六、これからのこと
「それでは、帯刀さん。オカルト研究部の活動についてプレゼンして下さいます?」
真面目な女教頭が、私達三人を見回しながら声を放つ。私達はオカルト研究部の存続をかけた職員会議に赴いていた。会議室は一瞬、静寂に包まれる。帯刀は立ち上がり、淡々と活動内容を話し始めた。
「はい、まずは去年の卒業生のような、遊び半分の活動はあり得ません。私の理想とする活動は、この街に点在する霊的噂を科学的に解明し、その地域の住人から不安を取り除いていくことです。」
まさにペテン師的言動。だがまあ、この言い訳なら通用しそうだ。そう思っていた。
「なるほど、しかしそれでは自己満足的な活動ではなくて? 他にも部員がいるのであれば、その生徒達にも有意義となる活動である必要がありませんか?」
正論をぶつけられ、私は勝手にあたふたしていたが、帯刀は動じる気配がない。
「オカルトとは、人の陰となる歴史から生まれた産物です。活動を通して彼女達には、この地域の歴史や人の過ちを学ぶ良いキッカケになると考えております。私はこのような活動を幼い頃から行っておりましたが、慶隆や皮成村、阿佐木市などの文化や伝統を詳しく知ることができたと確信しています。」
堂々とした出で立ちに、頼もしさをひしひしと感じる。ちなみに阿佐木市というのは、慶隆町に隣接する市である。しかしまあ、彼女は昔からあんな危険なことをしていたのか。流石の教頭も黙り込み、少しの間を置いて今度は咲に標的を変える。
「緒方さん、貴方はそれで良いのですか? 中学校で成した功績は存じております。運動部に所属すれば、その実力で皆を引っ張って行く存在になれると、私はそう思うのですが。貴方の人生なのです。ご友人の誘いだからといって無理に入部する必要はないのでは?」
この様子だと、私が無理に誘ったと思われているらしい。少しイラっときたが、すぐさま咲が立ち上がり反論する。
「今回は、私が伶奈を無理に誘ったんです。私の意思で入部しました。」
きっぱりと言い切ると、運動部の、特に熱血な先生共が私を睨んでいる。
「緒方さん。貴方のことを思って言っているのですよ? 将来のためにも……」
教頭が喋っているのを遮り、咲は大声を上げて立ち上がった。
「私が本気で運動に取り組む気なら、陸上部のある別な学校にしました! でも! それをしなかったのは、それ以上に大切にしたいことがあったからです! なので、私は運動部に入るつもりはありません!」
咲は涙を浮かべている。突然のことで、誰も声を出すことができない。静寂が、この場にいた全員を気まずくさせる中、ただ一人だけは冷静沈着であった。
「あ、もういいですか? それではプレゼンの続きをお話しますね。」
空気の読めない帯刀の発言で微妙な雰囲気の中、一人の教師が割って入った。
「私はあまり賛成できないね。こんなこと言って、どうせ前年の部員と同じなんじゃない? 聞いた話だと、なんとか教に入信を〜、なんて言ってたらしいじゃん。」
仲馬 瞳、科学担当の女教師だ。髪は後ろでまとめ、格好はスーツに白衣と、イメージ通りの格好をしている。やはりこの手の人間を説得するのは難しいか。入部を前にして部活が消滅するなんて笑えない。そんなことを思っていると、帯刀が反論する。
「もともと最初の一年は私一人で活動する予定でした。ですから帰宅部感覚で入部する人を遠ざけるためにそういった行動を起こしたまでです。」
仲馬はムッとした表情で帯刀を見ていたが、それ以上話をする気配がない。
「それでは教頭先生、仲馬先生を顧問に指定していただけませんか? 私の活動に疑念がある方を担当にすれば、去年のような悲劇を産むこともないでしょう。さらに私達も、科学的な助言をいただけて活動の幅も広がり、より有意義な活動を実現できると思います。」
帯刀は自ら敵を招き入れようと言うのか。その場しのぎは悪手としか思えないが、帯刀にも考えがあるのかもしれない。
「はあ?! ふざけんな! あたしはそもそもね……」
キレ気味の仲馬を制するように、教頭が割って入る。
