最終話「化身」
最初は校舎内の生徒を手当たり次第に奴隷女にするつもりでいた。
ところが巨体がたたりしっぽすら届かない。
それならばと校舎を突き崩すのにティラノが手間取っていた。
その背中に矢が突き刺さる。
体力は恐竜でも脳は人間だ。反応は早い。
「だ、誰だ?」
振り返ると中空に天使と妖精。そして人魚がいた。
「き、貴様ら。その姿は?」
確かに『化け物』にしたはずなのに。
瑠美奈が「人間だった時」はそこまで考えなかったものの、ノザと融合して『力を持った』際に犬猿の仲のまりあ。そしてその「取り巻き」を同様の化け物にして配下としてこき使うというのを思いついた。
まりあたち四人に融合したアマッドネスが完全に自分に屈服し、その恐怖も刷り込まれて自分に恐れおののいていたはず。
それがどうしてあんな神々しい姿に?
「あなたがくれた悪魔の力。それを愛で聖なる力に変えることができたのよ」
天使がいう。
「たわごとを」
恐竜が吠える。
「たわごとなもんか。あたしを人間に戻したのはまさにそれなんだ」
人魚の叫び。それに続く妖精。
「そうだよ。美鈴だって助けられた。だから今度は美鈴たちが」
「「「この力でみんなを助けるわ」」」
屈辱だった。
支配したはずの女たちが美しい姿で反旗をひるがえしている。
「ならば貴様らから奴隷にしてやる」
その腕を振るうと三方向に逃げる。
ティラノアマッドネスから見て右に逃げた天使のまりあ。左に妖精の美鈴。真上が人魚のなぎさだ。
「まずはあたしからいくよ。食らえ」
人魚はその下半身を上に向けてふるう。
その魚の部分からうろこがはがれて上空へと。
舞い上がりながら砕け散り、同時に空気中の水分を冷やす。
そして鱗に含まれる塩分を伴った『海水の雨』を降らせる。
砕け散った鱗が、散弾のように降り注ぐ。
「スケイルスコール」
アマッドネスの純粋なパワーだけではない。戦闘のセンスも体に宿っていた。
そしてそれがなぎさの知る言葉から、一種の宣言として技名を叫ばせる。
「ぎゃああああーっ」
まるで体を削るようなスコールである。
ところどころに穴が開いている。
そこに塩水がしみて痛い。
「お、おのれ。吹き飛ばしてくれる。むっ……? おかしい。しっぽが」
腕ではリーチが足りないので、パワーとともにそれをカバーできるしっぽを振るおうとした。
だがまったく動かない。何かに挟まった。むしろとらわれている感触。
暴君竜は背後を見た。鬼が尻尾を捕えていた。
三人が時間を稼いでいる間に追いついて、その怪力で押さえていた。
「ば、バカな? その小さな体で」
「悪魔の力がもたらすパワーです。そしてこれも」
オーガの詩穂理がやはり叫ぶ。
「ライトニングクラッチ」
ゼウスのイメージのせいか、電気ウナギのように体内で発電を出来るようになっていた。
それをつかんだ腕からティラノの肉体に流し込む。
電流は地面へと流れようとして体内を通る。
その際に生じる抵抗が苦痛と熱傷を招く。
またマーメイドの浴びせた塩水が、余計に電気の通りをよくしていた。
「ぐぎゃあああっ」
悲鳴を上げるティラノザウルス。
ノザが自分の肉体を持っていた頃、電気は雷でしか存在してなかった。
空飛ぶ人魚などいるわけもない。
そして何よりともに戦っていたブラもテゴもいない。
それでこの少人数相手に押されていた。
人としてはかなり運動神経の鈍いほうに入る詩穂理の奮闘が美鈴に勇気を与えた。
怖かったがティラノの耳の付近を飛んでいく。
