↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
からくり空手  作者: 水前寺鯉太郎
第3部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/84

第58話:桑原部屋の猛者たち

 二〇二六年、六月初頭。東京・両国。

 隅田川から吹き付ける湿った夜風が、錆びた鉄と、どこか懐かしい塩の匂いを運んでくる。

 嵐の前に立ちふさがるのは、古いレンガ造りの倉庫を改造した、軍事要塞を思わせる建物――『桑原部屋・からくり格闘研究所』。

 無機質な鉄門を潜り、内部へ足を踏み入れた瞬間、嵐の『絶空』が激しいハウリングを上げた。

 

 (……なんだ、この不快なGは。空気が、物理的に圧(お)し掛かってくる)

 

 広大な稽古場の床下には、超電導コイルによる重力増幅装置が埋め込まれている。常時一・二倍に設定された擬似重力環境。そこには広島の洗練された光学センサーはなく、代わりに、戦艦の装甲板を再利用した超高重量のウエイトと、幾多の衝突でひしゃげた鋼鉄製の円形土俵が鎮座していた。

 「親方に呼ばれた『黄色(イエロー)』ってのは、お前か」

 先鋒、高森。全身を締め上げるナノ合金皮膚『グラップラー・スキン』を、油のような滑らかな光沢で輝かせている。

 「……高森、客人のマブイを測るような真似はよせ。失礼だろう」

 中堅、渡邉。黒ライセンスの重みと、数千戦を潜り抜けた「沈黙の風格」が、物理的な圧力となって嵐を射抜く。

 そして、土俵の隅。逆光の中で彫像のように静止する長身の男。

 大将格、高(コウ)。

 「安道 嵐。君の旋風は、後藤の規格化されたデータの中では無双した。だが、地面(ここ)はシステムの計算が届かない、純粋な質量の地獄だ」

 「揃ったな、荒くれどもめ」

 奥から、浴衣の片袖を脱いだ桑原洋己が現れた。彼が歩くたび、板間の下に埋め込まれた防振合金が、地鳴りのような重低音を響かせる。

 「嵐。お前をここに呼んだのは、飯を食わせるためだけじゃない。第七番がお前のマブイを『バグ(空洞)』だと報告した結果、IKKCが送り出す次なる刺客が確定した」

 桑原の瞳が、黄金のプラチナ・ライセンスのように鋭く光る。

 「ジャッジメント・イレブン・第三番。通称『地獄の重力(ヘル・グラビティ)』。あいつは、打撃を一切持たない。触れた瞬間に相手の機体の重心をハッキングし、自重で圧壊(クラッシュ)させる、組み技の怪神だ」

 (打撃を、持たない……?)

 「第七番がお前に見たのは、打撃の間合いを外された際の、組み技に対する致命的な『拒絶反応』だ。お前は、掴まれることを魂の底で恐れている。だから第三番が、その恐怖を解体しに来る」

 「高、まずは一〇分だ。この黄色い小鳥に、土の味を教えてやれ」

 高が静かに、土俵の中央へ歩み出た。

 「始めます」

 高の長い腕が、生き物のようなしなやかさで嵐の懐へと伸びる。

 嵐は『絶空』のスラスターを全開放し、電光石火のサイドステップで回避を試みた。だが、高の足の運びは、嵐の回避先を地脈の変動を読み取るかのように先回りしていた。

 シルムの歩法――『大地の引き摺り』。

 「空手家は、空気に頼りすぎる」

 ガシィッ!!

 高の右手が、嵐の白い道着の帯を捉えた。

 その瞬間、高のアーマーに内蔵された電磁サッパが、嵐の機体フレームに強力な渦電流を発生させた。

 「……っ、体が……磁界に、吸い込まれる……!?」

 絶望的な重量感。嵐が正拳を放とうとした瞬間、高は嵐の腕を打つのではなく、掴んだ帯を支点にして、嵐の重心をわずか一センチだけ「上方」へ跳ね上げた。

 

 わずか一センチの浮遊。だが、それが『絶空』のジャイロセンサーに致命的な誤作動(エラー)を引き起こす。

 接地(グラウンディング)を失った機体は、姿勢制御モードへ強制移行し、攻撃リミッターをかけた。スラスターは空転し、嵐の自慢の破壊力は、虚空を蹴る無駄な火花へと霧散する。

 

 「これが組み技の理だ。安道 嵐。君の旋風は、地に足がついていなければ、ただの微風(そよかぜ)だ」

 

 高の膝が、嵐の土踏まずを物理的に踏み抜く。

 逃げ場を完全に失った嵐の視界に、道場の暗い天井が、抗えぬ重力の終焉として迫ってきた。

 二〇二六年、両国。

 黄色ライセンスの少年が、初めて「地面」という名の最強の敵に叩きつけられようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。