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からくり空手  作者: 水前寺鯉太郎
第2部

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第19話:不動の門、鋼の旋風

『からくり空手』

第19話:不動の門、鋼の旋風


 道場の中央に、静寂が立った。

 遠野が新型アーマー『クロオビ・岩鉄がんてつ』を纏い、深く腰を落とす。それだけで道場全体の床が低く共鳴した。第13話で染川を退けた「大地のマブイ」が、今日も変わらずそこにある。

 対するノリス——金髪を短く刈り込み、黄金色のアーマー『コブラ・ゴールド』を纏う男が、静かに構えた。

 遠野の「岩鉄」のマブイセンサーが、異常を告げていた。第18話の終わりから続いている違和感——ノリスのマブイを「空白」として認識し続けている。場所は分かる。動きも見える。しかしマブイが読めない。四半世紀の格闘経験の中で、遠野がそれを感じたのはただ一人だけだった。秋吉館長。それ以来だ。

 「……遠野と言ったか。その不動の構え、噂には聞いている」

 「……ノリス殿。我が洪家拳は、ただ止まっているのではない。大地と対話しているのだ」

 「始め!!」

 三浦の声と同時に、ノリスが消えた。

 正確には——からくりモーターの瞬間出力で予備動作を完全に圧縮し、ゼロから最高速へと到達した。遠野のセンサーが「来る」と認識する前に、左ジャブが前腕の装甲を叩いていた。

 弾く。本命はその先だ。

 軸足を独楽のように回転させ、後ろ回し蹴りが側頭部へ走る。

 ガンッ——という短く重い音が道場に響いた。遠野の頸部装甲から火花が散る。並の相手なら首ごと持っていかれる一撃。しかし遠野は動かなかった。大地へ流した。ノリスの蹴りのエネルギーが、遠野という導線を通って床板へと吸い込まれ、足元に細いひびが入った。

 「……今の蹴りを受けて、首一つ動かさないか」

 「次は、こちらから行く」

 遠野が踏み出した。洪家拳——『虎鶴双形』。右掌でノリスの視界を遮り、左の虎爪が胴体を狙う。数トンへと増幅された重い突き。しかしノリスは水のように動いた。最小限の動きでかわし、同時に遠野のガードの継ぎ目へカウンターをねじ込む。

 ボルトが飛んだ。

 遠野が、半歩、退いた。

 道場の空気が変わった。木村が息を呑み、田所が立ち上がった。三浦が目を細める。染川に一歩も退かなかった男が——半歩、退いた。

 「型は美しい」ノリスが静かに言った。汗一つかいていない。「だが俺のマブイは内側に閉じている。お前のセンサーには何も見えないだろう。空白を読んで戦う方法を、お前は持っているか」

 (……これが、センサーが反応しなかった理由だ)

 遠野は悟った。ノリスは「マブイを外に漏らさない」ことで、あらゆる読みを無効化している。大地との対話で相手のマブイを感じ取る遠野の戦法が、根底から封じられていた。

 「決めるぞ」

 ノリスが右拳を引き絞る。『コブラ・ゴールド』の全エネルギーが黄金の輝きを放ち、一点へと収束していく。

 遠野は逃げなかった。

 読めないなら、受け止める。大地から吸い上げたマブイを右拳に凝縮し、全回路を開放する。「地脈粉砕」——染川戦で見せた大地の反動を、今度は攻撃に変えた一撃だ。

 二つの拳が、道場の中央で正面から激突した。

 爆煙が晴れた時、誰も予想しない光景があった。

 ノリスの右腕から黒煙が上がり、遠野の足元の床が放射状に砕けている。しかし二人は倒れていなかった。互いの拳を押し合ったまま、動かない。

 違ったのは遠野の表情だ。染川を退けた時の「静かな確信」がない。代わりに——初めて見る、遠野の「困惑」があった。

 拳が触れているのに、ノリスのマブイが感じられない。手応えがない。大地に流そうにも、流すべき波形が存在しない。完璧な衝突のはずなのに、遠野は相手の核心に一ミリも届いていない感覚があった。

 「……そこまで!」

 三浦が割って入った。判定は引き分け。しかしその意味は、田所対ジェロニモの引き分けとは違う。あの時は「互いが限界へ達した均衡」だった。今回は——「互いが相手の本当の姿に、届かなかった不完全燃焼」だ。

 「……いい拳だった、遠野。師父以外でこの一撃を止めたのは、お前が初めてだ」

 「……恐縮です。しかし、ノリス殿のマブイの核心には、最後まで触れられなかった」

 遠野が正直に言った。ノリスは黙って握手を返した。その手は、まだ何も漏らしていなかった。

 嵐はセコンドで、ノリスの退き方を目で追った。技術でも、力でもない——「読ませない」という戦法。三浦の浸透も、木村のリズムも、遠野の不動も、すべて「相手のマブイを感じること」を前提にしている。それが通じない相手がいる。その事実が、嵐の腹の奥に冷たく落ちた。

 「さて。次はどう来る、秋吉」

 シャオロンが楽しそうに中堅へ視線を送る。

 「……嵐。行け」

 嵐が立ち上がった。対してシャオロンが送り出したのは、アブダビブル——2メートルを超える巨漢が、ゆっくりと前に出てくる。

 アブダビブルは嵐を一瞥した。そして、シャオロンへと視線を戻した。

 その目に、嵐の姿が映っていないように見えた。

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