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その町、異形につき注意  作者: りーぱーさん
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7/24

七、知識の集まる場所

 日曜午後一時とちょっと。私と咲は町の図書館に来ていた。咲は、


「うわぁ、来るの久しぶりだよね。アタシらには縁のない場所だったし、小学生以来じゃない?」


 なんて言いながら、昔より低く感じる天井を、懐かしそうに眺めている。木造の建物は独特の雰囲気を醸し出し、ゆったりと本を読むには最適の空間であろう。


 図書館に来た理由は、昨日帯刀と別れた後に咲と話し合って、まずは資料を見てみようとなったからだ。


「とにかく探してみないと。帯刀が言ってた本ってどこにあんのかね。」


 久しぶりに来ただけあって、何処に何があるのかわからない。しばらくウロウロしながら探索していた。


「この辺はどうかな。それっぽいの沢山あるよ。」


 咲がそう言って指を指した先には、宗教関連の本が並んでいた。本を手に取っていくつか眺めて見たが、これといった収穫もない。そもそも仏教や神道、キリスト教の本を読んだところで、意味などないかもしれないと思い至る。元の場所に本を戻し、咲に向かって声をかけた。


「移動するよ。とりあえず職員さんに聞いてみた方が早そうだし。」


 受付のある入り口付近へと歩いていると、ある一冊の本に目が行った。


 壊滅思想(かいめつしそう)。なぜだろうか、私はその本を手に取らずにはいられなくなってきた。


 読みたい、よみたい、ヨミタイ……


「何かお探しですか?」


 我に返る。声のした方に振り返ると、女性が不思議そうに私を見ていた。ネームホルダーを見る限り、彼女はここの職員のようである。


「あ、えと、この町の歴史を調べようと思って。そういう資料とかありませんか?」


 しどろもどろに話す私だったが、彼女は笑顔を浮かべて、


「資料は奥の別室にあるんです。よろしければ案内致しますよ? あちらの方もご一緒ですか?」


 そう言いながら、咲の方を見ている。私が軽く声をかけると、本を戻し小走りで駆け寄ってきたので、そのまま三人で資料室まで向かう。向かう前に、気になって先程の本がある棚を見てみたが、壊滅思想なんて本はどこにもないのだ。すぐに移動したために、しっかり確認できたわけではないが。


「帰るときは一声掛けてくださいね。」


 そう言って戻って行く職員さんにお礼を言い、沢山の書物がある部屋に入る。手分けして探し回っていたが、中々それらしい物がない。一時間ほど探していただろうか。面倒になり椅子に腰掛けてケータイをいじっていると、私を呼ぶ声がする。


「伶奈! これこれ! これじゃない?」


  咲がテンション高めに見せてきた書物には、見覚えのある絵が描かれていた。


「ちょ、咲……これ……これ!」


 胸から下は間違いなく人間のそれだ。しかしソレは、体の上部に幾人もの顔が張り付いて、小さな球体を形成している。


 そこには、"錐馬ノ多羅女"とはっきり記されていた。


 私の部屋のカーテンから覗いていた不気味な顔の群れは、この絵のそれで間違いない。私の反応を見てか、咲の顔も緊張した面持ちに変わる。


「私が見たやつだ。あの時は顔しか見てなかったから、全体像がこんな形で観れるなんてね。」


 誰が描いたのか気になり著者を確認してみるが、何処にも名前がない。仕方がないので、多羅女のページに書かれた文を読んでみる。現代的な文ではないために上手く読み進められないが、なんとか最後まで内容を掴むことができた。


 わかったことをまとめると、多羅女は自分の子を殺めた母親を取り込む悪霊なんだと。母親に取り憑き死に至らしめるらしい。逆にそれ以外には無害な存在であるとも書かれていた。