「仲馬先生! 落ち着いて下さい。帯刀さん、わかりました。あなた方の熱意を受け取りましょう。顧問の件は追って連絡いたします。他に意見のある先生はいらっしゃいますか?」
無言。運動部の顧問も諦めた様子だ。仲馬も沈黙を守っている。
「それでは、オカルト研究部の存続を認めましょう。くれぐれも有意義に、貴重な時間を無駄にしないよう。」
教頭を嫌う生徒は大勢いるが、これでも生徒のことをよく考えている人間である。まあ今回は、そのお節介さが裏目に出たようだが。
「それでは私達はこれで失礼します。ほら、行くわよ。」
咲を先頭に、私達三人は会議室を後にする。緊張で変な汗をかいてしまった。鞄の中からハンカチを取り出し、汗を拭きながら玄関に向かう。ここでふと思い立ったことを帯刀に聞いてみる。
「ねえ、もう帰ってもいいの?」
何気なく玄関に向かっていたが、この後何もないとは言い切れない。
「そうねぇ、まあ今日はゆっくり休むといいわ。明日は土曜で休みだけど、学校の前に来てちょうだい。」
面倒、実に面倒だ。坂を登るのは怠いし、休日に制服を着るのも面倒くさい。私の顔を見て察したのか、帯刀はこんなことを言い出した。
「ふぅ……それじゃあ、スーパーキセヤマはわかるでしょ? そこに十時まで来て。格好も私服でいいわ。」
スーパーキセヤマはいわゆる地元のスーパーマーケットだ。確かにそこなら学校までの山登りをしなくても済む。
「オッケー、二人で向かうわ。じゃあ咲、帰ろ。」
半泣きで黙っていた咲も、かなり落ち着いたようである。
帯刀と別れ、帰宅路を下ってゆく。咲のやつはまだ暗い表情をしていた。
「さーき! お菓子買って帰ろ?」
私が咲の顔を覗き込むと、小さく頷く。心なしか、表情も明るくなったように見えた。
私達は件のスーパーに寄ると、目的の品物を買い早々に帰宅する。玄関に入ると、母が洗濯物を持って脱衣所から出てきたところであった。
「お帰りなさい。ところで伶奈、部活決まったの?」
適当に返事をし、靴を脱ぐと自分の部屋に向かおうとした。だが、母は私の進路を妨げ逃がさないつもりだ。所属した部活の名前を聞けば、なんと言うだろうか。
「あー、ちょっと待って! 荷物置いてくるから。」
しかし母は、そんなことなど意にも返さぬ勢いで迫ってくる。
「ほら! いいからこっち来なさい。ごめんね咲ちゃん、部屋先に行ってて。」
母の顔を見れば、説教モードになっているのがすぐにわかる。これは私も咲のように、大声で叫ぶ必要があるかもしれない。
「あのね、伶奈ちゃんがどんな部活に入っても私は構わないけどさ。ちゃんとお母さんにも話してほしいの。」
諦める他にない。思い切って話し、理解してもらおう。
「えーっとね……まあその……オカルト研究部ってやつにね……」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔とは、まさにこのことなんだろう。母は咳払いを挟み、会話を続ける。
「えーっと……まさか、咲ちゃんも?」
この人も私が咲を巻き込んだと勘違いしている。自分が悪者に見られるのは慣れているが、咲だって別に聖人ではない。日頃の行いか、私の性か。わざとらしく大きな溜息を吐きだした。
「咲がオカルト部入りたいって言うから……これでも即決しないよう言ってるし、諦める気なさそうだったから私も入部したの。」
自身に起こった異常現象を解明したかったのもあるわけだが、咲が入部しなければ私も、あの部活には入らなかっただろう。
「……そっか、わかった。咲ちゃん好奇心旺盛だもんね。」
私を疑ったことを誤魔化したように見え、気分が悪くなった。その後は何も話さなかったので、すぐさま部屋に戻る。パパに後で愚痴ってやろう。
部屋に戻るなり、咲は心配そうな顔で私を見てくる。
「ど、どうだった? 部活のこと話したの?」
そんな咲を尻目に、制服から部屋着へと着替える。ベッドに腰掛け一息つけると、壁の模様を見ながら私は独り言のように呟く。
「私ってそんな悪いやつに見えるかなぁ。」