超音波を発生させ、耳を破壊する。
「ビートソニック」
悲鳴も出なかった。
フェアリーが飛び去ってマーメイドとオーガも離れた。
とどめが待っていた。
天使が弓をつがえていた。きりきりと引き絞る。
それを解き放つ。
「パニッシュアロー」
矢は分裂してティラノをハチの巣にした。
「があああああっ」
全身に痛みが走る。
苦悶の声をあげるには十分だ。
それを空から見ていた天使。
「やったわ。これで……」
ほんの少しだけ油断した。そこに強烈な一撃。
「調子に乗るな!」
吠えた。ただそれだけで四者を吹っ飛ばした。
「きゃあっ」「うわっ」
距離があったから何とかなったが、さすがに仲間がいたとはいえどアマッドネス正規軍相手に戦い抜いた存在。
パワーがけた違いだ。
「そんな付け焼刃で何ができる」
戦いなれていないのは同じはず。
ただ戦いのパワーの源とした存在に格差がありすぎた。
優勢に見えたが次第に劣勢になる。
「まりあ!?」
鬱陶しく感じているはずなのに、天使のまりあが吹っ飛ばされたら優介は気が気でなかった。
思わず気絶している清良に駆け寄り
「頼むよ。目を覚まして」
優介が悲痛に叫び清良を揺り動かす。
「……う……」
やっと気絶から覚めた。
「あ……あれは?」
目が覚めたら天使たちと恐竜の戦い。訳が分からなかった。
「あれはまりあなんだ。頼むよ。助けてあげて」
「僕からも頼む。なぎさがこれでやられでもしたら」
「あ、あの人魚はなぎささんか?」
髪型や色。風貌はいろいろ違うが、人の姿が元だけにまたわかりやすかった。
「つまり……残留したアマッドネスの力を変換して戦っていると」
何しろスズという生き証人がいる。礼の理解も早かった。
「ああ。シホじゃこれで精いっぱいだ。オレの代わりに」
「わかった。任せろ」
「こんなのを見せられちゃ、呑気に寝てられないね」
順が立ち上がる。
「当たり前だ。行くぜ。二人とも」
すっかり気合いの戻った清良が順と礼に呼びかける。
「私を……忘れないでよ」
「友紀!? いつの間に来てた?」
「詳しい話は後でするわ。キヨシが止めても私行くよ。だってわかるもん。あの子たちの気持ち」
同じ17歳の少女。そして「咎を持つ」者同士。
分かり合えてしまった。
だが戦闘のダメージは激しかった。
それでも清良たちは戦場へと駆け出した。
「キャロル」「ウォーレン」
「はい」「あいよ」
それぞれの使い魔が本来の姿。白い天馬へと姿を変える。
そして主を乗せて空へ。
友紀と礼は地上をかける。
「目障りだ。ふきとべ」
ティラノの巨大な尻尾の旋回が天使と妖精。人魚と鬼娘を吹っ飛ばした。
「きゃああああーっっ」
まりあがまっさかさまに地面に激突と思いきや、間一髪で清良がそれをキャッチした。
「ふぃーっ。危ねーところだっだ」
天馬の上で清良がまりあを抱きかかえる形だ。
「あなた……聖奈さん?」
一応は戻ったところを見ている。
「すまねぇな。いろいろ。だましていたこと。誤解させたこと。そして代わりに戦わせて」
素直な言葉だった。
「ううん。わたしも弱かったわ。信じきれないなんて」
まりあが文字通り天使の微笑みだ。
元々が並はずれた美少女。不覚にも清良はときめいた。距離も近い。
だがそのまりあが天使からただの少女へと変わっていく。
そして
「何だこれは? 力がみなぎっていく」
清良がかすかに光って見えた。
もう一組の空の二人。
順と美鈴。
「はい。交代。よく頑張ったね」
順らしい軽妙な言い回しだ。
