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儀式と友誼と生贄と


「どうしよう、ミック。このままじゃジュリアが、ジュリアが!」


 オババの家からでたとたん、セッチはおろおろして辺りを落ち着きなくあるき回った。ミックはその様子にかるく驚いていたが、やがていたわるように声をかけた。


「おちついて。まだそうと決まったわけじゃないでしょ」

「もう決まったも同じだよ! 沼のようすはミックだって知ってるでしょ。儀式はぜったいやることになるもん」


 セッチはうつむいて拳をにぎった。


「どうしよう······報せなくちゃ。でもしばらく山を降りちゃだめだって言われてるし···」


 もし私が報せなかったら、オトナのくせにどこかボーッとしたあのヒトは、生贄にされるその時まで、午後のお茶のことでも考えているに違いない。でももしバレたら、おしおき程度ではすまないかもしれない。



「──セッチはどうしたいの?」


 すこしだけ冷たい声音のミックの言葉が、セッチの耳を涼風のようにはらった。


「え」


「そりゃ、あのヒトは魔女だけど。でも邑にのりこんできた人たちとは違うもん。

 だからセッチが友達を助けるんだっていえば、ボクも頑張るよ。山をおりちゃ駄目ってことは、あの魔女たちにあうかもしれないから危ないってことでしょ。まだあのヒトに近づいちゃ駄目とはいわれてないよ」


「──ミック、あんた······」

 つい昨日まで私の後ろにかくれてばかりだったのに···


 だが、親友の成長におどろかされている時間はほんのわずかだった。

 セッチはいつもの悪戯をする前のような勝ち気な笑顔をミックに向けた。ミックも嬉しそうに微笑みを返す。それだけで充分だった。


「こっちはまかせてよ。邑のほうはきっと、ごまかしてみせるからさ」









「あの魔女はなんだ! いったいどうしてくれるんだ!」


 シルキフルの街の公務館、執務室。

 市長は額に青筋をたて、部屋の中をあちこち歩き回っている。他方、リヴィエラは、ソファに落ち着きながらも、その顔にはめずらしく不快感をにじませていた。


「これは由々しきことだぞ、事務総長代理!

 このままではあの蛮族どもに『儀式』の機会と口実をあたえたも同然だ!

 そうなれば私は──いや、この街はおしまいだ!」


 市長はなんとか落ち着きを取り戻そうと、重厚なつくりのデスクのうえから、小箱に収めた葉巻をとりだし、その尻をかじりとってくわえた。そのまま火を点けると、気忙しくスパスパと吸い込んだ。


 あたりに煙が充満していくのを顔をしかめながら眺めていたリヴィエラは、市長に気づかれぬよう自身もハーッと息を吐いてから、落ち着き払って言った。


「ご心配なく。すでに対策は考えてありますし、調べた限りではどのみち『儀式』は避けて通れなかったでしょう」








「ご苦労さまです、事務総長代理。その···どうでしたか?」


 明けの空があらたに部屋をえた街でも指折りのホテルの一室に帰ってきたリヴィエラをみて、情報整理におわれていたカナレアが声をかけた。

 護衛の面子(めんつ)にもういいわ、ご苦労さま、とさがらせておいて、リヴィエラはハアッと息をなげ、カナレアの腰かけていたソファに意外ともおもえる乱暴な様子で腰をおとした。


「どうもこうもないわ。あの男、保身と金のことしか頭にないようね」


 ただいまお茶を。そういってカナレアは席を立つ。

 背中を向けてはいるが、愚痴のようなことを口にするリヴィエラを珍しく思う気持ちは隠しようがない。驚き半分、苦笑半分といった笑みを、こっそり浮かべた。


「──でも代理。······こういっては失礼かもしれませんが、なんだか楽しそうですね」

「え?」


 おそらく代理は、ご自身で気づいてはいないのでしょうけど。


 カナレアはひそかに笑んだ。


 この方は、ふだんあまりにも優秀で後れをとるということがほとんどない。だから、稀にこういったアクシデントがからむと、腹をたてる前になんだか活き活きとしだすのだ。まるで、自分の能力を本気で発揮する舞台がやってきたといわんばかりに、居ても立っても居られなくなるところがあるのだ。


 リヴィエラはフッと、いつもの優雅な微笑をとり戻す。だが流石に、それが照れ隠しであることはカナレアにもはっきりとわかった。


「おかしな人ね。愉しんでいるわけがないでしょう? まったく······ジュリアも厄介なことをしでかしてくれたわ」


 リヴィエラはカナレアが注いでくれた紅茶で喉を潤した。そのまま散らかったもろもろの書類を整理しはじめた彼女をながめた。


「······貴女は、本当に他者の気持ちを察するのが上手ね。だから音信術も得意なのかしら」


 ぽつりとそんなことをもらす。その、聞かせるとはなしに呟いた声は、カナレアには届かなかったようだった。


「──もういいわ」事務総長代理の顔に戻ったリヴィエラは言った。「あとは私がみておきますから、貴女はお食事にでも行ってらっしゃいな。婚約者さんが待っているのでしょう?」


 カナレアはホッと表情を明るくして笑顔をみせた。


「すいません代理。ありがとうございます。では、お言葉に甘えて······」


 恐縮しつつ上衣を着て部屋を後にする彼女に笑顔で手をふり、その姿がドアの閉じる音とともに消えると、リヴィエラはテーブルのうえに散乱した書類に目を落とした。

 不意にその瞳が哀しげに曇る。

 その視線の先には、カナレアの顔写真いり書類を先頭に綴じられたファイルがあった。






 さきほどからの鍋のなかの様子とおなじく、どうにも煮詰まってしまった。

 ジュリアはただ漠然と、おおきな木のヘラで動かしにくくなった煮こごりをかき回している。心はすでにここにあらず、はるか彼方を漂っている。


 おおいなる庭なる手記には、おおまかな伝説しか書かれていなかった。どうにも細かなところが、はっきりとさせたい所が足りない。そもそも伝説というやつは、大まかにしかその内容は伝わっていないものだから、それをただ書きとめただけのものにそこまでを求めるのは不毛なことなのだろう。