「じゃあさ、なんで伶奈が襲われたの? 子供なんていないじゃん。」


 身に覚えがあるはずもなく、咲にもその旨を伝える。二人で不思議がっていても埒があかないので、明日帯刀に聞いてみることにした。


 諦めて別のページをペラペラめくって見ていたが、挿絵はほとんどなく字ばかりでうんざりしてきた。


 私の、


「あ、こいつは絵があるね。やっぱ君悪いっつーか、見てたくはないかな。」


 という言葉に、何度も咲は頷いている。それもそうだろう。巨大なヒルだかナメクジだかの絵。なんだかそれを見ていると気分が悪くなり、今日は撤収することに。荷物をまとめて受付に向かった。


 さっきの職員さんに声を掛け、図書館を後にする。多羅女の絵を思い出し帰るのが嫌になってきたが、暗くなってから家に戻るほうがよっぽど精神に堪える。今回は咲の家に上がり、彼女の部屋で寛がせてもらうことにしたのだった。


 暗闇の中、私は不意に目を覚ます。時刻は深夜二時前。咲の部屋に来ていたことをぼんやりと思い出していた。秒針の軽快な音と、咲の寝息だけが木霊する。まただ、着実に夜中目を覚ます日が増えている。喉は酷く渇き、体中に汗をびっしりとかいていて不快極まりない。近くに置いていた、咲のスポーツドリンクに手を伸ばす。


 何かを引きずる音が、微かに聞こえてきた。しかし構わず蓋を開け、一気にそれを飲み干す。耳を澄ますと、引きずる音に混じって、ボソボソとした声が徐々に聞こえてきていた。


 声が出せない。だが一つだけ、この前とは違う感覚。なぜだか私は、絶対に助かる、という根拠のない安心感で満たされていた。それ故に恐怖もなく、ただ呆然と窓の方を見ていた。


 足音が家の敷地に入ってきたのがわかる。私は何を思ったかカーテンを開けて、ソレが来るのをじっと待つ。唸り声とともに何かが上がって来た。


「ううう……ああ……ああああ……」


 ……大きい。遂に現れたソレは、絵で見た姿よりも顔の集合体が大きくなっていた。いくつもある顔はどれも無表情で、ジッと私を見つめている。


「あ……た……あな……た……おで……お……いで……」


 ヤツの発する声のせいだろうか……どこか遠くにあった恐怖心が、一瞬にして体中に押し寄せてくる。鳥肌が立ち、全身を悪寒がけ巡った。


 死ぬ。殺され……


「お前が来いよ。」


 気がつくと私は放心状態で座り込んでいた。ゴソゴソと音がして、一瞬ビクッと飛び跳ねたが、目を覚ました咲が起き上っただけだ。


「あれー? もう朝?」


 窓から入る街灯の明かりに、眠そうな咲の顔が照らし出された。それを見た瞬間に、恐怖や不安な感情が溢れ出し、そのまま咲に泣きついてしまった。わけもわからず戸惑っていた咲だったが、泣きながらすがり付く私を、再び寝付くまで慰めてくれたのだった。


 日は登り朝のホームルーム前、珍しく帯刀が話し掛けてくる。


「ねぇ、何かあった?」


 鋭いやつめ。しかし帯刀と教室で話していると目立ってしまう以上、今詳しい話をするのは危険か。そうしているうちに、クラス内で親しい牧野が話しかけてきた。


「あれー? なーさんてこの子と仲良いの? ちょっと意外かもー。」


 ちなみになーさんは私のあだ名だ。牧野の茶化しを適当に流し、


「また後でね。」


 と言い残し自分の席に戻った。ちらっと帯刀を見てみたが、特に気にしている様子もないので、深刻な状況にあるわけではないのだろう。そのうちに予鈴が鳴り響き、私の周りにいた人達も各々の席へ戻っていった。


 放課後、騒めく声、鈍く反射する靴音。喧騒のなかで咲を待つ私は、眠気と激しい戦闘を繰り広げていた。


「伶奈ー! お待たせー!」


 俊敏な動きで駆け寄ってくる咲。毎日のようにこの台詞を聞くわけだが、最近は私の中で、一日の日程が終わる合図となっていた。ところで同じクラスの部長様は、相も変わらずさっさと部室に直行なされている。咲を連れて廊下を歩く。相変わらずと言えば、特別教室棟はいつも静かで過ごし易い。部屋の引戸を開けると、何かを書いている帯刀が目に入った。更にその奥には、あの仲馬先生が立ったいる。


