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からくり空手  作者: 水前寺鯉太郎
第2部

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第30話:龍を喰らうモノリス

『からくり空手』

第30話:龍を喰らうモノリス


 「予選Aブロック第3試合——香港小龍ジム対日本後藤道場第三選抜!」

 後藤道場の五人がリングに上がった。前回の「モノリス」をさらに簡略化し、頭部センサーを巨大化させた「モノリス・アイ」。全員が同じ歩幅、同じ呼吸。五機が一つの多脚戦車のように動いている。

 「……師父、あいつら本当に人間ですか」加藤がマスクの奥で呟いた。

 「水は形を持たない。だが容器が鋼鉄なら、その形に従う」シャオロンは目を細めたまま答えた。「気をつけろ。あれは武術を殺すための機械だ」

 先鋒戦。加藤対後藤田。

 加藤の連打が始まった。フェイクを交えた高速の打撃——相手に「次はここに来る」と思わせて、別の場所を突く。加藤の「水」は、これまで読まれたことがなかった。

 後藤田は動かなかった。

 加藤の拳が届く直前、後藤田の掌が「面」で叩き落とした。次の拳も。その次も。一拍遅れて、常に正確に。

 (読まれている——しかし、「一拍遅れている」のに、なぜ間に合う)

 加藤がフェイクを三重にした。軌道を変え、タイミングをずらし、マブイの波形まで書き換えた。

 後藤田は一拍遅れて、完璧に対応した。

 加藤が理解した。これは「予測」ではない。自分の動きが「記録」されており、一拍後に「最適解」が実行されている。戦えば戦うほど、データが増える。データが増えるほど、後藤田が強くなる。

 「……個人の予測など、数千人のビッグデータの前では無意味です」

 後藤田の縦拳が、加藤の胸板を正確に捉え続けた。

 【最終スコア:香港 05 - 15 日本(後藤)】

 次鋒のノリスが沈んだ。中堅のアブダビブルが沈んだ。副将のジェロニモが沈んだ。

 それぞれが、自分の哲学を持って戦った。ノリスは「マブイを閉じた」。アブダビブルは「高さで制圧した」。ジェロニモは「連動で翻弄した」。しかしシステムは一拍遅れて、常に最適解を返し続けた。彼らが戦えば戦うほど、システムは彼らを「理解」していった。

 観客席の嵐は立ち上がりかけて、右腕が動かないことを思い出した。

 【次鋒:3-15、中堅:8-15、副将:6-15】

 大将戦。リ・シャオロン対山口。

 シャオロンはヌンチャクを抜かず、素手で向き合った。

 「……山口と言ったか。お前の背後にいるシステムに伝えておけ。龍は、箱には収まらんとな」

 山口が日拳の構えで迫る。シャオロンが動いた——その瞬間、山口のバイザーの処理が止まった。

 入力値が、存在しない。

 予備動作がない。重心の移動がない。マブイの発火がない——しかしシャオロンは確かに動いている。システムが「人間」として定義できる範囲の外側に、シャオロンの動きがある。予測する対象が消えた。

 「警告。予測モデル・エラー。対象のマブイ波形——」

 シャオロンの裏拳が、山口のガードを「最初からそこに隙があったかのように」通り抜けた。

 シャオロンはヌンチャクを抜いた。九つの軌道が、一点へと収束する。山口の「モノリス・アイ」のメインセンサーが、情報の過負荷で白煙を上げて停止した。

 「Don't think——」シャオロンが静かに言った。「Feel.」

 【最終スコア:香港 15 - 02 日本(後藤)】

 「勝者、リ・シャオロン!!」

 しかし会場は静かだった。

 チーム戦として、香港小龍ジムは一勝四敗。予選敗退が確定した。

 「……無駄ですよ、シャオロン」

 後藤がリングサイドに現れた。「一人の天才がシステムを上回っても、組織の勝利は揺るがない。あなたは勝ったが、弟子たちは私の規律に屈した」

 「——冷たすぎて、もろい」シャオロンは倒れた山口を一瞥し、ヌンチャクを収めた。「後藤。水は岩を穿つが、お前の作っているのはただの氷だ」

 後藤は答えなかった。笑みだけが残った。

 シャオロンはリングを降り、嵐の前で立ち止まった。嵐の右拳を、一瞬だけ見た。

 「——アンディが最後に俺と向き合った時の目と、同じだ」

 それから、嵐の顔を見た。

 「あとは任せたぜ。あのシステムを壊せるのは——お前の、歪みねぇマブイだけだ」

 シャオロンは加藤たちの方へ歩いていった。その背中を、嵐は見送った。

 後藤が嵐の隣に立った。嵐の選手証を、無言で一瞥した。数秒後、何も言わずに離れた。

 嵐の右拳が疼いた。言葉にならない何かが、そこにあった。論理ではない。反論でもない。ただ、身体が「それは違う」と言っていた。

 ワールドカップ本戦トーナメント。後藤道場第一選抜の存在が、ドームの空気の奥で、まだ沈黙したままだった。

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