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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第2章 二学期と思春期の始まり
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51 もう一人の賢い女子

 筒井美耶(つついみや)は夏休みの間に落ち着いた印象に変わっていた。藤城皐月(ふじしろさつき)には美耶のことが一学期と別人に見えた。

「藤城、あんた変わった?」

「何が?」

「美耶に優しいじゃん」

 いつも皐月にキツい松井晴香(まついはるか)が珍しく柔らかい表情になっている。

「久しぶりに会えたから嬉しいんだよ。こんな筒井でも」

「一言余計なんだよ、藤城は」

 美耶が嬉しすぎて泣きそうな顔になっている。

「先生、なんかパワーアップしてね?」

 こういう流れになると、いつも聞き役になっている花岡聡(はなおかさとし)も話に加わってくる。

「男子、三日会わざれば刮目(かつもく)して見よって言うじゃん」

「出た! (ことわざ)

「故事成語だよ、『三国志演義』の」

「先生はたまに難しいこと言うよな。で、なんて意味?」

「ナメんなよって意味」

「お〜っ、なんかかっけー」

 月花博紀(げっかひろき)がいつもより少し遅れて教室に入ってきた。博紀を待ち焦がれていたのか、晴香が目ざとく見つけて話しかけに行った。

「松井は相変わらずだな」

「晴香ちゃんは素直なのよ。私だって藤城君を見つけたら声かけに行くよ」

 こんな風にまともに好意を向けられると恥ずかしくなる。美耶は人前でもお構いなしなので、皐月はみんなからからかわれる。

「あっ、忘れてた。俺、真理んとこまだ行ってなかった。ちょっと声かけてくるわ」

「もう……」


 聡に手を振り、泣きそうな顔になった美耶を置いて教室の窓際の最前列へ行った。

「よう」

 栗林真理(くりばやしまり)は算数の図形の問題を解いていた。何か計算式を書いていたが、手を止めて皐月を見上げた。

「おはよう」

「今朝さ、真理から借りた『特進クラスの算数』、やってみたよ」

「そう……。で、どうだった?」

「悩ましいね」

「悩ましいって何よ。難しいってこと?」

「うん。問題も難しいけど、こんなの解こうとしていたら自分の進路のことを考えちゃって……。これからどうしよっかなって悩んじゃう」

「どうしようってことは、少しは中学受験のことも考えるようになったんだ」

「まあね。もう手遅れかもしれないけど」

 予鈴が鳴った。あと五分で全体朝礼が始まる。ウェブ会議システムを使い、それぞれの教室でオンライン放送を見る。

「まだ手遅れってことはないよ」

「そうか。でもこの前、もう間に合わないって言わなかったっけ?」

「あれはちょっと意地悪で言っただけ。でも時間切れが近いのも確かだからね」

 真理に心配されていることがわかる。それは皐月にはちょっと寂しくもあり、屈辱的でもある。

「まあ俺なりにもうちょっと考えてみるわ。じゃあ」


 学級委員の二橋絵梨花(にはしえりか)がオンライン放送の視聴準備を始めた。彼女も真理と同じ中学受験組だ。皐月が勉強で敵わないという女子はこの絵梨花だ。

 絵梨花はいつも白のブラウスを着ていて、稲荷小学校では異彩を放っている。六年生になると同時にこの学校に転校してきたので、クラスには友人がいなかった。絵梨花は早くみんなと仲良くなりたいからと、学級委員を引き受けたらしい。皐月はまだ絵梨花とはあまり話したことがない。

 席に戻りながらなんとなく絵梨花のことを見ていたら博紀が話しかけてきた。

「なあ皐月、祐希(ゆうき)さんってお前ん家から高校に通ってるんだよな」

「ああ、そうだけど」

「朝早いのか?」

 博紀の考えていることはバレバレだ。女にモテるくせに不器用だ。

「七時くらいには家を出るよ。祐希に会いたかったら、その時間に駅で張ってろよ」

「そんなことするか、バカ!」

 豊川稲荷で初めて会った時、博紀は及川祐希(おいかわゆうき)に一目惚れをしたんじゃないかと皐月は踏んでいる。

「祐希に会いたかったら俺んとこ遊びに来ればいいじゃん。そうすれば別に不自然じゃないだろ」

「じゃあ祐希さんが家にいる時、連絡くれよ」

「ヤダよ、めんどくせぇ」

「祐希さんがいなかったら、お前と二人で遊ばなきゃならなくなるじゃないか」

「だったら来んな!」


 博紀の相手をしているのがバカバカしくなって、皐月は自分の席に急いだ。席に戻ると美耶が機嫌悪そうに話しかけてくる。

「栗林さんと何を話してたの?」

「受験のこと」

「ふ〜ん」

 真理が中学受験をすることはクラスの誰もが知っている。だから受験のことと皐月が言っても、それは真理の受験のことだと美耶は思う。だが皐月は自分自身の中学受験のことを真理と話していた。

「さっきの話だけどさ、筒井って山に入って遊んでたんだよね。熊野古道を歩いたりしていたの?」

「熊野古道も歩いたけど、おじいちゃんに大峰奥駆道(おおみねおくがけみち)っていう修験道(しゅげんどう)の人たちの歩く道に連れて行かれたな〜。あと道から外れたところもよく入ったよ」

「おぉ〜っ、修験道! なんかすごいな。山の景色ってやっぱキレイなの?」

「んん〜、どうだろう? 感動するようなものじゃないと思うよ。森の中を歩いているだけだし」


 予鈴が鳴って、皐月の前の自分の席に戻ってきた神谷秀真(かみやしゅうま)が修験道に反応して話に加わった。

「大峰って女人禁制(にょにんきんせい)じゃなかったっけ?」

 秀真はオカルトや宗教が好きで、その道では皐月の師匠だ。皐月は秀真のおかげでオカルトに目覚め始めている。

「今はそんなに厳しくないんじゃないかな。でも、おばあちゃんは一人で山に入るなって言ってた」

「やっぱ宗教的な理由かな?」

「そういうことじゃなくて、女の足じゃ山の中で男に襲われたら逃げられないからだって」

「筒井、その髪型だったら遠目には男子と変わんないんじゃね?」

 性的な話を避けたくて、皐月は茶々を入れた。強制的に話題を変えられ、秀真はあからさまに不機嫌な顔をした。

「あ〜っ、やっぱり変だった?」

「全然。よく似合ってるよ。それに近くで見るとちゃんと女の子らしいし」

「切り過ぎちゃったかな〜って思ったけど、藤城君にそう言ってもらえたからホッとした。でもこの髪型にしたのはこっちに帰ってからなんだけどね」

「そうなんだ。イメチェン、上手くいったと思うよ」

 美耶の髪型は夏休み前の真理の髪型に少し似ていた。ちょうどいいタイミングで始業の本鈴が鳴った。


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