「ううん。美鈴は弱いなって思った。信じきれないなんて」
「けど、これで彼のこと信じられたんじゃない?」
元から女性的な順だが、この時は男子の肉体でありながら精神的には女子そのものだった。
「うん」
微笑む美鈴。その体が妖精から元に戻っていく。入れ替わりに順の力が高まる。
「大丈夫か?」
「糸井さん?……ですよね?」
飛ばされたオーガ・詩穂理を礼が受け止めた。
「本当の名前は伊藤礼だ。だましていて済まない」
告白をした。
「いえ。なんとなくですが理解できます」
「驚いたな。こんな話を信じるのか?」
「だってさっきまで私は牛のお化けになったり、鬼になったり。それに比べたら男の子が女の子になるくらいは」
「違いない」
やはり「女の友情」があった故か。いい笑顔で返す。
「お願いしていいですか? 海老沢さん。彼女を止めてください」
そう頼む詩穂理の角が消えていく。そして礼の体力が劇的に回復する。
「あ、あんた。大丈夫か?」
「平気です。これでも新体操部で鍛えてますから」
人魚姫を受け止めた友紀が笑顔で言う。
「それならいいけど……ちきしょう。やっはり付け焼刃じゃだめだね」
「後は私たちに任せてください」
「あんただってあたしらと同じ女だろ。戦わなくても」
「あなたなら私の気持ち、わかってくれますよね」
身の上はすでに語っている。同じ立場の者同士。理解できた。
「そっか。悪い。選手交代だ」
なぎさはハイタッチで交代の意思表示をする。
友紀もこれに答えた。
パァンと手が鳴った瞬間、人魚から女子高生になぎさは戻る。
そして友紀は受け取った。その魂を。
清良。礼。順。そして友紀は立ち並ぶ。
「どうやらまりあさんたちがアマッドネスのパワーを『聖なる魔力』に変換したらしいな」
それが「愛」によるものとは、さすがに恥ずかしくて言えない清良だった。
「そうみたい。だから私たちのそれに引き寄せられてまとまったのね」
後から来た友紀だがさすがに同じ女子高生。理解した。
「だとしたら彼女たちにもうアマッドネスの力は残ってないね」
その笑顔に曇りはない。順は素直にそれを喜んでいた。
「後は奴を仕留めるだけだ。簡単な話だ」
礼もすでに闘志を見せている。
「ならいくぜ」
再び破壊をしようとしたティラノ。だが今度は背後から巨大なパワーを感じたので振り向いた。
正確に言うと無防備な背中を向けていたくなかったのだ。
「何だ。これは?」
戸惑うのは自分の気持ちにもだ。そう。確かに感じた「恐怖」にも。
振り返ると清良が右手を真上に。左手を真下に向けていた。
その右腕に不死鳥を模した深紅のガントレット。左腕にいるかを模した蒼いガントレットが出現する。
両手を水平に運び、わきに引き付けて前方に右腕が上になるように重ねて突き出す。
右手を肩の高さでまっすぐ前に。左手は丹田……へその上に当たる位置に運ぶと光の渦が腹部に出現。
そこから短刀が出てきた。
礼はそれを引き抜いて左の腰に持ち、右手を柄にかける。
順の左腕が天に伸びると、光の渦が現れそこから弓を取り出す。
弓を正面に運びつつ右手を弓にかかるように運ぶ。
光の弦をつま弾く。
友紀は左の腰に左腕の掌を上に向けるように構え、それに右手を重ねる。
そのまま右の腰へと運ぶ。
もう一度左へ。中央に来たところで止め、前方へと突き出す。
四人は同じ言葉を叫んだ。
『変身!』
ガントレットがスパークして、それが収まると清良はセーラー服の少女になっていた。
小太刀を抜くと光があふれ、それとともに礼はブレザー姿の少女に。
