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偽りの王

 セレカは壁の穴付近で兵士たちの指揮を執っていた。だが乱戦の最中にハルテミスを見失ってしまった。

「ハルテミスはどこだ!」

「…ノア殿と戦いながら終極の棺へと向かっています! なぜあの場所が…!」

 セレカは部下にその場を任せて「終極の赤」が安置されている終極の棺へ向かった。

 刃の応酬を繰り返すノアとハルテミスの戦いはハルテミスが優勢だった。絶えず走りながらの戦闘だった。

「どこに向かってんだよ!」

「わからんか? 凡骨には。余にはわかるぞ。我々は『終極の赤』へ誘われているのだ。聖剣もまた世界を救う勇者を求めているのだ!」

 二人は斬り合いながら走る。到着したのは小さくも厳かな霊廟だった。灯は最低限の松明しかない。さすがのノアでもわかる。この中には凄まじいものが納められている。この世界にあるにはあまりに異質な何か。

「気づいたか。ここに…あるのだ…! 新世界を開く剣が…!」

 ハルテミスは恍惚とした表情で霊廟を見つめる。ノアは肩で息をしつつ、目の前の敵に注意を払う。周囲には敵も味方もいない。ただ殺し合いの絶叫が聞こえるのみである。再び気を引き締める。ハルテミスを倒せば戦いは終わる。もう仲間たちが傷つかずに済む。

「お前がどこの誰かなんてどうでもいい。勇者も世界も関係ない。俺は友達を守るためにお前を倒す!」

 傷口がすぐに塞がっていく。自分でも不思議な力だ。シナと出会ってから大体の傷ならすぐに治るようになった。

「くくく、ノイアフォードの英雄よ。貴様を殺して新時代の幕開けとしよう」

 二人は剣を交わした。しかし勝敗は一向につかなかった。業を煮やしたハルテミスは手を翳した。その手には小さな旋風が巻き起こる。それはすぐに巨大な暴風となり、ノアの体を煽った。

「見よ、これが王の暴風だ。受けよ、これが勇者の目覚めだ。そして死せよ、これが世界の意思である」

 暴風がノアに向かって駆けた。ノアは横に跳んだ。なんとか回避に成功したが、彼が背にしていた霊廟は暴風の直撃を受けて破壊された。崩壊する霊廟を見てノアは冷や汗をかいた。ハルテミスは次々に暴風を放った。一つ目のような威力のものを連発することはできないらしく、小規模なものばかりだった。避けるのは得意だ。そう簡単には当てられない。回避を繰り返し、近づく。

 騒ぎを聞きつけてワナンナが駆けつけてきた。ハルテミスは彼に向けて風を放った。咄嗟にノアが動き、その一撃を防いだ。その攻撃はノアの体を吹き飛ばし、崩落した霊廟の地下室に叩き込んだ。

 

 

 重傷を負ったセシリアの元にワルターがやってきた。彼も動けないほどではないが重傷を負っている。

「…ワルター殿…。ハルテミス王の正体がわかりました」

「正体…?」

 ワルターは目を細めた。

「彼は…貴方が忠義を誓ったハルテミス王は十年前に亡くなりました。暗殺されたのです…!」

「な、何を…! 混乱なされたか!」

 セシリアは首を横に振る。あの男が言っていたことが本当なら多くの謎が解ける。本質の謎は残ったままだが。

「暗殺したのは…十二年前、ノストレア王国にて反乱を起こした戦闘奴隷のアシュラン。奴は反乱の鎮圧後、バルトルサ王国に落ち延び、巡幸中だったハルテミス王を暗殺して王になり替わったのです!」

「だから…仮面を被り…声を発さなかったのか…!」

 ワルターはその場に崩れ落ち、地面を殴った。敬愛する王が暗殺されていたことに気付かず、王を殺した賊徒を王と崇めていたのだ。自責の念で潰れそうになっている。両目から涙を零していた。

「王よ…貴方は…!」

 バルトルサ王国は貧しい国家であった。傭兵業以外にこれといった産業はなく、帝国からの借金で何とか運営している有様であった。しかし第二十三代国王ハルテミスが即位してからは内政に力を入れ始め、国力が増大していった。強兵政策や忠君教育も推し進め、他国から頼られる傭兵国家となり、増収に成功した。彼もまた、帝国軍との連合軍に従軍し、魔王軍と直接戦った。国民からの支持は強く、名君との呼び声も高かった。

