12-2 悠星視点 変わったって、思ってるの俺だけ?
鈴木が一瞬だけ固まる。
その表情を見つめながら、俺は静かに次の言葉を待った。逃げないって決めたから、1秒がどれだけ長く感じても、まっすぐアイツを見据えたまま。
鈴木が迷う時間は、短かった。
「……うん」
小さく、だけどまっすぐな声が返ってくる。
「……うん?」
聞き返したのは、動揺したからじゃない。アイツの口から、ちゃんとその続きを聞きたかったからだ。
鈴木が少しだけ笑う。視線を逸らさずに、俺の目をちゃんと見つめてくる。
「私も、好き」
はっきりと、ごまかさない、気高いほど綺麗な声だった。
一瞬、通学路のざわめきが消えて、世界が止まった気がした。
胸の奥が、信じられないくらい熱い塊で満たされていく。言葉を失う、っていうのはこういう感覚なんだな。
「……まじか」
ポーカーフェイスを維持するなんて、もうどうでもよくなった。
小さくうなずく鈴木を見て、俺は、自分でも驚くほど自然に、少しだけ笑っていた。
「……そっか」
それだけ。だけど、今までのぶっきらぼうな声とは違う、自分でもびっくりするくらい優しくて、やわらかい声が出た。
少しの沈黙。だけど、もうさっきまでの重い空気とは違う。
二人は示し合わせたように、またゆっくりと歩き出した。
いつもと同じ、通学路の途中。見慣れた景色。
だけど、隣を歩く鈴木の存在が、さっきまでとは全然違う距離感でそこにある。
(……待て。好きって言われた。両想いになったんだよな。ってことは……今、手繋いでいいのかな!? 触りたい、って思ってもいいんだよな……!?)
急に「付き合っている」という現実が押し寄せてきて、俺の右手が一気に居場所を失う。歩調に合わせて揺れる鈴木の手元や、さっきまで背中に触れていたアイツの体温が頭にフラッシュバックして、気になって気になって仕方がなくなる。
俺は前を向いたまま、必死に声を整えて、ぽつりと聞いた。
「……明日も一緒に行くだろ」
鈴木はすぐにうなずく。
「うん」
少し歩き出してから、鈴木が前を見つめたまま、小さく呟いた。
「なんか、あんまり変わんないね」
(――え? 変わんないの……!?)
俺の脳内に、盛大な警報が鳴り響いた。
こっちは「今すぐ手を繋ぎたい、触りたい」っていう衝動と理性のせめぎ合いで死にそうなのに、アイツはあのピュアな顔で「変わんないね」とのたまっている。
(いや変わるだろ! 変えたいだろ普通は! ……いや、待て。ここで俺が急に手を繋ごうとしたら、コイツ引くか? 『変わんない』って言ってるってことは、まだそういうのは早いってことか……!?)
強烈な牽制球を食らった気分だった。ここで手を伸ばしたら、今の綺麗な雰囲気をぶち壊す気がして、せっかくの右手の動きを完全に封じられる。
「……そうかな?」
ちょっとだけ視線を泳がせながら、なんとかそれっぽく返すのが精一杯だった。本当は「変わんないわけねぇだろ、手繋ぎたいし触りたいわ!」って叫びたかったけれど、アイツの純粋さを前に、俺の理性は一歩引くしかなかった。
でも、分かっている。
触れそうなほど、ほんの少しだけ距離が近くなっていること。
歩くスピードが、自然と、心地いいくらいぴったり揃っていること。
電車も、朝の時間も、あの満員電車の息苦しさも、明日から何一つ変わらない。
ただ――
隣に並んで歩いている理由だけが、俺たちのなかで、ちゃんと変わっていた。
(……クソ、明日からの満員電車、今まで以上に理性を保てる自信がねぇわ)
新しく始まった「恋人」という名の過酷な試練に、俺は心の中で静かに頭を抱えていた。
本編終了です。最後までお読みいただき、ありがとうございました。




