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5・蘇生の奇跡

「息子を…

 息子を…生き返らせて…」


連日、市民体育館で魔法を使っていると黒い額縁に入った写真を大事そうに抱えた女性がやってきた。

かすれた声でようやく聞こえる声量で願ったのは死者を生き返らす事だった。


手足は骨と皮、服はヨレヨレ、目には大きなクマ、頬がこけ、髪もボサボサの痩せこけた不健康そうな女性だ。


俺はこの人が誰か知っている。


去年、|東〈あずま〉総合病院に交通事故で重体として運ばれた少年の母親だ。

少年は手術でも意識を取り戻さず、わずか1週間足らずで亡くなってしまった。


ボランティアに参加していた時、女性が病院で大泣きしていたから覚えている。


女性は記憶よりもやつれて、もはや別人と思える姿だが持っている写真、遺影は記憶に近い少年が写っていた。


どうするのか変人の方に視線を向けると少し考えた様子だったがニヤリと笑い、口を開いた。


「分かりました。

 では今日の夕方、6時に東総合病院の受付に来てください。

 それとお子さんの遺髪とか遺骨なんか、お子さんの一部を用意しておいてください」


「………!!

 ありがとうございます!」


もしかして、魔法で生き返らせる事もできるのか!?

…いや、考えて見れば変人は異世界から生まれ変わった魔法使いだった。

それなら死者蘇生も可能なのだろう。

別の世界に移動しないから難易度は相対的に低いものなのかもしれない。


それよりも俺、このまま続けていたらどこかの国に拉致されるんじゃないか?

怪我を治すのと死人を生き返らせるのは奇跡の度合いが違うだろう。

変な組織とか国に飼われる未来が見えそうだ。

それか科学の礎として解剖されそう。


俺だけじゃなんの意味もないのだけど。

変人とセットじゃなければただの大きい男に過ぎない。

しかし変人の魔法は女性にしか効かないはず。

少年を生き返らせる事を了承するなんて一体、何を企んでいやがるんだ?


変人の返答に涙を流し弱々しい笑顔で頭を下げると女性はフラフラと去っていた。

その後も連日通り、女性を足に乗せて変人の魔法で傷や欠損などを治していく。


来場者は減るどころか毎回、人数は増している。

SNSのおかげか、一部の治した人が発信してるらしく噂が噂を呼び、今では風邪や擦り傷、痣なんかの軽傷の人も来る。

普通に病院や家で養生すればいいのに。


当初から変人が予約制を取り入れていたらしく朝の10時から始まり、夕方の5時には終了なのだが既に来月までスケジュールは埋まっているらしい。

土日祝日も関係なく市民体育館に通う今は学校に通っていた時よりもハードだ。

俺はマットレスに座って待ち、女性を膝の上に乗せているだけだから楽ではあるが。


魔法に頼らなくても良さそうな人も予約してくるから女性だけとはいえ、膨大な数になってる。


それで今回の死者蘇生をお願いする人が訪ねてくるなんて想定外のレベルの女性も来場してきた訳だが。


最後の人を治すとそのまま病院を目指して歩いていく。

変人に何をするのか気になるが俺が知ったところで何も変わらないから聞かずに黙って歩く。

座っていただけとはいえ、こっちは疲れてもいるのだ。

無駄口をたたく気力はない。


オレンジのてるてる坊主スタイルで街を歩く事も慣れた。

拡声器で勧誘する変人にも慣れた。

スマホを向けられても無断で写真やら動画やら撮られても気にしなくなった。

やはり回数と疲労感は人の感覚を鈍らせているのだろう。


元々デカい図体で目立っていたし、変人の奇行で好奇の視線にも慣れていたからかもしれないがどちらだろうか。


途中で家によって着替えて軽食を食べて病院に着くとちょうど良い時間になった。


受付に行くと女性が遺影と木箱を抱えて静かに座って待っていた。

その視線はどこか遠くを見ているようだった。


「山下さん、こちらへ」


変人が声をかけると女性はこちらを向いた。

泣きそうな笑顔だった。

…まぁ、変人が無事に息子を生き返らせる事を祈っておこう。


変人に誘導され着いて行った先は防音設備が整えられた相談室だった。

俺と女性が入ると変人が『使用中』のタグをドア横のフックにかけて鍵を閉めた。


「さて、山下さん。

 死人を生き返らせるには相応の準備と対価が必要だ。

 神に身も心も捧げる覚悟はありますか?」


変人は外向き用のいつもより丁寧な言葉で女性に問いかける。

身も心も捧げられても困るのだが?


「…あります」


女性は少し迷う素振りもあったが変人の問いかけに了承した。


「それは結構!

 早速やりましょう!」


待ってましたと言わんばかりに変人は上機嫌に笑う。

変人が良い笑顔とか気持ち悪い。

これは何かロクでもないことを企んでいる顔だと長年の付き合いで分かってしまう。

引いてる俺をよそに俺の手を掴むと女性の頭に乗せた。


「まずはお子さんの魂を呼びましょう!

 さぁ、目を瞑ってお子さんを思い浮かべて!」


「えっと…はい」


女性は戸惑いながらも変人に言われるままに目を瞑った。

変人が俺の手に触れたまま小声でブツブツと唱えた。


「さぁ、目を開けて」


「…!?

 アキちゃん」


女性は一点を見つめて泣き出してしまった。

まるでそこに死んだ息子でも現れたかのような反応だ。

しかし女性の視線の先にあるはずのモノは俺には見えない。

ただ、虚空を見つめて泣き出すヤバい女性しか居ない。


「さて次は肉体。

 遺体や代わりの肉体があれば簡単ですが…

 これを使えば神の力で産み直せますよ」


「産み直す…」


変人は女性が持ってきた木箱を指さす。

女性は虚空と木箱を交互に見る。


「ただし、お子さんの性別は神の加護の影響で女の子に変わりますし、人格も変わります。

 それでも産み直しますか?」


「…はい。

 もう一度、あの子を抱きしめさせて」


「分かりました。

 それではちょっと失礼」


変人は木箱を女性から受け取ると中身を少し摘み俺の顔に擦り付けた。

こいつ、人に人骨を!?

白かったから骨だろ!?

思わず顔をしかめてしまったのだが!?


「あぁ…あぁ…」


女性はうめき声とも歓喜の声ともとれる掠れた声を出して何かを追うように顔を下げて最後にお腹を恐る恐る撫で始めた。


「これでお子さんの魂は貴女のお腹へ再び宿りました。

 神の奇跡で山下さんの身体も健康になりましたから出産まで頑張ってください」


気付けば女性はやつれていた事が嘘だったかのように綺麗になっていた。

骨と皮だけだった手足に肉が付き、目のクマはどこかへ消えていた。

髪もサラサラツヤツヤと凄腕美容師が整えたばかりのように綺麗になっていた。


………記憶よりも綺麗になってないか?

こう、上手く言えないが…


変人は女性と色々と話して最後に産婦人科の受診を勧めて女性と別れた。

どうやら初めの一歩が違うだけであとは普通の妊娠と同じらしい。


ただ、冷静に考えて、だ。

コレって詐欺じゃないか?

性別も人格も変わったって…もはや別人では?

それと誰の子だ?

もしかして神、俺の子とか言い出さないよな?


俺は色々と考えて…面倒になって止めた。

考えても俺には何もできない。

どれだけ事が大きくなろうが、それは変わらないだろうから。

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