擬戦用の円形フィールドが描かれている。


そして、その周囲を取り囲むように整列した生徒たちの視線を一身に受けながら、担当教師は腕を後ろへ組み、全員が所定の位置へ集まったことを確認していた。


空は高く、雲は少ない。


晩秋の乾いた風がグラウンドを横切るたび、踏み固められた地面から細かな砂が薄く舞い上がって、制服から訓練着へ着替えた生徒たちの頬や首筋へ、ざらついた感触を残していく。


咲須麗華の姿は、やはりどこにもなかった。


彼女一人が欠けただけで授業そのものが変わるわけではなく、教師も特別にその不在へ触れようとはしなかったが、普段ならば列の中にあっても自然と視線を集める存在がいないことで、生徒たちの並びには埋めようのない空白が生まれていた。


優心はその空白を意識しないよう、円形フィールドへ視線を向ける。


少し離れた場所では、茶羅木が訓練用CCUを肩へ担ぎながら、朝の教室で見せていたものと同じ、薄い笑みを浮かべていた。


担当教師は最後にもう一度だけ周囲を見渡すと、低く、よく通る声で告げた。


「本日の実技は、創技と体術を併用した模擬戦とする」


その一言が放たれた瞬間、生徒たちの間へ目には見えない緊張が走った。


先ほどまで小声で言葉を交わしていた者たちも口を閉ざして、円形フィールドの中央へ意識を集中させる。


単なる体術訓練ではない。


コスモによって理想を具現化する創技と、自らの肉体を用いた攻防。


その双方を実戦に近い状況で組み合わせる訓練であり、使用者の保有量や出力だけでなく、判断力、距離感、創技を放つタイミング、次の行動へ移る速度といった、数値だけでは測りきれない実力が容赦なく表面化する授業でもあった。


教師は、生徒たちの顔に浮かんだ緊張を確認するように一拍置いてから、さらに言葉を続ける。


「ただし、使用可能な創技はCランクまでとする。繰り返す。今日の模擬戦で使用を許可する創技はCランクまでだ。それ以上の出力、あるいはCランクを超える危険性がある技の発動準備を確認した場合、その時点で模擬戦を即時中止する」


教師の視線が、生徒一人ひとりへ順番に向けられていく。


その目は誰か一人を名指ししているわけではなかったが、昨日の適性検査で制止を無視し、測定石へ過剰なコスモを流し込んだ茶羅木の存在を意識していることは、誰の目にも明らかだった。


「これは遊びではない。だが、殺し合いでもない。相手を傷つけ、自分の力を誇示することが目的ではなく、現在の技量と、攻防の中でどれだけ冷静な判断を下せるかを確認するための訓練だ。その意味を履き違えるな」


何人かの生徒が、無意識に背筋を伸ばす。


創技には、人間の理想を現実へ引きずり出すだけの力がある。


たとえ最下級に近いCランクであっても、扱い方を誤れば骨を折り、肉を焼き、最悪の場合には取り返しのつかない傷を相手へ残すこともあり得る以上、教師の警告は形式的な注意ではなく、これから行われる訓練が、暴力との境界を定めるために必要なものだった。


一方で、茶羅木だけは退屈そうに首を傾け、骨を鳴らしていた。


「へっ・・・Cランクまで、ねぇ」


口元へ小さな笑みを浮かべ、誰に聞かせるでもないような声量で呟く。


「随分と優しい設定だな。そんなもんだけ使って、何の意味があるんだよ?」


声は小さかったが、すぐ近くに並んでいた優心の耳には、はっきりと届いた。


優心は反応しなかった。


だが、茶羅木の視線が教師ではなく、最初から自分だけへ向けられていることには気づいていた。


やがて教師の指示によって組み合わせが決められ、名前を呼ばれた生徒たちが、緊張を隠しきれない表情のまま円形フィールドへ進み出ていく。


一年生が扱える創技は、基本的にCランクまで。


裏を返せば、その限られた範囲の中で創技と体術をどれだけ効果的に組み合わせ、自分の得意な状況へ相手を引き込めるかを測ることこそが、今回の模擬戦における本当の課題だった。


