Part1「In the Forest」
気の遠くなるほど昔の日本。今の東京23区に当たる土地。
「異形達」と「異形達」が死闘を繰り広げていた。
女だけの戦闘民族。彼女たちは「アマッドネス」と呼ばれていた。
より強い力を求めた彼女たちは、女王から与えられた『力』で、おのれの遺伝子情報に眠る他の動物や植物の力を引き出して『化け物』と化していった。
だが時として、イレギュラーが発生する。
かたやその正規軍。
頂点に立つ女王直属の部下。ガラ将軍と六武衆と呼ばれる戦闘員。
将軍からしてガラガラヘビを思わせる姿だ。
「六武衆」もサソリ。ハヤブサ。巻貝。きのこ。キリギリス。そしてジャッカルの特徴を持つ女たち。
さらには参謀といえる大賢者・スズはスズメバチの異形だ。
それが多数の「怪人」を従えた軍勢で「敵」と闘っている。
「討伐」を受けているのはわずか三名。いや。三体。
これがまた強い。文字通りの「化け物」だ。
そう。彼女たちがその「イレギュラー」だ。
しかし多勢に無勢。
下級兵士とはいえど異形の者たち。
これを払いのけるのに疲れ果てた。
そこをガラの采配で動く六武衆がその三体に深手を負わせた。
鎖で縛られた「はぐれもの」たち。
短髪の大柄な女がノザ。細身のロングヘアがブラ。太めな女がテゴと呼ばれる。
その三名が厳重に拘束され跪かされる。
「手こずらせおって」
鎧に身を包み、厚く拵えた半月刀を手にしたガラ将軍が忌々しげに言う。
「………」
無言のままノザはガラをにらみつける。
いたるところから血を出している。激闘を物語る。
他の二人も同様だ。
「あまり悠長にしていると回復して、この程度の戒めはものともしなくなる。そんな化け物だからな」
『化け物』に『化け物』呼ばわりされる存在。それほどまでに危険な三人だった。
「だからこそ謀反をたくらんだか。愚か者め」
そう。この三名はクイーン暗殺を企てた。
その『化け物』の力で下剋上を果たそうとしたのだ。
「用意はいいか?」
深紅のドレスをまとった女。アマッドネスの長。ロゼが「処刑場」に現れた。
「はっ。クイーン。すでにこのように」
処刑人はサソリの異形。スストが斧を。ジャッカルの頭部を持つアヌが鎌を。そしてガラ自らが愛用の剣を持っていた。
「よし。即座にやれ」
「お待ちを。ロゼ様」
処刑執行を止めたローブの女。それが顔を見せる。長い髪を持つ知的な印象だ。
「何用じゃ。スズ」
ロゼは制止した大賢者・スズを不満げに見た。
それでも参謀役故に耳を傾けた。
「あの者たちは身に余る力を持ったゆえに反逆を企てました。その力を返上させれば何も出来ますまい。その上で檻に閉じ込めてしまえば殺すまでもないかと」
助命嘆願であった。
彼女は穏健派。むやみに命を奪うのをよしとしない。
この集団においては異例の存在。
だがその能力ゆえそれでも地位を預けられていた。
しかしそれほど信頼するスズの言葉をロゼは一蹴した。
「あんな悍ましいものを我が体内に戻せるか。くれてやる。そのまま土の中まで持って行け」
大事な『力』を取り戻すのもためらうほどの「悍ましさ」を感じていた。
代わりに封印の処置を施した。
いよいよ処刑となった時だ。
「ロゼ。いずれわれらは蘇る。そして貴様に復讐してやるぞ」
ノザが吠えた。
「こ、こ奴。なんと無礼な」
即座にガラは刀を振り下ろした。
無礼討ちのようだ。
三人の「異形」の首は撥ねられ、そのまま深い穴へと落とされ、そして埋められた。