一瞬の静寂。言葉の意味を理解した咲は、目に見えて動揺している。周りの人間にとって、咲はいつでもヒーローだ。反対に私は、彼女の隣に居座り悪影響を与える人物扱い。髪を染めたことも、金髪の私の影響だと皆に言われている。もちろんそれを咲は知っていて、いつも私の味方をしてくれた。
「……ごめん。」
咲の、捻り出すような、精一杯の一言。罪悪感が湧き上がり、内心酷い自己嫌悪に陥った。自分の程度の低さを自覚する。
「違う! ……いや、違わないか。私こそごめん……いっつも咲は味方になってくれるのにね。でも私は咲のこと、悪く思ったりしてないし、友達で良かったって心から思ってるよ。本当に。」
彼女の顔に笑顔が戻るのを確認し、私のほうが安心する。
咲はニコニコ笑って、
「わかってるよー!」
なんて言っている。裏表がない彼女の性格には、何度も救われたものだ。私はベッドに横たわり、気を紛らわそうと適当な漫画を読み始めた。
それからだらだらと過ごし、時刻は十一時、暗闇に微かな月の光が浮かんでいる。お風呂を済ませ就寝の準備をしていると、カーテンの隙間が目に入ってきた。
「気持ち悪い。」
最近は色々な出来事が起き過ぎて、多羅女を見た夜が遠い日のように感じられる。布団に入り、明日の活動がどんなものか思いを馳せていた。
溢れる光が、私を夢の世界から引き戻す。意識がハッキリとしてきた時、自分の部屋で鳴り響く物音を認識できた。
「あれ? ママー?」
音のする方に目を向けると、咲が自分の鞄を漁っている。
「あ、やっと起きた。そろそろ準備しないと遅れちゃうよ?」
時計は九時と二十分を指しており、慌てて身支度を整え、必要な物を鞄に詰め込む。窓から見える晴天の空を見上げ、お気に入りの青いキャップを深く被った。
時間通りスーパーの駐車場に着いたのはいいが、それらしき人物は見当たらない。私達は店内の休憩スペースに入ることに決め、駐車場を歩いて店へと向かう。自動ドアを潜り休憩所の方を見ると、一人の女性がこちらに背を向け座っていた。
「えっと、もしかして帯刀?」
私が挙動不審になりながら声を掛けてると、彼女はゆっくり振り返る。そいつは恨めしそうに私を睨んできた、なんてこともなく。ジュース片手に謎のファイルを読み込んでいなければ、普通に可愛らしい格好の帯刀が。
「よし、来たわね! 早速移動するわよ。目的地は文化ホール。いい?」
帯刀の言う文化ホールとは、この街の人達がイベントで使ったりする場所である。普段は好きに出入りでき、休憩スペースもある。
「ここにいても仕方ないしさっさと行こー!」
そう言うや否や、咲は店の外へと出て行った。
「張り切ってるわね、感心感心。それじゃあ行きましょうか。」
彼女がジュースのカップをゴミ箱に放り込むのを見届け、私達も店を後にした。
暖かな日差しを浴びながら三人、会話もなく気まずい空気が流れている。居心地の悪さにこれ以上耐えられそうにない。意を決して口を開いた。
「ねえ帯刀、今日はバックに何詰めてきたの? またパチンコ持ってきてたりして。」
二人して考え込む動作をする。
「あー、スリングショットか。」
そう口にしたのは咲のほうであった。それを聞き帯刀も納得した表情を浮かべる。私は自分が名称を間違えていることに恥ずかしくなり、つい誤魔化した返事をしてしまった。
「そ、そうとも言うよね! えっと、スリング? ショット?」
焦り気味の口調から二人とも察しているだろう。話を切り出したことを酷く後悔していると、
「あのガチャガチャ玉が出るほうのパチンコかと思ったわ。まあそれはいいとして。パチンコはいつも持ち歩いてるのよね。特別な弾を使ってて、霊魂から異形のモノまで幅広く力を発揮してくれるのよ。」
そう言いながらバックを開き、本体を取り出す。それを見た咲が食い付いてきた。
「スゲェー! 触らせて! ダメ? 駄目?」
帯刀はムスッとした顔になりながら、パチンコを手渡す。咲は撃ち出す構えをとったり、まじまじと眺めたりしている。
「なんであの時貸してくれなかったの? これあったらまだマシだったかも知れないじゃん。」
