6. 廃墟めく商業施設/消えた老夫婦
その商業施設は交差点の片隅にある。人通りの多い場所にある割には寂れているし人によってはその存在を認識してさえいない。外壁は老朽化して醜く色褪せ、窓という窓はすべて汚れている。駐車場にはいつもあまり多くの車は停まっていない。廃墟愛好家が間違えて訪れたことがあるという話を聞いたことがある。
僕が普段買い物をするスーパーマーケットはそんな廃墟めいた商業施設の1階にある。そのスーパーだって別に品ぞろえがよいわけではないし、照明は暗いし店内は狭く雑然としているし清潔とも言い難い。でも値段は安く、売られる品物に特に問題があるわけでもないから、いつも僕はここで買い物をしているのだった。何よりここが一番僕の家から近いのである。
従業員は誰もがどことなく沈んだ顔つきをしているが、ときどき異様なほど愛想がよいおしゃべり好きな人もいて、もし何かの用があって声をかけた従業員がそんなタイプだった場合には、おせっかいな説明のために無意味に時間を奪われてしまったりする。そんな場合でも決して不機嫌な様子を見せたりしないほうがいい。適当に相槌を打ちながら相手の話を聞いておくほうが無難である。このスーパーでは不機嫌な顔をしないほうがいい、ということを僕はあるとき学んだ。詳しく語ると長くなるので避けるがそれで一度ひどい目にあったことがあるのだ。
食材を購入してレジでお金を払い買い物を終えた。そのあとすぐには帰らず建物内を適当にうろついた。そうやって用もないのにこの商業施設の中を歩きまわりたくなることがある。時代遅れの写真屋や衣料品店や薬局といった店舗があるが、どこもめったに客は来ないらしく、従業員は退屈そうにスマートフォンを眺めたり、しょっちゅう席を外したりしている。
空きテナントの数がまた増えている気がした。いつだったかスーパーマーケットのおしゃべりな店員が話のついでに語ってくれたところによると、昔にはこの商業施設が人であふれかえっていた時代もあったのだという。当時には(それはおよそ50年ほど前であるということだった)どのフロアのテナントも隙間なく埋まっていたし、1階のホールでは毎週のようにイベントが催され大勢の子供たちが集まっていたという。今の廃墟のような姿からは想像もつかない。その頃には人々はこの建物を「デパート」と呼んでいたのだ。今では誰も冗談でさえそうは呼ばない。現在ではこの場所で子供の姿を見かけることはまずない。親たちはむしろ子供たちをこの場所に近づけないように気を配っている様子さえ見受けられる。
遠くない将来この商業施設は完全な廃墟と化すだろう。そうなる前になるべく多くの時間をこの場所で過ごしたいという奇妙な欲求が、僕の中にはある。それは失われ滅びゆくものへの憧憬とも呼ぶべき感情かもしれない。
ある通路の曲がり角を曲がったとき、前を歩いていた老夫婦が突然姿を消した。歩く速度を考えると彼らが突き当りの出口までそんなに早くたどり着けるはずもないし、通路にはトイレも階段も非常口もない。つまり隠れられそうな場所はなかった。ずいぶん不思議なことに思えたので僕は建物の管理者か誰かに報告しようと思ったが管理者がどこにいるのかわからず、結局スーパーマーケットに戻って店員の一人に知らせた。店員は驚く様子もなく、あとで伝えておきます、と面倒そうに言った。まるで過去に何度も同じようなことがあってうんざりしている、といった様子だった。
それ以上僕にできることはなかったし、気にしても仕方ないので家に帰った。




