第1回:二人
ショーンベルガーの中心に建つショーンベルガー城。
少女――スオウの陣から戻ってきたエリは、つかつかと音を鳴らして廊下を進む。
高い位置にある明かり取りの窓から差す光は、まだ曙の名残を残している。
その足が向かった突き当たりの扉は、頑丈そうな分厚い金属で出来ていた。
廊下に施された木組みの彫刻の数々に比べると素っ気ない意匠であったが、存在感だけは他を圧している。
彼女は、それをゆっくりと開けた。
中は暗いままだったが、エリは一切のためらいなく部屋を突っ切って、窓にかけられた目隠しの板を外していく。
その間、部屋の中でも奥まった場所に置かれていた寝台の上でなにかもぞもぞと動いているものがあった。
部屋の中が朝の光に満ちたところで、エリはばっと向きを変え、寝台に向き合う。
「いい加減起きてよ。久しぶりに帰ってきたんだから」
「うー、まぶしぃ……」
寝台の上では、もこもこの物体がうごめいていた。
柔らかな何枚もの布を自分の体に巻き付けているらしい人物。その声の調子からして、おそらくはエリと同年代の少女であろう。
「まあ、そのままでもいいけど、話は聞いてよ」
「りょうかぃー……」
寝台の上の少女がもぞもぞと芋虫状態から脱しようとしないのを見て、エリは諦めたようにそう告げ、話を始めた。
それは、スオウの側で見てきた物事。彼女は、それをわかりやすくはっきりと伝えていった。
寝台の上の芋虫状の物体は、しばらくの間もぞもぞしていたものの、途中からは真剣な様子で聞き入っているようだった。
相変わらず、布はかぶったままであったが。
「……本気? それって」
「そうらしいのよ。困ったことに」
魔界の正統継承者でありながら、親族に裏切られ人界に孤立させられたことには同情する。
二千の部下をこれから食べさせていかなければならないことにも、領主の血族としては色々と思うことがある。
だが、そこから三界制覇という野望に飛躍されると、疑わしく思ってしまう。
寝台の上の少女のそんな感情が籠もった声に、エリは、スオウたちがたとえ幹部六人だけになったとしても事を起こすつもりだったということを伝えた。
実際にはほぼ二千の兵がそれについてくると決めたわけではあるが……。
「ほへ?」
さすがにその言葉には驚いたのか、にゅっと頭が出てきた。
体は相変わらず布にくるんだままに頭を出すその少女の顔は、目の前で話すエリに驚くほどよく似ていた。
ただし、彼女のように髪を布で隠したりしていない。おかげでその亜麻色の髪についた寝癖がよくわかった。
それにしても、よく似ている。
二人が同じ場所にいるから見分けがつくものの、おそらくそれぞれ別の場所にいたなら、同一人物として通用することだろう。
あえて言うならば、エリのほうが意志が強そうな顔立ちをしていて、寝台の上の少女のほうは柔らかな顔つきをしているのが相違点であろうか。
ただし、眠そうな目つきをさっぴくと、差はさらに縮まりそうだ。
「で、そんな人に求婚されちゃったと」
「他人事みたいに言わないでよ。あの人が望んでいるのは、エルザマリア・ショーンベルガーとの結婚なんだから」
「そうだね、エリ」
「そうよ、エリ」
二人のよく似た少女はそんな風に言い交わす。苦笑とも取れる笑みを、彼女たちは揃って浮かべた。
「まあ、しばらくは婚約で、ある程度征服がうまくいったら成婚ってことになると思うけどね。要は、ショーンベルガーが本気であの人たちに賭ける気になったらってことだけど」
「ふみゅう……」
エリの言葉を、寝台の上の『エリ』は奇妙な声で受ける。その様子に、エリは淡く微笑んだ。
「ところで、お父様は?」
「ん……。三日に一度はまともに話せる……かな。よくなるっていう希望を持つのは難しいけど……。ただ、もう苦しんではいないと思う」
「そっか……」
「だから、私たちで決めないといけないね」
「顧問たちは相変わらず文句ばかりだろうしね」
「そうそう」