「おー、お前ら。オカルト研究部の顧問になった仲馬だ。まあー、適当によろしくな。」


 別段機嫌が悪そうでもないが、油断できない状況に緊張が走る。


  「ちょっと先生、めんどいんでこっちの分書いてください。」


 そう言ってバインダーを手渡す。ぶつぶつ文句を言いながらも、先生は座って用紙に記入し始める。


「あのー、センセは部活に反対なんですよね?」


 咲が恐る恐る質問すると、椅子にもたれかかり頭を掻いて少し唸る。


「アタシだって本意じゃないさ。でもまあやるからにはきちんとしないとね。」


 帯刀に何があったのか目で訴えかけたが、全く顔を上げる様子がない。私達も椅子に腰掛けたが、何をするでもなく帯刀と先生の作業を眺めていた。


「ところで入江さん、何か変わったことはなかったかしら?」


 突然そんな話を振られたが、先生もいる手前。言い淀み、口籠(くちごも)っていると先生が話を始めた。


「アタシには構わなくていいぞ。聞き流すから好きにしてろ。」


 この発言に帯刀も頷いていたため、緊張しながらも昨晩起こった出来事を、ありのまま伝えた。帯刀は書き物の手を止め、腕を組んで考え込んでいる。


 昨晩の出来事で最も気になるのは、"あの声"についてだ。多羅女でないのは確実にわかるが、誰が発した声なのか。


『お前が来いよ。』


 確かにそいつはそう言った。瞬間多羅女に張り付いた顔という顔が、恐怖を浮かべて消えて行ったのを、(おぼろ)げながら覚えている。


「うーむ、不思議ねぇ。調査不足ってわけじゃないんだけど……」


 咲には朝に話していたため、黙って会話を聞いていた。それにしても、帯刀にもあの声の正体がわからないとは。


「誰かわからないけど私を守ってくれたんだよね。感謝しなきゃ。」


 そう私が切り出すと、帯刀は首を振って、


「アイツに感謝なんてしなくていいわよ。……しかし多羅女についてはまた詳しく調べたほうがいいわね。」


 などと言っており、全然噛み合っていない。つまり彼女は、声の正体を知っているということ。ならば何を不思議がっているのか、とにかく聞いてみるしかない。


「アンタが分かんないのって一体何? あの声じゃないの?」


 再び何かを書き始めた帯刀は、下を向きながらぶっきら棒に答えた。


「多羅女がなんで貴女を追い回しているのか、と言うことね。入江さんは心当たりある?」


 私は昨日見た資料を思い出し、その内容と、追われる心当たりがない旨を話した。ますます唸りだす帯刀を見ながら、黙って返事を待つ。


「そんな資料見たことないわ。これは今日この後行くしかないわね……数枚でも、絵が載っているなんてこんな貴重なことはないわ。」


 実際に多羅女の容姿は、微妙な違いはあれど、ほとんどが一致している。それ以上に驚いたのは、あの資料の存在を帯刀が知らなかったことだ。


「くだらないな。たかが夢の話で大袈裟だ。」


 ここで仲馬が口を挟んでくる。流石にイラッときて反論しようとしたが、先に口を開いたのは帯刀のほうだった。


「ジェラシーですか? 話に混ざりたかったらそう言えばいいじゃないですか。」


 先生はムッとした表情になり、記入作業に戻る。今更ながら、作業内容が気になり覗き込んでみた。


「先生達は何書いてるんですか? 私達にも手伝えることがあるなら言って下さい!」


 隣で生き生きと話す咲の話を聞きながら、手伝うのは面倒だな、と心の奥で思っていた。どうやら二人は、近隣の噂話の調査でもしていたらしい。


天須恵(あますえ)周辺の噂話を調べてたのよ。この人とね。」


