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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第1章 夏休みと子供時代の終わり
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8 裸足のスポーツ少女

 プールサイドに上がった藤城皐月(ふじしろさつき)入屋千智(いりやちさと)を直視できなかった。男子小学生にとって水着姿の女子の顔から下は見てはいけないものだ。皐月が千智の目だけを見て一緒に帰ろうと誘ったら、何のためらいもなくうなずいてくれた。

 皐月が同級生の男子と違うところは気軽に女子を誘えるところだ。こういう皐月の振る舞いは一部の男子からはチャラいと評判が悪い。だが、女子からは案外そうでもない。


 先に着替え終わった皐月は更衣室を出たところで、日陰に入らずに千智を待った。太陽の光を浴びながら長めの髪をくしゃくしゃとしていると早く乾くからだ。

 夏休みももうすぐ終わるというのに風もなく、湿度も高かった。水にでも浸かっていないとやってられない暑さで、またプールに戻りたくなってくるほどだ。

 私服に着替えた千智が更衣室から出てきた。皐月にとって彼女の姿をまともに見るのはこれが初めてだった。

 千智は深めにキャップをかぶり、ストレートの長い髪で耳を隠していた。少し赤みがかった黒紅色(くろべにいろ)の髪がサラサラとしていて美しい。

「そのキャップ、スイムキャップよりずっと似合ってるね」

「何ですか、それ。褒めてるんですか、貶しているんですか」

「褒めてるに決まってるじゃん。それより、どうして髪の毛が乾いてるの?」

「充電式のドライヤーを持って来たんです。藤城先輩も使いますか?」

「いいの? じゃあ借して」

 五年生でも女子はやっぱり男子とは違う。皐月はそんな便利なドライヤーがあることを知らなかった。


 千智をよく見るといろいろおしゃれなことに気がついた。キャップだけでなく、ファッションがトータルで格好いい。

 大きめな白地のTシャツにはアートがプリントされていた。デニムのショートパンツとスニーカーがストリートっぽい。皐月のクラスにはこういうタイプの女子はいない。

「その赤と青のデザインって何?」

「レットナっていう芸術家のアートなんだけど、知ってますか?」

「知らない。れっとな? 外国人?」

「レットナはアメリカ人のストリートアーティストで、結構有名らしいです。私はあまりそういうの詳しくないけど、お父さんがアート好きで、ネットで見つけて買ってくれたんです」

「へぇ〜、ストリートアートか。エジプトのヒエログリフっぽくてかっこいいね」

「デザインと色合いが白のシャツに合っていて気に入ってます。ところで、ヒエログリフって何ですか?」

「古代エジプトの遺跡によく刻まれている絵文字のこと。ちょっと調べてみようか」

 気になったことをすぐにネットで調べるのは皐月の癖だ。

「あれ? 思ったほど似ていないや。ヒエログリフの印象だったんだけどな……」

「十字架みたいなデザインがキリスト教っぽいかなって感じてました。でも人みたいなデザインもあるし、確かにヒエログリフに似ているかもですね」

「神秘的なデザインのTシャツだね。良く似合ってるよ」

 千智は皐月にTシャツが似合っていると言われたことだけでなく、ファッションに関心を持ってくれたことが嬉しかったようだ。


「暑いね。何か冷たいものでも飲んでいかない?」

「お金持っていないから、私はいいです」

 皐月は少しでも千智といる時間を稼ぎたかったので、ドリンク代を奢ってもいいと思っていた。そんな皐月の気持ちを見透かすように、先手を打って断られた。

「体育館にあるウォータークーラーの水を飲みましょう。冷たいし、水でいいじゃないですか」

「そりゃ水は冷たいけどさ……。ま、いいか」

「日陰なら涼しいですよ」

 暑いから水は美味しかったが、日陰に入っても全然涼しいとは思わなかった。

「千智って、もしかして暑いの強い?」

「暑いのは平気です。でも寒いのは嫌。もしかして藤城先輩は暑いの苦手ですか?」

「苦手〜。でも冬が好きでさ、去年なんか冬でも半袖半ズボンだった」

「やだっ! それって変ですよ」

「変かな? カッコよくない?」

「いや、全然」

 美し息を否定されたようで、皐月は千智の言葉に思いのほかショックを受けた。だが、それでも腹が立つような嫌な気持ちは起こらなかった。

「友達はみんなスゲ〜って言ってたけどな」

「男子と女子は違います。冬に半袖半ズボンなんて一緒にいたら恥ずかしいから、冬になったら私に寄ってこないでくださいね」

 千智の言葉で皐月は二人の関係が冬まで続くことを確信した。そう思うと気持ちに余裕が生まれ、クラスの女子と会話をする時のように話を続けられそうだ。

「そっか。だからうちの親はみっともないからせめて、上着だけでも着てくれって言ってたのか」

「今年はちゃんと冬服着ましょうね」


 体育館の出入り口の近くにあるウォータークーラーは夏休みなのに律義に水を冷やしてくれていた。飲む人もいないのに電気代が勿体無いんじゃないか、と皐月は水道代が気になった。この日は何かクラブ活動でもあったのか、体育館の扉が開いていた。

「ちょっと中で遊んでいく?」

「いいですよ。私バスケがしたい」

「バスケ得意なんだ」

「スポーツは割と何でも得意です」

「水泳は苦手なのに?」

「あれだけはダメなの、ってもう!」

 皐月と千智は体育館の中に入った。皐月は誰もいないアリーナの真ん中で軽く腕を回して準備運動をした。普段の遊びはドッジボールばかりなので、バスケの経験ほとんどない。今度は自分が千智に教わることになるだろうと思い、恥をかきたくないと緊張し始めた。


 皐月と千智は倉庫からボールを取り出し、適当にドリブルしてシュートを打って遊んだ。千智はバスケが得意だと言うだけあって、フォームが様になっていた。

「靴下じゃ滑って動きにくいですね。私、裸足になります」

 千智が靴下を脱いだので、皐月も裸足になった。屋内は直射日光がないだけマシだが、やはり蒸し暑い。板張りの床が少しだけ冷たくて気持ちがいい。

 千智は両手でシュートをしていた。皐月は漫画やアニメで見たように片手でシュートを打ったが、ボールが重くて思うように投げられなかった。全然リングに入らなかったが、フォームだけはそれなりに真似ができていた。千智はほとんどシュートを外さなかった。

「バスケ上手いね。驚いた」

「何で驚くんですか?」

「だって俺は鈍臭い千智しか知らないし」

「これからは私のことをどんどん見直してくださいね」

 キャップのバイザーの奥に隠れていても、千智の顔は皐月の知る誰よりもかわいかった。


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