 ただそれでも、いま欲されているのは、そのかえりみられなかったディテールの部分なのだ。


 不思議な力······不思議なといえば、どう考えても魔法のことだろう。

 ただ、ちょっと漠然としすぎているような気もする。あれからもうすこしふかく読みこんでみたが、どうもただ魔法使いだから、というだけでその「役目」がつとまるというわけでもないように思えた。


「ああもう······なんなのかなぁ!」


いらだって、鍋の底をコツンとたたいた。


 多少炭を(かまど)からおろして火の勢いを弱めてから、蓋をおいて、ジュリアはどかりと椅子に腰をおとがした。

 家の中は相変わらず静かだった。

 気まぐれにつよまった風が窓をたたく音か、鍋の口をとじた木の蓋が蒸気にもち上げられてカタカタしたり、はぐれた仲間をさがす鳥の声が、ときおり静寂からジュリアを救ってくれるのみだ。


 いつしかジュリアはとろとろと眠りにおちていた。





 夢のなかで、なにやら声を聞いたような気がした。

 それは、よせてはかえすさざ波のように、近くへきたり、遠のいたりしていっこうにつかみどころのないものだったが、鈴の音にも似た、とても澄んだ声のようだった。




 気がつくと、ジュリアはぐるりすべてを青空にかこまれていた。ここに来て以来、ついぞお目にかかったことのないまったくの晴れ空で、白い雲が気流にのってながれたり、集っておおきな入道雲を形成していたりした。

 宙に浮いているという感じはせず、足の裏にはたしかに大地を踏みしめているという感触がある。どうにも混乱してしまいそうだ。



「私は────。貴女に────を伝えに────」



 まるで暴風にかき消されてでもいるかのように、そのおぼろげな声は途切れ途切れにしか聞こえない。あたりはこんなにも静まりかえっているというのに。



「え? なんて言ってるの? アナタは誰?」



 ジュリアは必死に呼び返した。

 その言葉は届いているのかどうか。声は響くことはなく、無謬(むびゅう)にひろがる空の彼方にすいこまれてしまい、手応えはまったくつかめなかった。

 ジュリアに応えることなく、その声は話し続けた。



「────に気をつけて────貴女ならきっと────」


「聴こえないの! うまく聴こえないのよ!」




「────ほら。お迎えがきたよ」



 最後のその言葉だけが、はっきりと、まるで耳元で囁かれたかのように聞こえた。








 ドンドンと、なにか太鼓でもうっているかのような音で、ジュリアは目を覚ました。

 意識がはっきりとしてくるにしたがって、それが玄関の扉を力いっぱい叩く音だということがわかった。

 おどろきながら玄関のドアを開けると、文字通りセッチが転がりこんできた。


「ええ?!」


 頭の回転がついていかないジュリアが間の抜けた声を出したが、セッチはとりつくろうこともせず、起きあがると勢いこんで彼女の手をとった。


「いそいで! このままだと危ないんだよ、ジュリア!」





「なるほどね。やっぱりそっちにも、儀式のことは伝わっていたんだ」


 淹れてもらったハーブティですこし落ち着いたセッチが、フーフーと熱い蒸気を冷ましながらふた口めをすすっている間に、ジュリアは矢継ぎ早にうけたさっきの説明を反芻(はんすう)した。


「ハネモグラと心を通わせる術を使えるものが、儀式を司るのに相応しい魔女、か······。それが欠けていたピースだったのね」


 手にもった手記の、問題のページをパラパラとめくってみる。

 これだけ調べていた叔母が、なぜそこまでには至らなかったのだろう。ふと、そんな疑問が頭をもたげた。わざと記さなかったのか、それとも本当に知らなかったのだろうか······


「······でも、ジュリアにはそれができない。このままじゃジュリアは儀式の邪魔者として──」


 セッチは思い詰めた表情でこちらをふり仰いだ。


「だからお願い。この土地から逃げて! 追放されたってことにするの。そうしなきゃアンタはきっと!」


 きっと······どうなるのだろう。

 いや、推測するまでもあるまい。この子の口ぶりが、それを物語っている。

 おおやけの繁栄がかかった重要な行事にまぎれこんだ邪魔者にくだす対応など、古今どの土地でも変わらない。



「············」


ジュリアは沈黙した。

 逃げる?

 逃げていまさらどこへ行けというのだろう。もうこの家が自分の場所だし、ここへきてまだ何もつかんでいないのだ。

 いや、あと一歩でつかみかけていた。いままた宙ぶらりんなままここから逃げれば、自分なりに大切な「軸」がコロンとはずれ落ちてしまうかもしれない。



 己でおもうよりももっと、私はこの土地にしがみつこうとしていたんだ。



「···ありがとね、セッチ。でも──ごめん、それはできないよ。私はもうここを離れることはできない。ここ以外、もう行く処なんてないんだもの」


 すこし寂しそうに、それでも笑ったジュリアをみて、セッチは不安げな様子を隠すことはしながったが、それでもじっと目をそらさずに見つめた。


「──うん」


 顔を伏せながらうなずいた。




今回も読んでいただけたこと、大変嬉しく存じます。ありがとうございました。

なにぶんノロノロなものでなかなかに回転が上がりませんが、お気楽〜な感じでおつきあいいただければ幸いです。

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