 そう言うと帯刀は先生の方に首を傾けて、この人が誰かを悟らせる。


 当の本人は、


「まあな。」


 と適当に返しており、特に気にしてはいないようだ。会議では険悪なムードになっていたのを見ていた私としては、二人の関係に納得がいかない。


「二人はとりあえず図書館に行ってて欲しいわ。一旦帰ってもらっても構わないから。後で合流しましょ。」


 仲馬先生については後で聞くことにして、我々は言われるがまま部室を後にし、玄関へと向かった。


「意外とアクティブな部活に入っちゃったなー。休みの日まで走り回ってるのかね、帯刀のやつ。」


 帰り道の下り坂を歩きながら、私は嫌味とも取れかねない褒め言葉を放つ。実際に意地悪な気持ちがほんの少し働いたのだろう。


「確かに一生懸命だよ彼女は。でも婭里寿は何であそこまでするのかな? 何となくけど、私と同じ好奇心って感じはしないんだよね。」


 咲の言う通りである。最初こそただのオカルトマニアかと思っていたが、会っているうちにそれ以上の強い意志や信念を感じた。


「色々あるんでしょ。嫌な思い出なんて誰でもあるだろうし。」


 私の話に咲も顔を曇らせていたため、話題を変えることにした。


「どうする? 着替えてから向かう? 私はこのままでもいいんだけどさ。」


 と言っても図書館自体はそこまで遠くないので、着替える時間くらいはあるだろう。とりあえず一旦各々の家に戻って、その後は自分の判断で着替えるなりなんなりしてから落ち合えば良いだろう。坂から小さく図書館が見え、足取りが重くなってきたのだった。


 準備も済ませ、お互い私服になり図書館の前に到着。閉館時間は七時だったと記憶しているが、まあそこまで時間もかからないだろうと高を括る。問題は帯刀がいつここに到着するかというところだ。適当な本でも読んでいようという話になり、中に入ってフラフラと面白そうな本がないか探していた。


 しばらく座って本を読んでいると、視界の何かに目が吸い寄せられる。それは当然のようにそこにあり、昨日見た場所とは違う棚の違う段に並んでいた。


 壊滅思想。再び私の心は高揚し、手に取って読まずにはいられなくなっていた。手を伸ばし立ち上がる。


「何してるのよ。」


 声を掛けられたがくぐもっていて誰か判別できない。同時に腕を捕まれ、その瞬間意識がはっきりとしてきた。


「ねえ、ちょっと。大丈夫なの? 頭ぶっ壊れた?」


 横を向くと、不思議そうな顔をした帯刀の姿が。正気に戻った私は挙動不審になりながらも、適当に取り繕いながら時計を確認する。時刻は十七時二十分、部室で別れてから一時間ほど経っていた。声を聞き付けたのか、別の棚で本を読んでいた咲も合流し、三人で資料室に向かう。しかし部屋には鍵が掛かっており、仕方なく受付に向かった。しかし受付には誰もおらず、奥の職員ルームで誰かが動いているのが見える。


「すみません、資料室を使いたいんですけど。」


 そう言って私は近付き、何をしているのか覗き込んだ。


 人じゃなかった。後ろ姿しか見えないが、確実に人間じゃない。辺りには職員らしき人達が無残な姿で転がっていた。


 ヤツが視界から消えている。突然の出来事に動転したが、すぐに何処にいるのか理解した。


 上にいる。


 そこで私は飛び起き、周りを確認する。勉強をしていた中学生くらいの二人組が、変な目で私を見ている。時刻は十七時二十分、立ち上がり受付まで行ってみたが、そこには昨日の女性が座って何かを整理している。ボーっとその姿を見ていたが、職員さんが私に気付き挨拶をしてくれた。