(これではいけない。慈悲の心がない殺戮を続ける限り、いずれわれらもあのような死を迎える。クイーンに考えを改めていただかねば)
この時の思いがスズの反逆につながり、そして「はぐれアマッドネス」討伐で疲弊していた六武衆を単独で全滅させた。
スズ本人はガラと相打ちになったが、この件がたたりアマッドネスは神聖都市・ミュスアシでその防衛をしていた戦乙女たちにより、封印される羽目になる。
時は流れ現代。
東京のとある場所。九月の夕暮れ時。
首をはねられ、力を恐れて施されたその封印も解けた。
肉体は朽ちたが封じられていた「はぐれアマッドネス」の魂は、地上に這い出てとある学校に残っていた波長の合う三人の人間に取りつき現世における肉体を得た。
「ふう。これが今の世か?」
まさに隔世の感をテゴの取り付いた存在は感じていた。
「まずはこの世界を知らねば。そしてわれらも力を取り戻さねば」
ブラのついた存在が続く。
「そして配下だ。手ごまがいる。手始めにこれをつける奴らを見つけないとな」
ノザに呪縛された「アマッドネスの魂」が四つあった。
東京。福真市の警察署。
その一室に一人の女性警察官と三人の男子高校生がいた。
補導などでもない。逆に協力要請だ。
そのための説明をしているところである。
「はぁ。薫子さん。もう一回言ってくれ?」
説明されている『男子高校生』の中で一番ガラの悪そうな少年。高岩清良が素っ頓狂な声を上げた。
本来の読みは「せいら」だが女性的というのでそれを嫌い「きよし」というのが通称になっている。
一般的には不良のレッテルを貼られてはいるが、単に血の気の多い性格なだけで喧嘩はしても弱い者いじめはしていない。
180近い大男。浅黒い肌と鋭い目つき。黒い学ランのボタンを一つも留めず羽織っていた。
この時点で九月半ばだからまだ衣替えの前で学生服の時期ではないが、彼は残暑が厳しいにもかかわらずそれを着ていた。
「話を聞いてなかったのか? 最近ある学園で謎の性転換事件が頻発しているという話だ」
身長は清良と近い。オールバックにしたどこか威圧的な少年・伊藤礼がいう。
濃紺のブレザーを着用していたことからもわかる通り、清良とは別の高校の生徒だった。
そこの生徒会長でもある。
「それで僕たちがその学園に潜入して調べるんですよね」
うっとりとして言うメガネの少年。押川順は二人よりだいぶ小柄。
肌も白く女の子と間違えそうな顔立ちだ。
それは本人にも責任があり、意図的に女性的に振舞うため余計にそう見える。
上下グレーの学生服だった。
「そういうことなの。お願いできる?」
髪の短い彼女の名は一城薫子。警視庁の私服警官。平たく言うと刑事だった。
都内でも頻発する怪事件。
それを調べていくうちにそれは現代によみがえったアマッドネスの仕業とわかった。
薫子はその流れで清良と出会い、こうして協力関係になっている。
「だからなんでオレたちが女として学園生活を送らなきゃなんねーんだよ?」
食って掛かる清良。
「警察じゃ閉ざされた空間である学校に入り込むには限度があるのよ。そこであなたたちにお願いしたいの」
「それは理解できます。しかし何も変身したままでなくても」
反論したのは清良ではなく礼。
「そうだぜ。ちょっとでも居眠りこいたらすぐに元に戻るんだ。リスクが大きすぎる」
珍しく意見が一致する礼と清良。
二人とも丸一日を女子として過ごすのは嫌という思いがあった。
単純に反対の性別で過ごす気苦労。そして……
(もしそれで「女のほうがいい」なんて思い始めたらどうするんだよ?)