咲の言う通りだ。彼女なら上手く扱えたであろうが、どういうわけか持っている素振りさえ見せなかった。
「弾が特別だって言ったでしょ。純銀に呪いかけた特殊な物なの。これをくれたヤツにいつでも会いに行けるわけじゃないし。あの後も弾回収して帰ったのよ?」
彼女に仲間がいることが意外だったなんて口が裂けても言えない。銀と言えば、この指輪もその人物に貰った物なのだろうか。
「そっか、ごめん。……それに急に渡されても外しそうだしなあ。」
頭を掻きながら咲が謝っている。当の本人はほとんど気にしていなさそうだが。
「そのうち練習しましょうか。少なくとも正確に的を射ぬけるようにね。」
私はあまり気乗りしないが、咲が嬉しそうにしているから良しとしよう。くだらない話をしばらくしていると、
「ほら、もうすぐ着くわよ。」
なんて言われ前を見ると、いつのまにか文化ホールの前まで来ていた。
「ところで今日は何をするんですか、帯刀ぶちょー様。」
私の少し意地悪っぽい口調にも動じない、というよりは関心がないといったところか。
「活動方針の説明とか……あとは連中と対峙したときの対処法なんかを話そうかしら。」
そんな話を聞きつつ中へ入り、帯刀の後ろを付いて歩く。吹き抜けのある薄暗いロビーには、靴音が響くのみで、一切人の気配を感じない。
「なんか、流行ってないね、相変わらず。」
咲の発言に心底同意しつつ相槌を返し、辺りを見回す。帯刀はいくつかある談笑スペースに向かって行き、私達二人も後に続く。全員座ると帯刀は、
「ちょっと待ってね。」
と言いながらバッグの中を漁り始めた。
背をもたれ掛け、疲れた体を休ませる。準備に時間がかかっているようなので、ケータイを弄りながら数十秒待機。待っていると、帯刀が紙を配り始めた。
「さあ、とりあえず今後の活動について説明させてもらうわ。その紙にある程度まとめてあるから、見ながら聞いてちょうだい。」
手元の資料を適当に眺めてみる。同時に帯刀が説明を始めた。
「基本的に表での活動は、私がプレゼンした通りよ。まあ活動報告は私が適当にしておくから気にしなくていいけど。」
つまり表面上はいい顔しとけってことだろう。さして難しいことではない。
「実際の活動は今まで私がしてきたこと。バケモノの存在と起源を徹底的に調べ上げる。次に現地調査して、見つけたバケモノが調べたモノと同一か否かを見極める。最後は放置するか対処するかを決める。という感じかしら。」
私達と出くわしたときは、第二段階目だったというわけか。それにしても、幼少からこんなことしているなんて正気じゃない。そこまでして彼女を駆り立てるものは、一体何なのだろうか。
「貴女達には、私が活動報告書を書いてる間に、なんでもいいからバケモノの調査をしてほしいの。できるところまでで構わないわ。噂話の類でも構わない。とにかく必要以上の危険は冒さないこと。いいわね?」
詳しい話は紙に書いてあるようなので、後で読んでおけばいいだろう。しかしなんでもいいと言われても、何から手をつけるか。
「正直何から始めたらいいかわかんないや。やっぱ噂話を調べたりすればいいのかな?」
咲が首を傾げる仕草をしながら、私の気持ちを代弁してくれた。帯刀は少し考え、何か思い立ったような顔をする。
「ふーむ。それなら"錐馬の多羅女"がいいんじゃないかしら。まずは図書館の文献を調べてみて。」
確かに悪くない。奴については気になることがある。そういえば何か、彼女に聞きたいことがあった気がするのだが……思い出せない。まあ忘れるくらいだから、あまり重要なことではないのだろう。
「さあ、次の話に移るわ。裏面を見て下さい。連中の傾向と対策について説明しましょう!」
かなりテンションが上がっているのは、こんな話をする機会がなかったからだろう。紙を裏返して見ると、印刷ミスなのか何も書かれていない。咲を見ると同じように裏面が白紙になっていた。そのことに気がついていないのか、帯刀は話を進める。
「まず霊体、人間の霊なんぞその指輪でほとんど遠ざけられるから、とりあえずそっちを気にする必要はないわ。あと、妖怪や妖魔なんかも余裕よ。問題は前に説明した異形のほう。」