 ワルターはその時代に青年期を過ごした。十五歳で兵士として魔物と戦い、多大な戦果を挙げた。それを見たハルテミス王は彼を気に入り、小隊長の役職を与え、気にかけていた。ワルターはその期待に応え、戦場に出れば戦の勝敗はともかく必ず輝かしい武功を手にして生還し出世していた。

 ある日、王はワルターを呼び出して尋ねた。

「お前と出会って長いな。お前はどんな将軍になりたい?」

 王は寡黙な男だったがその言葉一つ一つに大いなる意味が込められている。ワルターは少しためらって答えた。

「この国を守れる将です。軍はそのためにあるのですから」

「ははは、頼りになる。イワンもお前のことをこの国の未来と称していたぞ。余もお前に期待している」

 王城のテラスから城下町を眺める。石造りの無骨な街並み。しかしそれが彼らの故郷であり、どんな都よりも愛しい守るべき場所であった。夕暮れの優しい風が彼の髪を揺らす。その瞳は国の未来を見ていた。

「い、いえ、私などまだまだ若輩で…イワン様の足元にも及びません!」

 謙虚な進化の返答に王は笑った。

「なに、完璧な人間などおりはせぬ。国家もな。よいか、心しておけ。この世に完璧な人間などおらぬ。余もそうだ。欲望に憑りつかれ、道を誤るかもしれぬ。その時は余を止めよ。殺しても構わぬ」

「な、何をおっしゃいます! 陛下は誰よりも清廉なお方! 道を踏み外すなど…!」

 忠臣は声を張り上げた。

「もしもの話よ。だがそのもしもの時は…どんな手を使ってでもこの美しい砂岩の国を守れ。王を裏切り、弑することになってもな」

 忘れることはない、王との約束。

 ワルターは爪が皮膚を破るほど強く拳を握った。

「ええ、覚えております…! 私はどんな手を使ってでもバルトルサ王国を守ります! 砂岩の国を…未来に…!」

 涙を拭い、立ち上がる。無念に倒れた王の魂を慰めるのは戦いが終わってからだ。もし王が帝国を攻撃するようなことがあれば同盟軍がバルトルサ王国を跡形もなく踏み潰すだろう。それが世界を敵に回すということだ。

 そこにセレカがやってきた。

「おい、あんたら大丈夫か⁉」

「あ、ああ。セシリア将軍が重傷を負われた。俺は大丈夫だ。王を、偽王を止めねば…!」

 二人はノアとハルテミスが戦っている霊廟・終極の棺まで走った。背負う物も生まれた国も異なる彼らだったが、この戦いを終わらせるという目的は一致していた。



 アシュランが主導した反乱は鎮圧された。帝国軍を主体とした各国の連合軍によって元奴隷たちは次々と殺されていった。

 そしてアシュランのそばにいた少女も敵の矢を受けて致命傷を負った。流れる血は多く、傷は塞がらない。少女は彼に手を伸ばす。

「…私たちの夜明けはいつになったら来てくれるのかな…」

 黒煙に閉ざされた空を見上げて彼女は言う。

「信じてたんだ…お母さんがしてくれた話。いつか勇者様が夜明けを連れてやって来て私たちを自由にしてくれるって…」

 彼女の目の縁から涙が零れ、石畳に落ちる。彼女は幼くして奴隷狩りに遭い、売り飛ばされてからずっと虐待を受けていた。尊厳を奪われ、未来を奪われ、彼女はいつも泣いていた。ようやく助けられると思っていた。彼女の笑顔を見られると思っていた。しかし世界がそれを許さない。世界は残酷で弱者の幸福を許さない。

 殺戮の声が聞こえる。命乞いが聞こえる。助けを求める声が聞こえる。しかし助けは来ない。

「勇者様は…本当はいないのかな。私たち…いつになったら自由になれるのかな…」

「俺が勇者になる! 俺が勇者になってお前を助ける! だから死なないでくれ。助けて見せる。夜明けを、見せてやるから…!」

 少女は微かに笑う。

「そっか…。それは楽しみだね…。はは、でもごめんね…。私、もう駄目みたい」

 血を吐きながら彼女は言う。真っ赤な水溜まりが広がると同時に彼女の体が軽くなる。最悪な未来の足音が聞こえる。

「…だから…お願い。いつか私たちが生まれ変わった時、幸せに生きられるように…世界を…変えて…。こんな悲しい思いをしなくてもいい世界を…!」

 少女は目を閉ざし、永遠に開くことはなかった。青年の慟哭の声が戦乱の大地に響き渡る。悲しみと憎しみ、怒りと誓い、その全てが入り混じって彼を悪鬼へと変えた。


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