23 私の婚約者は妹のおさがりです
秋の始まりを告げる夜風は剥き出しの肌には冷たく、そのせいか露台に居る人は誰も居ませんでした。
レイが私の肩に上着を掛けてくれます。微笑んで隣を見ると、レイも清々しい顔をしていました。
「リリー……全ては君のために。私はあの日、初めて君と会話してからずっと、君だけを想っていた。さすがに、これ以上サリバン辺境伯家を騒がせるわけにはいかない、貴女に交際を申し込むのはもう少し落ち着いてからになるだろうが……」
レイの気持ちは分かります。彼は……ちょっと盲目的な位に、私を想ってくれています。そう、妹に偽りの愛を囁き、そうやって私があの夜に語った大事なもの……サリバン辺境伯領を守ってくれました。
そして、和解した今では心から大事なローズの事も。
彼が身を挺して……と言っていいのか分かりませんが、ローズと交際し、愛は偽りだとしてもローズという女性を見つめてくれた事で、ローズは自分がどう生きるのか……虚栄心ではなく、誇りを持った淑女として生きることを自覚しました。
リチャード様のことは意外でしたが、きっとリチャード様はローズを見てくれる人でしょう。弟のレイがそうだったように。
「……ローズが羨ましい」
自然に口から出た言葉でした。
陽の光の下でレイを見たことは、まだ一度もありません。堂々と腕を組んで街中を歩き、彼の為に自分を磨こうというローズ……私はドレス選びの時にはっきり分かりましたが、まったくもって女性らしい物には興味を示せません。
「リリー。最初に言うべきだった。……今宵の貴女は、本当に美しい」
紳士的に手を取って、彼は私の手の甲に口付けを落とします。金色の瞳は真っ直ぐ私の顔を見ていて、私は鼓動が早くなるのを感じました。
最初の夜会では会場を照らすシャンデリアの灯の下で。
密会の夜は月明かりと蝋燭の頼りない光の中で。
今は煌々と輝く満月と、華々しい夜会の光に照らされる金の瞳。
「レイ、レイノルズ様。私は淑女としては足りないものがたくさんあります。領を発展させて民の暮らしを豊かにする事にしか興味を抱けません。ですが、……初めて貴方と出会った時から、お慕いしておりました。……あの夜の返事を今。私も貴方を愛しています。……いずれ陽の光の下で、今度は私に交際を申し込んでくれますか?」
「必ず、その願いは聞き届けます。……ローズの件が片付いた時に、私は腕を切り落とす覚悟をしていました。私の腕……即ち、国に捧げた剣を返上した後、私は貴女を守る剣と盾になりましょう。待たせてしまってすまない、リリー」
「いいのです。……全て。貴方がしてくれた事全てに、私は感謝しか抱いていません。ありがとう、レイ」
私とレイは暫く泣き笑いのような顔で見つめ合うと、会場に戻りました。
ローズとリチャード様は、なんだかリチャード様の方がローズに対してたじたじとしていて、ローズはそれを喜んでいるようで。
「兄は……、ローズの噂を知ってなお、ローズが本当に自分の魅力を見つめ直してから、すぐに彼女の良さに気づいていました。ただ、奥手なので……」
「ローズは聡い子です。きっと、うまくいきますわ」
上着を返しながら私が微笑むと、彼はきっちりと上着を着て私に手を差し出しました。
「一曲お相手願います」
「えぇ、喜んで」
私たちは手を取ってダンスフロアに出ました。彼と踊るのは2回目ですが、本当に……楽しい、と思います。
早く彼の金の瞳を陽の光の下で見たい。そう思いながら、その瞳を見ながら、一曲踊り終えました。
——建国祭から一月後。あの夜会からレイは私の部屋を訪れる事は無くなりました。もはや秘密の関係を続ける必要は無く、今後見つかったとしたら、今度は私と彼の評判が地に落ちます。
領に帰るに帰れず、それでいて仕事中毒の私は……プラチナムに訪れていました。
我が領で行なっている貴金属と輸入品目の中にある布地を卸す契約をする為です。小さいお店ですが、プラチナムのご婦人は流行を作る人よ、とローズに言われたので、より品質の良い物を卸したいと思ったのです。
契約はご婦人も喜んでくださり、すぐに纏まりました。流行を作る人が使っている生地も宝飾品も、きっと買い求める方が増えるでしょう。ですので、プラチナムに卸す値段は原価に近い金額です。
うまく契約が纏まり、私が外に出ると、其処には百合の花束を持ったレイが立っていました。
陽の光の下で見るレイの瞳は、太陽の光をそのまま宿したように美しい。私はしばらく見惚れてしまいました。この人は、陽の光の下が本当に似合うと。
「待たせてしまってすまなかった、リリー。……どうか、私と交際してほしい」
彼がそう言うという事は、剣を国に返上したという事。彼はもう国の騎士では無いという事。
「レイ。お願いがあるの、その返事をする為にも、一緒に私の屋敷に来て」
私は差し出された花束を受け取らずに、一月考えていた事を告げました。彼はよく分からないという顔で、私に手を引かれるまま屋敷へついてきました。
私はサロンにいるだろう、お父様とお母様の前に、レイの手を引いて中へ入ります。
「お父様、お母様。私、レイノルズ様と婚約したいと思います」
「リリー?」
ずっと決めていました。陽の光の下でレイに会う日が来たら、お父様とお母様にこれをねだろうと。戸惑うレイの腕に自分の腕を絡めて、私は微笑みかけます。
急な事に驚いている両親に、私は心から嬉しそうに笑いかけました。
この言い方は、本当は悪いのかもしれませんが、事実であり、そしてローズの一件を考えて、レイがしてくれた事を思うと、……それは淡い初恋を確固たる恋にしてくれた出来事でしたので……レイの花束を受け取り、まだ目を丸くしている両親に言います。
「私の婚約者は、妹のおさがりがいいのです」
拝読いただき、また、たくさんのブクマや評価、感想などありがとうございました!
新作の『ざまぁからの婚約破棄をされたわたしは第一王子に溺愛されるようです』もぜひともよろしくおねがいします!!(たぶん)ストレート溺愛物です。




