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再び帝国へ

 神都に帰還したノアたちはささやかな宴会でもてなされた。食糧不足はノアが思っていたより深刻らしく、質素なものだった。

「やっぱりどこも貧乏なんだなー」

 パサパサなパンを齧りながらノアは言った。北スーディル王国や戦乙女王国でも国王が供する宴では粗末な料理が出され、主君もそれを食べていた。超大国である帝国や肥沃な大地を持ち、毒を持つ魔物を食べる方法を編み出したラントフォードが異常なのだ。帝国がどうかは知らないが、ラントフォードでは国民が誰一人として餓死しないような政策を採っている。政府が国民の最低限の生活を保障するのだ。二百年前にラントフォードの領主が生み出した政策である。もちろんノアたちが生まれ育ったスラムのように取りこぼされている者たちがいないとは言い切れないのだが。

「貴様の土産はないのか」

 簾で姿を隠したユノールアが尋ねる。どうやらノアの配下や神聖騎士団幹部に姿を見せるつもりはないようだ。とはいえ宴には出席している。軽いのかそうではないのかどちらなのだろうか。

 ノアは手を叩く。

「ああ、忘れてた! うちで養殖してる魔物の肉があんだった!」

「魔物を…養殖だと?」

 ユノールアの声が揺らぐ。

ノアは配下に命じて土産を持って来させた。魔物といっても非常に多くの種類が存在する。その中でも食用に適した種と適さない種がある。動物に近い見た目を持つ魔物は食用に向いている。今日はそういった魔物の肉をたくさん持ってきたのだ。

「ラントフォードはだいぶ前から食えてあんまり手間かかんねえ魔物を捕まえて養殖させてんだよ。普通の動物よりずっと丈夫だし体もでけえ。ある程度飯を食わなくてもいいらしいし」

「ふむ…ずいぶんと進んでおるのだな…」

「戦えば飯が手に入るからな」

 三方向を魔王領に囲まれ、中央政府からまともな支援を受けられないラントフォード領は絶えず進歩し続ける必要があった。だから戦争に関する技術以外にも農工業や経済に力を入れ、この二百年で目覚ましい発展をしていた。ノイアフォードがあそこまで大きな都市になれたのもラントフォードの技術や知恵、富、人材を使うことができたからだ。この二百年間、ラントフォード領主に暗君なしと言われるだけのことはある。

「美味いぞー! 食え!」

 ノアは皆に魔物の肉を振る舞った。最初は抵抗感があったユノールア人たちも一口食べるとその美味さに気づいたようで目を輝かせて食べ進めている。

「ふふ、美味いのう」

 どうやらユノールアのお気に召したようだった。食糧の輸出には魔物の肉も含めるよう言われた。

 翌日、両国の同盟が締結された。相互防衛協定とラントフォードが食料品を提供する。ユノールアへの出兵の費用や貿易にかかる費用はユノールアが負担し、出兵の報酬や貿易の対価は金で支払うというものだった。期限はノアが死亡するまで。これはユノールアがノアの人柄を見込んで結んだ同盟だからである。

「さてと…帰るか!」

 宴会が終わり、ノアは立ち上がった。兵士たちは帰還の準備をしている。

「待て。伝えておくべきことがある。簾のこちらへ参れ」

「いいけど…」

 ノアは簾を潜り、ユノールアと向かい合う。

「新しき我が盟友よ。一つ、忠告しておくべきことがある」

 ユノールアの瞳が正面からノアの目を捉える。

「帝国に気を付けよ。聞けば貴様は皇帝と誼を交わしていると聞いた。帝国に近づきすぎるな。守りたいものがあるのならばな」

「ディアナもセシリアもいい奴なんだよ。悪い奴じゃない」

「善悪の話をしているのではない。危険だと言っているのだ。いかに明朗であろうと流れる血には逆らえん。いや、皇家の者であればその血を支配することもできよう」

 ノアは首を傾げた。ユノールアの言いたいことがわからない。いや、帝国に気をつけろということはわかるのだが帝国の何に注意すべきなのか全くわからない。

「?」

「言い方を変えよう。帝国人に気をつけろ。帝国の、特に北方の血を引く者に警戒せよ。奴らはこちら側であってこちら側ではない者共だ。言うなれば裏切り者だ。サンドーンの巨人どもは何か言っておらんかったのか?」

