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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第2章 2学期と思春期の始まり
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97 危険な自撮り

 食事が運ばれてくるまでの間、藤城皐月(ふじしろさつき)及川祐希(おいかわゆうき)から黒田美紅(くろだみく)がどんな子で、祐希とどれくらい仲がいいかを聞かされた。

 美紅は卒業後、東京の専門学校で服飾の勉強をするという。祐希がとにかく東京へ出たいと思っているのは美紅の存在が大きいらしい。皐月はてっきり恋人を追って東京に行きたいのかと思っていた。

 運ばれてきたステーキピラフは肉を焼いた食欲をそそる匂いがした。皐月は自分で頼んでおきながら、水餃子じゃなくいつもの焼き餃子にしておけばよかったと後悔した。祐希の頼んだステーキピラフには大盛りの肉が盛られていた。

「マスター、これ盛り過ぎじゃない?」

「通常の3倍の量だ。凄いだろ」

「凄え〜。これ正式なメニューにしたらいいじゃん。ウケるよ」

「ウチは喫茶店だからね。飯屋じゃないよ」

「その割にフードメニューが充実してるよね。それに美味いし」

「ありがとう。嬉しいこと言ってくれるね」

「マスター、これ写真撮ってもいいですか?」

 ステーキ山盛りのピラフを前にして、祐希のテンションが少し変になっている。

「いいよ。ウチは写真自由だから好きにして」

「ありがとうございます。友だちに自慢します」

 マスターが下がると祐希が写真を撮り始めた。皐月のサンドイッチと水餃子の写真も撮っている。皐月はスマホを手渡され、ステーキピラフを前にして嬉しそうな祐希の写真を撮ってあげた。

「ねえ。皐月の写真も撮っていい? 美紅に送りたいな」

「ヤダよ」

「え〜、ダメなの? じゃあ私と皐月の二人で写った写真ならいい?」

 返事をする前に祐希は皐月の隣の席に座っていた。

「ここで撮れば店の雰囲気も伝わりそう。美紅が豊川に来たらこの店に連れて来たいな」

「……じゃあ1枚だけな。あまりアップで写すなよ」

「ありがとう。皐月はいい子だね〜」


 新しい客がやって来た。栗林真理(くりばやしまり)だ。

「いらっしゃい、真理ちゃん」

「ちょっと遅くなっちゃってすみません。食事ってまだ大丈夫ですか?」

「いいよ。何でも頼んで」

「じゃあカレーセットでお願いします」

「ありがとう。よかったら大盛りにしようか?」

「普通でいいですよ」

「奥のテーブルに皐月君が来てるよ。いつも真理ちゃんが座ってる席」

「そうなの? ありがとう」

 真理は皐月のいる奥のエリアに向かった。皐月と祐希が壁の方を向き、店内に背を向けて並んで座っている。なんで壁に向かって並んでいるの、と思っていると、二人は一緒に自撮りをし始めた。

「あっ、真理ちゃんだ」

 祐希がスマホの画面に写り込んだ小さな真理に気付いた。振り返って真理に挨拶をすると、真理も皐月が振り返るのを待って挨拶を返した。

「よう。今日は外食か。こっち来る?」

「いい。勉強しながら食べるから、向こうに行く。じゃあね」

 一度も笑顔を見せずに真理が離れた席に行ってしまった。皐月は祐希に言われるがままに何枚も写真を撮り直していたが、最初に決めた通り、1枚だけでやめておけば良かった。そうすれば真理にこんなところを見られなくてすんだ。

「真理ちゃん、ピリピリしてたね」

「受験が近付いているからな。勉強で疲れているんだろ。御飯食べたらちょっと真理んとこ寄ってってもいい?」

「いいよ。じゃあ私、先に帰ってるね」

「玄関の鍵、持ってる?」

「うん。外に出る時はいつも持つようにしているから」

「じゃあ玄関の鍵、しめておいて。俺も鍵持ってるから」

「うん。戸締りはちゃんとしておくね」

 真理は皐月たちから直接見えないところにいた。普通に会話しているだけなら真理のところまで声が届かないと思ったが、皐月と祐希は真理の勉強の邪魔にならないよう、小声で話しながら食事をとることにした。皐月は祐希の大盛りのステーキを少し分けてもらった。

 美紅からの返信はすぐに来た。皐月に会えることを喜んでいたが、皐月と祐希のツーショットにはご立腹のようだった。食事が終わると祐希だけで精算をして、一人で先に帰った。


 真理はカレーを食べながら理科の勉強をしていた。電気の回路の問題を解いているようだが、もちろん皐月は学校でこんな難しいことまで勉強していない。

「ここいい?」

「別にいいけど。今勉強中だから邪魔しないでね」

 夏休みにパピヨンで会った時は真理の方から同席しようと誘ってきたのに、今日は素っ気ない。

「勉強だったら一番奥のボックス席の方がいいじゃん」

「だってあんたらがいたでしょ」

「いや、そうじゃなくてさ。今から移動したらって話」

「もう他にお客さんいないから、どこだって一緒だよ」

「そりゃそうか」

 真理は皐月と目を合わせようとしない。勉強に集中しているのか機嫌が悪いのか、皐月には良くわからない。こっちのテーブルには皐月のお冷がないので、暇つぶしに氷を齧ることもできない。

「最近勉強の調子どう?」

「全然。私がいくら頑張ったところで、他の子たちも頑張ってるからね、もうこれ以上成績が上がる気がしない。むしろ下がり気味だから嫌になる」

「そうか……。もう人より頑張ればいいって段階じゃないんだな。キツいな」

「絵梨花ちゃんはさ、日付が変わるまで勉強ができるんだって。たぶん他の受験生もそう。でも私はどうしても眠くなっちゃうから、長時間の勉強ができないの。これからは差が開く一方だよ」

 皐月にはかける言葉がなかった。真理はすでに頑張っている。こんなに頑張っている真理に、さらに頑張れだなんて皐月には言えない。それに何も頑張っていない自分の言葉なんか何の説得力もない。自分が今ここにいると本当に勉強の邪魔なんだな、と思った。


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