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22. 離山の手

 この手の感触には覚えがある、と竹香は思った。


 パレードで空を飛んだ時、右側には冬氷がいて、彼の左手をしっかりと握っていた。あの感覚と一致する。


「あなたは」


 竹香が眉に皺をよせ、全神経を集中させて、離山の顔を見た。

 前に、冬氷の顔をまじまじと見て、なんてよくできているのだろう、なんて美しい顔なのだろうと感心したことがある。その顔とは違うけれど、この離山さまは冬氷なのだろうか。


「あなたは」

 竹香の声が震えてしまった。

「キャプテン、冬氷キャプテンですか」


「そうだよ」

 と離山が頷いた。「わかるのに、ずいぶんと時間がかかったね」


「本当に、キャプテンなの?」

「うん。そんなに変わったかい。すぐにはわからないくらい変わったかい」

「いいえ、……」

 竹香の目がまださぐっていた。


「そうだよ、ぼくは冬氷だよ。そんなに似ていないかい」

「病気をしたの?」

「いや。でも、ぼくは冬氷、キャプテンだよ」


「どうしてキャプテンがここにいるの?だって、仙師がここにいるはずがないもの」

「ぼくはもう人間なんだよ」

「人間になりたい仙師なんていないもの。仙術をもたない人間に、なるはずがないもの」

「なったんだよ」


「どうして人間になったの。人間の生命は短いわ。人間はすぐ死ぬのよ」

「そうだ」

「一番大切なものは生命でしょう。それを捨てたというの?」

「そうだよ。ぼくには、それを超える大切なものがあるんだ」

「……」

 生命を超える大切なものって、何だろう。そういうものがあるとは思うけれど、竹香には答えが見つからない。

「そのことのために生きていくのは、意味のあることだとぼくは思う」


「でも、そのために……、キャプテンが人間になったなんて」

 仙師が人間になったという話は前例がないと父が言っていた。まして、冬氷は知修世家の跡取りで、次代を背負っていく期待の星なのだから、なりたいと思ったとしても、それが許されるはずがない。


「信じられない。生命を超える大切なものって、何ですか」

  竹香が彼の顔を不思議そうに眺めた。


「そんなに似てないかい」

「似ているところもあるけど」

「こんな身体になったからね」

 彼の目が下を向いて、自分の足を眺めた。


「その身体のせいで、人間になろうとしたの?」

「いいや。ぼくはね、もともと自由になりたかったんだ。知っているだろう」

「ええ」

「ぼくは仙師をやめたかったんだ。まだ仕事が残っているから、この続きはあとでしよう」

「はい」


 離山は帽子をかぶり、机の上の剥げた石をポケットにいれた。

「また後で」

「はい」


 しかし、彼は扉のところまで行き、壁に手をつけて下を向いてしばらく立ち止まっていたが、振り向いた。


「チーチーは、どうして急に山を下りたんだい」

「それは」

「本当のことを教えてほしい」

「それは……」

「ぼくがチーチーを誘ったのは、賭けのためだって思ったのかい」

「違うの?」

「違うに決まっているじゃないか。そんなことも……」

「……あの時はわたし、気が動転していて」

「やっぱり。そういう噂は聞いていたけど、信じられなかった。ぼくたちはもっとつながっていたと思っていた」

 

 離山が顔をしかめて上を見ると、涙がひと筋流れたようだったので、竹香は急いで別の方向を向いて見ないふりをした。

 

 わたしは浅はかで、とんでもないことをしてしまった。

 ごめんなさい。ごめんなさい。

 竹香は胸が洞窟になって風が通り抜けるほど悲しくなったが、言葉が出てこない。


 離山の顔がはっきりと冬氷に重なってきた。

 ほんものだ。

 そう思ったら、もう言葉が出てこなくなった。

 何とか言わなくては。

 肝心な時なのに、竹香はおでこをこすったり、身体を揺らしたりして、怪しい行動をするばかりだ。言葉は胸にあふれているのに、言葉が出てこない。

 竹香は泣きそうになって、なんとかつばを飲み込んだ。


 わたしはとんでもないことをしてしまった。

 いつもそのことは、心の泥沼でどよめいていてこわすぎたから、見ないようにしていた。


「ぼくはチーチーを騙したことなんか、ないから」

「はい」

「これからも、ない。絶対に、ない」

 はいと竹香が頷いた。


「わたし……」

 竹香はなんと言って謝ればよいのかわからない。「ごめんなさい」や「すみません」ではとても足りない。


 離山が竹香を引き寄せた。

「すまなかった」

 

 えっ。

 どうしてキャプテンが謝るの?謝るのは、わたしなのに。


「チーチーはあの時、14歳だから、ぼくがもっとわかってやるべきだったんだ」

 彼が竹香の頭を強く抱いた。

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