二人は顔を見合わせて苦笑する。それから、寝台の上の『エリ』は難しい顔をした。
「どうしようねえ。断れないでしょ?」
「ところがそうでもないみたいだよ」
「ひょえ?」
また奇妙な声が上がる。
これは『エリ』の癖であるらしかった。
「断った場合、彼らは速やかに陣を引き払うって。ついでに三年間はショーンベルガーには手を出さないって約定を交わしてもいいって」
「……それ、あっちから言ってきたの?」
「そう。どうするか考える材料に」
「また大盤振る舞いだ」
「うん。あそこの指導部は、基本的に情にあついみたい。ただ、戻ってきた時は……」
「むむむ……」
彼女が唸る理由を、エリはよくわかっていた。
スオウたちは、本気で三界の制覇を企んでいる。それが実現できるかどうかはエリにもわからない。
ただし、二千の魔族――しかも士気も高い一団――は、ソウライにおいてはかなりの戦力だ。
ショーンベルガーが協力しなければ初動でかなりの制約がかかるだろうが、一度立て直したらソウライ領域を呑み込むくらいはやってのけるだろう。
そして、その後再びショーンベルガーにやってきた彼らが、いまと同じような厚遇を示してくれるわけがない。
「魔族に先行投資するか、とりあえず出て行ってもらうか……かあ」
「そうなるね。まあ、出て行ってもらってその間になんとか出来るかっていうと、出来ないんだけど」
「だよねー……」
人界の者からしてみれば、言いたいことはいくらもある。
だが、魔族が街からそれほど遠くないところにいて、しかも、今後征服活動を行っていくことはもはや変えようのない事実なのだ。
だから、彼女はしばし考え、寝台の上で座り直した後、エリに尋ねた。
「実際どうなのかな?……こっちの目の届かないところに行かれて暴れ出されても困るとか、断って後が怖いとかの消極的な理由を除いたら?」
「積極的に関わる意義があるかってこと?」
「そう」
その問いにエリはしばし沈黙する。
そのまま、拳で額のあたりを何度かとんとんと叩いた。
彼女は、スオウを知っている。
彼女は、スオウに答えた兵たちの姿を見ている。
彼らが新たな勢力の立ち上げを宣言したその場にいたのだから。
だが、エリはさらに二日を陣で過ごしてからショーンベルガーに戻ってきていた。
宴で丸一日潰れたのと、二日酔いをなんとかするためもあるにはあった。
だが、あえてそうしたのは、冷静に判断するためだ。二千の魔族の熱に呑み込まれないためだ。
そうして得たはずの答えを、彼女はしっかりと相手の――自分にそっくりな――顔を見すえて告げた。
「賭けてみる価値はあると思う」
「うん、わかった。じゃあ、協力することにしよう」
あまりにあっさりと結論を出すのにびっくりして目を見開くエリ。
しかし、相手はそれに対してなんでもなさそうな顔をしていた。
「いいの?」
「だって、あなたがそう言うんだもの」
短い言葉に詰まった全幅の信頼。そのことに言葉に出来ないほどの感謝を感じながらも、エリはあえて確かめるように問いかけた。
「でも、そうしたら、私たちは人界の裏切り者になるんだよ?」
「人界の誰が私たちを守ってくれるの?」
「……それもそうか」
身も蓋もないやりとりではあるが、どうしようもない事実でもある。誰に指弾されようとも、彼女たちはまずショーンベルガーを守らねばならないのだ。
そこまで話が進んだところで、『エリ』の頭がひゅっとひっこんだ。
また布をかぶった芋虫になる彼女を、エリは不思議そうに眺める。
「どうしたの?」
「んー……。そうなると結婚だなあって、うん……ねえ?」
「え?」
急にもごもごと歯切れ悪くなる『エリ』に、エリはわけのわからないという顔つきになった。
しかし、続いた言葉には得心するしかない。
「だって……その、すけべさんなんでしょう?」
「あー……」
エリはしばらくどう答えようか迷っていたが、結局、これも身も蓋もない返答を選んで告げた。
「まあ……そんなに気にすることはないと思うよ。あの人……相手には困ってないから」
