第一章
「不味い酒、下らん会話、だらだらといつまで続くんだ? 誰かが脱ぎだすまでか?」
旧七林道脇の草原に建てられた、巨大な簡易式テントの中である。
維砂理は美しいと言っていい端正な容貌に、周囲をバカにしきった表情を浮かべた。
テントの中には、桐縞開発会社の専務を筆頭に、十数人の男女がそれぞれにアルコールの入ったグラスを手に談笑していた。
強化繊維で出来た長袖で様々な幾何学模様を編み込まれたやや大き目の上着に、ショートパンツという姿の伊砂理は十七歳。すらりとした身体付きで、容姿は意地が悪そうな目をしており、短めの黒髪を後ろで束ねている。
「いえいえ、楼詩宮のほうから来るのが族長と聞いていたので、待っているのです」
専務の灰司は、猫背の中年で眠たそうなとぼけた様子だった。
族長という言葉をおそらく、この男はわざと使ったのだろうと、伊砂理にはわかった。
一応、楼詩宮という都市名を使っているが、黙っている訳にはいかなかった。
「我々は、楼詩宮の正統な血を受け継いでいる。商人の使い走りから、族長などという野蛮な言い方をされる覚えはない」
「あー、そうですか。それは失礼しました。で、族長はいつお越しになられます?」
灰司は聞いていたのかいなかったのか、のんびりとした口調で表情も変えない。
訂正もしない。
本来、この程度で気分を害する維砂理ではなかった。
未だ、時間に来ると言っていた楼詩宮軍の中核だった赤汽隊の隊長が、姿を現さない。
桐縞開発会社が、旧大陸帝国の首都で今は廃墟となっている楼詩宮を再開発の乗り出すという話をまとめる会談の場なのである。
必要ないと、維砂理は戒めていたのだが、本人はきかずに出席すると桐縞に返事をしていた。
テントの中は隅に事務用の机があるが、幾つも置かれたテーブルには、山海の料理と酒が所せましと乗せられて、参加者たちが楽し気に談笑していた。
全員が、桐縞の関係者である。
赤汽隊からは、先に来た維砂理一人だ。武装したさせたマテリア・フレームを無人四脚砲に組んでいたものは十機ほど持ってきている。あとで、隊長が護衛とともに来るという話なのだが。
あるいは、どちらかに嵌められたか。
あの、昼間に縁側でお茶でも飲みながら空を眺めているという、牧歌的でのん気な彼の表情を思い出す。その、平和そうな口から「始末しろ」という冷酷な言葉が出てないとも限らない。
維砂理は初めから片隅で考えてはいた。問題は、彼がまったく行動が読めないタイプの人間だということだ。
予定がある時には、いつも維砂理が悩まされる点である。
「専務ごときじゃ、話にならないと考えを変えたのかもしれないな。社長を今から呼んでくれるか?」
時間稼ぎのために、維砂理は無理を言い出した。
「今からですかぁ……」
灰司のぼんやりとした目には、なんの感情もこもっていない。
「あと、本気で開発したいなら、族長呼ばわりは許せることではないな」
「では何とお呼びしましょうか?」
「皇帝だ」
「……それはまた……」
驚きもしなかったが、反応には間があった。
ただ、続きの言葉は維砂理の予想外のものだった。
「では、わが社は、帝国顧問機関ということになりましょうか?」
「顧問機関……?」
「ええ。まだ都市を開発した後の事は話し合う必要はありますが、まあ、提案するとした場合の一つの考えでもあると思っていてください」
どいつもこいつも、どこまで本気なのか。
「五都市が黙っているのなら、灰司専務の提案として大々的に発表するのも良いかもな」
維砂理は皮肉に笑む。
「まぁ、彼らがどんな反応するのかは、怖いところではありますけどね」
ウソを付けと維砂理は内心思った。
桐縞開発会社はその営業人脈を使って、五都市とは有利な関係を結んでいるところだ。
表立っての反対意見などは出ないだろう。
ただ、その代わり、都市の庇護下にある匪賊たちは別である。
彼らは裏で都市に影響を与えている、様々な勢力で、ひとくくりにするには難しい。
言えることは都市や会社、元帝国の生き残りなどよりも、よっぽど自由がきき、様々な思想を持っているというところだった。