「互いに構えろ」


最初の二人が、フィールドの両端で訓練用CCUを構える。


教師が二人の状態を確認し、片手を鋭く振り下ろした。


「開始!」


合図と同時に、剣型CCUを握った生徒が半歩前へ踏み込み、刃へコスモを集中させる。


『ファイア・ボール』


剣先から放たれた炎は空中で拳大の火球へ形を変え、赤い軌跡を残しながら対戦相手へ迫った。


しかし、その大きさも速度も、実戦で不意を突けるほどのものではなく、真正面から見据えていれば軌道を読むことは難しくなかった。


『ウォーター・シールド』


対する生徒もほぼ反射的にCCUを前へ向け、身体の正面へ薄い水の膜を展開する。


火球と水膜が衝突した瞬間、ジュッ────という鈍い音と共に白い蒸気が噴き上がり、炎と水は互いの勢いを削り合いながら、その場でほとんど同時に消滅した。


「おお・・・」


「ちゃんと防いだな」


周囲から小さなどよめきが上がったものの、教師の表情は変わらない。


攻撃も防御も、創技としては正確に成立している。


だが、火球を放った側は防がれた直後に足を止め、水の盾を展開した側も、視界が蒸気に覆われた好機へ踏み込もうとはせず、互いに一歩後退して距離を取り直してしまった。


技を出すことには成功している。


しかし、その結果を次の一手へ利用する判断が遅い。


その僅かな停滞に、今の彼らが越えられていない限界が、はっきりと表れていた。


「両者、創技を放った時点で安心するな!防がれたなら次へ繋げろ。防いだ側も、相手が体勢を整えるまで待ってやる必要はない!」


教師の叱咤が飛ぶ。


二人は慌てて構え直したが、一度途切れた攻防の流れを取り戻すことはできず、互いに決定打を欠いたまま、時間切れによる引き分けを告げられた。


続いて名を呼ばれた二人がフィールドへ入り、開始の合図と同時に、一人が掌を前へ突き出した。


『エア・スラスト』


圧縮された風が一直線に放たれ、対戦相手の胸元へ叩きつけられる。


「くっ・・・!」


目には見えない風圧を受けた身体が僅かに仰け反り、足元の重心が後方へ崩れた瞬間、攻撃側は足へコスモを集中させた。


『クイック・ブースト』


靴底の周囲へ淡い光が弾け、地面を蹴る動作と創技による加速が重なったことで、その身体は一息の間に距離を縮め、相手の懐へ飛び込んでいく。


先ほどの組よりも、攻撃を次へ繋げようとする意識は明確だった。


だが、相手もただ体勢を崩されていただけではない。


『アース・ウォール』


突進してくる生徒との間へ突き出された掌に応え、地面が低い音を響かせながら隆起し、厚みのある土壁となって立ち上がる。


加速した身体は、急に止まれない。



「しまっ・・・!」


鈍い衝突音と共に肩が土壁へぶつかり、攻撃側の生徒は痛みに顔を歪めながら数歩後退した。


風による牽制。


加速による接近。


土による迎撃。


それぞれの判断自体は間違っていなかったが、壁を作った側は衝突によって相手の動きが止まった直後に追撃せず、加速した側も防がれた動揺から立て直すまでに時間を要したことで、攻防はまたしても途切れてしまった。


「守っただけで終わるな!相手の攻撃を止めることと、勝機を得ることは同じではないぞ!」


教師の声がグラウンドへ響く。


生徒たちは頷いて再び動き始めたが、一度失われた主導権を互いに奪い返せないまま、結局は創技の応酬よりも体術による押し合いへ移り、最後には場外へ押し出した側が辛うじて勝利を収めた。


