第59話:桑原部屋の猛者たち
『からくり空手』
第59話:桑原部屋の猛者たち
両国。
隅田川の近く、古い倉庫を改築した桑原部屋は、外から見ると相撲部屋なのかからくり空手道場なのか判別がつかない建物だった。正面の看板には「桑原部屋・からくり格闘研究所」と書かれている。
嵐が門を叩くと、巨大な男が出てきた。
「安道さんですか。親方から聞いています。どうぞ」
通された稽古場は、道場というより格闘技ジムの様相だった。レスリング用のマット、相撲の土俵、そして片隅にからくりアーマーの整備台が並んでいる。
五人の男たちが稽古を止め、嵐を見た。
先鋒格の男が前に出た。
高森。二十代半ば、刈り上げた頭に、レスリング用の密着型アーマー『グラップラー・スキン』を纏っている。胸元のライセンスは茶色——通算100勝以上。
「安道 嵐か。黄色になったばかりの新人が、親方に呼ばれるとは珍しい」
嵐は高森を見た。体格は大きくないが、重心が異様に低い。レスラー特有の、地面に根を張るような立ち方だ。
次鋒格の大久保が続いた。高森より一回り大きい。同じくレスリング仕様のアーマーで、ライセンスは茶色。
「高森、お前が最初に口を利くな」大久保が言った。「失礼だろ」
「どっちが失礼だ」
二人が軽口を叩き合っている横で、中堅格の渡邉が静かに頭を下げた。三人の中では最も年長に見える。レスリングのアーマーだが、動きに無駄がない。ライセンスは——黒。150勝以上だ。
「渡邉です。よろしくお願いします、安道さん」
「……よろしくお願いします」
副将格の小牧は、別格だった。
体積が違う。高さではなく、横への広がりが。桑原よりは小さいが、相撲取り特有の重量感が、立っているだけで周囲の空気を変える。纏うアーマーは相撲仕様——関節の可動域より、衝撃吸収と重量増加を優先した設計だ。ライセンスは黒。
「小牧だ」短く名乗った。それだけだった。
大将格の高は、部屋の隅に一人で立っていた。
朝鮮半島の伝統格闘技、シルム——韓国相撲の使い手だ。長身で、腕が長い。アーマーは最小限——腰と膝の関節部にのみからくり補強が入っている。ライセンスは金——700勝以上。
五人の中で、突出している。
高が嵐を見た。「安道 嵐。桑原親方の話は聞いている。——黄色になったばかりで、俺たちの前に立てるか」
「立てます」
「強がりじゃなければいい」高は目を細めた。「親方はお前に期待している。俺たちも、それを確かめたい」
廊下の奥から、桑原洋己が現れた。
「来たか、嵐。——挨拶は済んだか」
「はい」
「こいつらが桑原部屋の主力だ」桑原が五人を見渡した。「高森、大久保、渡邉はレスリング。小牧は相撲。高はシルムだ。バラバラに見えるが——全員、寝技と組み技の専門家だ」
「なぜそのメンバーで」嵐が聞いた。
「からくり空手は打撃が主役だと思われがちだ」桑原が言った。「しかし俺が四天王になれたのは、相撲という『組み技の土台』があったからだ。打撃だけでは、俺には勝てない」
桑原は稽古場を見渡した。「こいつらは、俺の哲学の継承者だ。——それぞれが別の流派だが、全員が『相手を掴んで、地面に還す』という共通の答えに辿り着いた」
「嵐、一つ聞く」
桑原が嵐に向き直った。
「ジャッジメント・イレブンの第七番と会ったそうだな。あいつは何を言った」
「観察に来た、と。マブイの波形を検出しに来たと言っていました」
桑原が頷いた。「そうか。——高、見せてやれ」
高が一歩前に出た。
「安道 嵐。俺と軽く手合わせしてほしい。本気ではない。ただ——第七番が来た時、俺たちにも同じことが起きたから、確かめたい」
「確かめたいこと、とは」
高は淡々と答えた。「第七番は、観察した後にその選手のマブイの『弱点』をIKKCへ報告する。俺たちの部屋にも来た。その後、ジャッジメント・イレブンの別の番号が試合を仕掛けてきた。——お前の番が、もうすぐ来る」
道場が静まり返った。
「どの番号が来るか、親方は分かっているんですか」嵐が桑原を見た。
桑原は少し間を置いてから答えた。「……第三番だ。あいつは組み技の専門家だ。第七番が『嵐の空手には組み技への対応が薄い』と報告した可能性がある」
嵐は黙った。
確かに——吉岡一門でも、本藏院でも、佐々木との試合でも、嵐は打撃で戦ってきた。組み技の局面は、できる限り避けてきた。
「だから俺たちに会わせてくれるんですか」
「ああ」桑原がニヤリと笑った。「ただで教えてやるほど甘くはないぞ。こいつらと稽古しながら、IKKCの話を聞け。——飯も食わせてやる。まずは高と手合わせしろ」
高が帯を締め直した。
シルムは帯を掴んで戦う。高の長い腕が、嵐の腰の帯へと伸びてくる。
「始めます」
嵐は構えた。
黄色いライセンスが、ポケットの中で静かに光っていた。