「すでにどこかが動いているじゃないのか、灰司専務?」
維砂理はあえて、強めの口調にした。
相手は、軽く首を傾げながら、さぁ、と、曖昧な表現をする。
「我々が五都市の勢力全てを管理下に置けているわけではありませんのでね」
「案外、影響力は強くないんだな」
「残念なことに」
灰司は自虐的に笑ってみせた。
ガス灯が規則正しく延々と並んでいる竹林街道の北部だ。
フロントガラスだけがまともな外装をして、あとは中身がむき出しといって良い電気自動車が、一台、停まっていた。
瑞稀は夜の冷気を嫌い、発電機の傍にくっつくようにして、座っていた。
赤く染めたセミロングの髪をやや低い位置の両端を縛り、紫色のパーカーに白いダメージハーフパンツをはいている。肩の左からシルバーの鎖を腰の下まで垂らし、腰の右からも脛まで同じものをぶら下げていた。
小柄で華奢な十六歳である。
「さっぶい、さっぶいよ! ねぇ、珂露ぉ、焚火してもいいよねぇ?」
少し離れたところで土と雑草の上に胡坐をかいて、空を眺めている少年は、目だけやってうなづいた。
黒色の地に白い跳ねたようなぼかしが入った強化繊維のコートに、黒いシャツとワイドパンプをはいている。
灰色の髪をして、シルバーの月をかたどったピアスをしていた。
瑞稀ほどではないが、やや背の低くて華奢な中性的な少年だ。
夏とはいえ、この地域の夜は冷える。
許可を出して、また視界から車と少女を外す。
彼は広く四方の気配を探るのに集中していた。
意識を張り巡らせた一方で、反応があった。
期待したものではなかったが、意外といえば意外なものだ。
人数は一人。
丸い円のような帽子をかぶり、黒と碧の楼詩宮の着物を来た細くて背の高い男だ。
二百メートル程、先の街道だ。
確実に、普通の旅人の類な恰好ではない。
街道沿いはところどころに岩が転がっていたり、木が生えていたりと、ところどころに遮蔽物がある。
男は狙撃銃を背負っているようだが、瑞稀としてはそんなものを使ってほしくはない。
突然、背後で空気が破裂したかのような音が鳴った。
同時に、瑞稀の驚いた声が上がる。
見ると、フレームの形にパーツをまとめられていた電気自動車が、火の玉のように燃えて黒煙を吹いていた。
「なに、してる?」
冷たく醒めた低い声だ。
「うん、焚火」
ヘラヘラとした笑みをたたえて、瑞稀はどうだと言わんばかりだった。
「派手だ」
「でっしょ? どうせ、ウチらの物じゃないんだし。あと、これ」
燃える自動車の中で、何か異質なものが蠢いた。
黒い人のようなものが、四体ほど這って出てくるところを瑞稀は左手で指さした。
電影だ。
ひとりうなづいた瑞稀は右手にいつの間にか持った拳銃で、迷うことなく、弾丸を二発づつ撃ち込んだ。
すぐに拳銃はホルスターに納められたが、あまりのりの素早さに、珂露でもなければ急に現れて消えたとでも思うところだろう。
身体中に細い日々のような光を走らせた電影は、動きを止めてそのまま炎に巻かれていった もう珂露は彼女をみていない。
真っすぐ、街道をやってくる男に視線を集中させていた。
「敵だね。だってさぁ、ドイツか分からないけど、助手席乗ってる時、お尻さわられたんだよ?」
「それだけ?」
「それだけぇ!? 最悪! そりゃ、ホルスターから拳銃を持っていかれそうになったけど、それよりも、お尻でしょ!?」
憤りをそのまま声に乗せてくる。
珂露は一瞬だけ、車を呑み込んでる炎に目をやった。
「高いケツだ」
「じゃあ、珂露は自分のちんこをおっさんに握られたら、どうすんのさ?」
「殺す」
簡潔に断言した。
「じゃあ、同じだと思ってよ」
面倒くさいので、珂露は返事をしなかった。
何も言われないのを良いことに、瑞稀は重い息を吐く。
「大体、お尻さわりながら、拳銃奪おうとしてるとか、敵に決まってるよ」
ならば桐縞は、初めから嵌めようとしていたのだろう。
珂露自身はただの瑞稀のパートナーだが、瑞稀は旧楼詩宮帝国の秘密組織イカヅチの一員だった。
イカヅチは、帝国の大陸支配の時代、冷酷非道なままに暗殺を繰り返していた悪名高い集団だ。