そんな風に。
†
エリの言葉を裏付けるように、その朝のスオウも柔らかな膚に囲まれていた。
彼の右には茶の髪を流した豊かな体躯の女がおり、左には黒髪の細身の女性。さらに、彼の太ももを枕に小柄な女性が丸まっている。
「ううむ……」
スオウはすでに目覚めていたものの、なにしろ両側からは腕を抱き留められていたし、下半身では丸くなった体の重みが全部かかっている始末で、とても動けずにいたのだった。
両腕の柔らかな感触――押しつけられるその張りは左右でかなり異なっていたが――は実に心地よかったし、のしかかる重みも不快ではない。
正直言えば、このままこの温かさの中に埋没していたいところだ。
だが、彼の立場としてはそうもいかなかった。
「昨晩張り切りすぎたか」
先ほどから何度か声をかけているものの、女たちはいっこうに目を覚ます気配が無い。
相手が三人ということもあって、ついつい奮闘してしまったのがいけなかったようだ。
「とはいえ……」
さすがに無理にでも起こしてどいてもらおうと思ったところで、ちりんと涼やかな音が鳴った。
天幕の入り口につけられた鈴が鳴ったのだ。
「少し待て!」
大声で応じると、左側の女性が何事か呟いて寝返りを打った。自由になった腕で残る二人を自分の体から外し、身を起こす。
彼はまだ眠りの中にある三人の体に布をかけてやると、優しい手つきでその肩や頭をなでた。
その感触に、ある者はなまめかしく身を震わせ、ある者は大きな笑みを刻む。
いずれにしても、幸せな夢でも見ているのであろうと思わせる仕草であった。
「さて……」
手早く体を拭いて衣服を整え、天幕の入り口の布を上げる。
「そろそろお出ましを」
「ああ。ありがとう、スズシロ」
迎えに来たスズシロが天幕の中をちらりとのぞき込み、呆れたような表情になった。
「三人ですか?」
「ああ。一緒が良いと言うんでな」
「はあ」
よくわからないという顔で自分を見るスズシロに、スオウは苦笑するしかない。彼は天幕を閉じてから、司令部天幕の方を見た。
「待たせているか?」
「いえ、そこまででは」
「では、少し歩いてから行くか」
「はい」
そうして、二人は陣の中を歩き始める。
カラク=イオの成立を宣言してから丸一日を祝宴に費やし、その後同じく一日の休暇を与えていたので、兵たちにとっては今朝から軍務の再開となる。
見回って意気を上げておく方が望ましいだろう。
そんなわけで、行き会う兵たちと朝の挨拶をにこやかに交わしながら、二人は進んだ。
「しかし、あの言葉を文字通り受け取る者が、あれほどいるとは思いませんでした」
「そうか? まあ、そうか……」
スオウがカラク=イオの成立を宣言した後、彼の天幕に忍んできた兵が幾人もいた。あまりに集まりすぎて騒ぎになったくらいだ。
彼女たちは、スオウが言った『いまから、お前たちは全員俺の女だ』という言葉を受けて行動したのだ。
「慕われているのは結構な話ですけどね」
そう言いながら、スズシロのその言葉には険がある。
新勢力立ち上げのその日にその主の所に女性が押しかけて騒ぎになるなどという状況では、それもしかたのないところだろう。
だが、スオウはそれに真剣な様子で応じた。
「慕ってくれるのは間違いないだろうが……。しかし、あれらはお前が考えているのとはちょっと違うぞ」
「はい?」
「おそらく、そのほとんどが俺と継続的な関係は望んでいまい。それに愛とも恋とも少しずれているな」
「……どういうことですか?」
怪訝そうな顔になってスズシロが尋ねかける。
スオウは横を抜けていく兵に笑顔を送ってから応じた。
「まず、前提として、この陣の者たちの大半は先の俺の演説で状況を把握した」
「はい」
魔界で謀反が起きたこと、それに黒銅宮が関与しているため、主に彼らが詰める鳳落関が閉ざされていること。
これらのことがはっきりと公に告げられたのはあの日が初めてだ。