つま弾いた順はまるでモーフィングのように衣類、そして肉体が変わる。
友紀がまず別の大人の女性。本来のスズの姿になり、そこから装備がつけられていく。
「拳の戦乙女。セーラ」
力強く名乗る。
「剣の戦乙女。ブレイザ」
こちらは優雅だ。
「射抜く戦乙女。ジャンス」
可憐な印象の名乗り。
「わが名はスズ。アマッドネスを阻むもの」
そして締めくくりはスズだった。
「おのれ。くたばり損ないものめ」
恐怖をごまかすようにティラノが叫ぶ。
「それはこっちのセリフよっ……あれ? あたしいきなり女の子の気持ちになってる? 何で?」
「それはそうですわ。何しろ彼女たちからパワーをいただいたんですもの。純粋な女の子たちから」
「それにこの姿ではずっと女子高生していたからね。そりゃなじむのも早いですよ」
「それならばエンジンのかかりも早いな」
四人は突進していく。
スズの右手には愛用の剣。ニードル。そして左手にはなぎさからもらったパワーがもたらした一本の杖が出現した。
表面がまるでうろこのようだ。だからスズの脳裏に浮かぶ言葉は
「マーメイドケイン」
「死ねい」
繰り出されるティラノの巨椀。しかし杖を盾として攻撃を防ぎ、右手の剣で的確にティラノに攻撃を与えていく。
杖そのものも刺突武器として用いる。さらにその杖を左足に括り付け、右足には通常のニードルを。
それで繰り出すスピンしての両足キック。
「ワスプタスク」
「ぎゃあああああっ」
文字通り牙が恐竜を穿ち、悲鳴が出る。
美鈴のパワーの影響か。リボルバーはハンドガンでありながら、ガトリングのように連射ができるようになった。
オートマチックは撃つこと自体は通常通りだが、なんと弾丸を自在にコントロールできるようになる。
さながら一匹の甲虫が飛んでいくのかのようだ。
その能力で隠れた急所を狙い撃つジャンス。
「ぐはっ」
コントロール自在ゆえに百発百中だった。
「さしずめビートマチックというところかな。そら」
さらに撃ちだした弾は口の中から入り込み、直接内臓にダメージを与えた。
ブレイザはヴァルキリアフォームでありつつ斬馬刀・ガイアブレードを繰り出していた。
しかもアルテミスフォーム並みのスピードと精度だ。
それは詩穂理の力を譲り受けたからか、その斬撃には電撃を伴っていた。
「龍破雷神」(ドラゴンブラスト)
かすっただけで多大なダメージを与える。
それが尻尾を根元から切断した。
「ぎゃああああっ」
大切なバランサーを失い、まともに立てなくなるティラノ。
「とどめを頼みます。セーラさん」
「わかったわ。みんな離れて」
ブレイザ。ジャンス。スズが離れるのと同時にセーラ・ヴァルキリアフォームの背中に白い翼が出現した。
まりあから譲り受けた天使の羽だ。
舞い上がったセーラは一時的ではあるがマーメイドフォームのパワーと防御力。
フェアリーフォームの俊敏性と飛翔能力を、ヴァルキリアフォームのようなバランスの良さで持ち合わせていた。
「いくわよ」
飛びながら左腕を繰り出す。
食らったティラノは凍てつき、動きが止まる。無防備だ。
「そしてっ」
今度は下から飛び上りつつ右腕を繰り出す。
本来の必殺技。クロスファイヤーの強化版。
「セラフィックインフェルノ」
空と海。炎と水。そして男と女を兼ねそろえる戦士。セーラらしく天使にちなんだ「セラフィック」と「地獄の業火」という意味の「インフェルノ」を有した技名だった。
「ぎゃああああっ」
そして聖なる炎が悪魔の竜に灼熱地獄を与えた。
