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からくり空手  作者: 水前寺鯉太郎
第2部

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32/67

第32話:深海の絞殺者(グレイシー・マブイ)

『からくり空手』

第32話:深海の絞殺者グレイシー・マブイ


 「本戦第一回戦、第二試合——日本秋吉会館対ブラジル代表!」

 ブラジル応援団の打楽器がドームの床を揺らす中、リングに上がるブラジル代表の四人は、皮膚のように薄く強靭なアーマー『アナコンダ・スキン』を纏っていた。極限まで肉体に密着した装甲。関節の可動域を一ミリも妨げない設計だ。

 最後尾でシルバが笑った。ジャングルで嵐に敗れた夜、シルバは自分の「重力攪乱」が「個の強さ」に敗れたことを悟った。そして、一人で戦うことをやめた。四人で、一つの生き物として戦う道を選んだ。

 「嵐、借りを返しに来たよ。僕の兄弟たちの『抱擁』から、逃げられるかな」

 「望むところだ」

 三浦が静かに嵐の肩を掴んだ。「気をつけろ。彼らのマブイは『奪う』ための波形をしている。海の中に引きずり込まれると思え」

 先鋒戦。田所対エリオ。

 田所の縦拳が、エリオの胸板を捉えた。しかしエリオは避けなかった。肉を切らせて、田所の腕を絡め取る。

 「捕まえた(Peguei)」

 「離せ——!」

 田所はからくりモーターを全開にして引き剥がそうとした。その瞬間気づいた——トルクが強ければ強いほど、腕ひしぎ十字固めの支点として利用される。力を入れれば入れるほど、関節が限界に近づく。

 (俺の日拳は、立って殴り合うための武器だった。地面は——想定していなかった)

 田所の腕がアーマーごと悲鳴を上げ、マットに叩きつけられた。

 「ダウン!!」

 【日本A 00 - 03 ブラジル】

 田所が組み討ちで反撃を試みた。しかし背後を取られ、真空の絞めを極められる。マブイが、首から遮断されていく。

 【最終スコア:日本A 05 - 15 ブラジル】

 次鋒戦。遠野対カーロス。

 カーロスが引き込みを仕掛けた瞬間、遠野は「大地に根を張る」ことで抵抗しようとした——しかし気づいた。

 (コンクリートの床には、マブイが流れない)

 屋外の大地ではない。競技用の床だ。遠野の能力の前提が、ここには存在しない。根を張るための土が、ない。

 カーロスの足関節が、マットに固定された遠野の巨体を固定台として極められた。遠野の「不動」という強みが、そのまま柔術の「固定点」として機能してしまった。

 「木村が戦慄した。「……あの遠野さんまで」

 【最終スコア:日本A 08 - 15 ブラジル】

 日本、二連敗。ブラジル代表の柔術は、からくり空手の「硬度」をそのまま「脆さ」に変える。硬いから折れる。固定しているから固定される。

 「中堅戦。嵐、行け」

 秋吉館長の声が低く落ちた。

 対するジョージは兄弟の中で最も体格が良く、柔術にレスリングを組み合わせた万能型だ。嵐の『昇龍』を見て、ジョージは低空タックルの構えを取った。

 「嵐、君の旋風——マットの上でも回れるかな」

 嵐は構えを取りながら、脳裏に古い記憶を探した。幼い頃、道場の隅でアンディの組手を見ていた。相手に捕まれた瞬間、アンディは体の力を全部抜いた。次の瞬間には、相手の上にいた。意味が分からなかった。今なら——分かるかもしれない。

 (捕まれば終わり、ではない。捕まれた瞬間こそが、始まりだ)

 嵐は「昇龍」の関節固定装置を全て解除した。全身が、重力に従うままブラブラと脱力する。マブイは燃焼させたまま——しかし体の「硬度」だけを捨てた。固定点を消す。掴む場所を消す。

 「……何をするつもりだ」

 「柔術が水なら——俺はガスになる!!」

 「始め!!」

 ジョージのタックルが来た。嵐の腰に手が回った。その瞬間、嵐の全身からマブイの排熱が霧状に噴き出した。

 ジョージの手が——滑った。

 密着した皮膚に触れようとしたら、そこに「境界」がなかった。熱と脱力が組み合わさり、嵐の体が固体の質感を失っていた。

 嵐はジョージのタックルの勢いに乗り、空中で一回転した。ジョージの背中に、自分の体重が乗る。

 「上を——」ジョージが声を上げた。柔術において、上を取られることは「支配」を意味する。地面を制する者が、試合を制する。その地面の主導権を、一瞬で奪われた。

 「極真は立ち技だけじゃない——叩き伏せるまでだ!!」

 嵐の「昇龍」が、至近距離からジョージの背部装甲に鉄槌を振り下ろした。装甲が内側から弾け、衝撃がジョージの全身を貫く。

 しかし。

 ジョージはまだ動いていた。

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