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からくり空手  作者: 水前寺鯉太郎
第2部

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第17話:海を越える招待状

『からくり空手』

第17話:海を越える招待状


 「ミルカラスが動いた」

 嵐はブラジルから帰国した翌朝、その一行を何度も読み返した。後藤からの通信。本文はそれだけ。動いた——どこへ、何のために。答えは書かれていない。右拳が、理由もなく疼いた。

 その日の午前、秋吉道場の事務室で館長はタブレットを眺めていた。差出人はリ・シャオロン。件名は無題だった。

 よぉ、秋吉。弟子の加藤から聞いたが、アンディの甥っ子、なかなか歪みねぇ成長をしてるらしいな。だが、井の中の蛙じゃワールドカップの荒波には勝てん。今度、うちのジムのメンバーを連れて東京に行く。お前のところの五人衆と練習試合をしないか? 観光のついで……なんて言うつもりはない。本物のジークンドーが、空手を更新してやる。準備しておけよ。追伸:旨い寿司屋も予約しておいてくれ。支払いは勝った方だ。

 秋吉は、髭の蓄えた口元をわずかに緩めた。

 「……フン。相変わらず、勝手な男だ」

 だがその瞳には、かつて「オーガ」として戦場を駆けた頃の光が戻っていた。

 「全員、手を止めろ」

 道場に秋吉の声が響いた。打ち込みを続けていた田所、遠野、木村、三浦、そして嵐が動きを止める。

 「香港のシャオロンから連絡があった。来週、彼のジムのメンバーがこの道場へ来る。練習試合だ」

 木村の目が、一瞬だけ光った。しかしすぐに細くなり、何かを噛みしめるような顔になった。喜びなのか、恐怖なのか、嵐には判別できなかった。

 「シャオロンの他に、加藤、ノリス、ジェロニモ、アブダビブルが来る。アブダビブルは——かつて素手でからくり戦車の装甲を凹ませたと記録に残っている男だ。冗談ではない」

 道場の空気が、一度だけ、凝固した。

 「これはただの練習ではない。ワールドカップの代表選考まで、残り四ヶ月。香港戦の結果を踏まえて、代表枠三人を決める。事実上の選抜テストだと思え」

 「嵐、お前はどう思う」

 秋吉が問いかけた。嵐は拳の感触を確かめてから、答えた。

 「……叔父さんは、シャオロンさんと何度も戦ったと聞いています。その舞台に立てることが——嬉しいというより、怖いです。ちゃんと、怖い」

 秋吉が黙って頷いた。「それでいい」

 「クロオビ・昇龍」が、低く共鳴した。

 同じ頃、羽田空港へ向かうプライベートジェットの中で、リ・シャオロンは「からくりヌンチャク」を磨いていた。

 「師父、楽しみですね。あの時の嵐が、どれだけ化けているか」

 加藤がグリーン・マスクを手入れしながら言う。シャオロンは答えず、しばらく窓の外を見ていた。

 「加藤。お前は第12話で俺が木村に何を感じたか、分かるか」

 「……分かりません」

 「俺も分からなかった。あれだけの速さと執念をぶつけられて、それでも俺は余裕を持って勝った。それが——少しだけ、寂しかった」

 シャオロンは機内モニターを一瞥した。ノリス、アブダビブル、ジェロニモ。各国から集めた、それぞれの哲学を持つ格闘家たちだ。

 「アンディは俺に一度だけ、本気を出させた。その甥が今、何を持って立っているか——それを確かめに行く。それだけだ」

 シャオロンは再びヌンチャクへと視線を落とした。窓の外に、雲の切れ間から夜の海が見えた。

 その海の向こうで、右拳を疼かせたままの少年が、道場の板間に正座して夜を明かしていることを、シャオロンはまだ知らなかった。

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