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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第2章 2学期と思春期の始まり
52/104

52 席替え

 6年4組の教室に担任の前島先生が入ってきた。まだ30代の女の先生だ。藤城皐月(ふじしろさつき)はこの人が6年間で一番当たりの先生だと思っている。

 前島先生は今までの先生と違って変な癖がなく、理不尽なことを言わない。男女隔てなく児童を苗字のさん付けで呼んでくれる。五年生の時の担任は男の先生だった。男ってだけで皐月は嫌だったが、馴れ馴れしく名前を呼び捨てにしてくるのが生理的に嫌だった。

 前島先生は電子黒板の使い方が上手い。噂では稲荷小学校で最高のテクニックを持っているという話だ。皐月の去年の担任に比べ、前島先生は多彩な機能を使いこなしていて、授業がとても楽しくわかりやすい。

 1時間目は学活で、Web会議システムを使った全体朝礼が行われる。その後に遅い朝の会が開かれた。

 宿題の提出をする時、栗林真理(くりばやしまり)は皐月にだけわかるように胸の前で小さく手でありがとうのサインをした。こそこそと二人の秘密みたいにするのが楽しかった。


 2時間目になると前島先生から席替えの話が出て、教室に歓声と悲鳴が上がった。

「やったー!」

「やっとこいつと離れられる!」

月花(げっか)君の隣に行きたい!」

「今のままがいいっ!」

「せめてあと一日っ!」

 筒井美耶(つついみや)は悲しそうな顔をして、隣に座っている皐月を見ていた。皐月は作り笑顔で美耶に微笑むことしかできなかった。

「皆さん、悲喜交々ですね。良くも悪くも2カ月で席替えしますからね。では早速始めましょう。今回もアプリを使って席を決めます。前席希望の方はいますか? 前回希望した方も含めて手を挙げてください」

 視力が低く、黒板が見えにくい児童は優先して最前列にしてもらえる。真理は眼鏡をかけたくないという理由で、1学期はずっと最前列を希望していて、今回も真理は手を挙げた。他にはフィリピン人ハーフのラブリも前回と同じく手を挙げている。吉口千由紀(よしぐちちゆき)は2学期から眼鏡をかけ始めたので今回は挙手していない。

「カルロスさん、申し訳ないのですが今回も一番後ろの席になってもらえますか?」

「はい、わかりました」

 ブラジル人ハーフのカルロスは縦にも横にも身体が大きい。クラスで一番小さい学級委員の二橋絵梨花(にはしえりか)がカルロスの後ろの席になったら、前が見にくくてストレスを溜めそうだ。カルロスは見た目は威圧感があって怖そうだが、気の優しい男の子だ。前島先生は外国人の児童にはなぜか名前にさん付けをする。


 黒板上部にあるプロジェクターから、黒板にアプリの画面が映し出された。先生は児童に見せながら席替えの条件を入力する。最前列と最後列の条件を入力し終え、条件入力画面を閉じた。

「では今から席替えをします。席替えボタンを押しますよ」

 ざわざわしていた教室が静まりかえると、先生は教室を見渡した。少し微笑んだ後、何の合図もなく席替えボタンを押した。すると一瞬で新しい座席の配置が出来上がり、教室がまた様々な声に包まれた。

「それでは自分の席を確認してください」

 新しい座席の配置を保存した後、新しい座席表を黒板に大写しにした。児童たちの顔が一斉に真剣な表情になった。

「先生は職員室へちょっと戻りますので、10分で席替えを終えてください。学級委員、後はお願いします」

「はい」「はい」

 前島先生は学級委員の月花博紀(げっかひろき)と二橋絵梨花を信頼している。面倒なことでも平気で二人に丸投げする。


 皐月の席は窓から3列目で、前から2番目になり、そこは栗林真理の真後ろだった。真理と席がこんなに近くなるのは小学校生活で初めてだ。

 皐月の隣は学級委員の二橋絵梨花になった。絵梨花とはあまり話をしたことがなかったので、皐月はこれから2カ月が楽しみになった。

「あ〜あ、藤城君と席が離れちゃったよぉ〜」

 筒井美耶が皐月の腕に触れてきた。今までは言葉や態度で好意を示されてきたが、叩かれる以外で触れられたのはこれが初めてだった。

「筒井は窓際の後ろから2番目か。アニメなら主人公の席だな」

「藤城君と席が5つも離れてるよ〜」

 美耶が皐月の腕をゆさゆさと揺すってくる。どうして腕を離さないのだろうと考えながらも、ちょっとドキドキする。気持ちがいいからそのままにしていると、美耶が急に腕を突き放してきた。

「あ〜っ! 栗林さんの後ろの席!」

 半泣きの顔がもっと情けなくなった。

「あ〜っ! 二橋さんの隣!」

「なんなんだよ、お前は」

「なんでもないよっ!」

 こういう美耶にはいつもイラっとしていたのに、今日の皐月は全く嫌な気持ちにならなかった。


「なあ筒井、席が離れちゃって寂しくなるな。せっかく仲良くなれたのに」

「別れる時に限って優しいこと言わないでよ。ズルイ!」

「別れるって、ただ席がちょっと離れるだけじゃんか。大げさだな」

「『せっかく仲良くなれたのに』とか変な言い方するからだよ」

 皐月は一瞬、意味がわからなかったが、美耶に言われてニュアンスの問題に気がついた。

「あ、ごめん。確かにこれじゃサヨナラするみたいだわ」

「ホントは私とサヨナラしたかったの?」

「そんなことねーよ。寂しいって本当だし」

「席が離れたら仲良しじゃなくなっちゃうの?」

 いつもの筒井だな、と思った。自分への好意を隠そうとしない美耶はかわいい。本気で席が離れ離れになるのが寂しくなってきた。

「バカだな。車の免許取ったら十津川の山に連れてってくれるんだろ? 遠い未来の話だけど、俺、本気で楽しみにしてるんだぜ」

「本当?」

「ああ。それに夏休みの話、もっと聞きたかった。また話聞かせろよ」

「うんっ!」

 筒井ってこんなにかわいかったかな、と皐月は美耶だけでなく、自分も何かが変わっているんじゃないかと思った。


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