「今日も調べ物? 資料室使いたかったらいつでも言ってね。」


 彼女が話し終えると同時に、私服の帯刀が入ってくる。職員さんと目が合うと、


「あ、新島さんどうも。資料室借りますね。」


 そう言い私の元に歩み寄る。


「うちの部員です。今後ともよろしくお願いします。」


 そう言われた受付さんは、納得の表情で嬉しそうにしている。そのうちに咲も合流し、資料室に向かうことに。


「新島です。よろしくね! 婭里寿ちゃんいっつも一人だから心配だったんだけど、もう大丈夫かな?」


 鍵を受け取りながら、私と咲も名前を教える。帯刀が少し恥ずかしそうに口を尖らせていたのが印象的だった。


 資料室に入ると、咲が早歩きである一角に向かって行き、おもむろにしゃがみこんだ。そして棚と棚の間から昨日見た書物を引っ張りだす。


「ちょっと咲、あんたなんて場所にしまってるの……」


 軽く引いている私に、彼女は慌てて釈明を始めた。どうやら前回もここに挟まっていたらしい。これなら帯刀が知らないのも頷けるが、また同じ場所に戻すのことはないだろう。それを伝えると咲は、


「ちがっ! 故意に隠してた物だったら怖いなって思ってさ。」


 なんて笑いながら話している姿に、こちらも笑えてきた。


 本を手に取り、熱心に読み始めた帯刀の横に座る。覗き見ても書いてある字が読み辛いために、すぐ飽きて別な資料を適当に眺めていた。


 どれくらい経っただろう。いつの間にか寝てしまっていた私は、二人の様子を確認してみることにした。未だに椅子に座っている帯刀だったが、資料の中身をケータイのカメラで撮る作業に変わっている。咲はというと、何かよくわからない本を夢中になって読んでいた。


 二人を眺めているのも退屈なので、資料室を出て受付に向かう。棚を整理している新島さんを見つけて話しかけてみた。


「あのー、新島さん? ある本を探してるんですけど。」


 こちらを振り向き笑顔で、


「どんな本ですか? 一緒に探しますよ。」


 そう言って、手にしていたファイルを机に置いた。少し躊躇したが、もう話しかけてしまった手前、後には引けない。


「えっと、壊滅思想ってタイトルなんですけどね。」

 私の問いかけに、新島さんは顔をしかめる。そして私の手を握ってこう言った。


「たまにいるんだけどね、その本のこと聞いてくる人。見つけても無視しなさい。そんな本、この図書館にはないんだから。」


 真剣な眼差しに圧倒され何も言えなくなる。軽く会釈し資料室に戻った。


 戻ってみると帯刀が帰る準備をしている。表情は心なしか嬉しそうだ。


「私は帰るけど、二人はどうする?」


 ガラスは電灯の光を反射し、外の景色を隠しているようだ。流石に親が心配するだろうから、早いとこ帰った方がいいだろう。


「咲ー、帰るよー。」


 読んでいた本を戻しカバンを持ったのを確認すると、私はそそくさと出入り口に向かった。受付にいた新島さんに挨拶して外に出る。寒いくらいの空気が今は心地よく感じられた。


 帯刀は自転車に乗ってきていたらしく、カゴに荷物を詰めると早々に帰ってしまう。遅れて咲が到着し、ゆっくりと道路まで歩き出した。


「何をそんな熱心に読んでたのさ。あそこにそこまで面白い本なんかあったの?」


 追いついてきた咲に、私はぶっきらぼうな口調で話す。すると彼女は笑いながら、


「伶奈はいびきかいて寝てたもんねー。」


 と聞き捨てならないことを言い始めた。


「婭里寿が、昔から読んでたっていう資料を見てたんだよ。私が見つけたやつより詳しくはないけど、あの資料に載ってない内容も沢山あるんだって。」


 目を輝かせながら話す咲を見ながら、もう少し真剣に取り組もうと反省する。まあそう簡単にはいかないだろうが。


 正面には薄暗い夜道が広がっている。暗黒から何かが覗いているような、そんな錯覚を覚えるのは、最近続く不可解な出来事が原因なのだろう。もしかしたら本当に何かが存在するのかもしれないが。