「裏切り者…? なんか…昔話で言ってたような…」

 ノアはこめかみに手を当てる。あの話はミラも聞いていたはずだ。帰ったら聞いてみるとする。

「わからん! もっとはっきり言ってくれよ」

「ならん。私もあの千年元帥も元はこちら側ではないのでな。血が許さぬのだ。悪いな」

「まあなんとなくわかった」

「わかっていない顔をしているがな」

 ノアたちはルイやレノゼらに見送られて神都ユノリアスを出発した。神の都は神の盟友にしてこの国を守った恩人たちをもっと引き留めて歓迎しようとしていたがノアたちにはまだ行くべき場所がある。

「ありがとなー!」

「また来てくれー!」

 見送りの言葉を送る市民たちに手を振りながらノアたちは北に向かう。向かうのはグランウェスター帝国。その帝都である。ユノールアとの国交の樹立で軍や商人の行き来が必要になるのだが最短ルートをライジス王国やワンドマリガ王国が塞いでいる以上、帝国領を通過しなくてはならない。その許可を得るために皇帝と会わねばならないのだ。ノイアフォードから土産物を持たせたリハーのウィクトリア二番隊を呼んだ。

「やあ、お待たせ」

 リハーは亜麻色の髪を長く伸ばした吸血鬼で、いつも柔らかな笑みを浮かべている。かつて奴隷商に捕まっていたところをノアに助けられてから仲間として従うようになった。穏やかな性格だが戦場に出ればラミナスやレナードに次ぐ実力を解放して暴れ回る。雷を帯びたノアより強い。

「来てくれてありがとな!」

「いいよ。僕は君が呼ぶならどこへだって駆けつけるから。それより皇帝と会う約束はしたのかい? よく知らないけど皇帝って忙しそうだけど」

「ああ。大丈夫だ」

 二人は握手を交わす。

 一行は帝都オランスティアに入った。やはり帝国の将軍にして皇帝の妹のセシリアが出迎えた。

「お待ちしていました、ノア殿。ユノールア神教国との同盟締結、おめでとうございます。また新聞の表紙を飾りましたね」

 セシリアが新聞をノアに渡した。

 ユノールアは千年以上閉ざされた神秘の国。ユノールアとの同盟は一体どんな意味を持つのか。世界は答えを待っている。

「あはは、そんな凄いもんじゃねーよ。俺たちの方から声をかけたわけじゃないし」

 ノアは笑う。

「いえいえ、異例の事態ですよ! 我々も国交を結ぶべく幾度となく使者を送ったのですがとりつく島もありませんでした」

「まー、世界同盟の加盟国じゃ駄目だろうしなー」

「?」

 帝国ではこの問題を解決することはできないだろう。大国であり、世界同盟の盟主である帝国は簡単に軍を派遣することはない。その点、ラントフォードはロクラスやノア、ミラ誰か一人の命令で軍を派遣できる。迅速さは帝国と比べ物にならないし騎兵のみであるから移動も速い。それに精鋭揃いである。

「来ていただいたところ申し訳ないのですが陛下はセントラルの近くの別荘でお休みでして…」

「そっか。じゃあまた来るよ」

 皇帝は忙しい。休みを邪魔してはいけない。

「…ノア様、ディアナ帝に訪問を伝えて面会の約束をしたと仰ってませんでしたか?」

 サレナが問う。

「伝球でユノールアと同盟結んだんだけどそっち行くからよろしくーって。で、そのまま切った」

「伝わるわけないでしょ」

 サレナはノアの頭を叩く。この男は痛みを与えなければ学ばない。痛みを与えても学ばないことも多いが。

「私には伝わったので大丈夫ですよ。陛下は別荘で対談をお望みです。ご案内いたしますのでついてきてください」

 セシリアは始終笑顔だった。彼女の家臣たちは苦笑いを浮かべている。どうやら好き放題やっているようだ。奔放な主君を持つ家臣は苦労している。ノアの家臣たちとセシリアの家臣たちは奇妙なシンパシーを感じた。

「こいつらも連れてきていいのか?」

 ウィクトリア隊を指す。彼等は帝都まで来てノアから離れるようなことはしないだろう。暴れてでもノアについていくに違いない。兵士たちはともかくカストルとリハーはそういう奴らである。

「ええ。別荘には小さいですが宿泊施設もあるので大丈夫ですよ。別荘はあまり守りに向いていないので信頼できて強い兵士がいてくれると私たちも安心です」

 彼女は二度、ウィクトリア隊と共に戦っている。一度目は魔王軍がラントフォードに攻め込んだ際、二度目はメレモロ城でバルトルサ王国軍を迎え撃った時だ。その武力はもちろん、彼らが良く主君に従う姿を見ている。皇帝護衛の数に含める気はないがノアは

 馬で三時間ほど行くと大きな川があった。そのほとりに皇帝の別荘がある。世界で最も貴き人が住むには質素な建物だった。


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