そうでなくても戦うたびに女子化が進む。
ところが戦うどころか日常を女子として過ごせという。
登校から下校までスカート姿。トイレはもちろん女子トイレ。
授業もものによっては女子として。
そして何よりクラス全員に「寄ってたかって」女子として扱われ、潜入という手前自らも女子としてふるまう。
わずかな期間で「洗脳」されそうで怖かった。
だがアマッドネスも見過ごせない。
別の手はないかと二人して考えていたが。
「いいですよ。僕は」
渋い表情の二人に対して順は乗り気だ。
「なぁ。薫子さん。どうしても女じゃないとダメか?」
あきらめの悪い清良が言う。
それに懇切丁寧に説明する薫子。
「まず理由の一つはあなたたちの素性。アマッドネスを古代人と決めてかかるのはまずいらしいわ。現代人の知識もあるみたい」
警察が後手に回るのもあり薫子はそう考えた。
実はその警察上層部にアマッドネスの幹部がいるが、それにはまだ考えが及んでいない。
「だから本来の姿ではあっという間に正体判明につながりかねないわ。その防止」
一応は筋が通る。一応は。
「それから逆に敵があなたたちを知っていれば抑止力にはなるわ。もちろんずっといるわけにはいかないから二週間程度。それぞれの学校には一種の留学みたいな形に手続きするわ」
「……なんかこじつけくさいな。隠し事はねーだろーな?」
言われて硬直する薫子。冷や汗たらり。
(勘がいいわね。でもこれは言えないわ)
やはり秘めた案もあった、
(あなたたちを一時的でも同じ学校で過ごさせて、互いの関係性をよくして戦力を高めようというのは)
三人はあまり協力的とは言い難かった。
(そのためにも和を尊ぶ女子として過ごすのがより良い結果が出るというのも。でも正直に話して反発を招いたら台無しだし)
薫子はごまかしにかかり話題を変える。同時に「その気」にさせる作戦を実行する。
「ほらほら。こんな可愛い制服よ。ちょっと『着替えて』見たら?」
薫子は制服のサンプルを見せる。女子制服のベストとプリーツスカートを見せる。
「はーいっ」
順は即答した。敬礼までして賛意を示す。
「押川?」
「やるのかよ!?」
半ば驚き、半ばあきれて声を出す二人。
そんな二人にも進める順。
「ほらほら。高岩さんと伊藤さんも一緒に」
「やなこった」
「誰もやるとは言ってないぞ」
息びったしの清良と礼。
もしかして隠した目的は無用だったかと思い始める薫子。だが押し始める。
「ね。試すだけ試してくれない。三人とも似合うと思うけどなぁ」
年上の女性に下手に出られては断りづらい。
「ちっ」
「しかたねーなー」
一応は顔を立てて言うことを聞いた。
清良と礼も立ち上がりポーズをとる。そして
「「「変身」」」
キーワードを口にしたら三人の姿が変わる。
大柄な「不良男子」の清良はセーラー服のショートカット美少女に。
伊藤礼は女子ブレザー姿の金髪のレディに。
押川順は比較的先の二人より差異が少ないが、それでもジャンパースカート姿の女の子に『変身』した。
太古の昔、今の東京があるこの土地にあった神聖都市ミュスアシ。
それをアマッドネスの侵攻から守った三人の戦乙女。セーラ。ブレイザ。ジャンス。
アマッドネス108の魔星すべてを退け、女王とは相打ちになりその身を散らした。
アマッドネスの邪悪な魂は封じられたが、戦乙女たちの魂も呪いを受け、何度転生しても女としては生まれ変われない。
だが気の遠くなるほどの転生を繰り返し、現代において復活したのがこの三人。
高岩清良は拳の戦乙女・セーラ。
伊藤礼は剣の戦乙女・ブレイザ。
押川順は射抜く戦乙女・ジャンスの魂を受け継ぐ者たちであり、変身してかりそめの復活をさせるものでもある。
現代に生きる戦乙女たちは、現代のイメージから変身直後はそれぞれ在籍する学校の女子制服のイメージを元にしている。
これはイメージによって他の衣類に変換可能である。
それを応用して三人はサンプルの制服姿になった。
九月ということもあり半そでのスクールブラウス。その上から白に近いクリーム色のベスト。
かぶるのではなく合わせるタイプのもの。
ボトムに赤いチェックのプリーツスカート。
セーラとブレイザはオーバーニーソックス。ジャンスはハイソックス姿だった。
「似合うじゃない」
演技抜きで絶賛する薫子。
「ほんとですか? 嬉しい」
