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はじめての食卓


 なかは暗く、シンと静まり返っていた。

 ジュリアはなにか動くものでもいないかと暗闇に目を凝らしてみたが、僅かな光源のなかに浮かび上がるものは埃ひとつなかった。

 彼女はちょっと溜め息をつくと、戸口に置いておいた荷をよいしょと家の中へ運び入れ、ドアを閉めた。


 とにかく暗い。

 すこしでも明かりをいれようと、カーテンの隙間から差し込んでいるか弱い光を頼りに窓際までいき、太い木枠にはまった可愛い窓のカーテンをさっと開けた。光の中にわずかな埃の粉が舞ったが、それでも何年もほっておいた割には少ない。


「やはり何かいるのかな···」


 その誰かが主亡きあと、今でもこの家を保っているのかもしれない。

 そんなことを考えながら、ジュリアはリビングにあるよっつほどの窓と裏庭に通じている出入口もかねた大窓のカーテンをすべて、えいやっとばかりに開けて、ついでに観音開きのその大窓も開けて、部屋のなかに空気を入れた。あんまり清々しいといえるものじゃないけど、それでもはるかにましだ。


 そうやって、ジュリアはあらためて後ろを振り返った。

 こうしてみると、かつての主が居心地のよさに最大限の気を配っていたであろうことが、しみじみと伝わった。


 玄関からここまではほとんど邪魔するものもなく、よく見通せる。

 戸口から入ってすぐにあるのは、植木などの小鉢の棚などで心持ち仕切られたなかに、帰ってきた家族やお客を迎える木製の大きな円形テーブルだ。温かい料理の似合いそうな、明るい木肌。その真ん中には洒落たランプがそのままに置いてある。

 そこからみて部屋の中央よりの壁沿いには暖炉があり、柱のように一階から二階、そして天井までを貫いている。

 脇には細い金棒で編まれた簡易の薪置き。

 その暖炉の裏にはキッチンが設けられていて、生まれた熱を効率よく調理などに活かせるように工夫されていた。

 その正面奥にはクロスのかかったテーブルを挟んで、大きなソファが二脚、対面式に置かれている。

 窓にも近いので、談笑や午後のお茶などにピッタリだと思う。少々埃が積もってはいるが、そのまま見ていると、愉快な笑い声や茶器の音など聴こえてきそうな気がした。


 左に目を転じれば、玄関から隠れるようにして窓際の書物机があり、その壁沿いには部屋をふたつはさんで、二階へと続く階段があった。

 長年使いこまれた床はしっとりと黒く艶光りし、適度な高さの天井には蝋燭(ろうそく)式のシャンデリアがおさまり返っている。

 それらが久し振りの空気と控えめな陽光を浴び、今しも眠たげな瞼をこすりこすり、伸びをしながら起き出した──そんな風情だ。



 とりあえず掃除は後回しにするとして、ジュリアは家の探検を再開した。

 まっさきに、目についた部屋のドアを開けてみる。

 どうやら寝室のようだった。壁際にはベッドが、ちょうど朝日のはいる方に向けて据えられている。

 床には絨毯、壁際には化粧台と机。対面の壁にはクローゼット代わりのハンガーラックに一着、黒のコートが掛けっぱなしになっており、その隣には姿見がしつらえてあった。


 ジュリアは、その鏡にうつった自分を何気なくみつめた。

 童顔なのを気にして伸ばしていた髪も、背中の半分あたりまできた。おおきく左手からわけてピンで留めておでこを出し、そのまとめた分をひとつの太い三つ編みに結う髪型はむかしからのものだし、生来すこし癖のある髪質からか、まとまりきらずに左耳の前で一束さがっているのもそうだ。ずっと艶っぽいかなと思ってきたが、あらためて見るとどうなのだろう。


 右の頭に申し訳程度にかぶった頭飾りのようなハットがすこしずれているので直す。

 これは魔女のシンボルのひとつで、たいていの魔女が自身の看板のように何らかの形で身につけているものだ。

 最近は出来合いの、それこそただの布で織られたようなものをかぶる人も多いが、自分は昔ながらの、様々な薬草や蔦などを編み込んで作ったものを好んで使っている。野などに出た際、ちょっとしたキズに対処するのに便利だ。ただ一点、髪がハーブ臭くなるのが難点だが。

 空色の長袖長スカートとよそいきの白のマント風コートは、あまりにも沼地の風景から浮いてしまってとても滑稽だった。


 ジュリアはそうして、またちょっと乱れた髪などをすこし埃っぽい鏡のなかで調えてから、居間に戻った。おもむろにコートを脱ぐと、「よし」と気合いをいれた。





 いくらきれいに保たれていたからといって、やはり大掃除にはそれなりに時間をとられるものだ。そろそろ日も暮れてきた。今日のところは、なんとか寝られるようにするので精一杯だ。後のことはまた明日考えよう。


「さて、問題は夕食よね···」


 ジュリアは独り言を呟きながら顎に指を当てて考えた。

 いちおう、キッチンが使えなかった時のために、簡単なものは用意してきたけれど······

 そう思いつつも、昼間の沼地縦走と掃除で、気が滅入っていた。できるなら何か温かいものを食べたい。


 ジュリアは暖炉のなかに頭を突っ込んで、真上を見上げた。真っ暗な視界のなかのずっと上の方に、わずかに明かりがぼんやりと見える。どうやら煙突が詰まっているということはなさそうだが。


