第8話:不沈の巨躯(タツタヤマ)
『からくり空手』
第8話:不沈の巨躯
「東——元関脇タツタヤマ、桑原洋己!」
アリーナに地鳴りのような歓声が響く。リングに上がった桑原は、もはや人間というより動く城塞だった。からくり相撲時代の超高密度合金をベースに、レスリング用の柔軟な駆動系を組み込んだハイブリッド型装甲。対する安道 嵐は、前の試合のダメージが残る『クロオビ』の出力を調整しながら、その巨大な壁を見上げた。
「ガキ。打撃は『点の攻撃』だが、俺のは『面の破壊』だ。アンディに免じて、一本だけ骨を残してやるよ」
桑原が腰を落とし、土俵際を思わせる仕切りの構えを取る。リングの床が、ミシミシと悲鳴を上げた。
試合開始と同時に、嵐は三浦直伝の浸透を拳に込め、桑原の分厚い胸板へ叩き込んだ。衝撃は装甲を透過し、内部を揺さぶる。だが桑原は一歩も退かない。それどころか、叩き込んだ嵐の拳を、からくり筋肉で挟み込み、固定した。
「重いな。だが、関脇の突っ張りに比べりゃあ、そよ風だぜ」
巨大な掌が嵐の肩を掴み、そのまま軽々とマットへ叩きつける。そして桑原の動きが、相撲の剛からレスリングの柔へと滑らかに移行した。倒れた嵐の腕を取り、足を引き込み、関節の可動域を限界まで捻り上げる。
「装甲ごと、お前の神経をブチ切る」
アキレス腱固め、腕ひしぎ。『クロオビ』のフレームが、ギリギリと嫌な音を立てて歪んでいく。観客席のミルカラスが、退屈そうに目を細めた。「決着だな。相撲取りに捕まった空手家に、明日はない」
「……まだだ、離せぇっ!」
嵐は極められた腕に全マブイを集中させ、強引に爆発させた。一瞬の隙をついて桑原の巨体を蹴り上げ、距離を取る。だが桑原は不敵に笑い、両腕を大きく広げて突進した。嵐の腰回りがガッチリとロックされる。
「四天王アンディへの、手向けだ。……『マブイ・鯖折り』!!」
桑原が、嵐の腰を起点に全身の出力を一点へ集中させる。『クロオビ』のメインフレームがパキパキと砕け始め、嵐の視界に火花が散った。
(死ぬ……本当に、折られる……!)
意識が遠のく中、嵐は三浦の沖縄空手を思い出した。浸透は、拳で放つだけではない。全身を一つの振動体に変え、触れている箇所すべてから衝撃を流し込む——。
(捕まっているなら……こっちからも、触れているってことだ!)
嵐は、自分の全身のマブイを逆流させた。桑原のからくり装甲の内側へ、超高周波の浸透波として叩き込む。
ズガガガガガッ!!
「なっ……何だとっ!?」
締め上げていた桑原の腕が、制御を失って弾け飛んだ。内部のマブイ機関が共鳴を起こし、オーバーヒートする。
「……今だぁぁっ!」
嵐は砕けかけた体を奮い立たせ、桑原の顎めがけて魂を込めたアッパーを放った。水汲みで鍛えた足腰のバネ、そして三浦から盗んだ浸透の極意が、一点に収束する。
ドォォォォンッ。
巨漢の体が宙に浮き、そのままマットに沈んだ。
「勝者、安道 嵐!!」
静まり返るアリーナ。嵐は壊れた『クロオビ』を支えながら、辛うじて立っていた。
倒れた桑原が、朦朧とした意識の中で天井を見上げ、小さく笑った。
「……タツタヤマを、投げ飛ばしたか。アンディ、いい甥を持ったな」
『クロオビ』はもはや限界だった。しかし、嵐の瞳に宿るマブイは、かつての四天王たちに勝るとも劣らない輝きを放ち始めていた。決勝の相手は——後藤。そしてその背後には、ミルカラスが控えている。
嵐の体はボロボロだ。だが、その足は、確かに前を向いていた。