本気で喜んでいるジャンス。
「もういいだろ」
変身を解除しようとするセーラ。
「まあまあ。もうちょっとそのままでいて」
薫子は合図を送る。
ほどなくしてケーキとお茶が運び込まれる。
「女の子の姿のままなら美味しく感じるはずよ」
三人は黙っていた。
確かに魅力的に見えた。
変身直後は男性の精神が残っている。
そのため精神と肉体のシンクロがうまくゆかず、戦うもうまく進められない。
しかし時間経過とともに精神も女性としての人格へ変わっていく。
そうなるとシンクロして強さも増す。
そしてこの時点でもすでに精神の女性化は始まっていた。
「お茶とケーキ」の誘惑に抗えなく、そのままお茶を飲みながら話を続ける。
さらには最新のファッション雑誌まで用意してあった。
それでガールズトークを展開までする三人。
十分あればOKなものが一時間にわたりこれである。もうすっかり『女子高生』である。
「それで、お願いは聞いてもらえるかしら?」
頃合を見計らって薫子が尋ねる。
「はぁーい。薫子お姉さまの頼みでしたら」
元々精神も女性化すると薫子を姉のように慕うが、ここでも変貌の激しい清良・セーラである。
精神の女性化は言葉遣いに如実に表れる。
性格というか人格も女性的に変化する。
もちろん思考もである。
一応は男子としての記憶はあるが、この時点では完全に女性である。
極端な話、男子が恋愛対象にもなりえる。
「この二人と同じ学校というのは気が進みませんけど」
金髪縦ロールのブレイザはその風貌に合うお嬢様口調で言う。
「えー。あたしはけっこう楽しそうかなと思うけど」
眼鏡に三つ編みというビジュアルのジャンスが、その豊かな胸を弾ませる。
全員が了承した。
薫子の作戦勝ちだった。
「ありがとう。それじゃ三人とも三日後からこの私立・蒼空学園に一時的に転入してもらうわ」
当日。清良は自宅の自室で起床するなり深いため息ついた。
「きったねーよなー。薫子さん。ああなったら完全に女だっつーのに、その時に約束取りつけるたぁよ」
言質どころか書類にサインまでしてしまった。
ふてくされてはいたもののしてしまった約束は仕方ない。
「不良」の割に妙に律儀なのは「セーラ」の影響かもしれない。
一応男子学生服に着替えた。そして
「…………変身」
おもいきり投げやりに変身した。
いつものセーラー服姿だ。
それから写真を取り出す。
前日きっちり撮られた自分の「蒼空学園制服姿」だ。
それでイメージを確認して、同じ姿へと変わる。
鏡でみて間違いないことを確認した。そしてまたため息。
それからしばらくして。
隣家に住むポニーテールの少女が高岩家を訪れた。
「あれ? 友紀おねえちゃん?」
出迎えは高岩理恵。清良の妹で中学生。
「キヨシはまだ? 寝坊しているの?」
幼なじみの少女だった。
清良とは淡い関係というか。
いや。一時は「殺し合い」までした「深い仲」だ。
それというのも彼女の嫉妬心を利用して取りついたファルコンアマッドネスに肉体を奪われ、ハヤブサの異形として清良と知らずセーラをつけ狙ったことがある。
それはすでに終わっているのだが、実は現在「もう一体のアマッドネス」が彼女とともにある。
これについても清良はすでに知っている。
「あれ? お兄ちゃん話してなかったの? 今日からしばらく女子高生になるんだって」
「はぁ?」
友紀は素っ頓狂な声を上げた。
無理もない。
耳を疑う一言だ。
とはいえど女子に変身できる肉体。ない話ではないか、それでもやはり驚く。
(どうせ調査だけよ。三人もそろっていれば十分)
頭の中で言い訳しながら電車に揺られるセーラ。
バイクで登校してはあまりに目立つので、公共交通機関を用いての移動だ。
(だから友紀に教えなくてもいいわ。恥ずかしいじゃない)
駅を降りて慣れない学園への道を確認しつつ歩いているセーラ。
(セーラ様。その道をまっすぐです)
彼女の脳内に声が響く。
いわゆるテレパシーで会話してるのはセーラの使い魔。キャロル。
普段は何の変哲もない黒猫の姿。強いてあげると首輪がやや一般的ではないデザイン。
このキャロル。黒猫は仮の姿。
その正体は人造生命体で、神話の時代には翼をもつ白馬……天馬としてセーラとともに戦っていた。
(キャロル。変わった様子はある?)
(特に見当たらないです。ドーベル。ウォーレン。そっちはどう?)