さらに次の組では、開始直後から細く鋭い水流が形成された。


『ウォーター・ランス』


槍の形に収束された水が空気を切り裂きながら放たれる。


しかし、威力を高めようと意識するあまり水流の先端が僅かにぶれ、狙いも相手の中心から外れていた。


「甘いっての!」


対戦相手は横へ大きく跳び、水の槍を余裕を持って回避すると、着地と同時に重心を低く落とし、地面を強く蹴って一気に距離を詰めた。


『ファイア・バースト』


突き出した掌の先で炎が膨張し、至近距離から小規模な爆発が生じる。


ドンッ─────という重い衝撃が空気を震わせ、水の槍を放った生徒の身体が後方へ弾き飛ばされた。


「ぐっ・・・!?」


倒れこそしなかった。


靴底で地面を削りながらも、どうにか両足で踏みとどまった。


だが、爆発を成功させた側は相手を吹き飛ばしたことに一瞬だけ満足し、拳を握って追撃へ移ろうとするまでに、決定的な遅れを生んでしまった。


その間に相手は呼吸を整え、再びCCUを構えて距離を確保する。


優位は消え、戦況は振り出しへ戻った。


「今の一撃で終わったと思うな!相手が立っている限り、戦闘は続いている!」


教師の指摘に、攻撃側の生徒は悔しそうに歯を食いしばる。


別のフィールドでは、土属性の生徒が正面から打ち合うことを避け、相手の動きを封じようと地面へ手を向けていた。


『アース・グリップ』


足元の土が盛り上がり、太い指のような形を作って相手の両足首へ絡みつく。


「ちっ・・・動きが取れない!」


拘束された生徒が力任せに足を引こうとするが、土の塊は数秒間だけ、その動きを確かに封じた。


術者はその好機を逃すまいと、続けてCCUを横へ振り抜く。


『アース・カッター』


地面から剥がれた土砂が圧縮され、薄い刃となって拘束された相手へ飛翔した。


軌道は正確だった。


だが、安全性を意識して無意識に出力を抑えたのか、その威力は相手の訓練着を浅く裂き、皮膚へ細い傷を刻む程度に留まった。


「この程度なら・・・!」


拘束された側は痛みを堪え、足元へ力を込める。


術者が二つの創技を続けて使ったことで土の拘束が緩み、足首を固めていた塊は容易く崩されてしまった。


せっかく相手の動きを封じながら、決定打を与えられない。


拘束を維持しながら追撃するだけの制御力もなく、技を放った後に体術で間合いへ踏み込む判断も遅れたため、またしても攻めの流れは途切れてしまった。


そうした攻防が、組み合わせを変えながら何度も繰り返されていく。


火は、確かに熱を感じさせる。


水は形を保ち、防御や刺突の役割を果たしている。


風は相手の体勢を崩し、自身の機動力を高める手段として機能し、土もまた、防壁や拘束、刃として確かに現実へ具現化されていた。


誰一人として、何もできていないわけではない。


この学園へ入学するための適性を認められ、日々の訓練を耐えてきただけあって、彼らはすでに一般人の水準を遥かに超えた力を身につけている。


しかし、どの戦いにも、決定的な何かが足りなかった。


創技の規模が小さい。


狙いと出力の精度が甘い。


具現化した現象を長く維持するだけの集中力がなく、一つの技を成功させたあと、次に何をするべきか判断するまでに僅かな空白が生まれる。


創技を使うこと自体が目的となり、その結果として相手がどう動き、自分がどの位置へ立ち、そこから何を繋げるべきかまで意識が及んでいない。


だからこそ勝敗は、圧倒的な出力差によってではなく、足元が滑った、踏み込みが一瞬遅れた、創技を防いだ直後に呼吸を整えようとした─────そのような、ほんの僅かな綻びによって決まっていった。


フィールドの外で自分の順番を待つ生徒たちは、次第に言葉を失い、目の前で繰り返される攻防を真剣な表情で見つめていた。


同じ教室で学び、日頃から互いの実力を知っているからこそ、理解できる。


今、フィールドの中で露わになっている未熟さは、戦っている者だけのものではない。


自分があそこへ立った時にも、同じように攻撃を防がれたら足を止め、好機を得ながら次の一手で迷い、技を成立させたことへ満足して決定打を逃すかもしれない。


決して弱くはない。


だが、強いとも言い切れない。


コスモという人の理を超えた力を手にしながら、その力を戦いの中で使いこなすには、誰もがまだあまりにも若く、経験も覚悟も足りていない。


その曖昧で逃げ場のない現実が、白線で囲まれた円形フィールドの中で、一組の勝敗が決するたび何度も映し出されていた。


優心は、そんな戦いを黙って見つめていた。


創技を使える者たちでさえ、これほど多くの迷いと隙を抱えている。


だからといって、自分にも勝機があるなどと楽観することはできない。


彼らの未熟さを差し引いても、コスモを持たない自分との間には、なお埋めがたい差があるのだ。


それでも優心は、一つひとつの攻防から目を逸らさなかった。


誰が技を放つ前に重心をどちらに移したのか。


創技の発動から相手に届くまで、どれほどの間があるのか。


自分には火も水も風も土も生み出せない。


だからこそ、彼らが当然のように持つ力とは別の方法で、戦うための手掛かりを拾い集めるしかなかった。


その隣では、茶羅木が退屈そうに欠伸を噛み殺していた。


彼の目には、今繰り返されている模擬戦など、見る価値もない低レベルな争いにしか映っていないのだろう。


だが、時折優心へ向けられる視線だけは異様なほど鋭く、待ち望んでいた順番が近づくにつれて、その口元に浮かぶ笑みは、少しずつ深くなっていくのであった。

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