スズシロたちはそれを把握していたし、ユズリハの部下からわずかに漏れていたりしたかもしれないが、ほとんどの者にとってはその日やっと知ることが出来た事実だ。
「それまでの彼女たちは、いずれ魔界に戻り、そして、自分たちのほとんどはこの部隊に残れないだろうと思っていたはずだ」
「まあ……そうですね。実際その予定でしたし、たいていの者はそれを認識していたはずです」
皇太子の親衛隊は常に同じ編成というわけではない。襲撃行が終われば、当然平時に相応しい規模に縮小する。
そうでなくとも、魔界の外に出、戦いを経験してきた者たちは、軍にとって実に貴重な人材だ。
予定通りであれば真龍との戦いを経験した旅団の兵は、魔界への帰還後も親衛隊に残留する者を除いて、軍の要所に配されるはずであった。
それは魔軍の力を高めると共に、次期皇帝であるスオウの影響力を強めることとなる。
「だが、その予定はもはやかなわない。彼女たちは、自分が今後も俺と運命を共にすることになると悟った。これからずっと、な」
「なるほど……。しかし、それを契機と捉えるのはわかりますが、継続を望まないというのは……?」
「うん。そこだ」
彼は前を歩いていた兵がぺこりと頭を下げるのに手を上げて応じて、話を続ける。
「この陣にはいろいろな者がいる」
「はい」
「たとえば、男よりも女の方が好みな者とかな。さっき天幕にいた三人がそうだ」
「え?」
「彼女たちは三人で恋人同士なんだよ。だが、男にまるで興味がない性質でもない。たぶん、女が七に男三という感じだろうな、あれは」
「は、はあ」
思ってもみなかった言葉にスズシロの目が泳ぐ。だが、スオウはしごくまじめな顔で彼女に語りかけた。
「いや、そういう趣味があるのは認めないといけないぞ。実際あるのだからな。中には男など興味もないというのがいる。親族に婚姻を強要されないようにこの部隊にあえて入った者もいるだろう。まあ、それはいまは関係ないが……。ともあれ、そういう者たちにとって、俺は『男』の象徴のようなものなんだろう。あくまで主要な興味は女に向いているからな」
そこでスオウは肩を小さくすくめる。
「まあ、もちろん、男の中で俺ならばいいと考えてくれるのは実にありがたい話ではあるが」
「女同士で……? しかも三人一緒に? いえ、そうであるからこそ?……そうなんだ……そうなんだ……」
スオウの方はなんだか複雑な表情を浮かべながらの言葉であったが、一方でスズシロの方はなにか大きな衝撃を受けた様子で、ぶつぶつと自分だけに語りかけるように呟いていた。
「スズシロ?」
「あ、はい。ええと……。で、でも、その、そういう趣味の者ばかりではありません……よね?」
「そうだな。たぶん、一番多いのは死を覚悟した者だ」
「死、ですか? しかし、それは当たり前ではないですか?」
スズシロが不思議そうに言うのもおかしな話ではない。
魔界は、『双子の悪魔』からの復興に注力していたこともあって、長い間戦争というものを経験していない。
尚武の気風の強い魔界だからこそ、戦うことの恐ろしさは皆知っている。
そんな中で、あえて実戦に――しかも真龍との戦いに――身を置こうとするこの部隊の者たちは、まさに死を意識した者であるはずだった。
実際に自分が確実に死ぬとまで思っていなくても、友も己も死ぬことがありうると知って、それでも志願してきたのだ。
いかに後宮部隊などと揶揄されようと彼女たちは紛れもなく勇士であった。
あるいは、そう揶揄していた者たちは、己の怯懦を糊塗しようと必死だったのかもしれない。
「ああ、当たり前だ。しかし、意味合いが違う。真龍と戦うことの意味は納得できても、新たな戦い……俺に従って三界を制覇するための戦いに赴くには新たな理由がいる。誰だって死ぬのは嫌だからな。腹を据えるにはそれなりのものが必要だろ」
「新たな理由……」
それは、スズシロには、そして、スオウの身近にある幹部たちには縁遠い話だ。
彼女たちにとって、スオウに従うことになにも変わりはない。断絶は生じない。