(こちらも何もない。少なくとも現時点で変化しているアマッドネスはおりません。ブレイザ様)
途中から彼の主に対する報告になっていた。
ドーベルの名が示すとおりドーベルマンの姿をした使い魔はブレイザの配下だ。
(空からも見えねぇな。あっ。おい。ジャンス。いくら女子高生で通せるのが嬉しいからってスキップはやめろ。目立つだろうが)
カラスを模したウォーレンは主に対してダメ出しをしていた。
三人の「戦乙女」たちは蒼空学園の正門前で合流した。
「お二人ともいいですか? 今日から女の子としての学生生活が始まりますよ。ああ。夢のよう」
本来の押川順の時から女子としての要素が強いジャンスは、まるまる女子として過ごせるのを本当に夢見ていた。
「わかってるわよ。ここまできたら完全に割り切るわよ」
もう完全に女子に切り替わっているので、抵抗も薄らいだセーラ。
「そうですわね。ここではとりあえず別の女子として通わねば」
平たく言うと偽名を用意していた。
蒼空学園。2年D組。それがセーラの当面のクラスだ。
「今日からこの学園に通うことになりました高石聖奈です。よろしくお願いします」
本名をもじっての偽名だ。うっかり本名で呼んでもごまかせるようにという狙いだ。
偽名まで使っているその割には、制服以外は通常と変わらない。
いうまでもなくセーラの装備である赤と青のガントレットは、右に赤い、左に青いリストバンドに変えてつけていた。
「みんな仲良くしてあげてね」
優しそうな担任。木上以久子の言葉に「はーい」と返事をするクラスの面々。
「それじゃ席はあそこ。あの二つお下げの女の子の後ろがあいているわ」
「はい」
言われたセーラ。いや。ここでは『聖奈』と呼ぶことにする。
聖奈は言葉に従い席を目指す。
目印にされた「二つお下げの女の子」が手を上げる。こっちだという意味だ。
聖奈はそこに着くと会釈して着席する。
遠くからでもよくわかったが、近くで見ると「ものすごい」レベルの美少女だ。
本来は男とは言え現時点では女の聖奈なのに、思わず見惚れて赤くなる。
「よろしくね。わたしは高嶺まりあ。聖奈さんって呼んでいい?」
甘ったるい声をしたツインテールの美少女はやたらにフレンドリーだった。
「あ。はい。よろしくです」
女子高生として侵入しているゆえやや態度が硬い聖奈。
それが初々しい女の子に見えた。
「あの……初めまして。槙原詩穂理です」
右隣の眼鏡をかけた黒髪の少女が挨拶をしてきた。
「あ。はい。初めまして……」
絶句した。その詩穂理という少女の胸元が、あまりに立派だったからだ。
(ジャンスより大きいわね。すっごぉーい)
「よっ。あたしは綾瀬なぎさ。よろしくねっ」
後ろの席のポニーテールの長身の少女が小声で言う。
「はい。よろしくです」
初対面だが「体育会系」と感じた聖奈は、なんとなくだが親しみを覚える。
「類は友を呼ぶ」というやつか。
「ほら。美鈴も」
なぎさが勧める。聖奈の左隣の小柄な少女。短い髪だがリボンで飾りつけているので華やかに見える。
「は、初めまして。南野美鈴です。よろしくお願いします」
同世代なのにやたら緊張した様子。
「あ。はい。こちらこそ」
気の小さな女の子なんだなと聖奈は解釈した。
「はい。挨拶は休み時間にね。ホームルームを始めますよ」
やんわりと担任にたしなめられて舌を出すまりあ。
そんな仕草ですら愛らしい。
(この子たちと友達にか)
思えば清良としてもセーラしても戦いの日々だった。
こんな風に友好的なのは新鮮だった。
(悪くは……ないかも)
2年A組。ここでも転校生が紹介されていた。
「初めまして。押村順子ですっ」
元気のいい挨拶はジャンスだった。
ここでは押川順をもじって押村順子と名乗っていた。
ちなみにこの偽名だが「どうせ女の子で通すなら『子』のついた名前にしたい」という思いからついた物だ。
「はいっ。質問ですにゃ」
担任を無視して一人の女子が質問をしてきた。
二つの三つ編みお下げに眼鏡だった。しかしそれ以上にインパクトのあるものに軽く驚くジャンス……順子。
質問されたことではなくその少女。里見恵子が頭にネコミミをつけていたことにだった。