 咲はここで面白いことを思いついたらしい。


「ねぇ伶奈、多羅女の観察してみない?」


 自分の顔が引きつっているのを感じる。しかし彼女は間髪入れずに話を続けた。


「あの本に書いてあったんだけど、多羅女は錐馬から出られないらしいよ。昔誰かが閉じ込めたんだって。だから地区の境界ギリギリでなら観察できるかもしれないよ。」


 なるほど、しかし都合よく多羅女が現れるとも限らない。そういえば帯刀に話していないことがあったのを思い出した。朝方咲にだけ話したのだが、私はあの時、多羅女に怯えたのではなかった。冷静に考えてみたとき、恐怖の対象があの謎の声に因るものだと言うこと。それはあの声の主が多羅女以上に、危険な存在だと認識したからではないだろうか。


「伶奈? 聞いてるの?」


 我に返り咄嗟に返答した。


「え? あー、いいよ。やろう!」


 ノリで答えてしまったが、張り切っている咲を見ると断るのも可哀想だ。錐馬の境界と言えばどの辺りがいいだろうか……


「あ! あそこの小屋まだあるかね。ほら、覚えてない? 綾兎川(あやとがわ)のとこのさ。」


 ふと思い出したその場所は、昔遊んでいた廃墟……今思えば、ただ単に持ち主が使っていないだけだったのだろうが。あの場所は錐馬と御舘(みたち)の境界であり、小屋は御舘側に建っているはずだ。咲も思い出したらしく、一度寄って見て行くことにした。


 川沿いの道路に入り、私達は対岸の錐馬地区を横目に、御舘側の道を歩いていた。道路と言っても、未舗装の砂利道ではあるが。ちなみに錐馬側には民家があるが、御舘側には田んぼが続いているだけで何もない。


 しばらく歩くと、ペンライトが届く範囲に横長の建物が見えてきた。暗くなるとここら一帯は人気がなくなるので、少しばかり怪しい行動をとっても問題はない。そういえば小屋のすぐ横には、錐馬への橋が架かっているのも思い出した。


「でた! 懐かしいねー、よく遊びに来たよホント。川遊びしたときにヒルくっついて泣き喚いたよね私。ははは、あの時は伶奈が取ってくれたんだっけ。」


 懐かしい記憶が蘇る。ようやくたどり着いた小屋の外観は、当時とあまり変わりがない。あの時と違うのは、勝手に中に入るのが(はばか)られる、といったところだろうか。実際誰の所有物件かわからないのだから。


「ドア開く? 最悪窓から入るか。」


 そう言いながら私は手を伸ばした。冷たい金属を握り、捻って手前に引く。金具が小さく音を立てたが、ドア自体はすんなりと開いた。ペンライトを中にかざす。


「うっ、カビくさっ! ……相変わらず大した物は何もないし。そういえば、ここで石集めて遊んだよね。咲が見つけた綺麗な石もここに隠した記憶ある。」


 そんな昔話をしながら中を覗くと、何もない大きめの棚が入ってすぐ右と奥の左側の壁に。中央には古いテーブルが陣取っている。とりあえず中に入り、一つしかない窓を換気のために開けた。淀んだ空気が綺麗になり、幾分か過ごしやすくなったのではないだろうか。その窓も、ちょうど錐馬を見渡せる位置にあって都合が良い。


 窓から錐馬を見ると、川沿い特有の高低差の影響で、住宅地の道を見下ろす形になるのがわかった。ただ今から多羅女を待つのではなく、一度帰ってから奴が現れやすい時間帯に、戻るのだ。


「流石にこの歳になると気が引けるねぇ……それじゃ、とりあえず一旦帰ろうか。」


 咲に同意し、窓を閉めて小屋を出る。場所も決まり、あとはいつ、何時に決行するかである。悲しい話だが、多羅女とは何度も遭遇しているため、何時頃現れるかは見当がつく。


「今日の夜はダメかな? なんか興奮しちゃって待ち切れないんだけど。」


 溜息をつきながら、小さく返事をする。つまり決行は明日の午前二時、いわゆる丑三つ時に決定だ。やる価値を考えそうになったが、首を振って無理矢理忘れたことにする。


「アイツは二時くらいに出没するから、その前にはここに来ないとね。モタモタしてたら鉢合わせしかねないし。」


 適当な返事がくるのを確認して、私達は帰路についた。

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