まだ攻撃は終わりではない。
炎を繰り出したままセーラは高く舞い上がり高度をとっていた。
「これで終わりよ。汚れた野望と高すぎる望み。二つまとめて祓ってあげるわ」
そのまま脚を繰り出して落ちていく。
その体が金色に輝く。
「ルミナスヴァルキリーキック」
光のキックが闇を粉砕した。
腹部に大穴を開けて貫通しセーラが着地した。
光が収まり、翼も消えた。
譲り受けた力も使い果たした。
そしてティラノアマッドネスはうつろに虚空を見ていた。
「こんなはずじゃ……我の野望と復讐がこんな形で潰えるなど……」
瑠美奈の恨みからまりあたちを化け物にしたが、その力が巡り巡って自らの首を絞めたという皮肉。
瑠美奈にしたら、自らの名をつけた技で倒される皮肉。
それを感じていたのかわからないが、ゆっくりと倒れ伏したティラノアマッドネスは爆発して果てた。
すべては終わった。
ティラノアマッドネスが倒されたことで奴隷女は支配から解放され、閉じ込められていた生徒たちも校舎から出てきた。
怪我はないがアマッドネスとして爆散して再生された手越凱。栗生翠。
そして影武者を務めていて瑠美奈……ティラノアマッドネスに貫かれ奴隷女と化していた世良は病院に運ばれた。
女性として再生されたことで、残りを女性として生きることになる。
彼ら……彼女たちも犠牲者だった。
瑠美奈は元々女性ゆえに性転換はなかったが、やはり入院を余儀なくされた。
「いろいろありがとう」
まりあは未だ変身したままのセーラの手を取り感謝の意を示す。
「聖奈さんのおかげで解放されたわ。あ……本名は違うのね」
「ううん」
セーラはゆっくりと首を横に振る。シャンス。ブレイザに目くばせする。二人も意図を理解した。
戦乙女三人は蒼空学園の女子制服姿になった。
「聖奈でいいわ。本当は男のわたしだけど、貴女達との間では女の子同士でいたいと思うから」
「ごきげんよう。詩穂理さん」
「はい。また遊びに来てくださいね。糸井さん」
両手で握手を交わそうとする両者。だが
「糸井。お前が男だったとはな」
「あ、あすかさん。これには」
「いいわけはいい。また今度、その姿で私と拳を交えろ。化け物を倒す豪拳。楽しみにしている」
言外に「赦した」のを感じ取れた。
「今度は美鈴が順子ちゃんの学校に行っていい?」
「もちろんよ。大地君と二人で来てね」
女子力の高い者同士で意気投合していた。
「順ちゃん順ちゃん。あたしもいくにゃ」
「はい。恵子さんもぜひ」
「そうだ。今度一緒にイベントでコスプレしないかなゃ?」
「コスプレイベントですか?」
「ううん。シージョセオンリー」
要はBLのイベントだ。
「行きます行きます」
目を輝かせる順子。
どうやら腐女子として完全覚醒してしまった。
「陸上と新体操。ジャンルは違うけど」
「お互いアスリート。頑張ろうね」
「髪型も同じだし」
「あはははっ」
妙に意気投合してしまったなきさと友紀。
確かに共通点はある。
それぞれが別れを惜しんでいた。
だがすべてが終わり、「聖奈」「麗華」「順子」は蒼空学園から去った。
その後、アマッドネスに憑かれていたものたちは「不可抗力」ということで、おとがめなしだった。
ただし戦闘において破壊したものは高嶺家。海老沢家で補償したのでそうなったところもある。
その瑠美奈だが一時はおとなしかったが、のちにまたまりあといがみ合いを始めるまでになる。
これはもはや本能レベルである。