明るい色の髪。三つ編みおさげが二つ。眼鏡が野暮ったいが、どことなくネコミミのせいでコスプレじみている。
「好きなカップリングは?」
間違っても初対面の相手にするような質問ではない。
「シーザー×ジョセフ」
このとんでもない質問に真顔で即答だった。
女の子としての設定として、元々オタク故「腐女子」という設定にした順子。
いきなりそれが役に立った。
「おお。シージョセですかにゃ。あたしもだにゃ。あたしたち、気が合いそう」
いきなり友人。それも「腐女子仲間」が出来てしまった。
(これはいい。お友達ができれば楽しくなるわ)
普段なら「情報収集が楽になる」とでも考える「ジャンス」だが、やはり女子として過ごせるので舞い上がっているのか優先順位が変わっていた。
C組では……
「わたくしの名前は糸井麗華ですわ。よろしくお願いいたしますわ」
平常運転のブレイザだった。「伊藤礼」をもじって「糸井麗華」と名乗ったが、その「麗華」という名前が恐ろしくしっくりくる「お嬢様」ぶりだ。
その「お嬢様」ぶりにカチンときた人間もいた。
「随分と気取った態度だな。一期一会の心を知らんのか?」
長い黒髪を無造作に縛った「いかにも武闘派」な雰囲気を醸し出す少女だ。
長身で派手さはない。和風の顔立ちだ。
「千利休のお言葉ですね。戦国の世とあらば今朝あいさつした相手が、夜には戸板に乗せられて無言の帰宅もあり得ました。だからこれが最後かもしれないという思いでもてなせと」
「そこまでわかっていたなら何故あのような居丈高にふるまう」
「そうおっしゃられてもわたくし、あれが普通ですのよ」
嘘は言ってない。
「言葉でだめなら、こいつで語るしかなくなるが」
どうしてそこまで突っかかるのか彼女自身わかってない。
そして突っかかっているのに、どういうわけか楽しくなってきている。
「わたくし、剣は少々は嗜みますが拳は振るいませんわ」
ブレイザこと麗華もやり返す。C組の面々はハラハラして見守っている。
担任も注意できない緊迫感だ。
だがそれを破ったのは当の突っかかった本人。
「はははっ。面白い奴だな。お前。なんとなく『できる』と思ったが、どうやらあたりのようだな」
少女は立ち上がって教壇にいる麗華に歩み寄る。
「私の名前は芦谷あすか。女子空手部の主将だ。困ったら私を頼れ」
「お気遣い恐縮ですわ」
武人同士で通じ合ってしまった。
転校生といえば恒例の質問攻め。聖奈も例外ではない。
ある程度はぼろが出ないように本当のことも混ぜる。
「前の学校はどこなの?」
「福真高校です。ご存知ですか?」
「ううん。知らない」
(どうせ23区じゃないし……)
軽くへこむ聖奈。それなりに愛校心はあった。
「どうしてこっちへ?」
「ちょっとそれは」
この言い方だと前の学校で何かあったととられるが別にかまわなかった。
むしろ「男よけ」にするつもりだった。
いつもは戦闘中だけ女子化するセーラたち。
それが学園内では登校から下校までずっとといつもの比ではない。
そうでなくても精神が女子化するのだ。
男に言い寄られたらよろめきそうだった。
だから勘違いされた方が好都合だったのだが――
「高石君。聖奈ちゃんって呼んでいいかな?」
「あ。はい」
本来は男でありながら、精神が女性化しているせいか、その美少年に不覚にもときめいた。
無理もない。金髪こそブリーチして作り上げたものだが、その端正な顔は本物。
サッカーで鍛えて無駄な肉のないボディも、女子に好印象を持たれるには十分だった。
「僕は火野恭兵。よろしくね。聖奈ちゃん」
(あ。女ったらしだ)
そのなれなれしい笑顔に男と女両方の感覚で察した。そして警戒した。
「もう。キョウ君たら」
なぎさが強引に引きはがしにかかる。
女子たちが騒ぐ。
恭兵のファンである彼女たちにしたら、彼が興味を抱いた聖奈は危険な存在。
まっさきになぎさが動いた。
「ちょ、おま」
「幼なじみのあたしには、あんなふうにしてくれたことないのに」
「なじみが深すぎて今更お前に女を感じるか。新しい女の子にはとりあえず声をかける。それが僕のポリシー。奇跡の出会いかもしれないだろ」
言い終わると別口の女子たちにもみくちゃにされ、引きはがされるなぎさと恭兵。
なぎさはさみしそうな表情になる。