自分の指を眺める。こいつにそこまでの力があったとは。それはともかく異形の話か。私達二人は連中について、イマイチ理解できていないのが現状だ。少しでも情報を入れておかなければ、これから命を失いかねない。
「まずこの土地には、他よりも圧倒的に異形の数が多いの。理由はその昔、この辺りで向こう側に繋がる扉を開いてしまった、という説が有力よ。扉がどんなものかはわからないけど、その当時かなりの数がこちら側に流れたことは確かね。」
あんなバケモノが何体もいることに、少々びびってしまった。扉の話も気になるが、どちらかというと対策が早く知りたい。とりあえずまだ黙って聞くことにした。
「あの夜に出くわしたバケモノも、そのときこちら側に来た一体の可能性が高いわ。アイツは敵意むき出しで襲ってきたけれど、皆が皆私達の敵ではない。彼らをよく知り刺激しないこと、それが大切なの。」
確かにあの時私が騒がなければ、何事もなく済んだであろう。ヤツらにはヤツらの事情がある、ということなのかもしれない。
「でもそれじゃあ急に巻き込まれたときに対処できないんじゃない? 仮にアリス抜きで遭遇したら私達何もできずに死ぬと思うよ。」
しかし帯刀は私の反論を手で静止し、続きを話し始めた。
「私の知っている術をいくつか教えましょう。覚えれば確実に役に立つはずよ。でも過信は禁物! 昔そのせいで死にかけたし。」
しみじみ、と言った感じで頷く帯刀の姿を見ると、この活動への強い思いを感じられる。しかし私達の命を守る術も、完全に信頼できるものではないというのは気になるところだ。
「術ってすぐ覚えられる物じゃないよね? たぶん。簡単だったら私が伶奈を探しに行く前に教えてくれたと思うし。」
帯刀は咲の言葉に不敵な笑みで返すと、バッグから二冊のノートを取り出し、私達に手渡した。
「そこに術式の手本が書いてあるから、時間があるときにでも写し書きして覚えて欲しいの。フリーハンドで書けるようになるのが理想ね。まあ多少なら雑でも大丈夫よ。種類と意味も書いてあるから間違えないように。」
口頭で唱える物かと思っていたが、見当違いだったようだ。一気に面倒くさくなり、内心テンションが下がる。
「術式の他に呪文もないことはないけど、結局他の術式と併用する場合がほとんどなのよね。ちなみに異形には物理的な攻撃は通らないわ。特殊な道具があれば話は別だけど。」
そういえばあの時、帯刀はパチンコで応戦していた。便利な武器を持っているわけでもないので、命が助かるのであれば、これを覚えるくらい容易いことだと自分に言い聞かせてノートを開く。丁寧に描かれた謎の魔方陣がいくつも描いてあり、よくもこんな大量にあるものだと驚かされる。
「これ全部あんたが調べたの? 結構数あるけど……」
私の問いに、一瞬の沈黙が訪れる。帯刀は深呼吸を一度挟み、質問に答えた。
「ほとんどは私の恩師が作ったものよ。スリングショットの弾とか、貴女達にあげた指輪を作ったのもそいつ。」
恩師というのはなかなか凄い人らしい。だが彼女は浮かない顔をしている。なんとなくもう亡くなられているのだろうと察した。急に喋り辛くなってしまい、再び気まずい沈黙が訪れる。
「ねぇ、その人はどんな人だったの?」
静寂の中に咲の声が響いている。帯刀はますます深刻な顔になってしまったが、それでもボソッと一言。
「アイツは人間じゃない。」
何故だろう。それを聞いた途端、心臓が締め付けられていると錯覚するほどに心拍数が高まる。恩師にアイツなどと言う言葉を使うだろうか。尊敬と畏怖と軽蔑が入り混じった声が一層恐怖心を煽り、鳥肌が止まらない。気を紛らわせるためにタオルを取り出し手汗を拭いていると、帯刀は再び話を始めた。
「まあとにかく、それを暗記すること。時間もあるし、これから書き写しをしましょう。二人共ペンは持ってる?」
私は軽く頷き、鞄からボールペンを取り出す。面倒で怠いが、気が紛れていいかもしれない。その後私達は帯刀監督の元、ひたすらノートに術式を書き写す羽目になった。