ただし互いにアマッドネスの呪縛から解かれていたので「じゃれあい」レベルに戻っていた。
アマッドネス事件にかかわって奴隷女。あるいはアマッドネス怪人になっていたものは、解放後に検査入院となるのが定例だった。
まりあたちは金曜の事件でその夕方から日曜にかけて検査を受けた。
そしてそれぞれ日常に戻る。検査のあけた週の初め。月曜の登校風景。
「大ちゃん。お待たせ。あれ? 双葉ちゃんは?」
「日直」
それで早く出て待ったらしい。
「ふーん。いたように感じたけどなぁ。ほら。匂いが」
「匂い?」
「うん。あ。双葉ちゃん今朝はオレンジペコのんだんだね」
「……」
「あれ? どうしてそんなこと美鈴に分かるんだろ?」
実は少しだけ『後遺症』があった。
昆虫型アマッドネスだったそれゆえか「嗅覚」が異常に鋭敏になり、これは約一か月残った。
「でも大ちゃんの匂い。安心する。抱きしめられたからよく覚えている」
「わ……忘れろ!」
珍しくこの巨漢が照れた。
あの時の「抱擁」は必死の気持ちから出ていたらしい。
後から恥ずかしくなった。
「ばんちょおー。おはよー」
百紀高校。久しぶりに順は登校した。
「順! 戻ってきたか……はは。いきなりそれか」
「うん。なんか名残惜しくて」
順は百紀高校の女子制服姿だった。
以前からたまにこうして女装しての登校をしていた。
「一週間と言えど女の子として過ごしていたからね。なんだかまだあのままでいたかったよ」
のちに彼は本当に女子の肉体に固定されるが、それはこの戦いの果ての話。
「シホ。体は大丈夫か?」
鈍感というか無神経で通る裕生だが、母の死を目撃しているからか女性の体調にだけは神経質なところがある。
「ありがとう。もうすっかり平気よ」
笑う詩穂理。別に無理している感じはない。だが
「そうか?」
「どうしたの?」
裕生に凝視され照れる詩穂理。
「いや……なんかが違う気が」
「き、気のせいよ。さぁ。行きましょ」
彼女は自転車を押し始めた。それで助走つけないと乗れないのである。
「そっか。いつものシホか。ならいいけどよ」
裕生は自転車にまたがる。
いつもは先行気味だが、この時は詩穂理に合わせて走っていた。
(言えるわけないわ)
走りながら詩穂理は思う。
(牛の怪人になっていたせいなのかしら。胸がこんな大きさになったなんて)
槙原詩穂理。現時点の身長。156センチで変わらず。
スリーサイズは上から100。58。86。
ついに三ケタに乗ってしまった。
(Jカップなんてそんなすぐに調達できるもんじゃないわ。さらしで何とか小さく見せられているようだけど)
しかしすぐにばれた。
一か月でしぼんで元に戻ったが、くしくもそれでGカップがそんなに大きく見えなくなったという事態も。
王真高校。ブレザー自体は女子化の時にベースにしていた服だったが、これでの登校は久しぶりの礼だった。
「会長! お久しぶりです」
生徒会室で迎えたのは森本要。
子犬のような印象のある少年だが、もっとも礼が信頼している存在だ。
「ああ。すべて片づけてきた」
「よかったぁ。もう会長がいなくていろいろ大変で」
「大変なだけか?」
「え? ええ。実はちょっとさみしくて」
「ふふ」
言われた礼は二人だけなのを確認したら『変身』した。
「ぶ、ブレイザさん?」
「わたくしもですわ。森本。あちらの生活もよかったけど、やはりわたくしにはお前がいないと」
「ブレイザさん」
少し見ない間にはるかに「女らしくなった」ブレイザに戸惑う森本。
(これも潜入の効果なのかな?)