帝国の徹底破壊による崩壊から四年が経ったが、その悪名は楼詩宮の独裁支配の圧政を象徴するものとなっている。
当時、まだ十二歳だった瑞稀だが、小さな子供の方が対象は油断するときもある。彼女は、イカヅチ内部では、残虐さでダントツに名前が上がるほどだった。
活動歴は二年間しかなかったが。
楼詩宮崩壊後、イカヅチ・メンバーは姿を隠した。
帝国の暗部を表ざたにして、その支配を邪悪な行為とするためには、イカヅチは恰好の宣伝材料となっていた。
帝国を破滅に導いた勢力が、捕まえたメンバーを死ぬまで拷問を受け続けるさまを、ニュース番組の特集で流すほどに。
その勢力とは、五都市連合と呼ばれる諸都市国家群だ。正確には五都市連合機関サン=フールという。
今の仕事は、イカヅチの名前を使わずにいる瑞稀と、珂露が属している個人的な特殊工作事業探偵事務所に桐縞開発会社から入った依頼だった。
楼詩宮の残党である赤汽隊の隊長が現れた場合に、始末をしてくれとのことだった。
自動車を用意したのは、桐縞だった。
「珂露、あいつさぁ……」
瑞稀も気づいたようだ。
寡黙な少年はただうなづく。
相手は真っすぐこちらに近づいてくる。
ゆっくりと無警戒な様子のまま、歩きながら。
「元・イカズチのメンバーだな?」
十メートルも離れていないところまで来た男は帽子の長い鍔を指で軽く上げ、燃えている車の傍に立つ少女に鋭い目をやった。
「……ああ、誰かと思ってたら、紅愚ってやつか」
瑞稀は、よく知った相手に不敵な笑みを浮かべる。
知っているが、仲間ではない。そして、面識もない相手だ。
何故名前がわかっているかと言えば、イカヅチ狩りで名を大々的にだしている、サン=フール・メンバーだったからだ。
紅愚は少年を見ると、やや驚いたようだった。
「ほほぅ。面白いなぁ。こんなところで何しているんだ、珂露?」
「……仕事」
簡潔に答える。
「奇遇だな。俺も仕事でねぇ。丁度いい、俺は運がいいな。電影師よ」
珂露は軽く鼻を鳴らす。
そろそろ良いだろうと、判断を下す。
珂露から伸びた影が、もう一枚、スライドするように増えた。電影とよばれるものだ。
彼が動いていないのに、その影だけが腕を動かして印を結ぶ。
瞬間で拳銃を珂露に向けた紅愚に瑞稀が間合いを詰めていた。
舌打ちして、もう一方の手に握った拳銃で狙らう。
瑞稀は彼の両腕を下からすくい上げて、銃口を顔面に突き付ける。
引き金が引かれる寸前に、紅愚は鋼鉄の帽子を下げて、弾丸を弾き返した。
彼らは自身が何もない狭い正方形の空間にいることに気づいた。
空気や足元の感覚が違い、外に見える風景が平坦だ。
珂露の影が、彼らを隔離した空間に閉じ込めたのだ。
脇に膝蹴りを入れた瑞稀は、一瞬止まった身体の胸に銃口を当てた。
すぐに腕を叩き落される。
瑞稀は軽く横に一歩ずれた。振り下ろしてきた腕の先に盛った拳銃が、腹部を狙って弾丸を発射したのだ。
間一髪でよけた瑞稀はその腕を脚の膝裏で挟んで固定し、肩口の着物を掴んで引き寄せると、銃口で喉元をえぐるようにする。
もう一方の腕で払われたが、弾丸は首筋に細い跡を残した。
拳銃で握った拳で瑞稀は顎を下から突き上げて、腕が緩んだ所を胸部に蹴りを入れた。
瑞稀の小柄な体は、後方に吹き飛んだ。
珂露はすぐに瑞稀の倒れた位置を紅愚よりも高くして空間の段を造り、銃で狙えなくする。
紅愚は頭上に浮くように転がった少女から、珂露に目をやって鼻で笑った。
意味がわからなかったが、すぐに気づく。
暗い竹林街道の向こうから、素早い稼働音が大量に響いてきた。
四脚砲の大群だ。
紅愚はただの斥候だったのだろう。
マテリア・フレームには、旧帝国の特徴的な模様が描かれた衣装を来ている男女が跨り、珂露たちの方に向かってきている。
紅愚になど構ってしまったのが間違いだったと後悔した珂露は、舌打ちする。
ざっと数は五十機ぐらいか。
まだ見えなくとも、音の規模で何となくはわかる。
珂露が持つ電影はあと三機。
五十機はおそらく前衛だろう。続いて本隊が来るはずだ。
一気に賭けにでるか?
珂露は瑞稀と紅愚を囲んでいる空間を解放した。