「よし、決めた」


 思い切って火を焚いてみることにした。もし煙突が詰まっていれば部屋中大変なことになるだろうが、それも賭けだ。どのみち確かめなければならない。

 なにか火口になるようなものを探しに、いったん外へと出た。地面から中空へと視線をさまよわせながら裏庭の方へと回り込む。いくつかの果樹の根本を確かめ、ちょうど裏の入口までやってきたときだった。


「うわぁ······」


 思わず率直な言葉が口をついて出た。


 本当に、なんという光景だろう。

 見渡すかぎり空は一面薔薇色に染まり、ずっと日光を翳らせていた雲も一日の仕事を終えたとでもいうように団結を弱め、自らに陰影などつけて、めいめい好き好きに空を漂っている。その遥か上には、そろそろと(すみれ)色をした夜の帳がカーテンをひろげ、出番を待っていた。

 まっ平らな沼地はすでに半分暗闇に沈んでいて、夕空の美しさをより際立たせている。


 思わず知らず、そうしてしばらくその雄大な空の移り変わりに見入っていたが、刻一刻と辺りが暗くなるのに気づいて、慌てて火口探しを再開した。

 庭に目を戻してみると、そこには幾ばくかの畑が、さして荒れる風でもなく出来ていた。左手奥には井戸もみえる。その手前には納屋らしき小ぢんまりとした建物があった。


 もしかすると。


 ジュリアはほのかな期待をこめて納屋の戸を開けてみた。鍵などはついておらず、多少軋んではいたが、木戸はがたごとと音を立てつつも開いた。


「あった···」


 無造作に放り込まれたように小山になっている藁をみつけ、彼女はほっと息を吐いた。




 手早く藁で藁を縛ったものを二、三束と、帰る途中果樹のあたりで広い集めた小枝を持ってジュリアは家の中へ戻った。

 置いてあった灰掻き棒とちりとりで軽く掃除をすると、火口のまわりを小枝でかこみ、さらに薪をいくつか立てかけて覆った。

 薪は薪置きにあったものをそのまま使ったが、あらかじめ使いやすい程度の大きさになっていたので助かった。

 叔母が寝込んだその日から、そうしてずっと置いておかれたのであろう。そう考えるとすこし胸が痛んだ。ジュリアはその前で合掌し、お礼を言ってから必要な分だけとった。

 火口にマッチで火を点けると、その火を慎重に育てて、どうにか薪に燃え移ったところで、ジュリアはキッチンに立った。


 とりあえず今日のところは手早く簡単にできるメニューを作る。

 煮炊きができないかもと思ってあらかじめ持ってきた食料はいくつかあるが、日持ちのする缶詰はともかく、サンドイッチは今夜中に食べてしまわなければならないので、それと、干し肉と豆のスープを作ることにした。


「···しまった、水かいるな」


 キッチンに伏せてあった一人用の鍋と水差しを持って、ジュリアはもう一度外に出る。さすがにいつ汲んだかわからない水瓶のものを使うわけにはいかない。


 ジュリアは足早に井戸までいくと、釣瓶(つるぺ)桶をとって出来るだけ丁寧に井戸のなかへと降ろした。

 しばらくすると微かな手応えが綱を伝わって戻ってきた。そのまま桶を沈めてから、グイッと力を入れひっ張る。わりと大きめで頑丈な桶だから、ひき上げるのにもけっこうな力がいる。全身を重りにするように腰を落とし、えいえいとひっ張った。

 そうやって辺りに水を開けながら二、三度汲み上げると、どうにか濁りもとれて使えそうな塩梅となったので、それを鍋一杯に移していったん家に戻り、次に水差しの分を汲んだ。


 あとは調理するだけだ。

 鍋からの水でまな板を軽く洗った後、食材をまとめて置いたキッチンの上で、夜営などでも愛用しているナイフを握ったジュリアは、袖をまくった。



 慣れないキッチンの限られた機能で作ったわりには、まずまずの出来だ。

 ジュリアはキッチンの戸棚にしまってあった鍋置きをひっ張り出して、ダイニングのテーブルで食事をとった。

 ランプにはまだ油も残っていたので、それを点けると、何ともいえない揺らめきをともなった橙色の光が、暗くなった室内をほのかに染め上げる。その波長は暖炉の灯りの生み出すものと相まって、さざ波のように壁や床を伝わった。


「悪くないじゃん」


 ジュリアは独りごちながら、新天地での最初の食事を満足に終えた。


 明日は近くにあるという町に行ってみるかな。畑やら何やらの勝手が整うのはもう少し先のことだし、それまでの食料の買い出しや、仕事のこともある。

 さすがに自給自足一本で生きていくのは厳しいし。


 そんなことを考えながらジュリアは荷物を手近に置いたソファの上にごろりと横になった。

 自前のブランケットを首までたくしあげると、炭火になった暖炉の余熱だけでも充分に過ごせる。

 とにかく寝よう。すべては明日だ。すべては明日······



 しばらくして、眠りに落ちたジュリアの寝息が、シンと静まり返った家のうちに微かに聴こえはじめた。

 暗闇のなか、音を立てるものがあるとすれば、暖炉に残ってときおり紅く明滅する炭の崩れる音くらいだった。

 そんな中。なんら動くもののあろうはずのない部屋の中に、サッと、小さな影が炭の灯りの前を確かに横切った。



お読みくださいまして、ありがとうございました。

多分、こんなタイミングで続くとおもいます。

お気が向かれましたら、またお付き合い下さいませ。

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