なんとなく関係性を理解した聖奈。
今度は赤毛の少年が聖奈にアプローチしてくる。
「よっ。オレは風見裕生。よろしくな」
鍛えている雰囲気が全体から漂う。
ただアスリートという印象でもない。
それになんだか無駄に動きが大きい。
「あっ。はい。こちらこそ」
本来の清良ならにかっと笑って握手でもするところだが、現在の少女である聖奈はそこまでしない。
「ところでさ、高石。アクションに興味ねーか?」
「アクション?」
「そっ。特撮なんかでのスタントマン。ちょっとごめんよ」
いきなり聖奈の手を取る。
小さくてすべすべした華奢な白い手だ。
「……あー。映像は映像でも顔出す方だな。運動できるようにゃみえねーや」
実際は何体もの怪人と闘い、これを倒してきた手ではある。
ただし変身のたびに再構築されるので「肉刺」とか「タコ」もない。
そして腕力ではなく、その身に宿した魔力で倒すので、確かに手は女の子そのものの華奢さであった。
「ヒロ……風見君。いつまで手を握ってるんですか」
硬いという印象のあった詩穂理が、冷たさすら感じさせる口調でたしなめる。
明らかに気分を害している。
「なんだよシホ。よそよそしいなぁ。その呼び方。いつものように頼むぜ」
だがまだ手を握ったままだ。
「だからいつまで他の女の子の手を握ってるんですか!? ヒロくん」
「他の女の子?」
女子が過敏に反応した。
はっと我に返る詩穂理。
「や、やだ。私ったら」
赤くなる。明らかなヤキモチに恥じ入る。
(ふーん)
今度は『女の直感』で詩穂理と裕生の関係を察した聖奈である。
「ねえねえ。君、男っぽいとか言われない?」
そういってきたのは女と見惑う美少年であった。
やたらに愛想のいい女性的な笑顔が、そう思わせる。
(随分となれなれしいわね。女好きなのかしら?)
現在は女子そのものの聖奈が心中で眉をひそめる。
「優介っ。失礼じゃない」
まりあがたしなめる。
男っぽいと言われて認める女子はいても、喜ぶ女子はいるわけないのでそれも当然。
「うーん。なんか男の子っぽく思えたんだよね。ぼくの美少年センサーが誤作動でもしたのかな?」
「そうだよねー。水木君は男の子が好きなのに変だと思った」
クラスメイトの女子の一人がいう。聖奈……セーラ。いや。「清良」は軽く引く。
(もしかしてホモ? それに目をつけられちゃった? あ。でも今は女だから大丈夫かな?)
女性化を嫌がる清良も、この時ばかしは「女でよかった」と心から思った。
「優介。女の子に迫るんだったらわたしにしたら?」
「嫌だね。お前は元々から女じゃないか」
(もともとから女!?)
たわごとと聞き流せない言葉だった。
(普通は言わない言葉よね。どうやら性転換事件は本当のようね)
聖奈は笑顔を作って推理しているのをごまかした。
「優介が女の子になっちゃったらわたしも悲しいわ。そうなる前にわたしと」
じりじりとにじり寄るまりあ。逃亡の構えを見せる優介。だが
「高嶺まりあ。男子を追って廊下を走るなど、生徒会が許さない」
一人の「女子」が立ちはだかる。
髪は長いがどこか中性的である。胸も薄い。
真新しい女子制服をまとっていた。
『生徒会』と言われたまりあはおびえた表情を見せる。
目が泳ぐ。そしてかすかに震える声で
「は、はい。わかりました」
従順な態度であっさりと引き下がる。
新参の聖奈にも異様に映る光景。
「ねえ。この学校の生徒会ってそんなに厳しいの?」
聖奈は傍らの美鈴に訪ねる。
「せ、生徒会のことは聞かないで」
涙をにじませて拒絶する。異様な光景だ。
「ちょ、ちょっと。あたしはただ聞いただけよ?」
何の変哲もない質問のはずである。
「ダメなんです……生徒会には逆らえません」
「特に会長の瑠美奈様。そして三人の側近には」
まるで雪降る中に裸で出たかのように、体を震わせる詩穂理となぎさ。
美鈴を含めたこの三人も異様に恐れていた。
(なんだか本能的レベルの恐怖みたい。そしてあの女は多分……)
「奴は生徒会の人間だ」
答えた形は美鈴がすがりつく雲つく大男。大地大樹。
いかつい顔立ちと丸太のような手足。
地の底から響く声で、清良としても身構える巨漢だ。
だがそれよりもっと驚かせる言葉が続く。
「そして元は男だった」