だが、いみじくもスオウが演説の合間に『これは戦である』と明言していたように、一般の兵たちの間では意識の変化が必要であった。
「彼女たちにとって、これまでの俺は魔界への忠節の象徴だった。それが、変わった。変えなくてはならなくなった。俺個人を見なくてはいけなくなった」
「……そこで、殿下の『女』としてなら戦って死ねると」
「まあ、一番直接的だからな。それを自分に納得させるためにも俺の『しるし』を受けたがるわけだ」
スズシロはその答えに、なにか考え込むような顔つきになった。しかし、先ほどのような混乱はなく、そういうことかと得心した風情であった。
「象徴的な行為なので、継続は望まないということですね」
「まあ、戦が終わればまた考えればいいと思っているだろうな。それまでは望むまい。かえって未練となると」
「なるほど」
戦が終わればというが、それはずいぶんと先の話だ。
彼女たちには、これから長い間戦ってもらわねばならない。
陣の中を歩く兵たちに明るい顔を向けながら、二人の胸中は複雑であった。
「それとな……。これは少なめだが、もう一種いる」
「もう一種ですか?」
「俺に対して多少の感情はあっても、お互いの立場を考えて、一夜以上は望まないという者たちだよ」
その言葉を聞いて、スズシロはなんとも言えない顔つきになった。
スオウの言うことはわかる。彼は魔界の皇太子であり、いまや新しい勢力の長である。
自分の出自や地位を考え、踏み込もうとしないというのは理解できないことではない。
だが、それではあまりにも……。
そこまで彼女が思考を進めたところで、スオウがにやりと笑うのがわかった。
「まあ、初対面で『皇帝家の血筋がどれほどのものかしりませんけど、やるべきことはやっていただきますよ』なんてやらかしてくれる奴は貴重ってわけだよ」
「なっ! だっ、あっ、いっ」
スズシロの顔がいきなり真っ赤になり、口から出る言葉が意味を成さなくなる。
なにしろ、いまスオウの口から出てきた言葉は、かつて彼女がスオウその人に投げかけたものなのだから。
「いや、あれはなかなか痛快だったな。言われた俺より、取り巻き志願の馬鹿どもがぽかーんと口を開けてたあたりがな」
「……まあ、あの連中はろくでもない輩でしたからね。後から考えても」
「正直、辟易してたんだよ。いや、本当に助かった」
まだ真っ赤なままながら、なんとか冷静な口調を作ることに成功したスズシロ。それに対して、スオウは本気で感謝の笑みを向けた。
「懐かしいですね」
「ああ、懐かしい」
お互いに――先ほどの台詞が吐かれた――校尉学校入学初日の光景を思い浮かべたのだろうか。
二人は揃って遠くを見るような目つきになった。
しばらく黙って歩いていた二人であったが、スズシロが落ち着いた様子で口を開いた。
「まあ、色々と事情があるのはわかりました。部下に慕われるのも結構なことだと思います。ですから、どうか支障の出ない範囲でお願いします」
「ああ。そうしよう」
釘を刺すような物言いに、スオウは素直に頷く。スズシロはそんな彼には気づかれないよう小さくため息を吐いた。
スオウはそこでふと鼻をひくつかせる。
「そういえば、雨が降ったのか? さっきからそんなにおいがするような……」
「ああ、朝方に通り雨が。北からです」
「なるほどな」
言って、スオウは北の方を見やる。
すなわち、鳳落関とその向こう――魔界を。
「使者を出さんといかんな。果たして関が交渉に……」
スオウの言葉は、そこで途切れた。明確に彼ら二人を目指してやってくる人影に気づいたからだ。
もとより急いだ足取りでいたその女性は、スオウが気づいたとみて、さっと距離を詰めた。
「おはよう、ミミナ」
「おはようございます、殿下」
急いた様子ながらも見事な礼を示してから、彼女――ユズリハの副官ミミナは、スオウとスズシロにしか聞こえない声で鋭くこう言った。
「巡邏部隊がカノコ中隊長を保護しました」