そんなことを考えたが、それは割とどうでもよかった。
今はただ、再び会えたのがうれしかった。
ブレイザも同じ思いだった。
なぎさが耳を澄ますと恭兵の足音が分かった。
「おはよっ」
「お前、よく僕だったわかったな?」
「うん。あの後からなんか耳がよくなってて。足音なんかでわかるようになっちゃった」
やたら鋭敏な聴覚。これも後遺症だった。
「そうか。ところでもう体はいいのか?」
「うん。耳以外は平気」
「よかったな」
つっけんどんな恭兵。
「えー。もうちょっと優しくしてくれてもよくない?」
「腐れ縁のお前に今更いい顔してどうなるよ」
確かに長い関係だった。
「キスまでしてくれたのに」
「あ、あれは人工呼吸のような物だ」
珍しく狼狽する。
「うん。でも……」
なぎさはその唇に指をあてる。
そして幸せそうな表情になる。
「そんな表情するなーっ」
確かに他の女子には見せない顔を恭兵はなぎさにだけは見せていた。
根拠はなかったが、恭兵はなぎさと二人になりそうな気がして、あるいはなりたくて、他の女子の同行希望をすべて断っていたのまではなぎさは知らない。
清良と友紀。久しぶりに一緒の登校だ。
「どうだった? 女の子での一週間は?」
軽くいじわるな質問である。
「知らせなかったのは悪かったよ。けど恥ずかしくてよ」
「なんとなく理解できるけど……ね。やっぱり教えて。どうだった?」
「ああ。正直言うと悪くなかった。相手を思いやる優しさ。それに包まれた優しい世界。ただ」
「ただ?」
「それだけじゃない。綺麗なだけじゃない。やっぱり心に闇を抱えているのがよくわかったよ」
「軽蔑した?」
不安そうな友紀の表情。
彼女もかつて同じ罪を犯した。
「いや。逆に尊敬している」
「え? なんで?」
「そういう闇をおしこめて、笑顔で接することの出来る『強さ』。そしてあそこまで闇に堕ちても、立ち上がれる『強さ』にも」
「それは……好きな人がいるから出来たんだよ……あたしみたいに」
「あ?」
「わ、忘れて。今のは忘れて!」
口が滑った形だ。
清良は本当に聞こえてなかったのか、追求しなかった。
「結局、愛情ってやつは光と闇。二つの面があるらしいな」
闇の面は嫉妬などだろう。
「できれば、光っている方で世界が輝きに満ちるといいんだがな」
「そうだね。そうなったら素敵だね」
そういう二人も「輝き」を放っていた。
言うまでもないその『思い』でである。
高嶺家の玄関で水木姉弟が待っている。
亜優はともかく優介まで律儀に待っている。
やがて扉が開く。
「お、お待たせ」
「まりあ。あんた」
「お前、いつから眼鏡を?」
そう。まりあは眼鏡をかけて出てきた。
彼女にしては地味なノンフレームの眼鏡だった。
「うーん。なんか見えにくから調べてもらったら極端な遠視になってたの。これも鳥の怪人になってたなごりかしら?」
その通りだった。ピントが遠方にあっている。なので近距離が見えにくい。ゆえにメガネが必要になった。
「でもよく似合うわ。可愛い」
フォローをいれたのは亜優。
「ありがとう。ね。優介はどう思う? 可愛い?」
ストレートに尋ねるまりあ。赤くなる優介。
「ま、鳥よりはましじゃないの」
「もう。なによそ……きゃあっ」
よろめいて優介に抱き着く。
「ど、どうしたのよ。まりあ?」
「うう。まだメガネになれなくて、家の中でも危ないのよ」
それを聞いた優介は逡巡する。だが
「そら」
腕を差し出す。顔が赤い。
「優介?」
「早くつかまれよ。ほら」
「う、うん」
素直に優介の腕に自らの腕をからめるまりあ。
だが普段は絶対ないような優しさに、思わずまじまじと見つめるまりあ。
照れ隠しでぶっきらぼうに優介は説明する。
「ま、お前があんな姿になった原因にぼくもあるらしいからな。罪滅ぼしで慣れるまでお前の目になってやるよ」
「……ありがと」
優介に優しくされてしおらしい態度になったまりあ。
珍しいメガネ姿も手伝い「見知らぬ女子」のように見えた。
不覚にも優介はドキッとした。
「か、勘違いするなよ。あくまで罪滅ぼしだからな。ほら。いくぞ」
「あ。待ってよ」
足元のおぼつかないまりあに合わせて歩く優介。
(これなら……ずっと眼鏡でもいいかも)
しかしこれも一か月ほどで元に戻ってしまう。
だが、この事件がきっかけでまりあと優介。詩穂理と裕生。なぎさと恭兵。美鈴と大樹の距離は明らかに縮まった。
愛を疑って自分すら見失った少女たちは、その愛で自分を取り戻し、そして更なる愛を手にしたのだ。




