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からくり空手  作者: 水前寺鯉太郎
第3部

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74/84

第74話:激闘(1)

 二〇二六年、六月下旬。駒沢オリンピック公園体育館。

 突如訪れた静寂は、死の匂いがした。全電源が『バシュタール』の強力な電磁パルス(EMP)によって遮断され、非常灯すら点かない闇の中、アリーナを照らすのは格闘家たちの機体から漏れる青白い「マブイの燐光」だけだった。

 「嵐さん……! 身体が……溶接されて……っ!!」

 リング中央で、佐藤が銀色の腕に拘束され、絶叫している。だが、彼の悲鳴はバシュタールが展開する磁界領域の中で減衰し、霧の向こう側の出来事のように遠い。

 嵐が飛び出そうとした瞬間、彼のバイザーに赤いノイズが走り、強制的なメッセージが表示された。

 

[ADMIN_FORCED]:安道 嵐 ―― 不戦勝(BYE)。

査定完了まで、貴殿の介入を凍結ロックします。

 「……野郎、俺を隔離して、あいつらを『選別』するつもりか!」

 嵐の機体『絶空』が、外部からのハッキングによって身動きを封じられる。その絶望の中で、暗闇のリング上に、二つの巨大な燐光が浮かび上がった。

 第一試合 遠野 対 マスターイップ。

 システムの管理を離れた、死の野試合。だが、七十二歳の老師イップに怯えはない。

 「始め!!」

 遠野が大地に根を張る。梅雨の湿気を含んだ空気に、自らのマブイを飽和させ、攻撃の「中心」を消す『雲隠くもがくれ』の構えだ。対するイップは、静電ポテンシャルの僅かな揺らぎを読み取りながら、音もなく距離を詰める。

 イップの指先が、遠野の装甲を撫でた。

 「ヒット、1点」

 闇の中でイップの声が冴える。彼は指先から微細な電界を放ち、遠野の霧の誘電率 \epsilon の僅かなムラを、触知センサーの感度を超えた「武の勘」で特定していた。

 「クリーンヒット、2点」

 「……そこを見つけたか」

 遠野が呻く。利き腕である右肩。無意識に攻撃を準備するマブイの「熱」が、そこだけ霧の密度を希薄にさせていた。

 

 【遠野 07 - 09 マスターイップ】

 残り一分三十秒。バシュタールの磁気干渉が強まり、遠野の制御系にノイズが走る。

 (右肩を意識すれば、そこが標的になる。ならば――)

 遠野は自らの出力制御を「意識」から切り離した。機体各所の出力をランダムな微細振動ホワイトノイズに委ねる、文字通りの『から』の状態。

 イップが再び右肩へ触れる。だが、そこにはもはや「解析可能なデータ」は存在しなかった。

 「……面白い。自分をノイズそのものに変えたか!」

 「クリーンヒット、遠野! 2点!」

 闇を裂く、遠野の重厚な正拳。衝撃波が体育館の湿気を一瞬で気化させ、ドライな衝撃がイップの細身を捉えた。

 【遠野 09 - 09 マスターイップ】

 「最後は正面でいこう。……バシュタールの磁界を、我らの拳の共振で叩き割るぞ」

 「望むところです!」

 マスターイップの連環拳が、暗闇の中で幾千の火花を散らす。一発ごとに遠野の機体の固有振動数を探り、内部から「磁気結合」を解除しようとする達人の業。遠野は全身の霧を鋼の雨へと変え、一発ずつ、大地の重みを乗せて打ち返した。

 バシュタールの咆哮と、二人の達人の衝突音が重なる。

 

 タイムアップ。

 【最終スコア:14 - 15。――勝者、マスターイップ】

 遠野はその場に膝をつき、激しい排熱を霧雨の中へ吐き出した。

 マスターイップが近づき、その節くれだった手を遠野の肩に置いた。

 「遠野くん。君のノイズは、バシュタールの『定数』を揺さぶった。……一週間後、私の道場に来なさい」

 「来週も……大会があるのですか」

 「ない」

 イップは暗闇に光る銀色の死神を指差した。

 「あいつの『溶接』を無効化する、超高周波の共鳴打撃レゾナンスを教える。……香港まで来る必要はない。私のマブイを、その身体に今、焼き付けてやる」

 遠野は深く一礼した。バシュタールに捕らわれた佐藤を救うための、それが唯一の希望の光だった。

 

 「……ぜひ、お願いします」

 嵐の凍結された視界に、新たな通知が流れる。

 

[NEXT_PHASE]:第二試合 ―― 佐野 対 井上康成。

逃亡は、死を意味します。

 六月の駒沢。システムの崩壊した闇の中で、少年たちは「選別」という名の真の地獄へと、足を踏み入れようとしていた。

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