新天地
※改稿済みとありますが、話自体は投稿当時のもので変わっておりません。
ジュリア・シーリンク・アルカムゥは魔女だ。
ひとからはすこし子供っぽいといわれることもあるが、もう立派な大人だ。
顔は、そりゃあ大変な美人とはいえないが、自分ではまずまずだと思っているし、スタイルだって悪くはない。しいていうなら、一般的な「可愛いお嬢さん」よりはちょっと上背があるだけだ。学問だって有名ではないけれど、きちんとしてところで学び、大学課程までを終えている。
ただ、その後ちょっと躓いて、志した仕事をクビになり、ついでに彼氏とも喧嘩別れして完全に終わった。
そんなこんなで、さしもの彼女もズタボロになっていたとき、叔母から一面の土地を譲り受けたのを機に、そこでやり直そうと決めた。
叔母も魔女であったが、魔女界でさえ人嫌いの偏屈者として、悪い意味で有名だった。
子供のいなかった彼女の葬儀は、身内もジュリアをふくめたごく少数の者しかいない、ひっそりとしたものだった。
その後で遺言状なるものが開封され、唯一の姪に自分の土地を譲ると記してあった。それを聞いたときには吃驚したが、その頃はなにぶん仕事も忙しく、放ったらかしにしていたのだった。
いざ新天地へと決めたら、ジュリアの心はなんだか妙に軽くなった。根が楽観主義のせいもあり、その頃には憤懣を別れた男にすべてぶちまけてすこし持ちなおしてもいたから、うまく切り替える流れに持っていけたのかもしれない。
だがそんな彼女をしても、新たな出発点となるであろう処は、その予兆を片鱗さえも感じさせぬ場所にあった。
「嘘でしょ···」
新天地一発目の第一声がこれだった。
無理もない。これじゃ、誰がみたって、そう言うしかないだろう。
辺り一面沼地だ。いくらその土地が国でも有名な湖沼地帯にあるからといって、なにもここまで盛りだくさんでなくともいい。
空は曇天。それでいていやに白いというか、明るい。
その反動とでもいうように地は軒並み暗い色調がかかっており、ところどころ茶色い湿った土などがのぞき、それらの上を覆い唯一目を楽しませてくれるはずの草や苔の緑も、随分と愛想がない。
あたりには巨石や倒木なんかもあって、足場に困るという感じでもないのだが、そのどれもが、いったいどれほどの深さがあるのかもわからない灰色の水の中に沈んでいる。ちょっとでも選択を誤れば、即ドボンといきそうな塩梅だ。
その水にしたって、たんに川や湖といったしっかりとした大地の上に溜まっているものではなく、自らに踏み込んだものをどこまでも引きずり込んでしまいそうな厚い泥のうえを、まるでカステラの薄皮のように覆っているだけ。
荷物と自分を落っことさぬよう注意しながらのぞき込んでみると、まるで挨拶がわりのようにボコンと泥の泡がはじけて消えた。
ジュリアは眉根をよせて顔をひっ込めると、あらためて一帯を眺めた。
とにかく、さっさとその叔母が遺した家とやらにたどり着きたい。彼女の紅茶色の髪を弄ぶ風は意外なほどに冷たく、それでいてしっかりと湿っている。その中に己が身を晒していると、嫌でも暗澹たる気分に沈んでしまう。
まるで、なんとか沼地から切り取ったとでもいうような、あきらかに周囲の地味とは違う色をした一画が、離れ小島のように浮かんでいる。その、周囲をぐるり木柵で囲んでいる真ん中に、一軒の家が、でんと腰を据えてあった。
まさにそう表現するのがぴったりの家だと思う。
屋根は総じて茅葺きらしく、それもかなりの年月が過ぎているせいか、なんども淹れ直してすっかり色の抜けた茶葉のような、灰がかった茶色になっている。
それが建物全部のバランスの半分ほども占めているから、なんだか家が傾いでいるような、地面に埋もれているようにみえる。その天辺から魔女の住み処らしく、二本の煙突がにゅっと立ち上がっていた。
全体としては意外とおおきな家で、窓から察するに二階建てのようだが、屋根の上の方にも小窓のようなものがいくつか見えるから、屋根裏部屋でもあるのかもしれない。そのすべての壁は漆喰で塗り固められており、冬はさぞ冷えであろうこの土地の寒風からもしっかりと住人を護ってはくれそうだった。
正面口より左手の端のほうは、すこし幅広く張り出しになっており、建物の外観にアクセントを与えていた。右手には、一本の果樹をはさんだ所に母屋とは別にもう一棟、離れがみえる。
ジュリアは柵に設けられた簡素な門の戸を開け、庭にはいった。
庭内は建物ほど荒々しくはなかった。
というより、むしろその上品なたたずまいに軽く驚いたほどだった。玄関までは丸い石をたがい違いに配置した置石ふうの小道が続き、来訪者を気さくに誘っている。
さすがに植わった草木は若干分別をわすれ気味だったが、これは、仮にもここを任されながら、放ったらかしにしておいた自分の責任なのだろう。
意識するともなしに、なんとなく飛び石風の箇所を踏みながら小道をいくと、すぐに玄関にたどり着く。
ジュリアはそこでいったん荷物を置くと、身だしなみを整えた。
なんといっても、新しい生活の第一歩。しかも、叔母が生涯を共にした家だ。大人になるにつれ疎遠にはなったが、決して嫌いだったわけではない。いわば久々に再会を果たすみたいな気分だ。
それに──とジュリアは考えた。
ここは魔女の家だ。
たしかに主である叔母は旅立ってしまったが、彼女を取り巻いていた、「人にあらざる者」がまだいるかもしれない。彼らはいってみれば、この家で暮らすにあたって私の先輩だ。やはり、第一印象は良くしないと······
ちなみに、よく物語などで魔女は使い魔をつかう、などと描写されることも多いが、実際の魔女はそんなことはしない。いや、現代の魔女は、というべきだろうか。
自然の声に耳を傾けることが基礎となる魔女は、普通に生活する人々よりは、そういった者達と気持ちを通じやすいところがあるのは事実だ。
ただ、それはせいぜい「友達になりやすい」といった程度のもので、従わせるだの、使役するだのといった、関係を強制されるものではない。
今時使い魔をもっているのは、もっと公の、おおきくて危険な危険な仕事をする超エリート魔女くらいのものだが、それだって「相棒」の位置づけより上ることも下ることもない。
自然を師として崇拝し、賢きものに学ぶ。そこに住まうものすべてと平等である。それが善き魔女の心構えだ。
「お邪魔しま~す」
ジュリアは二度ノックをした後、分厚い樫の木のドアを開けた。鍵はかかっておらず、ドアはやや重い手応えを残して、軋むこともなく外向きに開いた。
読んでいただきまして、まことにありがとうございました。
またちょっと長くなってしまいましたので、ちょびっとでも読みやすくなればなと、こんな形でチャレンジさせていただこうと思いました。
更新もややゆっくりですが、もしお気が向かれましたら、お付き合いくださいませ。
読みやすくなるよう修正しました。